204 廃坑のダンジョン
「すまぬが、わらわの剣を引き渡す前に、一つ頼みがある」
「もしかして、お風呂?」
「うむ。この街にあるぬしらの家の風呂はあの木組みの家のものよりも広くてよいからな」
王都に戻ってくる途中、ログハウスでの寝泊まりの時にわたしたちが順にお風呂に入ってたり、おりんがいい匂いをさせて戻ってきたりしているのを不思議に思ったハイナーガに使い方やら詳しく教えた結果、ハイナーガはお風呂を気に入ってしまったのだった。
蛇人たちにお湯につかるという習慣はなかったらしい。
今はハイナーガ自身が水そのものと言っていい水の精霊だろうとか、体温上げる意義だとか、ツッコミ始めると色々キリがないのだが、どちらかといえば雰囲気を楽しんでいるのだろうから口に出すのは野暮というものだ。
「じゃあ、また一緒にはいろー」
「うむ、よいぞ」
誰にでもなつくチアはハイナーガと帰りの道中も一緒にお風呂に入っていた。
「よく一緒に入ってたよねえ。ここのお風呂ならそんなに狭くないだろうけど」
よほどスペースが有り余っていて離れて入れるような場所ならともかく、ストレージに入れていたログハウスの風呂でまでハイナーガと一緒に入るのは気が休まりそうにないのでわたしは真似をする気にはならない。
「ウロコねー、手ざわりおもしろいよー」
「……そう?」
チアは裸の付き合いのおかげかそれなりに仲良くやっているようだ。
長く存在しているハイナーガからしたら、森にいた村の小さな女の子もチアも同じようなものだろうしな。
そちらはチアとおりんに任せて、わたしはロロナリエに姿を変えていくつか施療院を回った。
王都での話が広がり、神官の手に負えない病人やけが人が一縷の希望をかけて地方から集まってきているのだ。
屋敷周辺は貴族街なのでつめかけられることはないが、急病人はいないが貴族や大商人からの依頼もきているとパントスが言っていた。
ついでに両親やガトランド家へ本を届けたことや工場の稼働状況なんかの報告も受けた。
王都南の村へは、早速祖父母の経営するウカ商会から生活必需品を中心に乗せた馬車を様子をみるために村へ送ってくれたらしい。
さて、王都の用事を片付けたところでじゃあドワーフの国への転移魔方陣の確認をしておかないとね。
今回は自分たちだけでなく、バルツとフィフィも連れていくことになるので、転移できませんでしたというわけにもいかない。
前回、日国に転移した時みたいに、魔力がなくて一度の往復しかできないということもないので一応下見しておこう。
「転移は、獣人の村近くの転移魔方陣からですか? 家の地下の転移魔方陣は帰ってくるのにしか使えないんでしたっけ?」
家の地下には、星銀の地底湖から転移で帰ってきたときに使った転移用の魔方陣がある。
「ううん。もうこっちから地底湖のところへも飛べるようにしてあるよ。だから、地下のも少しいじれば飛べるようにできるね」
獣人の村近くにある遺跡もどきからなら、すぐに飛べるように準備されているのでそういった作業は必要ない。
移動の手間を考えると、地下からの方が楽だけどね。
そんなわけで、準備を整えたわたしたちは、ドワーフの国にある転移魔方陣へと移動した。
無事に転移できて一安心したのもつかの間、外へと続く階段は斜めに傾いていた。
地盤は固そうな場所だったはずだけど、地震でもあったのか?
