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第99話 影落つ花陰にて(芽吹月二十六日・午後)

 昼食の後、姫様に連れられて再び中庭の南側へと足を伸ばす。

 午前中の温室散策で体力を消耗したかと思いきや、姫様はむしろ元気になっていた。


 「春の日差しって、ほんとにあなたによく似合うわ」


 「……どういう意味ですか?」


 「小柄で、白い肌にふわふわの髪。照らされるたび、きらきらしてるの。まるで光を集めてるみたい」


 「……それは、照ってるってことじゃないですか」


 「つまり可愛いってことよ」


 また撫でられた。


 「撫でカウント:8」


 姫様は得意げに呟きながら、私の髪を指で梳いた。

 この数日で、撫でられることに対して多少の免疫ができてしまった自分が少し情けない。


 ……いや、それを“情けない”と思うこと自体が、もうズレているのかもしれない。


 南側の並木道は少し人通りが少なく、まるでふたりきりの別世界のようだった。


 私は、少し後ろを歩く姫様の気配に気づき、振り返る。


 「……姫様?」


 「はい、あなたの背中を眺めてました」


 「どうしてそんなに距離を……」


 「可愛いからよ。あなたが前を歩く姿、ほんとに好きなの」


 「またそうやって……」


 「だって、ちょっと背伸びして歩いてるでしょ?」


 「してません」


 「してるわ。つま先、ぴんってなってた」


 「……!」


 私は思わず足元を見る。

 いつの間にか、歩幅を姫様に合わせようとしていたらしい。


 「そんなに無理しなくていいのに。あなたは、あなたのままで」


 「……無理じゃ、ないです」


 「そう。ならいいの。でも、そういうところも撫でたくなるから困るのよね」


 「困るなら、やめればいいのに……」


 「困るのと、やめられるのは別問題よ。撫でカウント:9」


 またしても、私の頭に温かい手のひらが乗った。

 背の高さのせいで、姫様が私を見下ろすような構図になる。


 不思議なことに、それが居心地悪いとは思わなかった。


 「……でも、どうしてそんなに、わたしに優しくしてくださるんですか?」


 その問いは、思わず漏れた。

 けれど姫様は、迷わず答えた。


 「あなたを大切にしたいと思ったからよ。それが理由じゃ足りない?」


 「……いえ、そんなこと……」


 言葉に詰まる。

 胸の奥が少しだけ、きゅうっとなった。


 姫様はそのまま、私の肩に手を置き、そっと身体を寄せてきた。


 「あなたって、小さくて、温かくて、守りたくなるの」


 「……子ども扱いしてませんか?」


 「違うのよ。大切なものって、ただそこにいてくれるだけで、理由なんていらなくなるの」


 私は、その言葉を胸の中で何度も反芻した。


 午後の陽射しが、ふたりの影を淡く伸ばしていた。

 その影は、まるで離れずに寄り添っていた。



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