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195  お米とサウレ盆地での発見

 本人たちの希望もあるのでちょうどいい。

 ファラたちの家は田んぼの近くの方にさせてもらおう。


 おりんもストラミネアのところに行っていたので、そこで合流した。


「もう終わってたんだ。早いね」

「あれ、ロロ様もこっち来たんですか」


 特別に高く作っておいた物干し台のような棒に、刈り取られた稲穂がかけられていた。


「ロロ様、これは小麦と一緒で干してるだけですよね?」

「そだよ。保存用に水分飛ばすの。十日くらいかな」


 そのあとの脱穀や籾摺りなどの諸々も一応見守りたい。


 その間に水田の整備をしておき、不要な稲わらのすき込みまでしておけば、来年の春まではたまに様子を見に来るくらいでいいだろう。


「魔術でやっておきましょうか?」

「そっか。おりんがいればできるね。やっちゃっといて」


 小麦でもやる見慣れた光景なので、来年以降に備えて移住者に見せておくという必要もない。片付けておこう。


 収穫されている量と稲の長さ、実り具合などを考えると、今目の前にあるのは見慣れない光景なのだけど。

 これ、本当になんなんだろ。


「ストラミネア、風送って」

「いいですけど、おりんのそれはちょっと温度高くないですか?」


 おりんとストラミネアに任せて、その間にわたしはファラたちの家を作っておいた。


「あの……乾かしてる間に結構落ちてきちゃったんですが」

「あれ、ホントだ。こういう感じなんだね。脱穀は楽そうだけど……乾燥すると落ちるのか。脱穀してから乾燥の方が順番的にいいのかもね」


 ただ、そうなるとどう干せばいいんだろう。

 稲穂からはパラパラと粒が落ちていた。


 育てたことのあるタイプではないので、わたしも細かいところはよくわからないな。

 ストレージに回収してしまうので、今回に限れば別に困りはしない。

 二人が乾燥してくれた稲穂を回収していく。


 ええと、脱穀は足踏み式でいいとして、籾摺り機は構造がよくわからないな。

 水車でも動力にして、臼杵で地道に叩いてやってもらうとするか。


 ともあれ、そこまでやれば玄米が完成する。

 あとは好みと栄養、調理時間などを考えてどこまで精米して使うかというところだ。


「というわけで、こちらが完成品になります。当面の食料用ですね。あとは倉庫に入れてありますので、みなさんにやっていただきます。明日、水車も作っておきますね」

「なんだこれ……? これで落とすのか? 棒で叩くんじゃないのか」

「水車って一日でできるようなものじゃ……」

「まあまあ、細かいことはあとにして、とりあえず実際に食べてみましょう。料理をする予定の方々は見ておいてください」


 普通に炊いたものや、具を控えめにしたシンプルなパエリア、ピラフを用意する。


「粉に挽いたものは小麦と同じように使えますから、大きな違いはこの辺りの料理になりますかね」


 小麦は皮が固いから、そのまま炊いても堅くて食べるのが難しい。

 基本的には粉に挽かないと使えないのだ。


「こんな感じになります」


 さすがに人数が多すぎるので、わたしが作れるのは味見程度の量だ。


「初めて食ったが、保存食に比べりゃなんてことないぜ」

「だな。上等、上等」

「お腹いっぱい食べられるならなんでもいいです」


 厳しい暮らしをしていたせいで、ものすごくハードルが低い!


