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165  硫黄と言えば温泉でしょう

 今度訪れた村でも、またもや想定外の相談にぶち当たった。


「年々、少しずつ収穫量が落ちているようでして……」

「はあ、なるほど」


 収穫量が落ちてきている。でも原因は完全に不明。


 そう言われても、そんなものの原因なんてどうやって調べたらいいものか。

 寒暖や雨量のせいかもしれないし、なんなら気のせいの可能性だってある。さっぱりわからない。

 前回と違って、魔術でちょいちょいと解決というわけにはいかないな。


「こう……分かれるんが少ないんですわ」

「分けつが少ない……ですか。では、ちょっと調べてみますね」


 余裕ありげに答えたが、何一つあてがない。


「ロロ様、調べるってどうするんです?」

「うん? なんのあてもないし、実は困ってる」

「あ、そうですか……。豊穣神パワーで力技……はダメなんですよね」

「それやると一瞬でガス欠……マナが切れるからね」


 わたしは豊穣神として、これ以上ないくらい力の使い方が下手だからね。

 マナを使うなら、幻想魔法に注ぎ込まないとまともな効果は得られない。


 幻想魔法でなんとかするなら、理想的な苗の状態、周りの環境などを術式化する必要があるが、まったく経験がない分野なので、かなりの手間だ。


 ん-、どうしたものかな。


 分けつが足りないなら、一番可能性が高いのは肥料不足だけど……。

 分析して他の土地の水田と比較してみるか……?


 今後を考えると基準になるデータが欲しいな。


 そうだ!


 早速、天柱稲荷神社まで戻って空狐をつかまえる。


「空狐、頼みがあるんだけど」

「む、私にか?」

「天狐様は絶対に面倒くさがると思うから」

「お前なあ、本人がいる前で言うかよ」


 後ろで丸くなっていた天狐が文句を言ってきた。

 寝てるのかと思ったら起きていたらしい。


「それで、何をして欲しいのだ?」


 わたしは事情を説明する。


「豊穣の力をうんと込めた田を作ってもらいたくて。そしたら、そこは水田として理想的な場所になるわけだよね。そこと条件比較したら問題が起きてる場所で何が違うのかわかるかなーと思って。ほんの小さな範囲でいいから」

「あー、なるほどな……。空狐やってやれ。私は面倒だからパスだ」


 天狐からは予想通りの答えが返ってきた。


「練習もかねて、お前が自分でやってみたらどうだ?」

「それだけでわたしが地脈で貯めてきたマナ、すっからかんになりそうだし」

「……未熟者め。やらねば上手くならんぞ」


 大きなため息をついた空狐がわたしについて来るよう促す。

 悪いけど、正直諦めている。


「正解は必ずしも一つではない。様々な要素が絡み合うからだ。いくつか作ってやる。小さなものでいいのだな?」

「うん、ありがと。鑑定魔法で分析かけるだけだからね」


 いくつかの水田をまわり、その端っこのわずかな範囲だけを、空狐がマナを使って変化させる。

 見る間に大地が、水が、そして稲自体が生き生きと変化する。

 それを鑑定魔法で徹底的に分析していく。


 空狐がすぐにやってくれたので、その日のうちに問題となった村まで戻ってこれた。


「硫黄不足かあ……」


 こりゃ、わたしに気付けるわけないよね。

 気付いたところでどうすればいいんだ状態なんだけど。


 硫黄泉の温泉の水か、湯の華でも投げ込んでやればいいのだろうか。


「うーん、もう幻想魔法を編んで作るかな」

「かなり範囲が広そうですが、大丈夫なんですか?」

「硫黄が足りないっていう要素だけ描き換えればいいし、そこまでマナは使わないと思うんだけど……」


 原因不明のまま、強引に描き換えるよりかははるかに効率はいいはずだし……。

 硫黄成分という一点だけを、空狐がサンプルに作ってくれた環境と同等になるように、わたしの中にある硫黄の知識でかなり強引に術式を描く。


 ……うーん、これ微妙かな……。


 やっぱりやめた。ここは地道にいこう。



 ◇ ◇ ◇



「変なにおいの町―。あ、何あれ食べたーい」


 チアが温泉卵を買いに走っていった。

 屋台のような小さな店の後ろでは、組まれた石の間から蒸気が漏れていて、それに当たるように卵の入った籠が置いてある。


 次の日、わたしたちは山の中の温泉街にいた。


 直接、硫黄を抽出すればいいだろうと思ったのだ。

 硫黄と言えば硫黄泉。

 村や町で人に硫黄臭のある温泉を聞けば、すぐにいくつか返事が返ってきた。


「チア、宿を決めときたいからそれ買ったら行くよー。部屋付き温泉のあるところがあればいいんだけど」

「部屋付き?」

「獣人がほとんどいない日国じゃ、わたしとおりんは目立つからね。じろじろ見られるのも落ち着かないし」

「それなら、一番大きい宿に行ってみな。そういう部屋もあるからね」


 そう言いながら、温泉卵を売っていたおばちゃんがわたしたちの着ている物にさっと視線を走らせる。

 金銭的に大丈夫そうか、格好を見て確認したんだろう。そういう部屋となると、高級な部屋だろうからね。

 