「それで、なんでドワーフの国に転移魔方陣があるんですか?」
「ん-、なんでだったっけなあ。昔過ぎて思い出せない」
当然、転生後にわたしが隠していたアイテムを回収するためである。
遺跡もどきの作りはどれも似たり寄ったりなので地下部分に転移魔方陣と私の固有空間からアイテムを取り出すための魔道具があり、地上部分からは蓋をして地下を隠している。
ドワーフの国に設置した理由は長命種で変化が少なく、住んでいる範囲も大きく変わらないだろうからという理由だったと思う。
たしか廃坑に設置していたはずだ。
すっとぼけながら魔力の明かりを灯して階段に足をかけた。
階段の上り始めには、壁に鳥の絵が彫られている。
一番上までたどりつく前に転生前に飼っていたことのある鳥の名を呼んだ。
「ララント、開けて」
階段の上の扉が開かれ、ひんやりとした空気が流れ込んでくる。
そのまま外へと出た。
といっても、ここは山の中に作ったので出たところもまだ地中である。
階段を隠していた噴水の上には、壁にあったのと同じ小さな鳥の像があった。
ほぼ真っ暗なのだがチアはそれなりに見えているらしい。
きょろきょろしながら、わたしの服の裾を引っ張った。
「ここ、もうドワーフの国なの?」
「そうだよ。まだ地下だけどね」
おりんが明かりを出す魔術を使った。
同時にストラミネアも複数の明かりを出したせいで周囲が一気に明るくなった。
まぶしさで一瞬目を閉じる。
「なるほどですにゃ。ここはダンジョンの管理用に作ったんですね」
「え?」
「だんじょん?」
結界の外は、ダンジョンと思しき洞窟が続いていた。
作ったのは廃坑の中で、少し歩けばすぐに廃坑の入り口から外に出られるような位置取りにしていたはずだったんだけど……。
わたしの作った部分の天井や背後の壁は普通の岩壁なのに、ダンジョン部分になると地中なのになぜか葉の白い木が生い茂っていた。
やたらと広くなっているし、誰かが広げたとも思えないので普通にダンジョンだろう。
結界に囲まれたわたしたちのいる場所はまるでダンジョン内にある休憩場所かセーフゾーンみたいになっている。
「えってなんですか」
「あんまり覚えてないからね。そういえばそうだったかなーって思っただけ」
慌てて取り繕う。
ダンジョンの管理用に転移魔法陣を作っていたというのはそれっぽい理由として悪くはない。乗っかっておこう。
「ダンジョンの中にこういった空間って作れるものなんですか?」
「さすがに無理かな。ここはまだダンジョン外だね。ダンジョンが育ったせいでギリギリになってるし、もう少し放っといたら吸収されちゃってダンジョンの一部になってたかも」
本当はダンジョンなんてなかったはずなので、実際には偶然できたダンジョンが隣接しているわけだけど。
そういえば、魔方陣は周辺魔力を集めるような術式も組んでいたっけ。
それで影響を受けてダンジョンができた可能性もある……?
……もしかして、偶然じゃなくてわたしのせいなんだろうか。
「取り込まれても困るし、これ以上ダンジョンが育たないよう魔物を間引いて魔力を使わせるか、潰しちゃっとくかな」
「潰していいんですか?」
「記憶にないってことはたいした場所でもないでしょ。攻略が面倒で転移魔法陣設置して後回しにしたまま忘れてたとかじゃない?」
「転移魔方陣の設置の方が面倒な気もしますけどにゃあ……。そもそも、ドワーフの国に来たことありましたっけ」
「一度だけ山岳地帯に住み着いた地竜退治の要請受けて来たことあるよ。ロンド・ベルが倒しちゃって空振ったけど」
「へえ、じゃあこの辺りも通ったんですか」
そう言いながらおりんが目を閉じた。
ダンジョン内の音を広いながら、気配を探っているようだ。
「生き物が動いている気配がしませんし、雰囲気的にここは植物系の魔物がいる階層っぽいですね」
ダンジョンコアは進入を阻むために様々な環境を作り出そうとするので、大きく深いダンジョンほど多種多様な階層を持つことになる。
「近くにも魔力反応があります。少なくとも魔物がいるのは間違いありませんね」
