171 星銀を探す
さてと、まずは探す準備をしないとね。
作業は適当に町の外でやればいいかな。
お昼ごはんに、なにか買っておこう。
それほど多くはないが、観光地なのでお店はある。
頭の中で軽く予定を立てているとおりんが話しかけてきた。
「ロロ様、さっきの恋月期がないというのはどういうことですか? ロロ様は当然みたいに受け入れて話してましたけど、黒水銀がどう関係するんでしょう?」
おりんがかわいらしく首を傾げた。
「黒水銀は星の光や魔力を集めるよね。それが貯まると結晶化して星銀に変化するわけだけど……月も星の一つだと考えればありえそうでしょ」
「泉が周囲の月の魔力を集めてしまうから、月の影響を受けなくてすむってことですか」
「そゆこと」
なので、恋月期を防ぐアクセサリーを作るのに黒水銀を組み込めば必要な魔石を減らせるはずだ。
お昼ご飯とついでに夕ご飯まで買い込んでから町の外に出ると、すぐに太い道を外れていく。
「ロロちゃん、どうやって探すの? 地面の下だよね? 穴掘ればいいよね。それとも湖の底をさらう?」
チアがスコップで地面を掘るジェスチャーをしながら言った。
「ううん。まずは空から探そうかと思ってる」
「空にあるの?」
「そうじゃなくて、夜になったら空から地上で光るものを探してみようってこと」
「見つかる? もういろんな人が探したあとなんでしょ」
「そうだけど、今まで空から探した人はいないんじゃないかな」
「じゃあ、ぴょんぴょんしながら探すんだ」
「どっちかって言うと、ふわふわ浮きながら探すつもり」
獣道か人の道かよくわからないような道を適当に歩いて人気のない場所に出ると、更に森の奥に入り込んでいつものログハウスを出した。
「チア、靴脱いで。出力を上げるから」
風精霊の力で移動する魔道具であるブーツは、高所を一晩中飛んでいられるほどの力はない。
チアのブーツに術式を加え、更に術の回路のためにブーツの外側にも手を加え、魔石を固定する。
強力な風の精霊であるストラミネアがいれば新しい風の精霊核が作れるので魔石は必要なかったのだが、仕方ない。
「なんかゴテゴテしてる。かわいくないよ」
「そう? これはこれでかっこよくない?」
「えー、かっこよくないよー」
今まではパッと見普通のブーツだったが、一目しただけで魔導具とわかる仕上りになっている。
残念ながらパイプの並ぶ工場や、基盤の回路図のようなかっこよさについては理解してもらえなかったらしい。
「今回のが終わったらまた戻すから。ひとまず外で試してきなね」
「ぶーぶー」
作業を終えたのでおりんの淹れてくれたお茶で一服する。
おりんは熱のコントロールによる上昇気流を併用するので靴の改造は必要ない。むしろ改造して慣れない出力にすると逆に危ない可能性がある。
わたしも姿勢制御まで考えると、靴に加えて使い慣れている風の魔術を併用する予定だ。
少しして、興奮したチアが返ってきた。
「もう戻さなくていいからね!」
「手のひら返すの早いなあ……」
「前の靴だと自分で走るより遅くなっちゃってたんだけど、これだと全然速いよ! それに、ふわふわじゃなくてけっこうブーンって飛べた!」
なんか今さらっとすごいことを言ったぞ、この子。
改造前のやつでも相当な速さなんだけど。
「……前の状態だと、靴を使うより走る方が速いの?」
「うん、踏み込みとかだとそうだよ。ずっと走ってるなら靴の方が速いけど」
特殊体質のチアは、理屈的には負荷をかければかけるだけそれに体を慣らそうとして身体能力をあげてしまう。
魔力を使っているので、もちろん魔力量がそのまま上限になるけど。
まだ十才で身体的にも魔力的にもまだ成長途上だし、負荷を掛けすぎているんじゃないかと少し心配になる。
