209 戦車競技会前日
ボッツとナンナの家へ泊まった翌日、チアと二人で町へ繰り出した。
もっとも、目に見えているのが二人なだけでストラミネアも普通にいる。
今日の目的地の場所もボッツに聞いてのんびり探すつもりが、昨日ストラミネアが調べてくれていた。
昨日の晩はおりんだけがリンカーネイトとして、生きていることをボッツとナンナに伝えにいくはずだった。
ところがボッツが余計な勘のよさを発揮したせいで、仕方なくバルツの件の説明のためにわたしまで出ていかざるを得なくなってしまった。
バルツとボッツの話し声は耳のいいわたしやおりんには聞こえていたのだ。
親子の間に変な気まずさが残っても困るし、バルツがわたしのやったことを伝えてわたしのことを怪しまれるのも困る。
おりんは創造魔法はほぼ使えないと言っていいレベルだし、おりんがやったことにするのも無理がある。
仕方なく、死んだはずの魔法使いの登場となったわけだ。
死人がいつまでも出てくるべきではないし、もう出番はないだろう。
ボッツにも、なにかよくわからんが死んでからも元気そうだったなくらいには思ってもらえたんじゃないだろうか。
ナンナは久しぶりに帰ってきた息子のバルツに好物を作ってやるとかで、フィフィも一緒に買い出しに出掛けていった。
おりんもそちらに付き合っている。
当のバルツは朝まで酒場で飲まされていたのでまだ寝ているが。
「あー、ここかな」
やたらと大きな建物の職人連合ギルドの本部を訪ねた。
建物は大きいが中に入るとろくに人はいなかった。閑散としている。
鍛冶師から彫金師や宝石職人、革物の職人など各職人ギルドの代表が集っている、職人ごとのギルドの上部組織だ。
といっても普段は職人全体の意思決定というよりも、ギルド間の連絡をスムーズにするための側面が大きいらしいから、何もないときはこれくらいの人員でいいのかもしれない。
「こんにちは。これをお願いしたいんですがいいですか?」
「はいはい、なんでしょう」
どうせ剣は持っていないのもあって、チアはせっかくなのでシンプルな街着だ。
チアの剣は約束どおりボッツが朝から調べている。
冒険者の仕事着だとスカートではあるけど戦闘に耐えうる厚手だし、ブーツスタイルなので天気がいい日は少々暑苦しい。
特殊体質の当人は暑さはまったく平気だけど、蜘蛛神に作ってもらったもののあまり使ってなかったのでせっかくなので出番になった。
わたしは上から猫耳パーカーを羽織っているし、元々スカートは短いのでいつも通りである。
違いは暑くてニーソックスをはいてないのでそのまま生足なことくらいだ。
そんなわけで職人ギルドにも親書にもまったく似つかわしくない。
国王の親書を差し出すと三度見された。
「ヴェルニチェリ国王から……これ、かなり大事な手紙よね。悪いんだけど、二、三日待ってからまた持ってきてもらっていいかしら」
「なんで?」
「見ての通り、みんな明日のイベントの手伝いで出払ってるの。私も本当はここの担当じゃないのよ。手紙が間違いなく届くようにと考えたら、今日はやめといたほうがいいわ」
元々いないんじゃなくて出払っていたらしい。
どうせ何日かいるのだ。それくらいはまったく問題ない。
「それはいいけど、どんなイベントがあるの?」
「戦車よ。戦車の競技会。女の子はあんまり興味ないかしらね? でも、お店なんかも結構出るから……」
「ホント!? どこでやるの!?」
「あ、あら……案外興味津々なのね。町から出てすぐ南にある広場よ。今日は準備だけだけど、見ることはできるわ」
「そうなんだ。ありがとー」
早速、教えてもらったところへ向かう。
「ロロちゃん、ドワーフの戦車見てみたいって言ってたもんね」
「うん、競技会ってことは動いているところが見れそう! すごいよね!」
会場へ向かうと、柵で分けられているが中までみんな出入りしている。
大きさのまちまちなでっかいアルマジロみたいなのがたくさんいたり、屋台が並んでいたりする向こうに戦車がいくつも並んでいるのが見えた。
ドワーフ以外の旅人らしい人もそれなりにいる。
関係者ばかりじゃなさそうなので見にいっても大丈夫そうだ。
早速近くまで見にいってみる。
大きさは大体同じくらいだけど、デザインも見た目も全然違う数十台の戦車が並んでいた。
思ってたより大きい上に、どれもすべて金属製だ。
「これが本物のドワーフの戦車……! うわ、本当に総金属製だ。重厚感が……あれ、意外に薄い。本が盛られてたのかなあ。もっと装甲厚そうなイメージだったんだけど」
「ホントだね。これだと斬られちゃうよね」
「それができるのは人間だとチアくらいだけど……大型の魔物なら危ないかもね」
金属の塊をぶった斬るような人間そうそういない。
見回すと、速度の出そうな軽そうなデザインで仕上げられているものが大半だ。
思っていたのと違う感じのが多い。
でも、中にはいかにも頑丈さ一徹で鈍重そうなものも少ないが置かれていた。
