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143  稲荷神たちへの借り

「空狐も手伝ってくれてありがとね」

「たいしたことはしておらん。まあ、結果的にみな無事でよかったな」

「うん。たぬきちにもお礼言わないと」

「……誰だ、それは?」


 あ、そっか。

 たぬきちのことを知っているのは、わたしとストラミネアだけだったっけ。

 今思うと、行動がいちいち人間くさいというか、あんなにお酒に釣られるたぬきはいないよね。

 あれも何かしら神霊の類だろう。


「空狐です。ロロナを連れてきました」

「おう」


 空気が張りつめている。

 正面の一段高くなった所にヒトの姿で天狐が悠然と座っている。

 左右に金狐、黒狐、銀狐が並んでいて、空狐もそちらに座った。


 態度も口調もまったく変わりはないのに、まとう雰囲気とプレッシャーが違う。むしろ、今まではあえて緩めていただけで、これが本来の天狐なんだろう。


 マナを大量に体に宿した時、わたしは三本尻尾が生えた時点でもう限界ぎりぎりだったけど、天狐は八本の尻尾を生やして涼しい顔をしている。

 伝説の九尾とはいかないまでも、今なら天狐がどれだけの力を持っている存在なのかがわかる。


「参上いたしました。治療していただき、ありがとうございます」

「おう。他に言っておきたいことはあるか」

「ありません。ご迷惑をおかけしました」


 黒狐を除いて、豊穣神として祀られている存在だ。

 春のこの時期、実り多くなることを祈る人々に応え、これから植えられる種籾や、田畑の土などに力を振るう。


 その力の源を、私がチアの治療の為に横からかっさらってしまった。

 命を救うためだと言っても、それこそ不作にでもなれば、人死にがでる世界なのだ。言い訳のしようがない。


「まず、私らがお前に与えていた加護は消すからな」

「……はい」


 再発予防的な意味合いもあるのだろう。仕方ない。

 耳と尻尾ともお別れだ。


 天狐が手を振ると、わたしから何かを抜き取った。

 体から力が失われたのを感じる。


「……あの、耳と尻尾が残っているんですが」

「そりゃそうだろ。もう神になってんだからな。それはお前が自分で生やしてんだよ」

「え? ああ!」


 そういえば、おりんの体を作れたっていうことはそういうことだ。

 一応、わたしは神様になっていたのだ。


 頭の中でファンファーレが鳴ったりしたわけでもないし、おりんのことでいっぱいいっぱいだったので、喜んでいる暇がなかったから正直自覚は薄い。

 色々ありすぎて、完全に忘れていた。


「喜んでるとこ悪いが、まだ処分について伝えてる最中だぜ。忘れてねえだろうな」

「あ、はい……。失礼しました」

「次は、お前が今回使ったマナに見合うだけ、お前の知識を使って収穫量をあげてもらう。きりきり働けよ」

「わかりました」


 使った力の分、埋め合わせをしろ、ということらしい。

 多少なりとも底上げができれば、いつかは終わるはずだ。

 どれくらい時間がかかるかはわからないけど、これはそう難しいことじゃなさそうかな。


「あと、こいつは半分お前のためでもあるが、村を作れ」

「……村?」

「開拓しろってことだ。豊穣神として、お前を祀ってくれるところを作っておけ。場所は好きにしていい。あてがあるなら、この国じゃなくてもかまわねえよ」

「わかりました……けど、わたし、豊穣神なんですか?」

「厳密には違うかもな。ただ私らの影響を受けているから、豊穣神の要素を持ってるのは間違いない。……あとは、他にもいくつかやっかいごとを引き受けさせるからな。お前の処分は以上だ」

