02 『穿光』と『鉄姫』
◆◆◆
「……よぉ、エマリエート。気づいてるか?」
エルフの古強者であるレオパルトが、自分の対面に座って食事をしているドワーフの女性に話しかける。
エマリエートと呼ばれた彼女は、パッと見だと背も低くて子供に間違えそうにもなるが、骨太の肉体には鋼を思わせる筋肉が搭載されており、さらに出るところは出ている豊満な体つきで、彼女がドワーフの成人女性である事を主張していた。
「ん?……ああ、ここの結界の事かしら?」
豪快な者が多いドワーフにしては、彼女が発した言葉には思慮深く周囲を観察している知的な響きが宿っている。
しかし、そこはやはりドワーフだけあって、レオパルトの返事を待たずに大きなジョッキに入った酒をグイッと仰いだ。
その様子を少し呆れたように眺めながら、レオパルトは言葉を続ける。
「気づいているなら話は早い。この村……恐らく、地上に展開してるダンジョンの階層に違いない」
「そうね。モンスター避けの結界なんて説明があったけど、この独特の雰囲気はダンジョン内部に満ちる気配に似てるわ」
引退していたとはいえ歴戦の冒険者であった彼等は、微妙な違和感からこの村の正体にうっすらと気づいていた。
「ここが安全な村に擬装した地上階層だとしたら、なかなか頭の回るダンジョンマスターがいるという事だな……」
「うん……私達の現役時代にも時々あった、上級のダンジョンを思い出すわ」
かつての日々を懐かしむように、エマリエートの顔がわずかにほころぶ。
そんな彼女に釣られて、レオパルトも小さく笑みを浮かべた。
それにしても、ここが敵地だとほぼ看破しているにも関わらず、彼等は飲食の手を休めてはいない。
なぜなら、万が一この村で提供される飲食物に何らかの細工があっても、それらを無効化できる自信がレオパルト達にはあるためだ。
数多くのダンジョンを攻略して経験を積んできた彼等は、種族特有の高い免疫力に加え毒物への抵抗力もかなり高くなっている。
そのため、常人ならば食中毒を起こすような物でも、平然と摂取できるのだ。
もちろん、それらを好んで飲食する訳ではないのだが。
「……それにしても、結界とは違った意味で居心地が悪いわね」
「……だな」
ため息を吐くエマリエートに同調しながら、レオパルトもチラリと周囲の様子をうかがう。
その居心地の悪さの元は、彼等に向けられる他の冒険者達からの視線だった。
敵意……とまではいかないが、どこか排他的で彼等を値踏みするような目が、あちらこちらから注がれている。
「ここも人間至上主義の国の領土内ではあるからな……我々のような別種族に対して、偏見を持つ者が多いんだろう」
「まったく……冒険者には、多様性を受け入れる柔軟性も必要でしょうに」
呆れたとも見下げたともとれる呟きと共に、大袈裟な様子で肩をすくめるエマリエートの態度に、一部の冒険者からは舌打ちするような声が返ってきた。
そんなやり取りにレオパルトは苦笑し、頃合いを見計らってエマリエートを促しながら店を出る事にする。
「さぁて、それじゃあダンジョン攻略といきますか」
「ええ、久々の冒険を楽しませてもらいましょう」
意気揚々とダンジョンへ向かう、エルフとドワーフのコンビ。
しかし、そんな二人の後をつけるように、数人の人影が店から姿を消していた……。
◆◆◆
「……さぁて、どれ程の腕前か楽しみだぜ」
地上階層を預かるマルマから、例のエルフとドワーフのパーティがダンジョンへ向かったと報告を受け、俺は彼等と対峙すべく上の階層へと向かっていた。
向こうも降りてきているだろうから、すれ違いにでもならなければ三階層か四階層辺りで遭遇できるだろう。
もっとも、オルーシェがナビをしてくれるからすれ違う事はないだろうがな。
そうして、鼻唄まじりに登ってきた第三階層。
多重次元構造により、同じ三階層ながら造りの違う三階層で、俺は例のターゲット達を発見した!
発見したのだが……何か揉めてる?
