167 骨の剣士
死霊のいるという場所への案内はラウが買ってでてくれた。
わたしたちがどう倒すのか見たいらしい。
「ラウの期待に沿えるような倒し方するかわかんないよ」
「ロロ様の戦い方って昔からヒキョー……搦め手が多いですもんね」
今、卑怯って言わなかった?
相手の弱点を効率よく狙う戦い方は合理的と呼んで欲しい。
「まあ、それはそれでかまわねえさ。一度挑んで勝てなかった相手だからな。一応見届けたい」
ラウが勝てないってことは、わたしらじゃ無理だろうからね。
そのラウは、迷いのない足取りでズカズカ先頭を進んでいる。
「そろそろなんじゃないの。無警戒に進んでるけど大丈夫?」
「ん? ああ、大丈夫だ。問答無用で斬りかかってくるタイプじゃないからな」
自信を持ってラウが答える。
開けた野原を進んでいると、落ち着いた声が横合いからかかった。
「もし、そこの者」
山菜取りのおじさんか何かと思ったら、巨大な骸骨だった。
大きすぎだろ。
わたしの倍近いんじゃないか。
「すまんが、それ以上先には入らんでもらえるかな」
「おう、でたな」
「その口ぶりと身なりからすると、もしや腕試しか? 見覚えのある者もいるようだ。歓迎するぞ」
歓迎するんかい。
いや、それよりも……。
「人間じゃないじゃん! モグラじゃん!!」
その骨格は、明らかに人間のものではなかった。
最初はねずみかと思ったが、手の形からすると多分モグラだ。
それが器用に鞘に入った刀を握っている。
体というか、骨のモグラが大きすぎて、持っている刀は妙に小さく見えた。
「知らなかったのか?」
「聞いてないよ!」
天狐にとっては多分どうでもいいことで、ラウは当然知っていると思っていたんだろう。
人外の剣士だなんて話は聞いていない。
チアは早速骨モグラに触ってみていいか尋ねて、別によいぞ、と返事をもらっている。
珍しいからってすぐに何でも触ろうとするな。
赤子か。
「元々は人間だったの?」
「いや……もう記憶はあいまいだが、わしは生きていた頃からこうだったと思う」
チアと握手しながら骨モグラが答えた。
死霊が生前の記憶を失うこと自体は珍しくない。
モグラの獣人なんて見たことも聞いたこともないが、目の前にいるものは仕方ない。
地脈が近くにあることを考えると、獣人じゃなくて元は魔物かもしれないな。
モグラ……モグラかあ……。
いや、相手が人間でもモグラでもやることは一緒なんだけどさ。
ここまで理性的なら、地脈の対策だけして本体は放置でもいい気がするな。
天狐にもなんとかしてやってくれとしか言われていない。
「この奥にある地脈に瘴気が混じっているらしいんだけど、対処するために通してもらえない?」
「それはできん」
骨モグラがはっきりと即答した。
まあ、突然来て地脈をいじらせろと言ってもそういう反応になるよなぁ……。
この骨モグラにとっては大事なエネルギー源だという可能性もある。
「放っておくと、いずれあなたも正気を失うよ。これでも豊穣神の端くれだし、地脈が大事なこともわかる。妙なことはしないと約束するから、なんとか瘴気だけなんとかさせてもらえない?」
「ショーキでショーキ」
チアが横でなんか言ってるけど今は無視しておく。
「いや、地脈なんてものはわしにとってどうでもよい。ただ、わしはこれ以上先には誰も通せぬ」
「なんでよ」
「そう約束してここに在るからだ」
頑なな骨モグラの言葉には、絶対にくつがえせない固い意志が込められていた。
「骨さん、誰と約束したの? なんでここにいるの?」
「覚えておらぬ。ただ、わしは二つの理由でここに在る。その一つ目が、ここを守ることだ」
「……奥に何が?」
「それは知らぬ」
いや、なんでだよ。
いくら記憶があいまいっても見てくればわかるだろ。
こちらの困惑した雰囲気を察してか、骨モグラが続ける。
