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05 外面如聖女、内面如淫魔

           ◆◆◆


 山深い獣道を、五人組の男女が草木を掻き分けながら進んでいる。

 この山中に似つかわしくない彼等の格好を見れば、狩人や山林事業者でないことは明白だ。

 統一感の無い、バラバラの装備を纏った集団……いわゆる冒険者達である。


「ったく……こんな場所にダンジョンを作るなんざ、なに考えてんだ」

 うんざりした様子で、B級冒険者チーム『ライオット』のリーダーを務める戦士が毒づいた。

 確かに、ダンジョンというものは人里離れた場所に発生するのが常である。

 しかし、あまりにも離れすぎていれば発見すらされず、それこそ本末転倒になってしまう。

 だが、彼等が毒づくほどに辺鄙な場所にあるそのダンジョンが、名を馳せたのには理由があった。


「しかし、この先のダンジョンで一国の組織が潰滅したのは事実らしいからな」

「だからこそ、ギルドも長期の調査依頼なんて出したんでしょうしね」

 今、彼等が目指しているダンジョン。

 そこには、先ほども仲間が言っていた一国の組織を潰滅させるだけの罠に満ち溢れ、恐ろしい守護者がいるらしい。

 もちろん、それが全て真実とは限らない。

 ギルドに調査依頼を出すにあたって、多少の誇張はされているだろうし、噂に尾ひれがついたという事もあるだろう。


 しかし、話し半分に聞いていても、危険なダンジョンである事は間違いなさそうだ。

 なんせ、その依頼を受諾する条件はB級以上のチームのみで、しかもそれを受けるチームの数には上限がない。

 持ち帰った情報をギルドに提出し、その有用さに比例して報酬がもらえるという、珍しいタイプの依頼であった。

 そして、それは国の垣根を越えて各国のギルドに依頼がだされている。

 依頼人こそ言及されてはいないが、国が関わる大きな案件である事は間違いないだろう。


「逆に言えば、それだけの人員数を投入しなければ攻略は不可能という難易度……って事だからな」

「ええ。ですが、それほどのダンジョンならば、お宝もたっぷりありそうですからね」

 皮算用ではあるものの、チームのメンバーの一言に全員の頬が緩む。

 基本的に、ダンジョンは難易度が高ければ高いほど得られる宝物も高価な物となる事が多いため、目指す『オルアス大迷宮』には期待が高まっていた。

 さらに、今回は攻略情報すら金になるのだから、危険を犯してでも他の冒険者よりも早く迷宮に入らなければならないと、彼等が強行してきた理由がそこにあった。


 そうして、険しい道を乗り越えていく『ライオット』のメンバー達だったが、目的地にほの近い辺りに差し掛かった時、急に開けたその場所で目の前に広がる光景を見て唖然としてしまった。


「な……んだ、こりゃ?」

「む、村……?こんな場所に?」

 彼等が驚くのも無理はない。

 こんな人も入らぬ山奥に、いきなり出現したその村はごく普通の……いや、並の村よりも栄えているようにすら見えるのだから。

 なにより、ひときわ目を引くのがここからでも確認できるほど、村の奥に建てられた立派な教会。

 おそらく、そこを起点として村は作られているのだろう。


「どうするリーダー?」

「どうするって……とにかく人がいるんだ、行ってみるしかないだろう」

 元々、ダンジョンに入る前に夜営して万全を期してから突入するつもりだったのだが、安全によりよく休息がとれるならそれに越したことはない。

 意を決した彼等は、謎の村へと一歩踏み出した。


            ◆


「……なんなんだ、ここは」

「ああ……まるで天国だ」

 まだ新築の匂いが残る大きな宿屋の一室で、柔らかいベッドに転がりながら『ライオット』のメンバー達は呟いた。

 村に入った途端、拍子抜けするほどあっさりと受け入れられた彼等は、ちょっとした歓迎まで受けた。

 そこで色々と聞いた話をまとめれば、ここはダンジョン攻略に訪れた冒険者達をメインターゲットにすべく作られた村なのだという。

 そのため、普段ならあまりいい顔をされない冒険者達でも、大歓迎と言うわけだ。


 もちろん、この村は怪しい。

 確かに、ダンジョン付近にはそういった冒険者を相手にするちょっとした集落ができる事はあるが、ここはいくらなんでも整い過ぎている。

 さらに、この村のシンボルとも言える教会を核として、村にモンスターが侵入してこないように結界まで張ってあるのだという。

 並の商売人が集まった所で、こんな山奥にこれだけの規模の村を作るのは不可能だろう。

 だが、この村をまとめる役をしているという、教会の美しいシスターの話を聞いて一定の理解はできた。


 その彼女曰く、一国の組織を潰滅させるほどのダンジョンを監視する目的も含め、この村は複数の国が秘密裏に出(・・・・・・・・・・)資して作られた物らし(・・・・・・・・・・)いのだ(・・・)