「承知しました」


 深く頭を下げる。

 天狐が姿勢を雑に崩した。


「面倒な話はこんなもんだ。まあ、がんばった方だろ」

「え?」

「大精霊にも引けを取らない力を持つ猫娘の宿していた火精霊を、お前らだけでよく封印した。急な話だったから仕方ねえが、次からは呼べよ」


 周りを見回すと、他の者たちもうなずいている。

 天狐が薄く笑った。


「お前がマナを吸い上げた時、拒否しようと思えばできたのさ。だから、変に気負わなくていい。ただ、一応けじめってのはつけないといけねえからな」


 天狐が頭をかきながら付け加える。


「この国の連中はそんなにやわじゃねえ。荒れ果ててた昔じゃないんだ。私らの力が多少減った程度で、そこまで大きな影響はないだろ」

「天狐様は力の使い方が雑……。偏りが多いし、抜ける所が毎年どこかにある。どうせみんな気付かないから大丈夫」


 黒狐が言って、天狐が微妙な顔になった。


 多分、黒狐に悪気はない。

 嫌味とかではなくわたしをフォローしてるだけだろう。

 結果的に天狐をディスってるけど。


「お前な、私はこの国全体を管理してんだぞ。無理言うんじゃねえよ」

「やればできるけど、面倒だからやらないだけ」


 図星だったらしく、腕を組んだ天狐がそっぽを向いて舌打ちした。


 おかっぱ頭の女の子に姿を変えた黒狐に抱きしめられて、そのまま頭を撫でられる。


「寄生蟲を退治してもらったから、こちらは十分元を取れてる。私には貸しはないから、ロロナは私のことは気にしなくていい」

「黒狐姉様……」


 天狐がいぶかしげな顔をした。 


「姉様って何だ?」

「私、ロロナと年が近い」


 ぶい、と黒狐が自分の口で言った。

 見えないけどピースサインをしたらしい。


「ちょっと待ちなさい。黒狐、あんた使い切っててろくにマナを渡してなかったでしょ。私の方がマナを渡したんだからね」

「お前は普段から溜め込みすぎなんだよ」


 黒狐に口を尖らせる金狐に、呆れたように天狐が返した。


「凶作の年が来たらどうするんですか! 私は誰も飢えさせないのがモットーなんです!」

「へいへい」


 そういえば、金狐は、飢えなしの金穂様なんて呼ばれていたな。

 金狐の主張に、天狐が面倒くさそうに手を振る。


「金狐ちゃんもありがとね」

「……別にいいわよ。チアのためだったんでしょ」


 照れたのか、金狐がそっぽを向いた。

 素直じゃない金狐らしい。

 ほっこりしていると、足元に銀狐が寄ってきていた。


「おばあ様もありがとうございました」

「それはもうすんだことだよ。しかし、ロロナ……お前さんは力の使い方が下手すぎるね。無駄が多い。私なら治すのにあんたの半分も要らなかったがね」

「……はい」


 まだ初めてマナを扱ってから一週間とかだし……。

 とはいえ、どうやらしばらくは地道な練習が必要そうだ。


「姉様、金狐ちゃん、おばあ様……か。なんか私だけ他人行儀じゃねえか?」

「天柱稲荷じゃなくて、天狐様って呼んでますよ?」

「あー、まあそれはそうなんだけどな」

「天狐様は寂しがり屋」

「余計なこと言うんじゃねえよ」


 黒狐の頭をぺしっと叩いてから、天狐が体をのばした。


「おい、雑用その一だ。せっかく集まったからな。明日にはまた全員ここを発つ。酒とつまみを用意してこい」


 黒狐がしれっとした顔で手を挙げた。


「田んぼとか畑とかのお仕事ないから、私はずっとここでロロナのご飯食べてていい? 山に戻っても、どうせ力も残ってないし寝てるだけ」

「てっめえ……それなら私の仕事を手伝わせるぞ」

「やっぱり山が心配なので明日出発する。ロロナ、お土産たくさんね」


 それはそうだろうけど大丈夫なのだろうかと考えていると天狐ににらまれて、黒狐が逃げていった。




 台所に立つのも久しぶりだな。

 無造作に山菜や大根、山芋にタケノコなどが転がっている。

 奉納品かな。


 料理のストックも心もとないし、とりあえず思いつくものを作っていこう。

 稲荷寿司と海鮮系は多めに作っていたのでまだあるな。


 まずはストレージのクリームチーズをみそ和えにしてコショウをふって出す。


 お漬物発見。

 ……これは、奈良漬けかな。こちらもクリームチーズと合わせてもう一品。


 皮付きの山芋をおりんに厚く切って焼いてもらい塩だけで仕上げる。

 続けて残りの山芋と一緒にストレージの鹿魔獣の肉を一緒にバター醤油で炒めてもらう。


 横でこごみをゆでて胡麻和えに。

 たけのこをあく抜きしながら、だし巻き卵を仕上げる。

 風呂吹き大根……は早く仕上げるのに圧力をかけないと。


「おりん、ちょっと魔力使わせてね」

 

 色々作って持っていきながら稲荷たちの様子を見ていると、稲荷寿司や揚げ出し豆腐は全体的に受けがいいが、わりと好み自体は分かれているようだ。


 天狐は食べでのあるものがいいみたいで、金狐はチーズ系を気に入ったらしい。今は厚揚げのニンニクチーズ焼きをパクついている。

 黒狐はツマミ然としたもの、空狐は意外に肉系の料理に食いついている。

 銀狐を見ると、菜の花のおひたしで吞んでいる。つついているのは、さっきから山菜や川魚の塩焼きなどばかりだ……素朴というか渋いというか。さすが自称おばあちゃん。


 わたしがやらかしたせいで集まることになったけど、久しぶりに集まったからか、稲荷神たちは話を弾ませて楽しそうにすごしている。


「こうやって並んだ料理を見てみると、お前はこの国のよくあるような料理も迷いなく作れる上に、日国の料理に他の国の料理を簡単に組み合わせたりしてしまうのだな。器用なものだ」

「別にわたしが考えたわけじゃないからね。知ってるってだけ」


 空狐は感心していたけど、この場で考えてアレンジするほど料理適性は高くない。

 実家でつまみ作りを手伝わされていたのが、こんなところで役に立つとは思わなかった。


「おりん、ちょっと町まで材料の追加をお願い。また結界のところ通るから、念のためにチアを連れていきなね」


 あの道は、やっかいなことに通り抜けるときにどこを通らされるかわからない。

 どこでも平気なチアには楽しいところみたいだけどね。


「はい、わかりました……。あれ、チアちゃんは?」

「え? しらないけど。正座させてから、そのあとは?」

「……お料理の手伝いしていて忘れてました。そのままですね」

「ちょっと長すぎない?」


 最初は一時間くらいって言ってたのに、あれから感覚的に三時間くらいはたってるだろ。


「そうですね。そろそろいいでしょう。反省していなかったら膝に乗っておきます」


 猫になったおりんがチアのいた部屋の方へ歩いていった。


 正座でしびれたところに猫のひざ乗りか……。

 ヒドいのかごほうびなのか迷うところだ。 


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