 今日は神様活動でもないし、冒険者スタイルで来るところでもないので、屋敷で普段着にしていたハイカラさんスタイルである。


「そのまままっすぐ歩いていけばあるよ。坂だから気をつけていきな」


 教えてもらった宿で、部屋をお願いする。

 思っていたとおり最高級の部類の部屋だった。


 宿に貸し出しはなかったけど、途中のお店で浴衣を売っていたので買ってみる。

 温泉宿と言えばやっぱこれだよね。

 ごろごろするには楽な格好に限る。


「……ボタンがないよ、この服。何、この紐?」


 下着の上に浴衣を羽織っただけの格好で、チアが帯を振り回してくるくる踊っている。


「その紐でしばるんだよ。やってあげるからおいで。ほら、ばんざいして」


 両手を上げているチアの帯を結んであげる。


 はい、かわいい。

 チアは髪も茶系統だし、着てて特に違和感もない。

 普通に似合っててかわいい。


「すみません、お願いします」


 後ろで浴衣を羽織っていたおりんが帯を差し出す。


「おりん、打ち合わせが逆だよ。これも家で着てるのと同じで、右前ね」


 しゃべりながら、おりんの浴衣の前をぱかっと開く。

 考えるまでもなく、中から下着しか着けていないおりんの体がコンニチワした。


「にゃっ!?」

「あっ、ごめん」


 慌てて浴衣の前を閉じる。

 チアに続いてだったのもあって、何も考えずにそのまま開けてしまった。


 しかし、なんか違和感があったな。

 なんとなくいつもと違う感じがした。

 

「おりん、身長伸ばした?」

「はい。前みたいに見た目を調整できるようになりましたから」


 ああ、やっぱりね。

 違和感はそれか。


「ずっと変わらないままもおかしいかな、と思ったので一年分くらい成長させておきました」


 おりんは、わたしに気付かれたのがなんだかうれしそうだ。

 いつもと髪型変えた時に、無反応よりは反応してもらえた方がうれしいみたいな感覚だろうか。


「ロロ様、すぐに気付きましたね」

「そりゃ毎日見てるから」


 いつも一緒にいるからね。


 おりんがうれしそうに緩んだ顔でにへっと笑った。


 こういう時は外見相応の年にしか見えないんだよね。


 気付いたのは、さっき見た下着姿がちょっと窮屈そうだったからって理由もあるんだけど、これは一生黙っておこう。


「服とか装備も調整がいるかな」

「……すみません。そこまで考えていませんでした。たしかにそうなりますね」

「気にしないで。わたしやチアのもそろそろ調整しておいた方がいいから」


 自分自身のことなのでわかりにくいけど、わたしやチアもそれなりに成長している。


「はい、終わり。うん、かわいい、かわいい」


 こういうのを見るたびに写真が撮りたくなるね。

 これは案外優先度の高い課題じゃないだろうか。


 自分で年齢を変えれるおりんはともかく、チアは成長するから今しか撮れない写真なわけだし……。


 おりんが自分の胸を見下ろしてから、部屋を見回した。


「鏡はなさそうですね。結び方はチアちゃんのと同じなんですか」

「うん、同じだよ」


 おりんは視線を胸に阻まれるので、鏡がないと自分で自分の帯は見えない。

 ついでに言えばベルトも見えないし、普通に立つと靴もあまり見えないと言っていた。

 これはこれで色々苦労があるらしい。


「たんけーん」


 視線を向けると、チアはすでにいなくなっている。

 露天風呂になっている部屋付きの温泉を見にいったらしく、奥の方から声が聞こえてくる。


 そちらは放っておいて、わたしも浴衣を羽織って自分の帯を結ぶ。

 当然ながら、わたしの帯は普通に上からも見えた。


 食事の前にチアと温泉につかっておく。


「変なにおいのお風呂~」

「こういうもんなんだよ」


 おりんは、あとで一人でゆっくり入ると言っていた。

 ネコの姿でちょうど入るのにちょうどいい深さの場所もないので、ヒト姿で入るしかない。


 この前、ネコ状態でわたしが抱っこして入ったら湯船の中におりんを落とした前科もあるからな。


 わたしとチアがお風呂を食事前にしたのは、どうせチアは食べ過ぎて動けなくなるだろうと予想したからだ。


 案の定、チアは夕ご飯のあとはしばらく打ち上げられたトドみたいになっていた。

 こういうところの料理って多いからね。


 翌日、朝もお風呂に入ってつやつやしているおりんと、朝から食べ過ぎで苦しそうなチアを連れて宿を出る。


 途中で昨日と同じ場所で温泉卵を売っていたおばちゃんに声をかけ、宿を教えてもらったお礼を言った。


「なに、ゆっくりできたなら結構なことさね。ところであんた、ひょっとしてうちの店はお稲荷さんが食べてったって売り文句にできるんかね?」

「……ずいぶん耳が早いですね」

「おやまあ、本当にあんたなのかい。こりゃ驚いた」

「わたしも驚きましたよ」


 おばちゃんが笑い出す。


「お稲荷さんを驚かせたなら私も大したもんだ。ま、人のうわさ話には羽がついてるもんさね」


 おばちゃんの情報収集力、恐るべし……。


 なかなかびっくりしたけど、さて気を取り直して硫黄を集めに行こう。

 と言っても、別に手で集めたりするわけじゃなくて、適当に目立たない場所を見つけて錬金魔術と地属性魔術の複合魔術で回収するだけだ。


 温泉成分を回収すれば温泉の素ができるのではとも思ったけど、硫黄の匂いは好き嫌いが分かれるし、家で使ってあざらしスライムから硫黄の匂いがするようになったりしてもちょっと困るな。


 さて、この回収した硫黄の結晶を溶かせばいいのかな。

 いや、硫黄って水に溶けなかったような気がする。


 硫化水素……? 硫酸……?


 具体的な物質名はわからないが、空狐のおかげで基準になるデータはあるのだ。

 この前不足していた硫黄成分が豊富な水田や土、川などからそのものを抽出してもいいし、硫黄を適当に反応させたりしながら一致するものを探して実験してみればそのうち当たるだろう。


 わたしが硫酸アンモニウム……硫安と呼ばれる肥料もあったことを思い出すまではもうしばらく時間がかかるのだった。


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