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63  採れない花

 話をしていると、馬車も追いついてきた。


「オークのお肉だねー」


 チアが抱きついてくる。食べないよ。


「普段からこんな群れが出るんですか?」


 おりんがオークの死体を見下ろしながら護衛リーダーに尋ねた。


「ここらなら、年に一回あるかないかだな。別になくはねえよ」


 冒険者たちはその一回に運悪く当たってしまったわけだ。

 商人たちと話をしていた弓使いの人がやってきた。


「少し払えばオークを町まで運んでもらえるって」

「そうか、ええと……それで取り分の相談なんだけど……」


 助けられた冒険者の一人が、気まずそうに口に出した。


「あるわけねえだろ。お前らが仕留めてた一匹だけだ。助けてもらった上に、ほとんど役に立ってないんだからな」

「勝手に決めないでよ」


 横から当事者でもない護衛リーダーが口を出してきた。

 まあ、言っていることは正しいと思うけど。


 一応、転ばしたやつのとどめを刺したり、こちらに向かってきたオークに射掛けたりはしている。


「むしろ、あのへっぴり腰でよく一体倒したもんだ」

「それは正直、出会い頭の事故というか幸運というか……それじゃ、一つ情報を買ってもらえませんか?」


 助けた冒険者が、思わぬ提案をしてきた。


「君らも花の採集か、処理の仕事で来たんじゃないかと思ったから……僕らもアテが外れて厳しいんだ」


 言い方的にサリシアの花に関係する話のようだ。

 周りの商人たちも、花の話と聞いてあからさまに耳を傾けている。これで聞かないと言う度胸はわたしにはない。


「それで、どんな話?」

「今年はサリシアの花は採れない」

「なにいいいぃぃぃ!?」


 後ろで商人たちが叫んだ。フードの下で耳をぺたんと閉じる。


「なんで?」

「海に魔物が出たんだ」


 なんとも迷惑な。

 今回の目的であるサリシアの花は海中花だ。

 そりゃ、魔物がいたら採れないね。


 もう一つの目的である海の幸のためにも、魔物の駆除が必要だな。


「僕らも花の採集目当てだったんだけど、もうあきらめて帰るところだったんだ。もし君らがここで引き返すなら、オークを全部買い取って代わりに町で売るけど……」


 つまりは、話を聞いてここで引き返すのなら町への無駄な往復を省略させてくれるわけだ。手間を引き受ける分、取り分を増やしてくれという申し出か。


 後ろでは商人たちが青くなったり赤くなったりしながら、相談を始めている。

 気持ちはわかるけど、着いてから状況を確認しないと、ここで相談しても意味ないんじゃないかな。


「ここまで来たから、サリスまで行くよ。それで、魔物っていうのは?」

「知ってるかな。モルザ海トカゲって言うんだけど……バカでかい、魚とトカゲを混ぜたような魔物で」

「あー……うん。知ってる」


 泳ぐのが得意な大トカゲで、わたしの感覚で言うなら有名な恐竜映画にでてきたモササウルスが近い。

 遠目に見たことがある程度で、よく知らない魔物だ。


 結局、情報料も含めて追加でオーク一体を冒険者に譲った。

 どうせギルドの買取所行きの予定だ。

 クセが強いし、あえて食べたいものでもない。


「じゃあ、お前らも一緒に行くぞ。オークが出たし、念のためだが、固まって行った方が安全だろう」


 安全という言葉を使われると断りづらい。

 護衛の冒険者も手伝ってオークを積み込み始めてしまったので、そのままなし崩し的に馬車で向かうことになってしまった。


 結局乗せてもらったが、到着が遅れるし、お尻も痛い。

 好意はありがたいが、正直あまり嬉しくはないな。


 暇なので、おりんとモルザ海トカゲをどうするかについて話をする。


「倒すのはいいですけど、さすがに目立ちそうですね」

「海トカゲ狩り程度なら、注目されても別にいいんじゃないかな」


 行動に制限がかかるレベルで注目されなければ、別に問題はない。

 そこまで気にしていると、きりがないし。


「場所を探るのはどうしましょうか?」

「うーん……不意打ちを狙うか、正面から倒すかによるけど……」


 話していると、わたしがオークから助けた四人の冒険者たちがやって来た。


