168 骨を斬る
「お望みどおりに斬り捨ててやる」
わたしの宣言に、ラウが一瞬ぎょっとした顔でわたしを見た。
「やっぱ、ロロちゃんはそう言うよね」
訳知り顔のチアに背中をバンバン叩かれる。
悪いけどチアが思ってるような、解放してあげようとか、望みを叶えてあげようとか、そんなお優しい理由じゃないよ。
チアに叩かれただけでよろけているわたしに、ラウが大丈夫かコイツという視線を向ける。
「お前がか?」
「他に誰がやんのよ。ラウはあっち向いといて。こっち見たら倒す相手に加えるからね」
着替えてから成長したロロナリエの姿に変わると、ストレージから薙刀を取り出して握る。
まだ誰も斬ったことのない真新しい、本物の刃のついた薙刀だ。
「もういいよ」
「へぇ」
振り返ったラウが少し嬉しそうな声を出した。
「なに?」
「長刀を持っただけで空気が引き締まった。お前も剣士だったんだな」
「剣じゃないけどね」
「それはそれさ。来て正解だったな。正直、楽しみだ」
これから始まるわたしたちの戦いを前に、もう抑えきれなくなってきたのか、ラウは期待に満ちた少年のような顔になっている。
似たような顔をしているチアの横で、おりんだけは勝ちを確信しているのか穏やかに笑っていた。
「意外ですけど、なんかこうなるような気もしていました。昔なら迷わず私に攻撃させたでしょうけど、やっぱり転生してから少し変わりましたね」
「んー、まあそうかもね」
「そういうところ、今のロロ様の方がいいと思いますよ」
「そりゃどうも」
なんだか、おりんもわたしが相手の土俵に乗った理由を勘違いしている気がする。
残念ながら単なる同族嫌悪だ。
骨になってまで目を逸らしてんじゃないと、一発ぶん殴ってやりたくなっただけなのだから。
少しだけおりんが顔を引き締めた。
「ロロ様のあの幻想魔法なら負けはありえないでしょうけど、制御だけは気をつけてください」
「うん。時間はかけられないね」
ありったけのマナを使い切るつもりだが、それでも持って数秒だ。
骨モグラへある程度まで近づいたところで立ち止まり、術式を編み始める。
「ほう、姿も自在か。稲荷神どの自ら来られるおつもりかな」
力をただ喚びだし放つような普通の魔法ではなく、わたしに宿し、留めるための術式を作り上げ、描きだしていく。
「言い訳をしながら、時間を止めて前に進まない骨を一発殴ってやりたくなったからね」
術式の構築を続けながら、視線を骨モグラに合わせる。
発した声は自分でも驚くほど不機嫌な色をしていた。
「前に進めぬから、いまだ死ぬことすらできずに不死者なぞやっておるのだ」
表情のない骨の面からは、そんなことは知っていると言わんばかりの、あきらめとわずかな苛立ちの混じった声が返ってきた。
「それなら、引きずってってあげようか!」
完成させた術式にマナを流し込む。
術式は発動し、体を溢れんばかりの力が満たしていった。
同時に、先程までのいらつきがさっぱりと消えて失せる。
戦いに余計な思いを持ち込むなと言われているような気がした。
「来るがよい!」
力が宿ってから、解像度が上がったかのように視界がクリアになっている。
骨モグラが鞘から抜き放った刀の刃紋まで見えているのに、同時に骨モグラの後ろに立つ木々の葉一枚一枚さえ認識できている。
当然のように、これはわたし本来の視界じゃない。
前世の一番集中した試合でも、ここまで視えたことは今までになかった。
わたしの頭を、師範だった祖母がよぎる。
異世界で、その国一番であろう不死者の剣士と戦うなんて言ったら、どんな顔をしたかな。
少しだけ愉快な気持ちになった。
いらつきが消えてから、少しだけワクワクしている。
自分でも驚いているんだけど、わたしも今の状況を楽しんでいるみたいだ。
「御袖流薙刀術、御袖宮りえ。よろしくお願いします!」
「!?」
挑発のセリフを吐いてから一転、笑んで一礼をしたわたしに骨モグラが面食らったのがはっきりわかった。
体が軽い。
地面を蹴った次の瞬間には、すでに間合いに入っていた。
見上げる大きさの巨大な骨モグラは、長物を使っているのに間合いがこちらとほとんど変わりがない。
一年前にキセロと戦った時の試合を思い出す。
「なっ!?」
音さえも置き去りにするような速さで、馬鹿正直な上段からの一撃を放つ。
踏みこみの力すべてを余すことなくのせた芸術的なまでの一振りは、本来のわたしにはできないものだ。
その太刀筋はわたしのものというよりは、祖母のお手本を思わせた。
一撃は、かろうじて受け止めに来た骨モグラの奉納刀を当然のように跳ね飛ばす。
結局のところ、打ち合いは速度とパワーがあればそれだけで大抵の相手は捻じ伏せられる。
単純な真理を体現した代償は、体へのしかかる大きな負担だ。
実戦で試すのは初めてなので、力を引き出しすぎているかもしれない。
食いしばりすぎたのか、体勢を少しでも崩さまいと踏ん張った骨モグラの歯から割れる音がした。
敵もさるもの、予想を三段くらい上回る速度で、即座に反撃が飛んでくる。
これはかわせる!
