02 少女達の邂逅
魔王。
確かに今、俺の目の前にいる少女は自身の事をそう言った。
その割りには、なんか口が滑ったって顔をしているが……。
「ぶはははっ!」
「!?な、何を笑っておるか!」
突然に噴き出した俺に対し、ティアルメルティはビクリとしながらも語気を強めてくる。
いや、だってさぁ……。
「お前さんみたいな小娘が、魔王を名乗るとか……ぶふっ!いくらなんでも、無理がありすぎるだろ!」
「な、なんだとぉ!」
少女は心外極まりないみたいな表情を浮かべるが、それもなんだか愛嬌があって自称魔王にしては迫力が無さすぎるだろ。
「ぶ、無礼な!」
「無礼とか言われてもよぅ、お前さんに魔王が務まるなら、俺は破壊神とかになっちまうつーの」
ゲラゲラと笑う俺に、ティアルメルティは怒りで顔を赤くしながらなにやら口中で素早く呟いた。
「愚かなアンデッドめ!魔王による破壊魔法の恐ろしさを噛みしめて、再び冥府に帰るがよいわっ!」
「!?」
何かよくわからない呪文と共に、ティアルメルティは俺めがけて両手を突き出した!
……………が、特になにも起こりはしない。
あまりのなにも起こらなさに、ティアルメルティ自身も「あれ?」といった感じで、自分の両手を眺めていた。
「……お前、忘れてるかもしれねぇけど、この階層じゃ魔法は使えないんだぞ?」
「そ、そうじゃったあぁぁぁっ!」
頭を抱えながら、ガクリと膝から崩れ落ちるティアルメルティ。
えらく落ち込んでいるあたり、相当に自信のあった魔法だったんだろう。
逆に、この歳でそんなすげぇ魔法とかを身につけたから、『魔王』とか自称して自惚れちまったのかもしれない。
「ったく……能力はあるかもしれないが、よく魔王だなんてハッタリがかませたな。ある意味、感心するぜ」
「ハッタリと違うわ!舐めるでない!」
激昂したティアルメルティは、俺に向かって肉弾戦で襲いかかってきた!
……だが、彼女の振るうグルグルパンチは、頭を押さえた俺に届くほどのリーチはなく、むなしく空を切るばかりだ。
「ぬおぉぉぉっ!」
しばらくは諦めなさそうな少女を押さえながら、さてどうしたものかなと思案していると、不意に頭の中に別の少女の声が響く。
『ダルアス、お疲れ様』
(おう、オルーシェか)
ダンジョンマスターであるオルーシェから、パトロール中の異変はないかといった、定時連絡のための魔法が繋がった。
ああ、だが丁度いい。
このティアルメルティの事について、彼女の意見も聞いてみよう。
(……………てな訳なんだが、どうする?)
『自称魔王の女の子……』
俺からの報告を聞いて、通信魔法の向こう側で考えこむ気配が伝わってくる。
まぁ、普通ならこんな与太話に食い付くはずもないんだが……。
実際、グルグルパンチをするのにも疲れたのか、ヘロヘロになったティアルメルティには魔力どころかザコ魔族ほどの脅威も感じないし。
『……わかった、念のため私の所に連れてきて』
(なにっ!?)
まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかった俺は、つい驚いてしまった。
(いいのか?)
『いいよ。ちゃんと万が一に備えて、準備はしておくから』
そうか……そうまでしてこの少女に会おうというなら、オルーシェにも何か考えがあるにちがいない。
(わかった、これからコアルームの方に連れていく)
『うん。よろしく』
通信が切れると、俺はくたびれてへたり込んだティアルメルティに視線を向ける。
「きょ……今日はこれくらいで勘弁してやろう……」
息を切らせてもまだ強がりを言う彼女に、思わず噴き出しそうになるのを堪えながら、俺はソッと手を伸ばす。
「まぁ、根性は認めるよ。お望み通り、ダンジョンマスターの所まで連れて行ってやる」
「おおっ!」
疲れきった顔を輝かせ、ティアルメルティは立ち上がろうとするが、どうもうまく立ち上がれないらしい。
仕方なく彼女をおんぶしてやると、慌てたようにジタバタし始めた!
「こ、こらぁ!何をするか、無礼者!」
「動けねぇんだろ、いいからジッとしとけ!」
「ぐ、ぬぅ……」
ちょっと強めに言ってやると、ティアルメルティはおとなしく俺の肩甲骨に体重を預ける。
「まぁ……余を敬う気持ちになったという事で、理解してやろう。そうでなければ、魔王たる余への不敬で死刑なんじゃからな!」
「まだ魔王ごっこを続けるのかよ」
「ごっこではなく、本物じゃと言っておるではないかっ!」
「あー、わかったわかった。もしもお前さんが本物の魔王だったら、鼻からスパゲッティ食ってやるっつーの」
「お、お主その言葉を忘れるでないぞ!絶対に鼻からスパゲッティ食わせてやるからのぅ!」
涙目で誓うティアルメルティを連れて、俺はオルーシェの待つダンジョン最深部へと向かった。
◆
「……その子が自称魔王?」
「おう」
俺に背負われたままのティアルメルティを、胡散臭げに値踏みしながら尋ねてくるオルーシェに、頷いてみせる。
……なにやらこの状態で戻った俺達を見てから、オルーシェの機嫌が悪そうに感じるのは気のせいだろうか?
