131 大蛇とたぬき
巨大な大蛇を遠くに見下ろしながら、おりんがわたしに言った。
「じゃあ、そういうわけでロロ様よろしくお願いします」
どういうわけだ。
「いや、あれは無理。確実に消し飛ばそうと思ったら魔石が足りない」
「え?」
「手持ちを集めても厳しいかな。あれは最低でもドラゴンクラスがないと無理でしょ」
おりんがダンジョンで倒していた魔物の魔石や、魔術師長からもらった魔石ではダンジョンボスだったレッドドラゴンのものなんかには及ばない。
なんだかんだいっても、ドラゴンはすべてが桁違いの生き物なのだ。
バハムートを喚んだ時にはドラゴンの魔石を十二も使ったのだ。あそこまでいかなくてもあのクラスのものがいくらか欲しい。
おりんのいたダンジョンの魔物にもドラゴンに匹敵する魔物はいた。
ただ、残念ながら地上に出てきていたせいで、それらは全員バハムートのブレスで灰も残らず消し飛んでしまった。
「ドラゴンですか……国王にレッドドラゴンの魔石返してもらってきます?」
「それをすると、今度はこっちに帰ってくるのに、転移魔法陣を起動する魔力がないよね」
来るときはわたし製作の遺跡もどきが長年かけて集めていた魔力を使った。
戻るのは日国の遺跡もどきが収集していた魔力を使うとしても、再度こちらに戻って来る魔力が必要になる。
あれも生半可な量じゃない。
「……じゃあ、どうするんですか、あれ?」
おりんが大蛇を指差す。
「それを今考えてるとこ」
「……もしかして、今のところどうしようもない感じですか?」
「そうだよ」
おりんが頭を抱えた。
都合よくこちらでドラゴン級の魔石が手に入ればいいんだけどね。
「ロロちゃん、あそこ人がいる」
「ん?」
おや、向こうの木の上に人がいるな。
枝に紛れるようにして男が大蛇を見張っている。
尾根伝いに歩いていって、木の下から声をかけてみた。
向こうもすでにこちらに気付いていたようだ。
「こんにちはー、ご苦労様です」
「おう。……どこの者だ」
「稲荷神社の者……です」
ちょっと詐称っぽいかも? 大丈夫だよね。
大蛇を見張っていた男が、わたしの耳に視線を走らせた。
「なるほど。稲荷の遣いか。神社神道の者も動き出したというわけか」
「そういうわけでもないんですけど……。わたしたちもそれほど情報がないので、知っていることを教えてもらえないですか」
距離があるとはいえ、もしも大蛇に狙われたら、あの大きさだ。すぐに近づかれるだろう。
逃げ切るだけの自信があるのか、こちらに来ない確信があるのか。
「まあ、見ての通りだ。あんな馬鹿でかいのは今まで例がない……もはや笑うしかないな。町とはかなり距離はあるし、今はまだ腹が満たされているからしばらくは活発に動かないだろう。それでも一度動き出せば山の獲物を食い尽くし、人里に現れるのは時間の問題だろうな」
満たされている?
なにか大物でも食べた?
蛇は丸呑みの関係もあって、消化にはそれなりに時間かかるイメージだ。
「あんな大きいの、今までよく見つかりませんでしたね」
「人が住んでる場所なんて限られているものだからな。こういった山奥だとなおさらだ。それに……あのサイズになったのはおそらく最近だ」
「一気に大きくなるものなんですか?」
「共食いしたのさ。大蛇が集まって食い合ったんだ。そして勝ったやつが貯め込んだ力を総取りして一気に大きくなる」
うげ、そんな習性なのか。
勝ったやつが強くなって子孫を残す的なやつかな。
セルフ蟲毒みたい。
「酒が効かなくて退治できないんですよね。その割にはまだ町は落ち着いていましたけど」
「……知っていたか。まだ情報が行き渡ってないだけだ。じきに大騒ぎさ。場合によっちゃこの国が滅びるかどうかって戦いになるわけだからな」
見張りの男が、諦めたような顔で笑う。
お酒が全国から集められていたということから考えても、まさか効かないなんて思ってもいなかったのだろう。
それか、混乱を防ぐためにまだ情報が伏せられている可能性もあるな。
「大昔にも、お酒が効かない大蛇が出たことがあるって聞いたんですけど……」
「ああ、その時の大蛇は毒沼で生まれたからだとか伝わっているな」
「今回もなんですか?」
「いいや、今回のはそもそも酒を飲まなかった。試しに置いた酒の匂いを嗅ぎには来たが、それだけだ。何度か試しても結果は同じさ」
「なるほど……ちなみに昔の時はどうやって倒したんですか?」
「力尽きるまでひたすら攻撃を続けたそうだ。力押しだな」
まあ、そうだよね……。