「あの、ちょっといいかな」


 相談時間はすぐに終わってしまった。

 暇つぶしの世間話程度かと思いきや、そのままパーティーへの勧誘が始まった。


「そう言わずに、試しにぼくらと組んでみませんか?」

「組まないってば」


 そんな気はまったくない。そろそろあきらめて欲しいな。

 馬車が休憩に入ると、護衛リーダーが現れた。


「お前ら、何やってんだ?」

「え? やっぱり女の子だけなんて危ないじゃないですか。こんなかわいい子たちを放っとけませんよ」


 ……薄々思っていたけど、戦力強化じゃなくてナンパ目的で勧誘してないか。

 危ない目にあったばかりなのに危機感ないなあ……

 ある意味、神経が太くて冒険者らしくはあるのかもしれない。


「……いや、お前ら四人よりロロの方が強ぇだろ」


 護衛リーダーの身も蓋もないセリフで、助けた冒険者たちがひるむ。

 いいぞ。もっと言ってやれ。


「うっ……いやでも……男手がいた方が……」

「男手がいるとしても、お前らはいらんだろ。俺も用があるんで散った、散った」


 助かったと思ったら、護衛リーダーもか。今度は何だろう。面倒ごとはやめてね。


「おう、ロロ。うちのクランは護衛がメインなんだが、どうだ? やってみる気はあるか?」

「ないよ」


 こっちも勧誘か。少しげんなりしながらも答える。


「色んな場所に足を延ばすから、それなりに珍しいものも見れるし手に入る。二、三か月程度だけでもいいから、気が変わったら言え」


 簡潔に自分たちの仕事の紹介だけすると、横に腰かけていたリーダーが立ち上がった。


「結構あっさりだね」

「おう。お前はいずれ高ランクまで上がるだろうし、どうせうちの仕事じゃ物足りなくなるのは目に見えてるからな。正直、うちに入るのもたいして期待してない」


 さっきの戦闘で使ったのは初歩の術だけだ。

 なんでそういう評価になってるんだ……?


「……何で? 見せたのって初歩の術だけだよね」

「さっきの連中じゃあるまいし、さすがにそれはねえよ。昔組んだ魔術師が使ってたから知ってる。お前が使った位置指定の術は、並の魔術じゃねえだろ」


 完全無欠に、これ以上ないくらい普通の術ですけど。

 話が嚙み合ってない気がするな。

 助けを求めようと横にいるおりんを見たけど、こちらも分かっていないようだ。不思議そうな顔をしている。


「ごめん、本気でわからない。何が?」

「……お前、自覚ないのか? 位置指定の術ってのは、集中がいるからもっと時間がかかるし、指定する範囲も大雑把なもんだろ」

「あー……それについては、単純に努力の賜物だよ」


 術の精度か……そういう視点は抜け落ちていたな。

 半分は言ったとおりで、あとの半分は制御の甘めな呪文と、正確性に優れる術式との差だろう。


 そもそも、投てき系魔術の詠唱を短縮して早めていくのが一般的な魔術師のスタイルだ。

 位置指定なんて、わざわざ面倒で使う機会の少ないものを普通は練習しない。


「……お前、まだガキなのにどんな訓練してんだ? まあ、俺がお前を気に入ったのは、そこじゃねえんだけどな」


 おりんが警戒するように、わたしの体を自分の方へ引き寄せた。

 多分、それも違うと思うよ。


「違えよ。ガキに興味はねえ。気に入ったのは、突っ込んでくるオークを前に平気な面して立ってたとこだ。……普通はビビるとこだろ。それが、オークの攻撃くらい避けるのはわけないなんて言いやがったから、おもしれぇと思ったんだよ」


 まあ、普通の魔術師は前衛に守られながら戦う後衛だもんね。

 わたしは単純に場数を踏んで慣れたのと、対処できる自信があっただけだ。大昔なら、普通に怖がってた。


 休憩が終わって護衛リーダーが帰って行くと、追い払われた冒険者パーティーが、また話しかけてこようとうろうろし始めた。


 それを見た商人さんに同情気味な声で話しかけられる。


「なんか大変そうだな、嬢ちゃんたち」

「……商人さんたちほどじゃないけどね」

「……そうなんだよなあ。少しくらい採れていればいいんだけど……」


 二人のため息が揃った。


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