騎士団長といいラウといい、稽古をしている相手が強すぎるせいだな。
「……まあいいか」
チアに関してはレアケースなので、普通の魔術師とちがってどこまで大丈夫かなんて情報もないし、気にしすぎてもしょうがない。
詳しく調べたことはないが、現時点で魔力量はかなり多そうだし、まあ大丈夫だろう。
「じゃあ、夕方くらいまでちょっと寝とこう」
「はーい」
おりんはもうネコ姿で丸くなっていた。
◇ ◇ ◇
日が完全に沈んでから外に出ると、三人ともそれぞれ夜空へと飛び上がった。
町の明かりが見える。
それなりに町から離れていたつもりだったけど、こうして上から見ると思ったほどじゃなかったな。
「ふたりはあっちとそっちね」
風の魔術の影響で多分声は聞こえていない。
手振りで指示して聞いていた湖の付近を別々の方向へ向かう。
上から見るとわかりやすい。カルデラ湖だな。
眼下に広がる森や山はひたすら真っ暗だ。
星空を写した湖の水面だけが光っている。
残念ながら光っているのは湖面だけで、底で星銀が光っているということはなかった。
そんなにわかりやすく存在してるならとっくに発見されてるよね。
時々、光で合図を送り休憩がてら集合する。
そのあとは探す方向を確認してまた出発だ。
そろそろ明け方が近づいてくる頃になって、大きく欠けた弓のような月が昇り始めた。
「月も出たし、今日はもう終わりにしようか」
「そうですね」
昼寝してきたとはいえおりんも眠そうだ。
チアもうつらうつらしている。
探した範囲はかなり広いと思うけれど、収穫はなかった。
適当な位置に家を設置して昼まで眠り、昼夜を逆転させながら次の日も星銀探しへ出発した。
「今日は新月ですね」
「雲もあるし、条件的にはばっちりだね。明日の朝まで探して見つからなかったら、別の手を考えよっか」
今夜は、いつにも増して闇一色だ。
水面に星も映らない。
獣人の目でもひたすら真っ暗にしか見えない夜の空を飛び回る。
時折見える雲の間の星が無ければ感覚が狂いそうになるな。
うっかり地面に激突なんてことにならないよう、気を付けないと。
「あれ?」
今、なにか見えたか?
一瞬だけだったし、目の錯覚かもしれない。
本当に存在したのかも疑わしいくらいにかすかな光だった。
たまたま星を反射した水面か。
見えた気がしたところまで戻っても、地表には何も見えない。
場所や角度が微妙にずれているせいかな。
そろそろ休憩してもいい頃合いだし、ちょうどいい。二人を呼ぼう。
光で合図を送り、おりんとチアを呼び寄せる。
光で照らすと、そこには岩の間に根を張るようにして巨大な樹が立っていた。
中に小さな家でも作れそうな大きさだが、樹自体は半ばで折れている。
「気のせいじゃなかったら、ちょうどこの辺りに光があったんだけど」
「光る虫でも樹の中にいるのかな。上から見てみるね」
チアが岩の上を跳ねて樹の上まで上がっていった。
「樹の中か岩の間にでもたまっていた水の反射ですかね」
「曇ってはいるけど、ちょうど雲の間から星が写った可能性はあるかもね。さすがに樹の中に星銀はないだろうから」
「ロロちゃん、明かり消してー」
「ああ、ごめん」
明かりで照らしていたら、小さな光なんて見つけられないもんね。
「ロロちゃん、チアにも見えたよ」
「なに? 虫だった?」
見上げる高さにいるチアの方に向かって岩の下から声をかける。
まあ、暗すぎてどこにいるのかよく見えていないんだけど。
「なんかね、樹の奥に穴が空いてて、もっと下の方にあるよー。スコップあるー?」
「行くからちょっと待ってて」
一度上空に明かりを作ってから、チアの方におりんと一緒に岩を登って折れた樹の断面まで跳びあがった。
えぐれた樹の中に半ば入りこむように立っていたチアの背中にひっつく。
