01 新しい試み
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ディルダス王国の魔導機関が大量の人材をつぎ込み、とあるダンジョンを攻略しようとして失敗に終わったという事実は、瞬く間に周辺国家の知るところとなった。
詳細まで伝わるには時間がかかるだろうが、それでもその大きな事件に各国の注目は戦場となったダンジョンへと向けられる。
その名は『オルアス大迷宮』。
なんでも、そのダンジョンのマスターがそう名乗ったらしいのだが、他称ではなく自称するあたりに彼のマスターの自信のほどがうかがえる。
そして、そのダンジョンの噂に伴い、ディルダス王国の魔導機関において表と裏の両方を司るバスコムの処遇についても、様々な憶測が飛び交った。
──曰く、責任を負わされて投獄された。
──曰く、権力の座から落ちて閑職へと追いやられた。
──曰く、失敗のショックで精神的に壊れてしまった。
等々……。
なんにしても、大きなダメージを負ったディルダスよりもそれを与えたダンジョンの方に、各国の興味は向いている。
──いつから現れたのすらわからない、そんな新造のダンジョンの情報を集めるべく、水面下で様々な勢力が動き出していた……。
◆◆◆
「うおぉぉぉっ!」
「あ゛あ゛~」
気合いの入った俺の声と、単調なゾンビ達の声が重なる!
全力を込めて押し、全力を込めて引っ張るといった二つの力が標的に向けられ……やがて、メリメリと大きな音をたてながら、巨木の根っこが掘り返された!
ふぅ……これで、ようやく一段落ついたぜ。
額の汗を拭い(実際に汗は出ていないが、気分の問題である)、だいぶ開けた平地を見ながら、俺はグッ……と伸びをした。
今、俺達はオルーシェからの指示に従い、ダンジョンの入り口から少し離れた場所の整地を行っている。
土木作業のために、ダンジョン・コアから生み出されたゾンビ達やゴーレム達を使い、大地を平らげたり森を切り開いたりといった、開拓団的な作業を延々とこなしいるのだ。
これなら、もう少しで村も作れそうだな。
……あ、いや。
村を作るといっても、これはもちろんダンジョン製作の一環ではあるんだがな。
しかし、こんな太陽も高い真っ昼間からアンデッドの集団が開墾を行っているという絵面は、端からみたらかなり不気味だと思う。
現在は骸骨兵な俺が、言えた義理ではないかもしれないが。
そもそも、なんでこんな作業をすることになったのかと言えば……。
◆
「迷宮外階層?」
聞きなれない単語だったのか、オルーシェは可愛らしく小首を傾げる。
「おう」
そんな彼女に、俺は頷いてみせた。
決戦の後……得られた大量のダンジョンポイント全てを、ダンジョン育成につぎ込もうとするオルーシェに、俺は駄々っ子のごとく抵抗した!
だが、十分以上の見苦しい大人な振るまいを「かわいい」という皮肉まじりで返す彼女に敗北を喫した俺は、せめてまた多くのポイントを稼ぐためにと過去の経験から色々とアイディアを出していたのだ。
そんな中に、先程の「迷宮外階層」という構築様式があった。
俺の時代からしてもひと昔前といっていい時期に、一時流行していたその様式について、オルーシェへと説明していった。
まぁ、そんな特別な技法という訳ではなく、そのまんまダンジョンの外に特別な階層を作るって手法で、通常のダンジョンが地下一階、二階……って感じ下がっていくのに対し、言わば地上一階を作成しようという物である。
時々、ダンジョン内に外とまったく同じ環境の階層を作ろうとするマスターもいるが、それは凄いコストがかかるので、よほど余裕のある連中にしか作れないだろうな。
さて、一通りの説明を終え、我等が「オルアス大迷宮」にそんな様式が必要かな……と思ったら、予想以上にオルーシェは食いついてきた!
「屋外階層……明るい外で共に過ごす時間……ちょっとしたお出かけ気分……」
何やらブツブツと呟くオルーシェだが、えらい乗り気だな。
てっきり、「外は危険が危ない」とか言われて、普通に却下されると思ってたよ。
「しかし、なんだって屋外階層にそんなに乗り気なんだ?」
少し不思議に思えて尋ねてみた。
「たまには、外で過ごすのも悪くないかなと思って」
すると、こんな答えが返ってくる。
うーん、カフェテラス感覚だなぁ……。
おっさんだから若い感性についていけない事実を噛み締めつつ、乞われるままに『迷宮外階層』の件について話し合いを続けた。
◆
そこで話し合った結果、最近できた新興の村を装った迷宮外階層を作ろうと言う事で話は決まった。
とはいえ、コアの力で内側に作るダンジョン構築とは違い、外部への階層構築には「展開するのに必要なだけの平地」という物が必要である。
そういう訳で、実際の村単位程度の平地を確保するために、いま行われている開墾に繋がってくるのだ。
幸い、駆け出しの冒険者だった頃に、こういった開拓団の護衛をしつつ仕事を手伝った経験があったのが、こんな形で役に立つとは思わなかったぜ。
疲れ知らずなアンデッドやゴーレムも、かなり使い勝手がいいし、思ったよりも早く迷宮外階層が作れそうだ。
しかし、まさかこんな体になってから土木作業をすることになるとは、さすがに思ってなかったが。
「ふぅ……」
さて、もう一仕事して今日のノルマを終わらせるか。
そんな事を思いながら立ち上がると、ある一体のゾンビが俺の元にやってきた。
「あ……ああ……あう゛あ゛あ゛……」
なに?
それは本当か?
呻き声にしか聞こえない話の内容はともかく、俺の方が上位のダンジョンモンスターとして、ある程度の意思疎通が可能だ。
そんな俺の脳裏に、このゾンビが見た物が灯影される。
こいつが見た物、それは……。




