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壬生の動向と軍議

 一五三一年 正月 下野国 祇園城 小山犬王丸


 段蔵から至急の報せが祇園城に届いたのは日をまたいだばかりの深夜のことだった。


 部屋の近くで人の気配を察知した俺は浅い眠りから目を覚まし、枕元に置かれた刀を手繰り寄せる。



「……段蔵か?」


「はっ、突然のことで申し訳ございません。至急、御屋形様にお伝えしなければならないことがございます」



 段蔵には珍しく早口だった。彼から焦りを感じさせるのは初めてのことだ。



「何が起きた?」


「壬生が平川城を無視し、皆川ではなく箕輪に進軍中とのこと」


「なんだと?となると狙いは皆川城ではなく祇園城か……!」



 壬生には加藤一族に命じて小山家が祇園城で新年の宴会を開くという虚報をあえて流布させていた。並の者なら虚報に踊らされるところだが壬生綱房なら噂が壬生を惑わせる罠だと気づくと踏んでいた。祇園城の噂が罠だと気づけば祇園城を攻めるのは避けようとしてくるはず。そこで今回は最前線の平川城にも後詰ができるように皆川城を中心に兵を割いていたのだ。もちろん祇園城にも鷲城や長福城から兵を寄せ集めて守備を固めているが、皆川方面にも兵を割いたため、残っている兵数はおそらく壬生には劣る。


 俺の予想では平川城かあるいは皆川城が狙われると踏んでいた。しかし綱房は噂が虚報と看破したうえであえて祇園城に狙いを定めたのだ。しかも一度皆川方面に行くと見せかけたうえでだ。平川城も無視した壬生は要害がない箕輪を通過して祇園城に迫ってくるだろう。


 念のために祇園城が狙われることも考えていたが平城である祇園城は山城である皆川城と比べて防御力が劣っている。縄張から見ても思川が流れる西側は思川と河岸段丘で守られているが壬生が攻めてくると予想する北側は空堀や物見櫓程度の防衛施設しかない。曲輪などは配置してあるが、平坦な地形で守りは西側と比べても乏しく籠城はあまり効果的ではない。だがその代わりに城下の集落の外縁部には柵と堀を設けてあり、籠城して城下に敵を引き込むよりそこで迎え撃った方が守りやすい。



「急ぎ家臣たちに戦の準備をするよう伝えよ。後は皆川城に伝令を。いつでも後詰ができるよう準備を整えさせろ。敵が箕輪を通過中であるならば朝方には祇園城に到達しているはずだ」



 俺は段蔵に指示を飛ばすと今度は小姓を呼び寄せて戦の準備を急がせた。重臣たちも招集し軍議を開く。家臣たちは事前に準備を進めていたようで混乱なく軍議の場に姿を現した。



「さて、すでに報告したように壬生は皆川ではなく箕輪を通って祇園城に狙いを変えてきた。皆川城にはもう使者を送らせている。だが片道で一刻近くかかるだろう。戦の前に皆川からの援軍が到着するかどうか難しいところなのが現状だ」


「平川城はどうなっておりますか?」


「平川城は壬生から無視された形になってはいるが方向を変えるまで壬生の軍勢に睨まれていたらしく身動きがとれなかったようだ」



 平川城は平川成明が築城した平城で館を拡張させた程度の規模しかない小さな城だ。堀こそあるが守備には不向きで、もし壬生の軍勢が攻め込んできたなら守り切るのは難しかったかもしれない。後詰があれば話は変わってくるが、それでも守備に難を抱える城であったのは事実だ。綱房があえて無視したのは奪い取っても拠点となり得ないことに気づいたからかもしれない。



「それで御屋形様、今後の対応はいかがいたしましょう?」


「当然のことだがもちろん応戦する。降伏なんてもってのほかだ。具体的には城に閉じこもるのではなく、城外に兵を繰り出そうと思っている」



 城に立て籠もらず城外に討って出るという案に軍議では賛否が分かれることとなった。賛成したのは大膳大夫や水野谷八郎といった面々。一方反対に転じたのは妹尾平三郎や粟宮讃岐守といった重鎮らだ。平三郎らは素直に籠城して皆川城からの後詰を待つべきだと主張し、討って出ることに反対する。平三郎らの主張は正攻法のものであり、支持する声も多かったが、俺は籠城自体は下策ではないものの効果的ではないと感じていた。


 俺が主張したのは北の集落に設けられている堀と柵を防衛地点に設定し、伏兵も配置して迎え撃つという作戦だ。兵数こそ壬生に劣るが段蔵らの報告を聞く限り、さほど兵力に差があるというわけではなさそうだった。箕輪から北側の集落へ至る道は細く周囲は深田になっている天然の要害となっており軍勢の進路は限られていた。冬で深田には水は残っていないが数日前に雨が降っており足元は不安定になっており、進むのに苦労するはずだ。



「たしかにそこなら兵が少なくても迎え撃つことができますが、そこまで籠城を拒むのは何か理由があるのでしょうか」



 重臣のひとりである青木左京が俺になぜ籠城をここまで拒むのか尋ねてくる。俺はその質問に気分を害することなく、抗戦にこだわる意図を説明した。



「別に拒んでいるというわけではない。たしかに籠城は有効な一手に違いないが、俺は平城で西以外の防備がさほど強くない祇園城では効果的ではないと感じた。おそらく守り切ることはできるが相当の被害を受けるだろう。それに都市として発展しつつある城下を壬生に荒らされるのは落城の次に小山には痛手だからだ。城に籠ってしまえば城下を荒らす壬生の所業を指をくわえたまま許してしまうことになる。そうなれば城を守れても小山という土地は守れない。小山の経済が死んでしまえば経済によって発展してきた小山家も無事では済まなくなる」


「たしかに祇園城は籠城に向いているとは言い難いですな。しかし野戦ですか……」


「不安の気持ちはわかるが、地の利はこちらにある。あそこは天然の要害だ。城ほどではないが攻めづらく守りやすい地で伏兵も配置できるはずだ」



 反対派も何か言いたげな様子だったが、何か思うことがあったのかこれ以上籠城を主張することなく、討って出ることに同意する。籠城派には折れてもらう形となったが軍議では北側の集落で壬生を迎え撃つことで方向が固まり、壬生が到達する前に俺は一部の兵を城に残して北の集落へ移動を開始する。


 そして明け方、霧が立ち込める中、壬生の軍勢が姿を現した。

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