エルフとドワーフの二人組を前に、冒険者の一行が何やら剣を抜いて凄んでいるようなのだ。
いつもなら、追い剥ぎみたいな真似をする冒険者は即斬り捨てる所なのだが、これはあの二人の実力を計るいい機会だな……。
そう考えた俺は、通路の曲がり角に身を隠しながら、彼等の成り行きを見守る事にした。
◆
「おとなしくしてりゃ、痛い目に合わなくてすむぜ」
武器を構えてすらいないエルフとドワーフに向かって、抜刀した冒険者チームのリーダーらしき男が諭すように話しかける。
当然ながら、剣を突きつけられているのはレオパルトとエマリエートの二人だ。
後をつけられている事を知っていた彼等だったが、なんの用件かを問い質そうとしたところ、この有り様となっていた。
「うーん、いきなり剣を抜いてくるとは思わなかったんだがなぁ」
「そうよね。なんというか、思慮が足りないわ」
「余計な心配だ、亜人どもが!」
すでに臨戦体勢な彼等は、標的よりも絶対的に先手がとれるという有利な状況である。
にも関わらず、平然と……いや、余裕とすらとれる態度を崩さない目の前の亜人達に、わずかな苛立ちを覚えた。
「おとなしくしてろとは言ったが、神妙過ぎるのもな……今まで捕まえた亜人どもは、少しは抵抗しようとしたぞ?」
「ほぅ……」
こうした事を何度もしているといった響きのあるリーダーの言葉に、はじめてエルフの男が目を細めて冷たい視線を向けてくる。
たったそれだけの動作に、冒険者の一行はゾクリとするような嫌な感覚を受けた。
「やれやれ……最近の冒険者は、奴隷商かなにかと変わらんらしいな」
「まったく、嘆かわしい事だわ」
残念極まりないといった態度を隠そうともせず、二人は大きくため息を吐いて見せる。
そんな彼等に舌打ちしながら、冒険者のリーダーは声を荒げた!
「うるせぇ!この国じゃ、亜人なんざ奴隷かペット扱いが関の山だ!いわば、これは野良亜人を新しいご主人様に斡旋する、ボランティアみたいな物なんだよ!」
「……人間至上主義とは知っていたが、知らぬ間に随分と過激な思想に至ったものだな」
「はっ!てめぇみたいな小賢しいエルフの男は、上流階級のババアに人気だぜ?精々、売られた先で可愛がってもらうといい!」
「それに、そっちのチビ女。ドワーフは頑丈で壊れにくいって、変態貴族からの需要が高いんだぜ」
「それを聞いて、私が喜ぶとでも思ったのかしら?」
テンションが上がっていく冒険者一行に反比例して、レオパルト達の声も様子も静かになっていく……いや、研ぎ澄まされていくと言った方がが相応しいだろうか。
「まぁ、商品と問答してても仕方ない。さっさと縛り上げて……」
「……俺に触るな」
剣を向けながら、冒険者の一人がレオパルトの胸ぐらを掴んだ瞬間、そいつの胴体に音もなく大きな風穴が空いた!
そして、わずかに遅れて何かが後方の壁にぶつかるような音が響き、それに呼応して穴の空いた胴体から中身がこぼれ落ちる!
「あ……?」
体に空いた穴から吹き出す血と臓物を見て、初めて自分がすでに死んでいる事に気づいた冒険者の一人は、間の抜けた呟きと共に崩れ落ちた!
あまりに唐突な仲間の死に呆けていた冒険者一行とは裏腹に、エマリエートが微笑みながらレオパルトに拍手してみせる。
「腕は落ちていないみたいね。さすが、『穿光』のレオパルトだわ」
現役時代の二つ名で呼ばれ、レオパルトは笑みを浮かべながらウィンクを返してきた。
そこでようやく我に返った冒険者達は、驚愕と怯えを孕んだ声でヒステリックに叫び声をあげる!
「な、な、何をしやがった!ま、魔法かっ!?」
「いや、単に弓で矢を射っただけだが?」
「なっ……!?」
言われて気づけば、レオパルトの両手にはいつのまにか背負っていたはずの弓と矢が装填されている。
「ば、馬鹿なっ!弓を射つスペースなんてなかったし、身動きひとつしてなかったじゃねぇか!」
「まぁ、素人からすればそう見えるだろう。あいにくと俺の矢は、密着してても敵を射抜くし、予備動作なんていくらでも隠せるんでな」
事も無げに言うレオパルトは証明するように、再び矢を放ちリーダーの腕を射抜く!
悲鳴をあげて転がる彼を見ながら、目を離さなかったにも関わらず、まったく反応できない事実を突きつけられ、敵の冒険者達はカタカタと震えだした。
「あらあら、ちょっと脅しが過ぎたんじゃない?」
「この程度でか?こいつらがビビり過ぎなんだろう」
談笑するエルフとドワーフに憤りを感じながらも、そのドワーフが自分達から顔を逸らしている事に冒険者の一人が気づく。
隙だらけな今の彼女の首を飛ばす事は、いままで倒したモンスターの首を落とすよりも簡単に思えた。
そして、仲間が死ねばこのエルフにも隙ができるに違いない!
(死ねっ!)
声には出さず、渾身の力を込めて剣を振り下ろす!
だがっ!
バキィン!と甲高い金属音を立てて、振り下ろされた刃の方が粉々に砕け散った!