 無論、はっきりとそんな話をされた訳ではないが、シスターの言葉の端々にはそんなニュアンスが込められていた。

 なるほど、色々な国家の思惑が絡んでいるならばこれほどの規模の村も作れるのかもしれない。

 そして、こんな拠点を作るという事は、それだけ本気でダンジョンの攻略を目指しているとい卯事なのだろう。


 しかし、あまり深く首を突っ込めば、要らぬ面倒を引き寄せる可能性が高い。

 余計な事は考えず、ダンジョン前の休憩地点とだけ見るならここは最高のポイントなのだから、冒険者達は素直に体を休めて鋭気を養う事にしたのだ。


「それにしても、あのシスター……すごかったな」

 ポツリと呟いた溢したメンバーの言葉に、一同が声には出さぬものの賛同する雰囲気を醸し出す。

 この村の代表として話を聞かせてもらった、教会のシスター……マルマ・マールと名乗った彼女は、教会の関係者に相応しい上品さと人当たりの良さを備えながら、香りたつような色気を纏う極上の美女だった。

 男達だけでなく、女のメンバーも思わず見とれるほどの女性だっただけに、よろしくない妄想を口して語る男達を(たしな)める気も起きない。


「そういえば、宿の主人に聞いたんたが、この村には温泉があるらしいぞ」

「そりゃいい。晩飯の後にてもひとっ風呂浴びるとするか」

 当然、反対する声など上がらず、装備を外してリラックスし始める冒険者達は、日頃の疲れをゆっくりと癒す事にした。


            ◆


 宿の主人から紹介された温泉は、まさに最高の癒しであった。

 ゆっくりと湯に浸かり、険しい山道を乗り越えて来た疲れも溶けて流れるほどの極楽気分を味わった冒険者達は、ポカポカした体を心地よく夜の空気にさらしながら宿への帰路につく。


 すると、施設をでてすぐに霧が立ち込めてきた。

 山奥の立地なのだし、こんな風に霧が出る気象の変化は特に珍しくもない。

 しかし、そうタカをくくっていた彼等の予想を上回るほどに霧は濃くなっていく。

 隣の人物の顔を朧気になるほどの濃霧に包まれながら、冒険者達は参ったな……とため息を漏らした。

 幸い、対して広い村ではないし、村の地形は把握しているから変に迷う事はないだろうと、彼はそのまま進んでいく。

 と、その時。

 彼等の前方に、ゆらりとして人影が見えた。


 もしかしたら、宿の者が迎えに来たのかもしれない。

 そう思って、リーダーが声をかけようとした瞬間、偶然に吹いた風がわずかに霧を晴らし、前にいる人物の姿を顕にした。

 そして、それを見た冒険者達の表情が凍りつく!

 なぜなら、彼等の前に立ちはだかっていたのは、宿の主人でも村人でもない、土気色の肌に半ば腐り崩れ落ちた顔の動く死体……アンデッドだったからだ!