振りぬかれた渾身の横なぎを、受け止めずにかわす。
もう少し余裕があるはずだったが、コンマ数ミリでギリギリ避けた。
あぶねーっ。
魔法の制御がブレたのか、体がさっきよりも重かった。
逃げ遅れた前髪が斬り落とされて宙を舞う。
予定以上にマナの減りが早い上に、制御もあやしい。
もう時間がない。
強引だが、ここで決める。
骨モグラの次の一撃が戻ってくる前に
止めを放つ。
体勢は不十分だったが、身体強化により限界を超えて引き出された腕力は期待通りに骨モグラを両断してくれた。
上下二つに断たれた巨大な骨モグラが崩れ落ちる。
上半身だけの骨モグラが、落下しながらそれでも空中で刀を振りかぶった。
考えるより早く体が動く。
地面に落ちるより早く、骨モグラを袈裟懸けに再度切断してそのままその刀までも叩き斬った。
怪訝に思いながら視線を走らせると、薙刀の刀身が淡く光っている。武神が何かしらの力を働かせたらしい。
こうしておくべきだという薄っすらとした意思を感じた。
「わたしの勝ちね」
「……見事であったよ。あれ程の速さを持ったものは初めて見た」
「ようやく負けた気分はどう?」
「存外、何も感じぬな。感じる心ももうないのかもしれん。こんなものか、といったところだ」
まあ不死者だもんね。
怨霊とかは別として、感情の起伏は普通少ないものだ。
「太刀筋も足さばきも、美しい手本を見ているようであった。もっと見ていたいと思った。不思議だな。こういう感覚は懐かしい、ような気がする」
急に饒舌になった骨モグラは何かを思い出すように、空を見上げている。
生きている者と同じように、空は青く見えるんだろうか。
骨モグラの持っていた奉納刀の折れた剣先と、斬り落とした腕に握られている刀を鞘にしまっておく。
「ロロちゃん、やったぁ!」
「すげえじゃねえか! お前、こんなに強かったのかよ!」
離れて見ていたチアとラウが興奮して駆け寄ってくるのに適当に手を上げて応える。
始まる前と同じように、おりんは二人と対照的に落ち着いた足取りでやってきた。
「体の負担は大丈夫ですか?」
「思ってたとおりだけど、きついね。明日は全身筋肉痛だよ」
さて、反動が来る前にやるべきことを片付けよう。
「チア、その骨モグラの頭持ってついて来て」
「はーい」
片腕と頭だけになった巨大モグラの骨をチアが雑に持ち上げてついてくる。
マナも底をついて元の姿に戻ったわたしを先頭に奥へと進んでいく。
しばらくすると朽ち果てた、家だったであろう跡、崩れ落ちた家などがわずかに残っていた。
森へ還りつつある村の跡があるだけで、目印になるようなものも何もなく、骨モグラ以外の死霊の気配などもない。
「何か思い出したりする?」
「いや、残念ながら皆目覚えておらぬな。まあ、そうなのではないかと思ってはいた」
特に残念でもなさそうに骨モグラが答える。
「ありがちだが、ここにあった村を守りたかったとかそんなところかね」
ラウが適当な予想を口に出した。
ありえそうな線ではある。
地脈の近くにあるから実り豊かな村だったはずだ。盗賊や他の村の襲撃にあって滅んだとか、地脈を狙ってやってきた魔物にやられたとか、可能性は十分にある。
特に何の発見もないまま、廃村を通り抜けて地脈へたどり着く。
地脈の瘴気を払い、王国のサウレ盆地の地脈と同じよう瘴気を魔力に還元し続けるよう幻想魔法を発動させた。
「地脈の方もこれでお終いだね」
「世話をかけたな。それでは、その刀とともに刻まれし技の数々、稲荷神どのへお渡しいたす。わしも眠りにつくとしよう」
時間の経過とともに段々と自己修復し、今はもう完全に元の姿へ戻っている骨モグラがわたしの手の中にある刀へ空っぽの目を向ける。
「悪いけど、そっちは無理。技を残す方はやりたいなら自分でなんとかして」
「……は?」
骨モグラが間の抜けた声を出した。
「わたし長物専門だから、刀とか使えないもん」
「使えないもんって……挑んどいてそれかよ」
「邪魔だったのと、なんかムカついたから倒しただけだし」
「お前なあ……」
「いらないから、ラウにあげようか?」
「俺も愛刀があるからいらねえよ。そもそも折れた刀なんてどうしろってんだ」
不要物扱いされた上に目の前で押し付け合いをされて、無表情の骨モグラは落ち込んでるように見える。
もしくは、途方に暮れているのか。
「修復自体はロロ様ができますよね」
「面倒だけど直さないとだね。なんで壊しちゃったんだろ」
壊したのはお前だろ、という目でラウがこちらを見ているが、実際に破壊したのは武神の意思っぽかった。
動機に関しては今のところ不明だ。
「もう負けてこの場所には縛られていないんだから、直せば自分で託す相手も探しに行けるでしょ?」
ここを守っていた理由はもうない。
正確には、とっくになくなっていたのを認識させただけだが。
「うーむ……確かにそうだが、我は不死者であるし記憶も定かではない。協力してもらえると助かる」
「うーん……チア、いる?」
「手近で済まそうとすんなよ」
修復となると魔力かマナが必要になる。
「とりあえず地脈で充電するから。ここをキャンプ地とします」
「はーい」




