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新たな開発

 一五二六年八月 下野国 祇園城 小山犬王丸


 季節は初夏を迎え、小山では肌を突き刺す日差しと乾いた風がゆらゆらと揺れる青々とした稲とともにのどかな風景を生み出していた。気温はやや汗ばむくらいには高いが湿度はあまりなく、南から吹く乾いた風が火照った身体を適度に冷やすので意外と心地よい。平成の猛暑を知っている身としてはエアコンなしで過ごせるこの時代の夏は快適といっても過言ではなかった。気温もおそらく三十度に達しておらず、むしろ朝と晩は油断すれば風邪を引くくらい冷えている日も多い。昔に子供は大人と比べて地面からの距離が近いから熱中症になりやすいと聞いたことがあるが、この時代の夏は太陽の光がアスファルトに跳ね返ってこないので熱で蒸し焼きにされそうなことは一度もなかった。湿度もそこまで高くないから蒸し暑さによる不快感もない。長福城から祇園城までの距離は短いので馬に乗っていれば四半刻もかからずに到着することができる。小山は夏でも朝は冷えこむくらいなので登城前に汗だくになることが滅多にない。


 この日は父上に定期連絡を入れるために祇園城に登城していた。大膳大夫、弦九郎、九郎三郎、民部を伴って祇園城に到着すると早速大広間にいる父に挨拶に伺う。大広間には父上の他に政景叔父上と岩上伊予守、そして珍しく長秀叔父上もそこにいた。



「お久しぶりでございます父上。犬王丸、ただいま祇園城に到着いたしました」


「久しいな。しばらく見ないうちにまた身体が大きくなっているような気がするぞ。そうは思わんか政景、長秀」


「兄上の仰るとおり心身共に成長していると思います。身体つきも幼子から武士らしくなりつつありますね」


「私は犬王に会うのは久しぶりだから一瞬誰だかわからなかったよ。私の記憶の中の犬王は赤子のままだから尚更成長を感じるね」



 父上、政景叔父上、長秀叔父上の順に成長を実感しているようだが、実際のところどうなのだろう。自分としては数ヶ月でそこまで大きくなった気がしないが、大膳大夫も横で頷いている様子を見るとやはり身体が大きくなったようだ。



「さて与太話はここまでにしておこう。犬王丸、今回の報告についてだが事前に受け取った話ではまた新たな道具を発明したようだな。なんでも戦でも使えると聞いたが一体どういうものだ?」


「はっ、ですが説明する前に実際に見ていただいた方がより分かりやすいと思います。弦九郎、九郎三郎例の物を」



 そう伝えると二人は下人に命じて大広間から見える庭に車輪をもつ八尺ほどの木製の道具を運び込ませた。下人は先端のロの字形の木枠を持って前に進むと後方部分の車輪が動いた。


 父上たちは興味深そうにその様子をじっくり観察している。長秀叔父上は純粋な瞳をキラキラと光らし、伊予守は冷静を装っているが目がくわっと見開いていた。父上と政景叔父上は慣れているからか二人ほど派手に驚いておらず、どういった道具なのかじっくりと観察していた。それでも終始興味深々な様子だったので期待外れではなかったことに安堵した。


 今回俺が職人たちに作ってもらったのはいわゆる大八車だ。大八車は江戸時代から昭和の初期まで使用されていた総木製の人力荷車で主に荷物の輸送を担っていた。


 荷物の積載量が多くないことや堅い木で作られた大八車の重さが原因で坂道の移動が困難なこと、左右の車輪を繋ぐ車軸の上に荷台が乗る構造であるため積載時の重心が高く不安定であることなど欠点も少なくないが、それまで人力の荷車がほぼ皆無だったこの時代では欠点と比べても利点の方が十分大きかった。



「まだまだ課題は多いですが、この一台で大人八人分の働きが期待できます」


「大人八人分もか!説明を聞く限りいくつか欠点があるようだが、それほどの働きができるのなら使わない手はないな」



 その一言が決めてとなり、今回持ってきた大八車は父上に献上することになった。名称は大人八人分の働きをする荷車という意味で大八車のままにした。


 今回は献上できていないが、大八車はその欠点ゆえ長距離の移動にはあまり向いていない物であたったので長福城では馬や牛といった家畜に引かせる形の大八車も開発していた。人ではなく家畜が大八車を引くので従来の大八車よりひと回り大きく設計されている。この形だと人間は家畜たちの手綱を引くだけでいいので自ら大八車を引くより断然楽になることができる。荷車自体が大きくなるので積載量が二、三倍増加できるがまだまだ試行錯誤する場面が多く、実用化するには時間が必要だった。


 その他の内政の報告を終えると父上たちは満足そうであった。できたことは祇園城にいたときに作った道具を神鳥谷の集落などで使用させたくらいで、収穫を迎えておらず船場に関してもまだ有効的な手を打てたわけではなかったがなんとか及第点はもらえたようだ。これで挨拶と定期連絡は終了したのだが、終わり間際に父上から父上の部屋へ来るようにと命じられた。


 実は祇園城に登城する前に俺は手紙で今後の小山の方針について提案があることを父上に伝えていた。書状には大まかな内容を記しているが、実際に当主である父上と話さなくては細部を詰めることができなかった。



「きたか。書状を確認したがお前は一体何を考えている?」



 父上は険しい顔で俺に問いかけてくる。



「私は常に小山の繁栄を考えております。その中には小山に従う者たちと小山の民も含まれています」


「お前のその気持ちに偽りがないことは理解している。だがお前の提案は小山が乱れるもとになりかねんぞ」


「それも承知の上。これも小山を今より発展させる礎と理解していただきたい」



 父上は険しい顔のまま再び書状に目をむける。もう一読すると深い溜息をつき、書状と睨めっこしながら手を額に当てて何かを考えている。


 父上が頭を悩ましているのは書状に書かれた俺の小山家に対する提案の数々だ。中にはそれまでの慣例を打ち壊すものが少なからず書かれており、それが家臣たちの反発を招くことを危惧しているようだ。


 俺が書状に書いた提案は以下のとおりになる。


 一、軍備増強を目的とした常備兵の創設。


 一、当主の朱印状の発行と朱印状を所持しない武士の年貢取り立ての禁止。


 一、検地の実施と隠田の摘発及び隠田分を含めた知行地の再分配。


 一、指定された軍役を務めない者への懲罰的処分。

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