うちのご先祖はその戦いで活躍したかトドメをさしたか、そんなところかな。
今回の大蛇を相手にそれをやると、被害は想像を絶するだろう。
お酒が効かないことに関しては、効かないのは同じでも理由は違ったらしい。
匂いは嗅ぐけど、飲まないときたか。
実際に見てみたいな。
なにか掴めるかもしれないし。
「試しにお酒を置いてみてもいいですか?」
「別にそれはかまわんが、やったところで……いや、待てよ。わかった。巣へ帰る通り道で仕掛けるのにちょうどいい場所がある。今ならまだ先回りできるはずだ。案内しよう」
最初は無駄だろうという反応だったが、途中で反応が変わった。
稲荷の遣いだから、特別なお酒だったりするんじゃないかと思ったのかもしれない。
残念だけど、そういうのはないよ。
案内されたのは、見通しのいい川原だった。
せっかくなので、手持ちにある色々な種類を分けて置いていく。
予定になかった行動なので、どれもそれほど量はない。
「酒に気を取られるから、それほど離れなくても大丈夫だ。ただうっかり潰されない程度には離れておかないとな」
尾根までは戻らないが、かなり離れた高い岩の上で大蛇を待つ。
小声でストラミネアを呼んだ。
「ストラミネア、もしこっちに来たら時間稼ぎよろしくね」
「問題ありません。お任せください」
大蛇の姿はずっと見えているままだ。
大きいので、動きはゆっくりに見えてもずいぶんと速い。
大蛇が近づくのを待っているとチアが声をあげた。
「森からなんか来た!」
「ん? 大蛇じゃなくて?」
「お酒飲んでるみたい」
「あれは……たぬき?」
目を凝らすと、一匹のたぬきがいた。
一番端に置いてあったお酒を舐めている。
のんきに何してんだ……。
大蛇が来てるだろ。
「タヌキって言うの? 大蛇が来ちゃうよ」
「あのまま食われそうだな……。ふむ、肉を一緒に仕掛ければ酒も飲むか?」
見張っていた男が、なかなか容赦のないセリフを吐いた。
おりんが肩をすくめる。
「それで酔うほどの量は無理じゃないんですかね」
「だろうな。言ってみただけだ。いや、でも酒に血を混ぜるのは案外ありか? それはまだ試してなかった気がするな」
「助けにいってくるー」
チアが飛び出していった。
「もう間に合わん、放っとけ!」
「ストラミネア、フォロー!」
ストラミネアがついていれば、大丈夫だろう。
そのまま岩の上からチアを見守る。
チアは精霊の靴を出力全開にして走っている。
わたしやおりんはチアほど速度を出すとバランスを取れない。かえって邪魔になりそうだ。
大蛇が近づいて来ている。
早く、早く。
「速い。稲荷の遣いというだけあるな!」
猛スピードで飛び出したチアがたぬきを捕まえる。
即座に急制動をかけて止まると、引き返してこちらに向かって走り始めた。
大蛇のたくさん生えた巨大な首のいくつかがチアに向く。
頭の一つが首をもたげた。
森に入りかけたところで、大蛇の首の一つがチアに向かって口を開けて襲いかかった。
一瞬で距離が縮まり、チアに迫る。
ストラミネアの作った空気の壁に阻まれて大蛇の頭の方向が変わった。
逸れた大蛇の頭が地面をえぐり、木をなぎ倒しながらチアの横を通り過ぎていく。
チアを向いた別の大蛇の頭の口の中に水塊が現れた。
「ブレスだ!」
ヒュドラ系は水属性系のものが多い。今回の大蛇もそうらしい。
二つの頭から放たれた水流がチアに向かった。
ストラミネアが風の流れを作って一つをうまく逸らし、もう一つはそのまま風の結界壁で斜めに弾く。
ストラミネアの作った壁と水がぶつかり、空気が震えた。
二つの水のブレスは地面をえぐって土を跳ね飛ばし、森の木をなぎ倒していく。
土砂と砕かれた木が辺りに飛び散って降り注いだ。
落ちてくる大きな木の破片を避けながら、チアがなんとか森の中に飛び込む。
大蛇はそのまま追ってくるかと思ったが、お酒の方に気を取られてくれたようだ。動きが止まった。
大蛇の首のいくつかはすでにお酒の方に集まって匂いを嗅いでいる。
「山の生き物を見殺しにできないとか立場的にあるのかもしれないが、さすがに危険すぎるぞ」
「え? ああ……そうですね」
あれは単にモフモフした生き物が好きなだけだ。
食料認定した場合と敵認定した場合は容赦しないが、基本的には優しいんです、うちの子。
「よく言って聞かせとけよ」
「はいはい」
気が向いたらね。
まだフォローできる範囲なのでまあ別にいいや。
助けようとしたことは否定したくないしね。




