67 採集の始まり
魔術師長は、すぐに商人たちと話し合いを始めた。
なかなか盛り上がっているみたいだ。
「三倍どころか、五倍はいけますよ! もっと上げてもいいくらいです!」
「よし、では五倍だ! 拡声魔術を使う。ロロナくん、キミたちも耳をふさいでいたまえ」
魔術師長さんの言葉に、商人や護衛たち、魔術師長の息子がすぐに耳に手を当てる。
わたしも犬耳をぺたんと閉じた。
『サリスの者達に告げる! 領主のシェリグサリス伯爵である。今年のサリシアの花は青色で、味も違っているようだ。五倍値で買い取るぞ! 海の魔物は討ち取ったが、もう枯れるまで日がない。採集の時間だ! さあ皆の者、急いでくれ!』
風の魔術に乗って、魔術師長の声が町のすみずみまで届けられた。
すぐに町中から歓声が上がり、討伐されたのを見ていて準備を始めていた人たちが最初に、それから魔術師長の声を聞いた人たちが、みんな水着姿でナイフや派手なタライを担いで続々と海に向かう。
水着はやっぱりみんな黒色だな。
サリシアの花を味見をしながら、チラチラとこちらを伺っていた魔術師長の息子がやって来た。
「あー、その……ロロナだったか。お前が持っていた魔道具のおかげでモルザ海トカゲの討伐ができた。さっきは怒鳴ってすまなかった。町の者たちに代わって礼を言う」
どうも謝るタイミングをはかっていたみたいだ。
礼の言い方は、いかにも貴族らしい。
「別にいいけど。そんなことよりもキミ、泳げるの?」
まあ、こっちもつい魔術師長にツッコミをいれてしまったからな……
笑って海を指差すと、魔術師長の息子はホッとした顔をしてから、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「俺の名はモールズだ。水中呼吸の魔術だって使えるからな、一人で三人分は採るぞ。父上、俺も行ってきていいですか?」
「ああ、もちろんだ。一度屋敷に戻って準備してくるといい。屋敷の者にも声をかけてきてくれ。ほれ、護衛はもういい。お前達も行ってこい」
促された護衛の兵士と魔術師長の息子は、街の方へ走っていった。
商人たちも顔を見合わせて、魔術師長に頭を下げると浜から上がり街へ向かう。
自分達も採集するのか、商業ギルドや冒険者ギルドへ取り分の交渉でもしに行くのだろう。
それを横目に、今度は葉の部分も食べ比べてみる。
サルビアに似ているせいなのか、肉厚な葉っぱから海中花とは思えないハッカめいた香りがした。
うーん、清涼感はあるけれど……普通の葉っぱだな。
青い花の方、透明感のあるエメラルドめいた葉は、同様にミントのような味とともに、花の結晶の時のようなシュワッとした感覚を葉の中から感じた。
うん、これはなかなかおもしろいな。
ジュースとかに入れたらどうなるんだろう。
「あれ、魔術師長は行かないんです? カナヅチ?」
町の人たちがこぞって海に入っていくのをただ眺めている魔術師長に声をかけた。
魔術師長の使える魔術や魔法によっては、一人でも大量に収穫することができる可能性もある。
「はっはっは。ロロナ君はサリスのハサミエビと呼ばれたこの私に面白い冗談を言うな。私よりサリシアの花を採るのがうまい者などこの世におらんぞ。まあ、今は領内を束ねる立場だからね」
ハサミエビってロブスターとか?
海底を歩いているイメージだけど、泳ぎうまかったっけ?
