203 霧の魔剣とバルツの帰郷
次男の鼻っ柱をへし折るという辺境伯からの願いは、結局実行することがないままに終わった。
どうも、チアと辺境伯の試合をたまたま見てしまっていたらしい。
王国でも最強の一人と言われる自分の父親相手に自分とおなじくらいの年のチアがまともに打ち合えていたのだ。
幸いなことに心は折れなかったらしいが、剣術への過剰な自信が砕けたのは想像に難くない。
そんなわけで、そのまますぐに王都まで帰りついたわたしたちは翌日バルツの鍛冶屋に向かった。
「フィフィちゃーん」
「いらっしゃい、チア。遊びに来たの?」
「うん!」
「ちがうよ。残念と言っていいのかわからないけど、今日は仕事の方」
「ロロとおりんさんもいたんだ。バルツ呼んだ方がいい?」
「うん、お願い」
前のお泊まり会以降、フィフィとは以前よりお互いに遠慮がない。
おりんに関しては年上なのもあってさん付けのままだが。
出てきたバルツに霧の魔剣を渡す。
「元は悪くない剣のようだが、まったく手入れされていないな」
「森の中に放置されてたからね。ちなみにそれも前と同じで魔剣。前のは亡霊だけど、こっちは水の精霊」
「あ!? ……ってことは、もしかして……」
「うん、用件も前と同じ。これ打ち直すけどバルツさん、やる?」
このやる、とはバルツが打ち直す気かではなく、鍛冶神を喚ぶけど依代になる気があるかという方の意味である。
「ああ、やる。今日すぐか?」
「こっちはいつでも。早い方が助かるね」
二つ返事でバルツが引き受ける。
一回やったことがあるとはいえ、迷いがないな。
「じゃあ、やっちまおう。フィフィ、今日はもう看板だ」
「わかった、閉めてくるね」
打ち直し自体はすぐに終わるはずだが、そのあと丸一日動けなくなるのでバルツとフィフィが店を閉め始める。
開店直後だったので、開店即閉店になってしまった。
こっちはいいけど、今からすぐにやろうとするとは……。
たまたま今日だけ予定が空いていたのかな。
バルツが準備をしている横で、一度作った術式に多少修正を入れて鍛冶神を喚ぶ。
おりんは横ですでに炉に火を投げ入れている。
一度使っているので、前回ほど時間はかからない。
「バルツさん、もうすぐいけるよ」
「おう、わかった。ちょっと水だけ飲ませてくれ」
バルツがコップの水をのどに流し込んだ。
終わったあとはしばらくまともに動けなくなるからな。
「それと、ハイナーガも打ち直す間は剣から出ておいた方がいいかも」
「……そうじゃな。わかった」
するりと蛇人が姿を現した。
バルツとフィフィにはもちろん説明済みだが、前回の剣士モグラよりも大きく迫力もある。
剣士モグラはあれで腰が低いので、威圧感や近寄り難さはあまりなかったからな。
少し窮屈そうにしているが、威厳を感じるハイナーガの姿に二人が息を吐いた。
しゃべらせると、美少年好きな残念お姉さんって感じなんだけどね。
最初に会った時も普通に村の子供と遊んでたし。
「失礼な物言いかもしれないけど、伝承を謳う者としてはお話でしか知らないから会えてうれしいよ。短い時間だけどよろしくね」
「うむ。よろしくたのむ」
「こりゃ、責任重大だな。……っても、俺が打ち直すわけじゃないけどよ」
「体はバルツさんだけどね。で、準備は大丈夫?」
「おう。もういける」
二回目とはいえ、さすがに緊張した顔でバルツがわたしの正面に立つ。
わたしが魔法を発動させると、そのバルツの存在感は一回り大きくなり、雰囲気が別人のものに変わった。
外見は何一つ変わっていないが、今までよりも力強い気配を漂わせている。
鍛冶神が召喚されたのだ。
「二度目があるとは、感謝するぞキツネの召喚主」
そう言うと、鍛冶神は霧の魔剣を見分してから、並べていた材料のいくつかを選んで少しずつつまみ取った。
金属を、指先で粘土のように。
鍛冶神の握るバルツの道具に淡い光が宿った。
あとは前回と同じだ。
追加の材料を混ぜ込まれ、叩かれ、あれよあれよという間に工程が進み、霧の魔剣は打ち直された。
「もうよいぞ。戻ってみるといい」
