121 寄生生物
黒稲荷について、山を登る。
「今の時点でこの山しか被害がなく、湖周辺で被害が多いなら、可能性が高いと進言いたします」
「マジか」
そこにあった湖は、かなり大きなものだった。雪解け水が流れ込んでいるのか、冷たそうだ。
ストラミネアに耳打ちされた。
川の中の魔物の巨大なものがいるようだ。
「黒稲荷様、この湖って大きな魔物が住んでいたりします?」
「……いないと思う。魔物かどうかを確認してまわったことはないから、実は魔物だったという生き物ならいるかもしれない」
割とアバウトだな。
まあこの山を管理する神様がいるなら瘴気で魔物が凶暴化することはあまりなさそうではあるし、気にする必要がないのかもしれない。
魔物は特異な生態を持つものが多い。
ストラミネアによれば可能性が高そうだとのことだし、まずはその魔物から確認しておきたい。
「深みにかなり巨大なものがいるようです……。調べていいですか?」
「それは知らない。お願いする。見慣れないものなら、最近大ミミズを見たくらい」
「関係なかったらすみません」
どうやら、その魔物に対して手荒な真似をしても怒られる心配はなさそうだ。
「ストラミネア、引きずり出してみて」
「承知しました」
ストラミネアは基本的には風属性の精霊だが、一部水属性も混じっている複合属性の個体なので、水属性の魔術もお手の物だ。
大きく湖の表面が揺れ、波が立ち始めた。
少し待つと、波は更に大きくなり水面が盛り上がりながら近づいてくる。
「うげ」
じたばたと抵抗するように動いている、見上げるサイズのぬらぬらとした巨大な大ミミズが現れた。
「……貝じゃなかったっけ? 毒があるかもしれないから、みんな気をつけて」
大きくなりすぎて殻に入り切らなくなったのだろうか?
アメフラシみたいに小さな殻がついてるとか?
「大ミミズ。……前見たのはもっと小さかった」
「これ、怪しいですけどどうでしょう」
「わからない。可能性はある」
とりあえず、調べるのにストラミネアにこのままとっ捕まえといてもらおう。
宙に浮かんでいる巨大ミミズをじっと見ていたチアが何かに気付いた。
「ロロちゃん、これ小さなにょろにょろが集まってできてるよ」
「ぐ、群体? 調べるにしてもこんなにいらないなあ」
危機を感じたのか、大ミミズが少しずつほどけ始めた。
糸ミミズみたいなものが大量にうごめいている。
全部で何万……何百万匹いるんだ、これ。キモすぎる。
こいつらが原因だとしたら、これで解決してくれたりするのだろうか。
「あ、ネズミだ」
ストラミネアがミミズを保持している横で、チアが湖にやってきた野ネズミを見つけた。
ちょろちょろと数匹の野ネズミが湖に向かっていく。
「あのネズミも魔力反応がありますね」
「……さっきのミミズを食べたのかな」
そういえば、貝だとストラミネアが思ったのはなんだったんだろう。
野ネズミが湖面に口をつける。
「水中から魔力反応が集まってきます」
「チア、見える?」
「にょろにょろしてる」
サイズが小さいのか、わたしには何も見えない。
相変わらず驚異的な目をしている子だ。
「調べるのにちょうどいいか。ストラミネア、ネズミと、ついでに集まってきたのも捕まえといて」
ネズミたちと共に水のかたまりが浮かび上がる。
空中に浮かんでじたばたしているネズミたちのうちの一匹が、けいれんしてそのまま動かなくなった。
また犠牲がでたらしい。
黒稲荷の顔が不愉快そうに歪む。
「そのまま、ちょっと待ってて」
魔石を取り出して、魔神の眼を召喚して力を借りる。
ストラミネアのやっている魔力の感知はあくまで探知のためのものなので、分析するにはこちらの方が方がいい。
……うわあ。
「ロロ様、何かわかりましたか?」
ネズミから離れたわたしの様子を見て、おりんが尋ねてくる。
「病気の原因、こいつだ。おりん、お願い。あのミミズの群れを焼いといて」
真っ先に怪しいと思った魔物が原因だったようだ。
一番目で当たりを引いたらしい。
ネズミにむらがってきていた時点でもう、いかにもという感じだったけど。
ミミズに毒があった場合は、おりんの使う精霊魔術の、『消えない炎』で焼く方が普通に燃やすよりおそらく安全性が高いので、おりんに任せる。
おりんがとてつもなく嫌そうな顔をしながら炎を起こし始めた。
「ホントに、このミミズが原因?」
おりんが群体のミミズを盛大に焼き払うのを待っている間に、黒稲荷が尋ねてきた。
黒稲荷は解決の可能性が見えてきたことで、期待しているようだ。
「ネズミの体の中に、さっきのミミズの魔力が見えます。で、今死んだネズミの体の中には……卵らしいものがびっしりです。寄生型の魔物でしょうね」
毒がなくても、これだけ体内で増殖されれば宿主のネズミはまあ限界だっただろう。
むしろ、そう考えると毒がある可能性は低いかな。
更に宿主を弱らせる必要性がない。
どうも、病気じゃないという話で変に毒を意識してしまっていた。
黒稲荷様は、治療してもまたすぐに悪化したと言っていたっけ。
魔物の寄生はさすがに病気の範囲には入りそうにない。
寄生したミミズっぽい魔物の除去ができていなかったとしたら、そりゃ回復させてもすぐに弱るだろう。
「水を飲む時に体に入り込んで、体内で増殖して、宿主が死んだら卵とともに水中に帰るって感じかな?」
そして水中で孵化した卵はこのミミズ状の生き物となって、再び水を飲みに来た生き物を狙うわけだ。
おそらく、水の中で死ぬのは感覚を錯覚させるなりしてこの寄生型の魔物が誘導しているのだろう。
土の上で死なれたら水の中に帰れない。
「もしかして、大ミミズを退治したからこれで解決した?」
「あれは栄養を貯め込んだ個体の集まりっぽいですね」
水中からネズミを狙っていた寄生ミミズどもは見えないくらいに小さなものだった。
サイズ的に、群体になっていたものは寄生して宿主を食い殺し、肥え太ったものの集団だろう。
「想像レベルですけど、あの状態になって移動して生息域を広げるとか、本当に合体して強力な魔物に変化するはずだったとか、そういう感じじゃないかと思います」
あの群体なら、急流だとしても流れに逆らって泳ぐことなどもできるだろう。
「じゃあ……」
「ええ、まだ駆除はここからですね……」
魔神の眼が捕らえた湖の中には、数えきれないほどの魔力反応があり、山中には体内に魔力反応のある感染しているとおぼしき生き物が多数存在していた。




