06 魔王五人衆
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──報告。
例の標的と思われる者達が、地上階層の村に入りました。
皆さん、迎撃の準備をよろしくお願いいたします。
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その日、とある冒険者チームとおぼしき四人組のパーティが、『ダルアス大迷宮』の近くに位置する村へと足を踏み入れた。
前衛の戦士系とおぼしき男が二人に、後衛の魔術師系らしき男女が一人ずつ。
彼等はまっすぐにこの村の代表であるらしいシスターマルマの元を訪れて挨拶を交わし、そうして教会を出るとその足でこの村唯一の酒場へと向かった。
「──ここまでは、ライゼンの報告にあった通りだな」
「ああ。そして奴は件のダンジョンに入って、消息を絶った」
「……人間の冒険者ならともかく、ライゼンが……だものねぇ」
「なんにせよ、一筋縄ではいかんという事だな」
四人は厳しい表情で話し合いながらも、注文したオレンジジュースを一口飲み込むとほっこりとした表情を一瞬だけ浮かべる。
そんな彼等の元に、酒の臭いをまとわせた数人の冒険者らしき連中が近づいてきた。
そうしておもむろに彼等を囲むと、恫喝するような声で絡み始めた。
「おう、テメエら……ここいらじゃ見ねぇ顔だなぁ?」
「他国の冒険者かぁ?」
「だったら、俺達ベテランの地元勢に挨拶くらいするのが礼儀だと思わねえかい、ああん?」
酒臭い息を吐きながら威嚇してくる冒険者達に囲まれながらも、四人は平然とした態度を崩さない。
それを、怯えを隠すための虚勢と見たのか、冒険者達はさらに粘着質に絡んでいった。
「お前らみたいな、右も左もわからねぇ田舎者にダンジョンを荒らされると迷惑なんだよなぁ」
「そうそう、それにダンジョンの中には厄介なモンスターが多いし、初めての冒険者だけじゃあ対抗できやしねぇよ」
「そこで、だ!今なら俺達ベテランが、お前らの面倒をみてやろうって事なんだが、どうよ?」
なんの事はない、ようは新顔相手に案内役をしてやろうというアピールだった。
だが、当然ながら親切心からくるものなどではない。
絡まれている四人は知りようもなかった事だが、近頃ダンジョンの浅い階層にはアイテムが沸き上がる事が少なくなっており、『オルアス大迷宮』で安全に稼ごうとする冒険者達の実入りは減っている。
そのため、ダンジョンへ挑むために訪れた、経験の浅そうな連中を見つけては、こうして声をかけて案内代をせびっているのだ。
だがベテランと嘯く彼等には、もうひとつの裏の目的があった。
それが、余所者狩りである。
基本的に、このダンジョンに挑む冒険者はディルタス王国所属の者が多い。
それはダンジョンのある立地もあるが、密かに国からギルドへと攻略を促す要請が出ているためだ。
ディルタス王国のとある機関が、このダンジョンに挑んで壊滅的なダメージを受けた事は、表立って語られてはいないものの、有名な話である。
そのため、他国に先んじてダンジョンを攻略したいというのが、上の人間達の思惑なのだろう。
もっとも、自分達の利益を優先する現代の冒険者では、ろくに攻略も進んでいないのだが。
そして、そんな上からの要望に答えるのと、冒険者の実入りを良くするために密かに行われているのが、件の余所者狩りだった。
なにしろ、ダンジョンに潜るような冒険者の生死は自己責任であり、新顔が行方不明になったところで大して騒ぐ者もいない。
そのため、こうした案内が密かに行われているのである。
「……悪いが、案内も用心棒も必要ない」
「そういう事よ。目障りだから、私達の視界から消えてくれるかしら?」
なにか企んでますと言わんばかりに、裏の思惑を隠しきれていない地元の冒険者達から絡まれていた四人のうちの一人、魔術師風の美しい女が追い払うような仕草をして見せた。
そんな態度にカチンときたのか、絡んでいた冒険者達が大声を張り上げようとした瞬間!
唐突に、冒険者の一人が泡を吹いて倒れた!
それに続くようにして、他の冒険者達も苦しげに呻きながら崩れ落ちる!