鍛冶神に言われた通り、ハイナーガが剣に戻った。
「……まるで違うな。野宿と自分の寝床くらいに違う。力の使いやすさも今までとは比べ物にならぬ」
「うむ、前の剣はミスリルを含んでおったのでお主が宿ることはできておったようだが、その為の剣というわけではなかったからのう」
「鍛冶神を喚ぶと言ったときは正気を疑ったが……」
「召喚主どのにも感謝するといい。ではな」
そう言うと、鍛冶神は帰っていったらしい。
バルツの気配が元に戻って、同時にもう立っているのが限界だとばかりに尻もちをついた。
「すまん。頼むのを忘れてたんだが、その剣一日だけ借りられるか? あとでじっくり見たい」
「予定より全然早いし大丈夫だよ。動けるようになるまでの時間もあるし、それなら明後日の朝に来るよ。ハイナーガもいいよね?」
「かまわぬ。なかなか居心地がよいゆえ、わらわは寝させてもらおう」
「ありがとよ」
王都まで戻ってくるまでの時間が普通ではありえない短さなので、時間的にはまったく急いでいない。
二、三日先延ばしにしても、早すぎるくらいだ。
追加で受けた依頼内容的には回収した霧の魔剣を王都にある辺境伯の屋敷に届ければ仕事は終わりで、あとはそちらから辺境伯領まで運んでもらう。
屋敷にいる者への事情を説明する手紙も辺境伯から預かっている。
予定通り二日後にバルツの店を訪ねると、もう復活しているらしく奥で金属を叩く音がしていた。
お店にいるフィフィに声をかけて剣を受け取る。
重いので、実際に受け取ったのはチアだけど。
「じゃあ、もらっていくね」
「うん。でね、一つお願い……というか、依頼があるんだけど」
「ん? どんな依頼?」
「バルツが今打ってる剣が完成したら、ドワーフの国へ行こうと思ってるんだ」
「……ってことは、もしかして」
フィフィが顔がゆるむのを抑えられない様子で、照れた笑みを浮かべた。
「うん。バルツがお父さんに一人前と認めてもらって、結婚の許しをもらうため。私も一緒に付いていくつもり」
「わー、フィフィちゃんおめでとー!」
「やったじゃん!」
「約束させたかいがありましたにゃ」
バルツは今年中に父親のボッツに一人前だと認めさせるという約束をちゃんと覚えていたらしい。
「それは、一緒に行かないとだね。奥さんになるんだし、紹介してもらわないとだもんね」
「いやいやいや、まだすぐに結婚するわけじゃないよ。気にするタイプじゃないけど、私の身内にも一応伝えておきたいし」
そう言いながらもこれ以上ないくらいに顔がゆるんでいる。
嬉しそうだなあ。
バルツのお尻を叩いたのは無駄じゃなかったようだ。
「ってことは、無事に終わったらひとまず婚約者ってことかな」
「そ、そうだね。そうなるかな。えっと、それでね……」
照れて顔が笑いっぱなしなので全然できていないけど、フィフィがまじめな空気にしようとしているのがなんとなく感じ取れた。
「三人は冒険者でしょ。よかったら一緒に来てくれない? お金はあんまり出せないし、おりんさんのこともあるから、ホントによかったらなんだけど」
バルツとフィフィは、おりんが元帝国貴族であることや、バルツの両親と知り合いだということも知っている。
ボッツ夫婦に知られたところで、それが帝国の人間に伝わってややこしいことになることはありえない。
生きていることを知らせるのはまったく問題がない。
おりんはボッツの奥さんとも仲が良かったので気になっているはずだ。
「そうですね。たしかにボッツさんと……ナンナも心配しているでしょうから、会って無事を伝えておいてあげたいですね」
「でも、村のこともあるからロロは長く離れるの難しいかな? 往復すると何ヶ月もかかっちゃうから」
「ロロちゃん、なにかいい手はあります? あまり派手なことはしない方向で」
「んー? そうだね。まあ、あるね」
「あるんですか……」
おりんがちょっとあきれたような反応を示した。
聞いといてその態度はヒドくない?
「何事もなければ転移で近くまで飛べるはずだから、徒歩でも往復一ヶ月はかからないんじゃないかな。出発までまだ時間ありそうだし下見しとこうか」




