75 ケーキと水遊び
第二騎士団長、副団長は騎士団で祝いの席を設けているからとそれからすぐに帰っていった。
入れ替わるように王妃様たちが部屋から出てきて、水着を着たエライア姫は父親である国王にかまってもらっている。
「そういえば、おりんとチアを連れてきたけど、面接的なものでもするの?」
今回、宰相の手紙に連れてくるように書いてあったので、二人もお城まで一緒に来たのだ。
「そこまでするほどじゃない。正会員の特別申請をした手前、顔くらいは見ておきたいと思っていただけだからな」
「右に同じだ。屋敷を用意した手前、住んでいる者の顔くらいは見ておこうと思っただけだ」
「それならいいけど」
わたしはバッグから頼まれていたレシピを取り出して国王と宰相に渡す。
「はい、前のケーキと、別のケーキのレシピね。あとエッグベネディクトも」
「ん、何のレシピだ?」
「姉さまや母さまだけたべてた!」
ギルマスの疑問に答える前に、エライア姫が手を腰に当てて怒ってますポーズで文句を言った。
「エルもチョコレートは食べてたでしょう」
「この前の黒いケーキはお酒使ってたからね。今度お酒抜きで作ってもらうといいよ」
エライア姫の頭を撫でてから、机の上にショートケーキを出す。
こんなこともあろうかと、というやつで、サリシアから戻ってきて作っておいたのだ。
「それで、これがもう一つのケーキね。エライア様も食べれるよ。レシピが欲しければ国王様に渡したのを写して」
「あら、ありがとうロロナちゃん。あなたたち、紅茶を」
王妃様がメイドさんに指示を出す。
「ロロナ」
「何ですか?」
「甘いものだけでは足りん。前のカレーパンやピザはあるか」
「……はあ、多少はありますけど」
真面目な顔をして、何を言うのかと思った。
ケーキの試食だけのはずが国王のせいで、前回いなかった王妃様やギルマスたちへの試食会も兼ねた昼ごはんになった。
足りなそうなので、サリシアで手に入れた魚で作っていた魚の白身揚げバーガーも放出した。
すぐ用意できるお昼ごはん用にと作り置きしてたストックだったのに。
なぜかまだ居残っている服飾師さんがフィッシュバーガーを食べて目を輝かしている。
ストレージに入っていた関係で魚は新鮮なままだ。王都は海から距離があるから、貴族でもなければあまり海の魚を食べる機会は無いんだろう。
ケーキをエライア姫がおいしそうにもぐもぐ食べている。
うまく取れなくてケーキがお皿から落ちかけたり、バラバラになったりしている。それをひとまとめにして食べさせたりして、世話を焼いているのはおりんだ。
他のメイドさんたちは、飲み物を用意したりと忙しく働いていてそこまで手が回っていない。
わたしたちは昨日の夜に食べていたのでケーキは遠慮している。
適当にチアと軽食系をつまみながら、初めて食べる組の感想を聞いていた。
「そういえば、報告にあったサリシアの花は?」
「ああ、ここにあるぞ」
魔術師長が水色の花結晶が入った小瓶を国王に差し出す。
国王は瓶から少しだけ手の平に出すと口に放り込んだ。
「なるほど、これはいつものとは別物だな」
「とうさま、わたしもー」
「エル、私にも少しちょうだい」
エライア姫にお願いしているアリアンナ姫の横で、別の瓶から味見をした宰相やギルマスが魔術師長に交渉を始めている。
収穫量はどうだとか買取価格はこうだとかやっているのを尻目に、花結晶を食べて満足したらしいエライア姫が騒ぎ始めた。
「水遊びしたい!」
場所を移して、水着に着替えた。
チアの服を脱がせてから、みんなが着替えている横で壁に向かってさっさと着替える。
後ろからは、おりんが無言のプレッシャーをかけてきている。振り向いたら花瓶くらいは飛んできそうだ。
おりんやアリアンナ姫、王妃様たちが着替えているので、お前は見るなと言うことらしい。
中庭の奥にはプールまであった。
古城ホテルみたいだな。昔の王族か建築家に、異世界から来た魂の人とかいたんだろうか。