「ア、アンデッドだとっ!」

「馬鹿な!どこから沸いて出た!?」

 驚愕する彼等に反応するように、アンデッドはのそのそと近づいてくる。

 さらに、深い霧の向こう側からも、こちらに向かって来る人影が増えてきた。

「ちっ……」

 冒険者達が舌打ちしながら、ジリジリと下がっていく。

 普段なら動く死体の一体や二体など物の数ではないのだが、武器を宿に置いてきたために、丸腰の現在では分が悪い。


「どうする、リーダー!?」

「……教会に向かうぞ!」

 どうして結界内にアンデッドが沸き出て来たのかは知らないが、教会に従事する者には対アンデッドのエキスパートが多い。

 あの美しいシスターも、見た目によらずこういった事態に対処してくれるはずだ。

 そう判断した彼等は、アンデッド達に取り囲まれる前に、教会へと向かって走り出した。

 しかし、その間にもアンデッドの影は増えていく。

 極楽気分から一変、生きた心地のしないまま、冒険者達は必死に駆け抜けていった。


 ──なんとかアンデッドを振り切って教会へとたどり着いた冒険者達は、驚くシスター・マルマに事情を説明する。

 それを聞いたマルマは、慌てる事なく彼等を聖堂へと導き、落ち着いて休むように促した。


「ふぅ……」

「それにしても、なんだってあんなに大量のアンデッドが……」

 一息ついた所で、頭にあった疑問が口をついて出てくる。

 こんな新興の村で、あれだけ大量のアンデッドが沸いて出るなど、まずあり得ない。

 もしや、噂のダンジョンから抜け出てきたのではない……などと話し合っていると、不意にマルマが話に入ってきた。


「ああ、それはワタクシがあのアンデッド達を管理しているからですわ」

「!?」

 思わぬ発言に、全員が彼女の方を見る!

 そして、マルマの瞳が怪しく光ると同時に、身動きがとれなくなった!


「あ……がっ……」

「ウフフ、動けませんでしょう?『束縛の眼光』といいますの」

 にこやかに話しかけながら、マルマは修道服をはだけていく。

 質素な服を脱ぎ捨て、その下にあったグラマラスな肢体を披露したマルマに、動けなくなっている事も忘れたかのように、冒険者達の視線が集中した。

 だが、欲情を孕んだ彼等の表情が、変化していくマルマの姿を前に驚愕に染まっていく!


 透き通るような白い肌は青く染まってゆき、頭の横から艶やかな黒い角が伸びてくる。

 清楚な下着は淫靡な衣装へと変わり、背中から生えた黒い羽や臀部から伸びる細長い尻尾などが、妖艶な肢体を彩っていく。

「ウフフ……」

 息を飲むほどにエロチックな仕草で唇に舌を這わせ、今や完全にサキュバスへと変化を遂げたマルマは、哀れな獲物を値踏みしながら微笑みを浮かべた。


 おそらく、冒険者達の頭の中では、様々な疑問が嵐のように吹き荒れていることだろう。

 しかし、本性を現したマルマにはどうでもいい事だった。

 ツカツカと冒険者達の元へ歩み寄ると、そのしなやかな指で動けないリーダーの頬を撫でる。

 その途端に、強張っていたリーダーの表情が弛緩し、蕩けていった。


「安心してください、ここで命をとったりはいたしませんわ。ただ、ほんの少し生命力を吸わせていただきますね♥」

 肉食獣を思わせる、興奮と歓喜に満ちた笑顔でマルマは冒険者達の服を脱がしていく。

 サキュバスに狙われる男達だけでなく、女達の服も脱がしていくマルマに、「なんで!?」といった疑問の表情が浮かぶ!

 そんな彼女達を眺めながら、サキュバスは口の端からわずかに光る涎を垂らして嗤う。


男達(メインデッシュ)の次は、女達(デザート)を楽しませていただきますわ♥」

 むき出しになった女性冒険者の体に指を這わせなが、なんとも楽しそうにマルマはいやらしい笑みを湛えていた。


           ◆◆◆


「──とまぁ、最初の冒険者達はこんな感じで処理いたしまして、その時の記憶を奪った後でダンジョンへ向かわせましたわ♥」

 満面の笑みを浮かべながら、マルマ・マールと名を変えた元魔族のマルトゥマは俺達へ報告をあげてきた。

 うーん……しかし、こいつ元男のくせに躊躇なくセック……吸精しまくりやがったな。

 スケベが極まると、男女関係なく対象になるっていうのは、マジな話なのかもしれん。

 怖い話だ……。


「んん……その後にダンジョンに入ってきた例のチームは思ったよりも衰弱してたから、もう少し吸精は抑えた方がいいかも」

「わかりました、マスター♥」

 素直にオルーシェへ頭を下げるマルマの姿は、サキュバス転生した瞬間に裏切ろうとした奴と同一人物とは思えない。

 よほど、オルーシェのお仕置き(・・・・)が効いたのか……。


 それにしても、村を模した屋外階層は上手く運用していけそうだな。

 それに、急に現れた村にしても様々な国が裏で関与してるという誤情報を匂わせるだけで、冒険者達も深くツッコンでこなるようだ。

 まぁ、国家間のゴタゴタに巻き込まれたい冒険者なんていないだろうしな……。


「屋外階層で入手した金銭は、ダンジョン内の宝箱に配置したりして……」

 幸先良さそうなスタートを切った屋外階層の村に、オルーシェも上機嫌よさそうに色々と割り振りをしている。

 さて、これから少しは忙しくなりそうだな……。

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