「あの穴の下だよ」
「どれどれ」
場所を変わってもらい、一度明かりを消してみる。
「顔をもう少し右かな。それで、もうちょっと上から」
「ん-、この辺?」
「先に穴を広げればいいんじゃ……」
顔を動かしながら頑張っていると、おりんからツッコミが入った。
正論なんだけど、仕切り直すのも面倒なのでそのまま探す。
あ……あった。小さな光が遠くに見える。
自分で言うのもなんだが、空を飛んでてこんなものによく気がついたものだ。
「見えた。……これ、深そうだし岩の下じゃないかな。距離感あやふやだけど」
「この樹、丸ごと焼いてどかしましょうか?」
「いや、なんなのかわからないから慎重にいくよ。正体不明のまま終わるのも嫌だし」
ハズレでもいいけど、とりあえず正体は突き止めておきたい。スッキリしないからね。
再度明かりを灯すと、まずは樹に空いていた穴を広げていく。
「ロロちゃん、これどうやってるの?」
「風で少しずつ削ってるだけだよ……っと」
手に持っていた魔石が魔力を使い切って割れた。
マナを変換しても魔力は得られるのだが、今のところは魔石を使っている。
補充しようと思ったら王国まで帰らないといけない。
「飛んでる時じゃなくてよかったですね」
「風精霊の靴があるから、落ちはしないけどね」
人が通れるくらいの大きさまで広げて下を照らすと、下の岩にはなんとか通れそうなくらいの隙間があった。
まずは魔術の明かりを先に少しずつ下ろしていく。
「入れそうだね……」
「ここの岩の隙間だけ抜ければある程度広くなっている感じですね。ピン打ちしてみましょうか?」
おりんが魔物がいないか探る魔術を提案してきた。
ただし、これは魔物がいた場合こちらの位置を知らせてしまう欠点もある。
「そうだね。お願い」
それを聞いて、少しの間おりんが目を閉じた。
探知魔術を使ったのだろう。
わたしは魔力が無いので感知できない。
「下に魔物はいませんね。森からは弱い魔物の反応がいくつかありましたけど、近くじゃないです」
近くにいないならどうだっていい。
魔物に関してはOKだ。
「光量をあげて照らしながら下りてみるか……。先に行くね」
ある程度下りると、一気に空間が広がった。
光を更に強くしてできるだけ広範囲を照らす。
生き物の気配はない。
……広いな。
二人を呼んでも大丈夫そうだ。
「かなり広くなってる。来てよさそうだよー」
二人が下りてくる間にも、光源を追加して見える範囲を広げていく。
「危険はなさそうですね」
下りてきたふたりと一緒に底に着地する。
おりんも魔術で明かりを作っている。
照らしだしてみると、奥には水が溜まっていてどこまでも続いている。
「地底湖ですか。かなり大きそうですね」
「うん。町の水源になってた川の元かな。安全そうだし、一回明かりを消して、見えてた光を探してみようか」
話している間に、チアが水の際まで走っていった。
「チア、なにしてんの。戻ってきなー」
「ロロちゃん。この水、黒いよ」
「んー? 明るさ足りてない?」
チアの横まで明かりを飛ばす。
「……やっぱり黒いままだよ。これ、クロスイギン?」
「え?」
おりんと顔を見合わせると、チアのところまで急いで移動する。
照らしても、地底湖の水面は光をまったく反射せず真っ黒なままだ。
ただの水ではありえない。
地底湖の奥に目を向けた。
どこまで続いてるのかはわからないけど、これが黒水銀だとしたら、もちろんその量は町にあった泉の比じゃない。
「ロロ様、とりあえず明かりを消してみましょう」
興奮して早口になっているおりんに言われて、すぐに魔術を解除した。
おりんもすでに自分の出した明かりを消している。
まばたきをすると、黒い湖だった場所には、数えきれない光の粒が散りばめられていた。