「あ、知ってるのもある」
「分厚いねー」
チアは遠慮なくぺたぺた触っている。
「かたそー。チアの剣で斬れるかな」
うん、心配しなくてもチアなら全部斬れるから。
チアの言葉で気付いたが、どれも新品だ。傷一つない。
これはこれでいいが、薄汚れて傷だらけなんてのもいいよね。
でも、そういうのはなさそうだな。
「本で見たようなのは少ないなあ」
「そりゃ、本に載ってるのは昔の戦争で使われてたやつだからな。要はこっちの重たいやつは昔からの伝統的なタイプってわけだ」
ドワーフの中でも更に身長が低い一団がいた。
地元のドワーフの少年たちかな。
「獣人と人族だ」
「戦車見るのは初めてか?」
「うん。ずっと見てみたかったんだけど、チャンスがなくって」
そう言うと、少年たちが嬉しそうな顔に変わった。
同志だと思われたらしい。
「競技会だと速い方が有利だから、速度が出るタイプがだんだん増えてきて、今はそういうのばっかりだよ。速い分、弓を的に当てるのは難しくなるけど、タイムはよくなるから」
軽くて速いタイプは競技会用なわけか。
そりゃ競技会で勝つために仕上げてきてるわけだから、自然とそうなってしまうよな。
長い間、歴史に名高いドワーフ戦車団が出陣するような戦争はないもんね。
今言っていた感じだと、タイムや的への攻撃で競うようだ。
「たしかに速度は出そうだけど……あれじゃダイアベアの爪で貫通しそう」
「なんか具体的だな……」
「剥製でも見たことあるんじゃないか」
生きてる本物を見たことあるんだよ。
信じてもらえないだろうから言わないけど。
「個人的には魔物の爪も牙も寄せ付けない、魔物を跳ね飛ばして突撃みたいな方が力任せのドワーフって感じがあって好きだな」
スマートさを求めない無骨な戦士にはそういうものが似合う。
うん、わたし個人のイメージだ。
ドワーフの少年の反応は二つに分かれた。
大半はやれやれという顔をして、残りの少数派がわかってるなという顔になった。
伝統タイプ派は少数派だったようだ。
「大型の魔物に足を止められたりひっくり返されたりする危険もあるんだから、速度重視で弓や投げ槍で離れて攻撃した方が実際の魔物相手でも強いだろ」
「いやいや、元々速度重視型は奇襲用に作られていたものがベースだろ。主戦力がどっちだったかを考えれば、それはおかしい」
「そんなの死霊王と戦った昔の話じゃないか。有利なのは動きの鈍いアンデッド相手の時くらいだろ!」
「俺たちはドワーフなんだぞ! 遠くからチマチマやるより、やっぱり斧で突撃だろ!」
「それなら速い方が速度が乗る分……」
「いやいや、近づくなら反撃されてもいいよう頑丈さがですね……」
おお、どっちが強いか論争が始まった。
最強議論はいつの時代もどこの場所でもみんな熱くなるものなのだ。
勝手に結論を出させてもらうと、実際はケースバイケースだろうね。
「頑丈なやつは同じようなのがホントに戦場で活躍してたと思うとロマンあるよね」
「それはわかる」
「あ、でも今の話だと軽いタイプも使われてたんだっけ?」
「そうだけど、実際軽いタイプは少なかったみたいだからなあ」
最強議論をすぐにストップして少年たちが答える。
なんだかんだ、みんな仲いいね。
同じ戦車好きの子供たちだもんな。
「まあ、実際はこんなに装飾はなかったんだろうけど」
無骨なものもあるが、結構デザイン的な装飾や彫り物がされていたりしているものも多い。
凝り性なドワーフらしい。
「いや、それは昔からそんな感じみたい」
「え? 戦争中にそんな余裕あるの?」
「乗る人とかが自分たちで勝手に彫っちゃうんだってさ」
さすが、職人集団。
戦闘機のペイントかな。
ノーズアートとか言うんだっけ。
「どれくらい重いのかなー」
チアがうーん、といいながら頑丈なタイプの戦車を引っ張り始めた。
近くにいたドワーフがそれを見てガハハと笑った。持ち主かな。
「それは向こうにいるスケイルフォートに引かせるんだ。大人のドワーフでも一人じゃ動かせない。人族のお嬢ちゃんが動かせるようなもんじゃねえ……ぞ?」
鱗の砦……そういえばでっかいアルマジロみたいなのがいたな。
ああいう硬くてパワーのありそうな生き物に引かせないと、戦車が頑丈でも馬くらいじゃそっちが狙われちゃうもんね。
本じゃ岩トカゲに引かせたと書いてあったけど、あれも情報が古かったのだろうか。
そう考えている横では、よいしょ、よいしょとチアが戦車をずりずり引っ張って動かしている。
「んー、これくらいなんだ。思ったより軽いね」
車輪が回っていないので、万が一動き出さないようになにかで止めていたようだ。
それを、力づくで引っ張って動かしている。
それくらいじゃないよ。ホントはもっと軽く動くよ。
「……最近の人族は力持ちなんだな」
「そんなわけねーだろ」
持ち主らしきドワーフに、少年たちから遠慮のないツッコミが入った。