なんとなく言いたいことはわかるんだけど。
「はあ、ソウデスカ」
「その顔は信じてないだろう。昔は、よく弟と行ったんだ。ほら、向こうに岩が見えるだろう。あそこの裏はいいポイントなんだ」
「いえ、ハサミエビとか、そんなよく分からないたとえを出されても……」
信じる信じない以前に、ハサミエビというあだ名のすごさがまったく伝わらない。
それより、この辺でハサミエビとやらが捕れるのなら食べてみたいな、と関係ない方へ思考が飛んだ。
「……いいだろう。少々わたしの実力を見せてあげよう」
そう言うと、魔術師長も準備のために街の方へ行ってしまった。
宮廷魔術師長なのに、見せる実力はそこでいいのか。
「……えっと、わたしたちも採りに行こうか」
「そうですね」
「うん! 早く行こ!」
風精霊の靴の力を借りて、まだ人がいない遠くまで一気に走って飛び込んだ。
町の人たちを見ると、海に浮かべたタライにナイフで刈り取った花を入れている。
ああ、それで区別がつくようにタライが派手にしてあるのか。
わたしはマジックバックを通してストレージに収納しているので、いちいち海面まで戻る必要はないので、その点は楽だ。
わたしがつかんだ花をチアがナイフで刈り取るのを、そのま収納していく。
おりんも採っては自分用のマジックバッグに収納している。
住民たちも、最初はいつもと違う青色の花に目を奪われていた者もいたようだが、今は全員が鬼気迫る表情で作業を続けている。
買取値五倍が効いているみたいだ。
しばらくして休憩に浜にあがると、魔術師長と息子がタライに山盛りになったサリシアの花を自慢げに見せてきた。
魔術師長の方は、息子の方のものより更に多く、山と積みあがっていた。自慢するだけあって、周りで休憩している他の人たちよりも明らかに多い。
「おー、さすがハサミエビサマ。もうこんだけ採ったなんてすごいペースだね」
ドヤ顔してるけど、ハサミエビって言われて嬉しいのかな。
少なくとも、わたしなら嬉しくない。
「お前らの収穫したものはどこだ?」
「採ってそのままマジックバッグの中だよ。海面まで上がらなくていいから楽なんだよね」
「なっ!? そんな物まで用意しているなんて卑怯だぞ」
「なにがよ……」
いつから花を採るのは競技になったんだ。
「それで、ロロナ君たちはどのくらい採ってきたんだ?」
「……あんまり比べるものでもないと思うんですけど」
まとめて浜に出すと、二人の分とは比較にならないほどの量が山になって積まれた。
「こ、こんな量どうやって……」
「どうせ採りきれないだろうからと思って、人が来そうにない辺りのやつをまとめて魔術で刈ったから……」
水刃の魔術で刈ってまとめて回収したのだ。
「普通に採った量は二人が一番じゃない? わたしたちは全然少ないと思うよ」
「うーん、なんか納得がいかん。勝ったのに負けたというか……」
「今年に限っては採れるだけ採ってもらった方が助かるが、なかなか大胆なことをするな……」
試合に勝って勝負に負けた感じなのかな。そもそも勝負してたつもりはないけど。
夕方になり、辺りが暗くなるまでお祭りのような騒ぎは続いた。
暗くなり始めると、みんなが手慣れた様子で花の入った重そうなタライを担いでギルドに向かっていく。
わたし達の花は個人領域に入ってるので急いで納品する必要もない。疲れたので明日にしよう。
薄暗い中、宿に向かって歩いていると後ろから水着を着たおばちゃんが追いかけてきた。
おばちゃん、仕事をほっぽり出して花を採りに行ってる!
「ごめんごめん、すぐに準備しておくからね」
着替えてからおりんに洗浄をかけてもらうと、宿の食堂部分に向かう。
厨房では、水着姿のままでエプロンをつけたおばちゃんがフライパンを振るっていた。
海の家じゃあるまいし、せめて着替えればいいのに……
豪華海鮮祭りといきたかったけど、モルザ海トカゲのせいで漁がしばらく中止だったのと、今日はみんなサリシアの花を採るのに忙しかったので新鮮な海の幸はお預けだ。
気絶していた魚の一部が浜に打ち上げられていたおかげで、焼き魚にはありつけた。
普通に塩焼きにしてもらう。
普通の白身の魚だ。でも、それがたまらなく嬉しい。
前世と変わらない、海の味。
ああ、お酒が飲めないので、せめてご飯が欲しい。
夕食を終えるともう体力の限界だった。
三人とも、かなりの時間を泳ぎまわっていたので疲れ果てている。
「ロロちゃん、おやすみー」
「はいはい」
チアが額にキスをしてきて、八割くらい眠った頭でチアのおでこにキスを返した。
「ロロ様、明日のことですけど」
「はいはい」
「にゃっ!?」
黒猫のおでこにもキスをすると、そのままベッドに倒れるように眠りについた。