「どんなのがいるかなー。ミネアちゃん、おいしいのいるかな」
「どうでしょう。私は味覚がないので、味はわかりかねます。魔力反応の数は多いですが、ダンジョン自体はそれほど深くはなさそうですね。攻略してもそれほど時間はとられないと思います」
怖がられても困るが、魔物への反応としてはかなりズレている気がする。
ストラミネアもマジメに答えなくていいから。
「じゃあ、片付けてきますにゃ。チアちゃんも行きますか?」
「わーい」
「あれ、わたしは?」
「ストラミネアもいるのでそう時間はかからないと思いますよ。ここで待ってればいいんじゃないですか? 魔石ももうないですよね」
なかなかダイレクトに戦力外通告された。
魔石がないとわたしは魔術や魔法を使うには非常に時間がかかる。
「え? ヤだ。ダンジョン気になるからわたしも行く」
おりんの正論に、こちらはワガママで対抗だ。
ため息つかないでよ。
「……ストラミネア、お守りをお願いします」
「倒した魔物の魔石もらえれば自分の身くらい守れるから」
ともあれ、そんなわけで全員で出発した。
「草も白っぽいね」
「光がないからね。力のあるダンジョンならうまく光源を使っていて、もっと自然な感じの場合もあるよ」
探知を続けているストラミネアが前を指した。
「あれはトレントです。ダンジョン内でもこれくらいの距離ならわかりますね」
「トレント?」
「湿地にいた魔力樹の仲間だよ」
「あー、うねうねしてたやつ」
おりんは走って近づくと向こうが動き出す前に火を纏わせた手刀で幹を切り倒した。
後部の幹は焦げた断面を見せながら倒れ、本体部分である切り株の方だけが燃え上がった。
魔力樹同様、幹の方は杖などの材料になるので売りものになる。
「あちらもです。洞窟内となると、どうも出力が落ちますね」
言いながら今度はストラミネアが風の刃を飛ばして切り倒すと、続けて空気を圧縮した弾を放って残った切り株を粉砕した。
わたしは回収係だな。
荷物持ちとも言う。
ちびちびとトレントを倒しながら進んでいると、違う魔物も現れた。
ストラミネアからの警告とほぼ同時に洞窟の向こうから、真っ白な樹が寄り集まってできた巨体がぬっと現れた。
「おー、ウッドゴーレムだ」
巨体がそのまま武器であり防具だ。大きければ強いをシンプルに体現していた。
並の力では破壊も切断もできず、炎の魔術でもこの大きさの生木となるとそうそう燃やし尽くすことはできない。
ここまで大きい個体となると、階層の番人かな。
ウッドゴーレム君には悪いが、こちらのメンバーに人並みなんていう殊勝な生き物はいない。ストラミネアならバラバラに砕いてしまうだろうし、おりんならあっという間に消し炭にしてしまう。
ウッドゴーレム自体よりも、やり過ぎてダンジョンを崩落させたりする方がむしろ怖いくらいだ。
「おっきいやつだー。チアがやりたーい」
オークキングを超えるこのサイズの敵はチアも初めて……でもないな。
ベヒモスやらオロチやらいたし。
のっそりした動きで振り下ろしてくる拳より速く、チアがウッドゴーレムの背後に回り込んで見えなくなった。
それから、上で硬い音がしてゴーレムの首が切断される。
チアはゴーレムの肩に乗っかっていた。
ゴーレムは首の上から落ちてきた頭を片手で受け止めるとそのまま元の位置に戻した。
体から新しく伸びた木が頭を固定していく。
「あれ? 帽子だった?」
「魔力で動く人形みたいなものだから。木が伸びてきた先をたどったら核があるはずだよ」
「あーい」
関節を無視した動きで伸ばしてくる腕をかわして、空中を飛び跳ねたチアが今度は肩から胴体部分、腰部分とウッドゴーレムに次々傷をつけていく。
修復方向を確認しているようだけど、あちこち簡単に切断していくな。
相当硬いはずだろ、それ。
「んー、この辺かな」
チアが深く剣を突き刺すとウッドゴーレムの動きが止まってそのまま倒れた。
「あったりー」
「お見事です」
「危なげないですにゃ」
「後ろの道が下に続いてるね。階層が変わるのかな」