半ばから折れた剣の残骸を握りしめたまま、冒険者の一人は呆然とエマリエートを見下ろす。
確かに斬りつけたはずの彼女の首にはかすり傷ひとつついておらず、血の一滴も流れていない。
「うーん、得物はまぁまぁだけど、腕が悪いわね」
諭すように話しかけながら、エマリエートの拳が襲撃者の腹部に打ちこまれる!
ただの打撃だというのに、彼の着ていた鎧は砕け、吐瀉物を撒き散らしながら数メートル後方へと吹き飛ばされていった!
床に落ちた剣士はしばらく苦しげな呻き声をあげていたが、やがてピクリとも動かなくなる。
「な、なに!? 何をしたのっ!? なんで斬りつけられて平然としてるのよっ!いくら硬いドワーフだからって、おかしいじゃないの!」
あり得ない光景を見せられ、冒険者チームの回復役らしき女が、錯乱ぎみに叫んだ!
「何って……体内の魔力を循環させて、肉体を強化しただけだけど……」
「そ、そんなんで剣が砕ける訳がないじゃない!まだ硬質化の魔法を使ったって言われた方が、納得いくわよっ!」
「そんなことを言われても……ねえ?」
呆れながらレオパルトに語りかけるエマリエートに対して、彼も小さな拍手を彼女に送る。
「お前さんこそ、さすがだな。『鉄姫』エマリエートの名は、錆びちゃいないらしい」
まぁねと軽く拳を振りながら、エマリエートはレオパルトに笑いかけた。
◆
「それにしても、今の冒険者は弱いな。道理で俺達にお鉢が回ってくるわけだ」
「そうね。まぁ、だからといって同胞を売り物にしているらしい、こいつらを見逃す理由にはならないけれど」
エルフとドワーフが言うように、あいつらと悪徳冒険者では力の差がありすぎる。
……いや、そんな事は当たり前だ……なぜなら、あいつらは俺と同じ、旧時代の冒険者なのだから
「……生きて……やがったのか!」
思わず口から言葉が漏れる。
『穿光』のレオパルト。そして、『鉄姫』のエマリエート。
あいつらは、かつて俺が生きていた時に何度となくパーティを組んだ、旧知の連中にまちがいないっ!
まさか、この時代に昔の友人の顔を拝めるなんて……感激のあまり、いつのまにか俺は隠れていた道の角から身を乗り出して事の成り行きを眺めていた。
だが、その時!
ふと恐怖から顔を反らした冒険者の一人と、目が合ってしまう。
「……きゃあぁぁっ!『処刑人』よぉ!」
しょ、『処刑人』!? そんなモンスターがいるのかっ!?
俺は思わず振り返る!が、俺の後ろにはなにもいない……。
なんだよ、なにもいねぇじゃねぇか。
ドキドキしながら再びいざこざの方へ顔を向けると、突然の悲鳴にその場にいた全員が俺の事を凝視していた。
やだ……なんか照れちゃう!
「ダンジョン内で争ってる冒険者達がいると、何処からともなく現れて片方のチームを斬殺していくというアンデッドモンスター、通称『処刑人』……本当にいたのかよ」
何か説明じみた台詞だが、一同は緊張の面持ちで息を飲む。
「化け物みたいな亜人どもに、本物の化け物まで出てくるなんて……」
「ど、どうしたらいいのよ……」
軽くパニックになっていた冒険者達だったが、傷を押さえて立ち上がった奴等のリーダーが、大きく叫んだ!
「化け物には、化け物をぶつけるんだよぉ!」
そう吠えると当時に、仲間達に撤収の合図を出す!
「とんずらー!」と叫びながら、仲間の死体すら置いて逃げ出した奴等は、あっという間に通路の奥へと消えていった。
……まぁ、あの程度の連中なら、後でダンジョンの餌になるだろう。
そんな事より……。
俺は、この場に残された二人と顔を見合わせる。
懐かしい顔ぶれだ……エルフやドワーフは寿命が長く、成長はしても老化はしないというから、二百年前とほとんど変わっていない。
このまま旧交を温めようと、彼等に向かって一歩踏み出した所で、爪先の辺りに矢がささった!
「危ねぇっ!」
思わず飛び退くと、驚いた表情のレオパルト達が臨戦体勢に入る!
「聞いたかよ、今の声。こいつ、意思を持つアンデッドだぞ……」
「帝国時代ならいざ知らず、ここ二百年では初めて見たわ。しかも、ヤバい気配がビンビンしてる……」
言葉とは裏腹に、楽しげな笑みを浮かべながら、エマリエートは武器を構えた。
……うん、まぁこういう展開にもなるよね。
今の俺の外見は、骸骨兵なんだから。
泣けてくるぜ……。




