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115  クマとクマとクマとオオカミ

 集合場所に参加していた冒険者たちが一度集まった。

 目印の目立つ真っ黒な煙が立ち上っている。


「あ、おりん。大丈夫だった?」

「ロロちゃんもお疲れ様です。適当に狩ったり追い払ったりですね」


 仕留めた獲物自慢なんかをしながら、みんな思い思いに休憩している。

 グループごとのリーダー各たちは集まって情報交換中だ。

 予定では今日はこれで終わりで、明日はもう少し奥まで踏み込むそうだ。

 その後は、場合によっては山に踏み込んでクマを狩って数を抑えたりもするらしい。


 リーダー会議は終わったらしく、アーノルドが戻ってきた。


「今日は終わり?」

「ああ。ただ、不思議なことにどこも倒した数が予想より少ない。合図の呼び笛もないとは思っていたが、やはりクマの類と会ったパーティーもいないんだ」

「どういうこと?」

「魔物が町近くまで来ているからと討伐を組んだ割には魔物の数が少なすぎる」

「今回は、誤報だったってこと?」

「いや、結構な数の報告があったって話だから、それはない。それとな、きれいに跳ねられた魔物の首だけがいくつも見つかっている。しかも広範囲にだ」

「ひえっ」


 フィリフォリアが青くなった。

 周囲にいる他の人たちも、情報が行き渡ってみんな不安そうな顔をしたり、怪訝な顔をしたりしている。


「たまたま腕のいい冒険者でも通りかかって掃除してくれた、とか?」

「それならいいんだけどな……まだ死んだばかりのものもあったらしい」

「怖い話はやめて」


 耳を塞いだフィリフォリアにアーノルドが呆れた視線を向ける。


「お前も冒険者だろうが……。それで、まだ元気な者も多いし、人数を絞ってもう少し先まで調べるかと話していたところだ」

「へー。行くならわたしも行きたいな」


 そこで、森の奥から派手に突然木の倒れる音と、生き物の争う音が聞こえ始めた。


「いるじゃん!」


 冒険者たちがパーティーごとに集まり戦闘態勢になった。


「俺たちが見てくる! そのまま警戒していてくれ」

「待て、俺たちも行くぞ」


 アーノルドが言って、うなずき合った五人と、更に別のパーティーも奥へと進み始めた。


「じゃあ、わたしもー」

「チアもー」

「私もー」

「こら、ガキどもっ! やめとけ!」


 そうは言っても、争ってる地点はすぐ近くだ。

 少し奥に入るともう争っている姿が見えた。


 この辺に生息しているどんぐりクマに、もうニ回りも大きな二頭のクマが威嚇している。

 フクロウのような顔の魔物オウルベアだ。


 どんぐりクマの後ろには子グマが二頭いた。


「今回の原因はよそから来たオウルベアだったのか!」

「くまくま〜」


 オウルベアに追われて山や森の生き物が町の方へ逃げてしまっていたわけだ。


 オウルベアの一撃をかわしたどんぐりクマが、一頭に体当りした。

 少しよろめいたが、もう一頭のオウルベアが横から腕でどんぐりクマを跳ね飛ばす。


「どんぐりクマを応援したくなりますね」

「実際、あいつはオウルベアに追われて来ただけだろうしな」


 アーノルドがうなずける。


 どんぐりクマは雑食で、積極的に人を襲うような危険なクマではない。もちろん運が悪ければ襲われることもあるけれど、名前の通りどんぐりが好物のクマだ。


 二頭のオウルベアが、耳をつんざくような威嚇の声をあげる。


 再び木が倒れる音がした。

 オウルベアじゃない。森の奥からだ。


 森の奥からオウルベアより更に巨大な傷だらけのクマが、すさまじい勢いで飛び出してきて、重戦車さながらオウルベアをまとめて吹き飛ばした。


 うわ。

 あんなのにぶつかられたら、普通の人間なら粉々だな。


「……お父さんクマ?」

「別の種類で、あれも魔物だよ。巨大熊(ダイア・ベア)だね。別に守ろうとしたわけじゃないはず」


 その証拠に、どんぐりクマも明らかに警戒している。


「このまま、ここにいたらマズそうだな。もう少しこの場から離れた方が……」


 アーノルドが言うのと同時に、奥から二頭の巨大なオオカミがダイアベアを追って飛び出してきた。


「ダイアウルフまで!?」

「縄張り争いしていたみたいだね」


 二頭のオウルベアが吠えて、二頭のダイアウルフが唸り声で返す。更にダイアベアが立ち上がってその巨体を更に大きなものに見せた。

 五頭が威嚇し合っている端で、どんぐりクマの母親が子グマたちを自分の後ろに隠して少しずつあとずさっていく。私たちから割と近い位置だ。


「うおっ、なんだこれ」


 さすがに騒ぎに感付いて、他の冒険者たちもやって来た。全員が慌てて木の陰に身を隠す。

 あとからやってきた冒険者が、アーノルドにひそひそと話しかける。