「おい、骸骨兵。この偉そうな小娘は何者だ?」
背中から声をかけるティアルメルティを見て、オルーシェはムッ!と顔をしかめた。
「ダルアスはあなたの下僕じゃない。まずは、背中から降りて」
「なにおぅ……では、お主は正式な主だとでもいうのか?」
「私は主人じゃない。ダルアスの伴侶……よ」
「家族~?」
なかなかに感動的な事を言ってくれたオルーシェに対して、自称魔王様は小馬鹿にしたような目線で俺とオルーシェを値踏みする。
「ふん、家族ね……まぁ良いわ。で、ダンジョンマスターはどこにおるのじゃ?」
「……いや、目の前にいるだろ」
「は?」
キョトンとしたティアルメルティは、オルーシェを見た後に俺の方へ再び目を向けた。
「おい……まさか、このチンチクリンがダンジョンマスターだと言うのではなかろうな?」
「む……誰がチンチクリン……」
「お主に決まっておろうが!どこからどう見ても、ただの小娘ではないか!」
「自称魔王のチンチクリンに、小娘とか言われたくない」
「自称じゃなくて、本物の魔王じゃ!」
「はいはい。それよりも、貴女は早くダルアスの背から降りて!」
「こ、こら!引っ張るでないわ……ふぎゃっ!」
オルーシェから強引に裾を引っ張られたティアルメルティが、バランスを崩して俺の背から転げ落ちる!
その際、床に尻をしたたかに打ち付けてしまい、踏まれた猫みたいな悲鳴をあげた!
そんな無様な姿をオルーシェが小さく笑うと、尻を擦りながらティアルメルティが恨みがましい目で彼女を睨み付ける。
「お、おのれ小娘ぇ!」
「貴女も小娘でしょ。背は私の方が高いけど」
「ぬっ……じゃ、じゃが胸は余の方が大きいぞ!」
「むっ……でも、全体的な体のラインは私の方が均整とれてる」
ええぃ!落ち着け、チンチクリンども!
どっちも、たいして変わりゃしねぇだろうに!
しかしそんな俺の思いは届かず、少女達はなにか女として譲れない物があるのか、バチバチと火花を散らしていた!
むぅ……なんだか、こいつらの背後に威嚇しあう子猫のような闘気が見えるようだぜ。
……しかし、まいったな。
オルーシェにも何か考えがあってティアルメルティをここまで連れて来させたんだろうけど、これじゃあ話が進まない。
ここはひとつ、大人の俺が一肌脱いでやるか!
俺は威嚇しあう二人からソッと離れ、とある物の準備をする。
そうして、オルーシェ達が気疲れしたタイミングを見計らって、二人の間に割って入った。
「二人とも、その辺にしておけ。ほら」
コップに入れて差し出した液体を受け取り、その香りを嗅いだお子様達の目が輝く!
フフフ、この液体こそ冒険者にとって必須な飲み物、その名も『冒険者汁・甘味』。
ダンジョンなどでボスと戦う前の最後の休憩時に、疲労回復や戦意高揚のために調合して飲むのが冒険者汁と呼ばれる独特の料理だが、それぞれのパーティや個人ごとにレシピなんかがあって結構奥が深い。
今回はこの中でも、特に甘いタイプの冒険者汁をご用意いたしました。
子供にゃ甘い物が一番だろうという、鋭い分析に基づいたチョイスだったが、どうやらお気に召したようでオルーシェもティアルメルティも言い争いを止めて、甘味を堪能している。
やがて、コップの中の液体を飲み干すと、二人は満足そうにため息を吐いた。
「ふむ……気に入ったぞ、骸骨兵……いや、ダルアス!お主、余の配下になれ!」
「はぁ?」
「っ!?」
空になったコップを眺めていたが、俺の方へ顔を向けたティアルメルティからの突然の勧誘に、俺とオルーシェのすっとんきょうの声が重なった。
つーか、なんだよいきなり……。
「ここまでお主を観察してたが、気配りのタイミングといい、五人衆筆頭のライゼンを倒した腕前といい、余の配下に加わるのに相応しい!誇ってよいぞ!」
「いや、なにを勝手な事を……っ!」
待てよ……?
言いかけて、俺とオルーシェはある事に気づいた。
「お前、なんでその名を……」
五人衆筆頭、ライゼン。
魔族の幹部であり、広くその名は知れているとはいえ、何処で誰が倒したかは、まだ限られた者しか知らないはずだ!
訝しげな顔をする俺達を見ながら、ティアルメルティはニヤリと笑う。
「まさか……本当に魔お……」
思わず呟きかけた、その時!
俺の言葉を遮るように、突然の衝撃と警鐘がダンジョン内に響き渡った!