やってきたメンバーは女性陣全員で、なぜか服飾師さんまで一緒についてきている。
どうやら、実際に着た状態を見てみたかったようだ。
「ロロナさん、また帰りに本を借りていって下さいね」
「ありがとう、アリアンナ姫」
つと、頬に指を当ててアリアンナ姫が一度宙を見た後、わたしに向き直った。
「私を呼ぶ時は、アリアでいいですよ」
「わたし、平民だし獣人だけど」
「別にいいんじゃないでしょうか。お父様は気にしませんし、ロロナさん……ロロナたちは色々と特別なんでしょう?」
「え? どうかな……?」
ちょっと国に貸しがあるくらいで、普通のつもりなんだけど。
「それに、エルもあんなですし」
向こうでは、チアがエライア姫を背中に乗せて泳いでいる。
「チア、もっと速くー。おりん、待てー」
「エル様、落ちちゃうよ」
「落ちないからだいじょうぶー」
お互い愛称呼びの二人が、きゃいきゃい言いながら遊んでいる。
「まあ、そういうことなら。……よろしく、アリア」
プールに魔石を使った水の流れるすべり台を作ったりして遊んでいると、メイドさんに呼ばれた。
「シェリグサリス伯爵が御用があるそうです」
姿を探すと、日陰のテーブルの側に魔術師長の姿を見つける。
「魔術師長さん、どうかしました?」
「ギルド経由でもいいのだが、コレについてはここで渡しておこうと思ってね」
机の上にごろりと並べられたのは、魔石だ。触れて確認すると、宿った魔力から強力な魔物のものだとすぐにわかった。それが五つ。
サリスで結構使ったので、報酬として頼んでいたものだ。必要経費は言い値で払うって言ってくれたからね。
「気前いいですね。お願いしていた分より、かなり多そうですけど」
「自前だからね。最近使う機会があまりなくて、余らせていたというのもあるが」
「自前?」
「……厄介な魔物が出ると、討伐なんかにも参加するんだよ。これでも宮廷魔導師長なんでね」
そういえば、そうだった。
モルザ海トカゲについては、相性が悪く手をこまねいていたようだが、彼は魔法使いの域に到達している一流の魔術師なのだ。
「魔道具などに使うのかい?」
「それもありますし、他にも魔術を使うのにも結構使ったので」
「魔術に? 何でだね?」
あ、そうか。言ったことなかったな。
「わたし、魔力ないんです。魔石を魔力源に魔術を使っているんです」
「……初めて聞くタイプだね。にわかには信じがたいが……つまりは術式を使うわけか。位置指定の魔術も使ったと聞いたが……」
魔術師長が少し考える素振りを見せてから、こちらに向き直った。
「実践でも使えるくらいの時間で位置指定の術式を描けるとなると、君の基礎術式の理解度と構築能力はかなりのレベルだね……」
「そうなんですか?」
今の魔術や魔法の情報を何か聞けるかもしれないと思って、何もわからないような顔をして尋ねる。
「冒険者の魔術師としては、十分な腕だろうね。それだけ下地ができているのに、魔法使いになることがないというのはもったいないが……」
「なることがないとは?」
もうなってますけど。
ちょくちょく魔法使ってますけど。
「稀有な例を除けば、攻撃魔法というものは、強力だが発動まで時間のかかる鈍重な兵器だと思っておくといい。冒険者向きの武器じゃないのはわかるだろう? それが必要となるような魔物退治は、騎士団や我々の仕事だよ」
まあ、理屈ではある。
でも軍の手が回らない時もあるし、その辺はグレーゾーンじゃないかな。
「ちなみに、稀有な例って何ですか?」
「数瞬あれば魔法を使えたなんて言う、規格外の魔法使いも歴史上いたという話さ。星眺の魔女だとか、帝国の魔法候だとかね……」
「へー、そうなんですね」
さらっとわたしの名前でてきた!
思わず尻尾を振りそうになったのを、慌てて押さえる。
少し感動しているわたしの後ろでは、すべり台で遊ぶチアとエライア姫の歓声が響いていた。