「ただ、わしはここを守りたいのだということだけは覚えている。わざわざ理由を知る必要はない」
骨モグラが手に握った刀に空っぽの目を落とす。
「そして、もう一つはふさわしい者にこの刀に刻まれた技を託すことだ」
「魔道具的な物なの?」
「いや、そういった意味ではない。この刀は多くの剣士がその魂とも言うべき技を捧げ祀ってきた。それがこの刀には刻まれておるのだ」
よく見ると、刀は奉納刀のようだ。
滅んで消えていく剣術の流派なんて少なくないんだろうけど、それをよしとしなかったわけだ。
なんでそれをモグラがやってるのかは知らないけど。
「それで腕試しを歓迎してたわけね」
「うむ。わしは、わしを倒せる者を待っておる。わしに勝てぬ者でも、この刀に込められた技を更に研ぎ澄ますことができる」
なるほどね。
どういう存在かは大体わかった。
さて、作戦会議といこう。
一度ぎりぎり骨モグラが見える辺りまで離れて、倒木に腰掛けて一服しながら話を始める。
チアが元気よく手を挙げた。
「みんなでかかればやっつけられない?」
「うーん……接近戦の連携なんてわたしたちとれないし、無理じゃないかな」
「同意見だな。俺は血刀術を使うから、逆に全力を出しにくくい。下手に使うと巻き込んじまう」
ラウがうなずく。
「そもそも、あれは大勢で囲めばとかそういう次元の相手じゃない。正直、まともにやりあったら手に負えない化け物だぞ。なにか案はあるのか?」
「うん、まあ倒さずに遠くからなんとか地脈の瘴気だけ対処するのが一番リスクが少ないよね」
もしくは転移魔法で地脈まで瞬時に移動して、瘴気の対処だけして飛んで逃げるか。
なんとかしろとしか言われていないので、わざわざ倒す必要はない。
天狐の言っていたとおり、特に放置して害がある性質でもなさそうだ。
「戦わないつもりかよ……」
だから期待に沿えないかもって言ったじゃん。
「第二案は、おりんが長距離攻撃魔法で遠くから消し飛ばすことだね」
「お前、さっきの話を聞いてそれはさすがにヒドくないか」
ラウが文句を言った。
合理的と言って欲しい。
見届けたいだけとかカッコつけていたくせにうるさいなあ。
「向こうの事情を汲む必要性ないもん……」
「そりゃそうかもしれないが……お前それで本当に神様かよ」
ラウに懐疑的な視線を向けられた。
神様である前に、わたしはわたしなんだよ。
「神様みんな優しいと思ってるなら、今のうちに訂正しときなよ。ちなみに、ラウはいつかあれを倒せる剣士が現れると思う?」
「………そもそも、そう知られてる話じゃない。絶対にありえないとは言わないが、期待はできないな」
うん、だろうね。
あれは、いつまでもここで待ち続けるのだ。
何を守りたかったのかさえからも、背を向けたままで。
「……なんか、気に入らない」
「はあ?」
気に入らない。まったく気に入らない。
自分が守ろうとするものが何なのか、知ったところで意味はないとうそぶいて。
目を背けて。
本当は知るのが怖いんじゃないのか?
技を遺すためになんて、その技の持ち主たちが絶えてしまわないとありえないじゃない。
この奥にある守るべきなんてものは、もう何もないんじゃないの。
ここを誰も通さないことに何の意味があるんだ。
目を背けたままじゃ先に進めないだろうに。
まだできることがあるのに。
不死者に成り果ててまで、まだこの世界に留まっているくせに。存在しているくせに。
やるべきことが、やりたいことがあるのなら、技をせめて遺したいと言うのなら、なんでそこに意味もなく立っている。
イライラする。
転生する前の爺だった自分を見ているみたいで。
まだできることがあったのにあきらめてあがくのをやめたり、何もかも無くしたような顔をして持っているものから目をそらしたり……。
これは、同族嫌悪ってやつかな。
「うん、やっぱり気に入らない。お望みどおりに斬り捨ててやる」