「どうするんだ、これ?」

「どうするって、どうしようもないだろ……」

「いや、逃げないのか?」

「運が良ければ楽に仕留められるし、何が生き残るのかも確認しておきたいが……」

「危険すぎるだろう」

「まあ、そうだよなあ……」


 今いる冒険者たちだと、それぞれ一体一体の魔物がみんなで取り囲んで倒すような相手だ。

 それが五頭も集まって争っている。巻き込まれたらけが人や死人が出るのは避けられないだろう。


「打ち止めみたいですし、もうまとめて倒しちゃっていいんじゃないですか?」

「そだね」


 おりんの言う通り、そろそろ片付けた方がいいだろう。

 巻き込まれたらかなわない。


 見ている先では、ダイアウルフがオウルベアに噛みついて牙を突き立てている。

 それを横からまとめてダイアベアがなぎ払って、巨大なオオカミとフクロウ面のクマが吹き飛ばされる。


 ダイアウルフの一体が隠れている木の近くまで跳ね飛ばされてきた。


 ダイアウルフはこちらに気付かずに――もしくは気付いて無視したのか――立ち上がって背中を向けると、近くにいた子連れのどんぐりクマに向かって咆哮をあげて飛びかかろうと身を縮めた。


「だめクマー!」


 なに、その語尾。


 チアが体に似つかわしくない大振りの両手剣を抜き放ちながら、木の陰を飛び出した。


「おいっ!?」


 そのままチアが一瞬でダイアウルフの横を通り過ぎて、斬り落とされたダイアウルフの首がごとりと落ちる。

 一拍して血を吹き出しながら体が倒れた。


「うそだろ!?」


 仲間をやられたのを見たもう一頭のダイアウルフの顔が、一瞬で怒りに染まる。

 他のすべての魔物を無視して、仲間の仇を討とうとチアに向かって一直線に駆け出した。


 チアならまず大丈夫だろうけど、黒鉄の魔剣を取り出しながらわたしも木陰から飛び出す。


 そのダイアウルフの首が、突然切断されてストンと落ちた。

 走っていた勢いそのままに死体が地面を激しく転がっていく。


 更にオウルベアとダイアベアの首も次々と切り落とされ、続けざまにその体が重い音を立てて倒れた。


 え? え?


 何が起きてるの!?


 首だけ転がっていたという森の魔物たちの話を思い出す。

 何だこれ。


 戸惑い、警戒するわたしたちの前に、紫がかった半透明の姿の精霊がふわりと下りてきた。


「ご無事ですか?」


 うちの子だった!!




 ストラミネアには獣人の村近くにある遺跡の機能チェックに行ってもらっていたのだけど、終わって暇だったから追いかけてきたようだ。

 他の首だけの魔物もストラミネアの仕業だな。


 ストラミネアなりに手伝ってくれたんだろう。

 魔物を仕留めて、頭以外は素材として回収していたわけだ。


 しかし、ストラミネアがわたしの関係者だとわかると、冒険者としての実績が疑われかねないな。

 いずれバレるにしても、わたし自身が戦えるところを認められてからにしておきたい。


「しー、しー」


 口に指を当てたわたしにストラミネアが怪訝そうな顔をしたが、周りにたくさんいる冒険者たちを見て納得顔になった。


「えーっと、ご無事ですか……人の子たちよ。うーんと、そうそう、私はあなた方が精霊と呼ぶものです。それで……わたしは森を壊し、瘴気を撒き散らす魔物が邪魔なので、倒しに来ました。うん、これでいきましょう。これからここらの山や森の魔物を始末するので、巻き込まれたくなければ早く町に帰りなさい」


 相変わらずアドリブ弱いな!


「あ、じゃあ……そこのクマたちは山に戻してあげてください」

「よいでしょう。承知しました」


 チアの助けたどんぐりクマを託しておく。

 ストラミネアは、最後だけやたらと威厳たっぷりにうなずいていた。


「……帰りましょうか」

「……そうだな」


 目の前であっさりと強力な魔物を片付けた精霊が、これから魔物退治をすると言っているのだ。

 反対する者などもちろんおらず、みんな素直に帰路についた。


「あれは山の精なのかね」

「なんか棒読みだしやたら、えーっとだのうーんとだの言ってなかったか」

「き、きっと人間の言葉をよく知らなかったんだよ」

「ああ、なるほど。ありえそうだな」

「あんなの、初めて見たな」


 みんながワイワイしゃべりながら町を目指す。

 いつもなら数日以上かけて行われるはずのクマ狩りは、こうして一日で終わってしまった。


 そして翌日の朝、ストラミネアから魔物の駆除の報告と、戦果を証明する大量の魔物を受け取ったのだった。


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[一言] 妖怪首おいてけかと思ったら精霊首おいてけだった件
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