己の身に何が起こったのか理解できない冒険者達は、さらにその皮膚の色が紫色に染まっていく中で、もがき苦しむ自分達を見下ろす余所者達の冷たい笑顔を見た。
今更ながら、我が身の迂闊さを悔やんだ冒険者達の意識は、やがて深い闇の中に沈んでいった。
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他の冒険者が絡んでくるかもしれないと思っていたのだが、倒れた同業者を遠巻きに眺めるだけで近付こうともしない。
やられた間抜けが何をされたのわからないために警戒しているのか、それとも怯えてしまったのか。
どちらにしろ、彼等を咎める者もいないようなので、新顔の冒険者チームは悠然と店を後にした。
この村での必要事項としていた目的は済んだので、彼等はそのまま村の外へと向かって歩を進めて件のダンジョンを目指す。
「相変わらず、見事な物だなシャヌーブ」
ダンジョンへ向かうわずかな道中、戦士風の男リエーンスにそう言われ、冒険者達を昏倒させた女魔術師はそうでもないわと笑ってみせた。
「本当は、眠らせる程度のつもりだったんだけどね……思いの外弱すぎて、永遠の眠りになっちゃったみたい」
冗談めかして言う彼女に、リエーンスはなるほどと呟いて笑う。
「しかし、あの店の中にいた連中はほとんど実力に差は無さそうだったがな」
短剣程度の武装しかしていない、筋骨粒々とした拳士のブルガの言葉に、もう一人の魔術師ボルレアーズが頷いた。
「つまらん雑魚ばかりだ」
「おうよ、シャヌーブじゃないが、俺が撫でただけでも寝ちまうかもしれないな」
「……脆いからな、人間は」
まとめるようにリエーンスがポツリと呟くと、全員が薄ら笑いを浮かべながら違いないと賛同する。
「しかし……そうなるとやはり、ライゼンが人間を相手に遅れをとったとは思えん」
彼等の目的のひとつ、『ライゼンを殺した可能性のある、人間の冒険者はいるのか』という疑問への回答は、シャヌーブよって示された。
あの程度の連中では、百人いた所でライゼンに勝てはしないだろう。
「だな。ならば、我々の目指すダンジョン……そこが本命か」
「ああ……だが、単独で動いていた奴とは違い、我々が一丸となって当たれば、不覚を取ることはない!」
「そうね……さっさとダンジョンを手に入れて、魔王様へと捧げましょう」
魔王軍五人衆……今はライゼンが行方不明のために四人しかいないが、話している内に目的の場所へたどり着いた魔族のエリート達は、誰ともなく行くぞと呼び掛けあいながら、ダンジョンへと足を踏み入れた。
◆
「──妙だな」
オルアス大迷宮。
その地下十階へと続く階段を魔族達は下った辺りで、ポツリとリエーンスは声を漏らした。
「何が妙だというのだ?」
ボルレアーズが問い返すと、リエーンスは神妙な面持ちでダンジョンが緩すぎると答えた。
「確かに様々なトラップやダンジョンモンスターはいるが、この程度でライゼンが不覚を取るようなミスを犯すとは思えん」
彼の言う通り、人間ならばともかく魔族のエリート戦士相手には、このダンジョンはそこまで難易度が高いようには思えなかった。
もっとも、それは彼等がお宝の回収等には目もくれず、ライゼン同様まっすぐ最深部を目指していたせいもあるが。
「まぁ、言われてみれば思ったほど強いモンスターも出ておらんな」
「だが、そうなるとライゼンの死因が不可解だ。使い魔を使役できる奴が、間抜けにもトラップにかかって死ぬとも思えんし……」
リエーンスの言葉に、全員が納得したように頷いた。
「ならば考えられるのは……ダンジョンマスターか、その守護者が化け物という事か」
そんな話し合いをしながら、地下十階層へと足を踏み入れた瞬間!
「ようこそ!魔王五人衆の残りの皆さん!」
突然、歓迎するような大声が響き、さすがのリエーンス達も面食らってしまう。
彼等が踏み入れた地下十階層は、まず大きく広い大部屋となっていて奥の方にはさらに続く廊下が見える。
しかし、その通路の前に立ちふさがる影がひとつ。
それは、見るからに業物といった剣を帯刀した一体の骸骨兵であった。
だが、普通に操られるだけの死体には無い、覇気や意思に満ち溢れており、この骸骨兵が只者では無いことを告げている。
「貴様……何者だ?」
「俺の名はダルアス。このダンジョンの、マスターを守護する者だ」
流暢に答えたダルアスに、ボルレアーズが興味深そうな目を向けた。
「ふむ……自立型のアンデッドか。自らの意思でアンデッド化する魔術師もいるにはいるが、剣士がそうなるとは面白い」
「こっちにも、色々と事情があるんだよ」
肩をすくめる骸骨兵の姿に、ますます面白いとボルレアーズは好奇の目を輝かせた。
「さて……お前ら、ライゼン同様にこのダンジョンを狙って来たんだろ?」
ライゼンの名を出した瞬間、リエーンス達の表情がサッと変わる!
そうして素早く散開すると、間隔を保ちながらダルアスと対峙した!
「あいつの名を知っているという事は……まさか貴様が殺ったのか!」
「まぁ、そういう事だ。なかなか手強い奴だったぜ」
ダルアスの肯定に、他の五人衆の面々もザワリと表情が険しくなる。
「なるほど……しかし、貴様は我々の事もよく知っているようだな……」
「貴方にその情報をもたらした人物も、ちょっと気になるわね」
「洗いざらい、話してもらおうか」
恫喝する四人の魔族から、すさまじい殺気がダルアスへと向けられた!
しかし、そんな濃密な空気を軽く受け流し、ダルアスはリエーンス達ひとりひとりを観察するように眺めていく。
「なるほど、なるほど。んじゃ、それで」
独り言のように呟いていたダルアス。
おそらく、彼の主人であるダンジョンマスターと、テレパシーのようなものでやり取りしているのだろう。
しかし、おかしなトラップなどを発動されては堪らない!
先手必勝とばかりに、五人衆が動いた!
だが、彼等が動き出したのと同時に、突然立っていた足元の床が消え、落とし穴の罠となる!
そうして闇に飲み込まれるようにして、落ちていった三人の魔族がこのフロアから姿を消した!
後に残されたのは、魔術師のボルレアーズただ一。
「んなっ!」
「安心しろ、あいつら全員、まだ死んじゃいない」
驚愕するボルレアーズに、ダルアスは落ち着いた様子でそう告げる。
「いま落ちていった連中は、それぞれ相応しい相手に向かっただけだ。向こうにいる相手を倒せば、戻ってくるさ。倒せればな」
挑発的とも言える、ダルアスの言動。
それを聞いて、ボルレアーズの目がスッ……と細められる。
「我等、魔王五人衆をなめるなよ人間!」
吼えながら杖を構えるボルレアーズに、ダルアスも抜刀しながら戦闘体制に入った!