 おかげで食べ慣れていないものなのに、みんな不満はないようだ。


「そういえば、結局どのくらい収穫できたんです?」


 浮き稲だし、収穫量は元々普通の稲に比べるとかなり少なくなる。

 一日に食べる量から考えると、えーっと……。


「元々はうまくいって、三、四十人が一年間食べられるくらいの量って感じだったんだよね」

「ロロ様が移住者に想定していた数くらいですね。それで?」


 おりんの言うとおり、春まで二、三十人で、その後は更に人数を増やしていくつもりだった。

 それなら他の食料品も合わせれば秋までそれほど困らずに乗り切れるかな、などと考えていたのだ。


 それが移住者は百人を超えるわ、お米の収穫量は……。


「千人」

「にゃ?」

「千人の食糧一年分」

「それを一人で作ったわけですか。本気出したら国を賄えそうですね」

「なにその、一人米どころ」


 ワンオペにもほどがあるだろ。


「さすがにおかしいから、今度天狐様あたりに聞いてくるよ」

「おかしいですかね。広めた農法や肥料、直接手を入れた日国の水田の今後まで考えたら、千人分なんて比にならない収穫量を増やしてますし、今更と思いますけど」

「まあ、それはそう」


 ただ、わたしはあくまで積み重ねられた知識や発見を使わせてもらっているだけだし、それに知識や技術を普及するのと実際に作るのはすごさのジャンルが違うだろう。


 あとで倉庫の中を見た移住者たちはお腹いっぱい食べれる幸運に喜んだり、わたしを拝んだりしていた。


 これからの作業量を考えて不安そうになっている人もいたが、農具や水車を使えばそれほどでもないはずだ。

 今のところ他にやってもらうこともないしね。


 翌日、田の整備と水車作りを片付けるとサウレ盆地へ向かった。

 岩の上で寝っ転がって本を読んですごしているわたしの横で、おりんはネコの姿で丸くなっている。


 何もしていないように見えるが、わたしはマナの充電中だ。

 地脈の流れからマナをもらっている。


 チアはじっとしているのに飽きてベヒモスに乗っかって盆地の探検に出かけている。

 夕方になって帰ってきたときには、どこかで合流したのか元々ここの地脈の主だった金色の鹿、ケリュネイアをつれていた。


「おみやげ~」


 なにかと思ったら、孤児院時代にも採っていたしましまキノコだった。


 特別おいしくもない食べれるというだけのキノコだ。

 チアも特に好きなわけじゃないので、たまたま見かけてなんとなく採ってみたのだろう。


「ああ、これ。なつかしいね」

「それと、これも~」

「にゃ!?」

「あ、ごめん」


 山菜か木の実でも他に採ってきたのかと思ったら、マジックバッグから取り出された巨大な亀の甲羅がネコおりんの横にドスンと置かれた。


 前にも見かけたサウレ盆地に住む魔物であるオブシディアントータスのものだ。

 黒曜石(オブシディアン)の名を冠する亀の甲羅は黒い光沢を放っている。


「これ、どうしたの?」

「落ちてたから、キレイなのをお土産にしたー」

「死んだやつのかな。まあ、誰も食べないか、こんなの」


 頑丈で、加工次第で装備や調度品など色々使える素材だ。


「そういえば、ここってモンスターが死んだらどうなるんだろ? 誰にも食べられなくて、そのままにされるのかな」


 ここの魔物は環境中の魔力をエサにして生きている。

 縄張りの奪い合いや、襲って食料にするなどという魔物同士の争いはない。


「あ、それならチア見たよー」

「どうだった?」

「魔石はこのコがオヤツにしてた」


 ベヒモスをポンポンとチアが叩く。


 魔石は高濃度の魔力の塊だけど、食べたら吸収できるというものではない。

 それなら、わたしが普段から食べている。


「消化できるの? キミ」

「がう」


 よくわからないけど、特殊な魔物なら魔力を利用できるのかな。

 そういう個体もいるなら魔石は残ってないか。


 胸に頭をこすりつけてきたベヒモスを適当に撫でてやる。


「肉も他の魔物に食べられて、皮と骨はそのままだったよ」

「普通に食べられちゃうんだね」

「でも、みんなもゴハンじゃなくてオヤツだったよ。食べ残しいっぱいだし、残りは鳥がきてツンツンしてた」


 本気で食料として欲している雰囲気じゃなく、気分転換程度のものだと言いたいらしい。


「食べなくてもいいけど、あるなら食べようかくらいの感覚ってことか」


 ケリュネイアたちも否定してこないので、大体当たっているようだ。


「てか、チアはなんでそんなのずっと見てたの?」

「おいしいのかなーって」

「ああ、そう……。種類によっては食べれるかもね。でも魔物の食べ残しはやめてよ」


 鹿や牛系の魔物もいるし、食べられる魔物自体は少なくはない。


「じゃあ、今度見かけたら先に皮と足一本もらってから、他のコにあげてみる」


 チアは一日ですっかりここに慣れたらしく、住んでいる魔物は犬か猫くらいの扱いだ。


「ちなみに、どんな魔物だったの?」

「ワニっぽいやつ」

「……それはちょっと」


 鶏肉っぽいらしいとは聞くけれど。


「この亀の甲羅とか、骨とか結構あるの?」

「甲羅は傷があるのなら他にもあったよ。骨は見かけたけどよくわかんない」


 集めて売ったらひと稼ぎできそうだな。


 もっとも、このサウレ盆地は魔物の数が尋常ではないため、刺激すると危険ということでギルドに立入禁止区域に指定されている。


 チアは普通に入っているけど、出元がバレたらギルドで買い取り拒否されて没収だろう。

 真似する人が出たら困るからね。


「魔力濃度が高いですからその手の薬草類も豊富でしょうし、珍しい鉱石などもあるかもしれませんね」


 おりんが本物のネコみたいな動きで、甲羅をツンツンしている。


 いい場所なので人の手が入らない方がいいとは思うけど、そう言われるとちょっともったいない気持ちもでてくるな。


 あ、ひらめいた。


「ここには立ち入らないように人間側でもしてるけど、実際に人が来たら魔物たちに追い払われるんだよね」


 ケリュネイアが肯定するように追い払うような仕草をした。

 ここは魔物のための場所であり、誰でも歓迎というわけではないのだ。


「ねえ、今日のチアみたいにベヒモスと一緒なら他の人でも大丈夫かな? 月に二、三日だけとかなら、どう?」


 お金を出さないと手に入りにくいものもあるからな。

 村に住んでいる冒険者たちがここで珍しいものを採取できるなら、収入の安定化にもつながる。


 ケリュネイアはかまわないようだ。


 好きにしてくれとでも言うようにこっちを一瞥してから天を仰いだ。

 嘆息しているわけではなく、単に伸びをしている。


「ロロ様のやりたいことはなんとなくわかりましたが、ここまでたどり着くのがそれなりに危険ですよ」

「うーん……そっか」


 そういえば、道中はちょくちょく魔物が出るんだったな。


「このコはやってもいいよって」

「そっか、ありがとね。でもここまで来るの大変そうだからね」


 一度助けたこともあるので、恩返しのつもりだろう。


 ベヒモスの鼻面を撫でてやると、背中を見せるように体をくねらせて伏せの体勢になった。


「……もしかして、乗せてここまで運んでくれるって言ってる?」


 どうやらそのようだ。


 それなら、あとは国王とギルマスから許可さえもらえばクリアだ。

 調査のためだとか理由をつけて、月一回だけくらいとすれば大丈夫だろう。

 

「ちなみに、わたしも中で一人でうろうろしてたら追い払われる?」


 ケリュネイアが地面を前足で軽く叩いてからこちらを示した。


 ここのマナを宿してるから大丈夫とか、そういう感じか。

 一応、ここの地脈の管理者だもんな。


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