父の手ほどき
お待たせしました。短いです。
下野国 祇園城 小山晴長
新たに生まれた俺の娘と三郎太の息子の名はあおと虎千代に決まった。富士といぬも産後肥立ちが良く、健康に不安はなさそうだ。
竹犬丸は生まれたばかりの妹に興味津々で暇さえあれば妹の顔を覗こうとしていたので、さすがに富士からお叱りの声が上がった。
竹犬丸はぷくっと膨れ顔で俺の膝に転がり込んでくる。
「父上、ひどくありませんか。私はただ妹に癒されたいだけなのに」
少し前まで舌足らずだった竹犬丸の口調はすっかり成長している。普段は真面目だが、たまにこうして甘えてくるのがまるで猫のようだ。
「あのな、あおはまだ生まれたばかりで身体も弱いのだ。ちょっとのことで生死を彷徨いかねない。今はあまり外との接触はしない方が本当はいいのだ」
「えっ、あお死んじゃうんですか?」
驚いたようにガバリと顔を上げる。
「そうだぞ。赤子は病にかかりやすい。大人にとって軽い風邪でも、あおからしたら死に至る病だ。だから富士も怒ったんだ」
「……はい」
「そう落ち込むな。富士も一切会わせないわけではない。頻度を減らして、富士に伺いを立ててからなら大丈夫だろう」
「はい、気をつけます」
竹犬丸は少し元気が出たようで表情の陰りがとれる。
「そうだ、気晴らしに父と稽古してみるか?」
「えっ、いいんですか!?」
「少しの間だけだがな。たまにはこういうのもいいだろう」
ぱっと表情が明るくなる。すぐに庭に駆け出そうとしたところを側に控えていた小姓が必死に抑えていた。
「そう慌てるな。草履くらい履いとかないとまた富士に叱られるぞ」
俺も最近は書類仕事ばかりで身体が鈍りがちだったから準備運動がてら子供と遊ぶのもいいだろう。
我が家の剣術師範でもある塚原彦右衛門からはまだ構えと基礎を学んでいる最中らしいが、構えは相応に様になっている。
「よし、では父に好きなように打ち込んでみろ」
「はい!」
やー、と掛け声を上げながら振り下ろす竹犬丸の得物を受け流しつつ、時には受け止めていく。
「おうおう、力が入りすぎてるぞ」
渾身の一振りらしきものを涼しい顔で受け止めると、竹犬丸は体力が尽きたようで地面に座り込んだ。
「歳の割には結構続いたな。しっかり稽古をしている証拠だな」
「父上、全然びくともしない……」
「そりゃ子供相手だからな」
小姓から水を受け取り、ンキュンキュと喉を潤した竹犬丸は首を傾げながら尋ねる。
「父上と師範だと、どちらが強いのですか?」
「まあ彦右衛門だろうな。俺も彦右衛門から教えを受けた身だからな」
「じゃあ、右馬助とは?」
「さて、どうだろうな。右馬助とは稽古でも相手したことないからなあ」
というか、俺の武術の腕前ってどのくらいなのだろうか。小山家の中では彦右衛門と栃木雅楽助が一、二を争うのは周知の事実だが。稽古はサボっていないが、戦場で刀を振るう機会がないのでよくわからんな。
そう思考を巡らせていると、小姓のひとりが駆け寄ってくる。
「御屋形様、踏鞴戸殿が登城なさりました」
「平兵衛がか。となると進展があったようだな。すまんな、竹犬。仕事が入った」
「父上、遊んでくれてありがとうございました。あおのことは今後気をつけます」
俺は濡れた布で汗を拭い、新たな着物に着替えると平兵衛が待っている大広間に向かう。
大広間には平兵衛がすでに着席しており、その横には布に包まれた大きな筒状の物体が置かれていた。
「待たせたな、平兵衛。さっきまで倅の相手をしていてな」
「おお、さっきまで城から聞こえてきたのは坊の声だったか。元気そうでなによりだ」
「それで、ここにきたということは──」
「おうよ、完成したぜ。例の試作品が」
平兵衛はそう言うと布を解くと筒状の桐箱が現れる。そして中から現れたのは、彼に開発を依頼していた火縄銃そのものだった。
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