益子勝定
下野国 祇園城 小山晴長
中村城を落とし、玄角の嫡男日向守時長を配下に加えたが、中村の民は玄角を慕っていたようで戦後の統治はそう簡単にいかなかった。一揆こそ起こさないが小山を敵視する者が少なからずいたので、中村城主に日向守を据えてお目付け役に小山の人間を送り込むことにした。それでも民の様子は変わらなかったため、一時的に減税することで民を懐柔することにしたが、民の心をつかむには今しばらく時間が必要そうだった。
ただいつまでも減税はできないので代わりの政策も用意しなければならない。そこで中村城内に中村城茅堤にあった遍照寺を移築させて、遍照寺があった場所に玄角を祀る祠を作ることにした。城下に玄角を祀る祠ができたことによって民の小山への敵対心は落ち着いたように見えた。
そんな折、かつて芳賀と同盟関係だった益子家からの使者が祇園城に訪れる。使者は俺と同じくらいの歳の青年だが理知的な顔立ちをしていた。青年は俺の姿を確認すると綺麗な姿勢で平伏する。
「お初にお目にかかります。益子城主益子信濃守勝宗が三男三郎太勝定と申します」
「小山隼人佑晴長だ。益子殿、はるばる益子からよくこられた」
簡単に挨拶を済ますとさっそく勝定は本題を口にする。
「益子家は小山家と交流を深めたいと考えております」
「なるほど、こちらからしても反宇都宮派の益子家とは仲良くしたいものだ。ところで益子殿、祇園の城下の印象はいかがかな?」
「はい、率直に申し上げて素晴らしい街だと思います。某は益子から出たことはございませんが、小山の街は商いに重きを置いているということが理解できました。まるで小山の発展の基幹に商いがあるとも感じました」
「ほう」
商いに重きを置いているという言葉に俺は思わず声が出た。同席していた資清らも興味深そうに勝定を見つめている。
「まず関所がほとんどないことに驚きました。ですが物価を安価で流通させるには合理的な考えだと思い至りました。そのおかげか小山の市には様々な品物が安価で揃っており、人々はそれらを求めるために小山に赴いているように見えました」
さらに勝定は矢継ぎ早に小山の地を褒め称える。
「そして河岸工事にも重点を置かれていることにも感銘を受けました。思川は氾濫が多い川と聞きます。川の様子を見た限り、長い堤防が築かれているだけでなく、人工的な支流も多く設けていることに気がつきました。この規模の河川工事には大きな費用がかかったと思っておりますが、小山家の財力があってのことだと思うと商いの重要性をまじまじと実感させられました」
「素晴らしい」
俺は思わず勝定に向かって拍手をする。家臣らも勝定の発言に驚きを隠せずにいた。
勝定は初めて小山に来たにもかかわらず俺が注力してきた部分を当ててみせたのだ。このような者は初めて見た。勘助や資清も俺の考えを理解していたが、あくまで俺が説明したうえでのことだ。だが勝定は誰も説明していないのに俺の考えを理解したのだ。
資清も珍しく勝定を面白そうに見つめている。他の家臣らも勝定の饒舌さや彼の理解度の高さに驚く者が多かった。
「益子殿」
「はっ」
「そなたは素晴らしい観点をお持ちだ。ここまで理解してくれた者はそう多くない。信濃守殿は良いご子息に恵まれたな」
「ありがたきお言葉でございます」
「おい、焼酎を持ってこい」
俺は勝定のことを気に入り、彼に焼酎を振る舞うことにした。勝定は使者の身だと恐縮するが俺が勝定の慧眼を賞したいと言いくるめると勝定はなんとか承諾してくれた。
勝定の持つ盃に酒精の強い焼酎が注がれる。勝定は焼酎の透明さに目を奪われつつも匂いからこれが水ではなく酒だと認識する。
「これが焼酎。噂ではかねがね聞いておりましたが、実物は初めてお目にかかりました」
「ほう、そうなのか。では是非小山自慢の焼酎を味わってほしいものだ」
勝定は恐る恐る盃に口をつけるとゆっくりと焼酎を口に含める。焼酎が勝定の喉を通った瞬間、勝定の目がかっ開き、一口また一口焼酎が喉を通過していく。
「これは……素晴らしい酒でございますな。ここまで強い酒は初めて飲みました。小山家は商いの力だけでなく技術力も優れているのですか」
勝定は思わず驚きの声を漏らす。そして小さな声でこう呟いた。
「小山家、なんとも羨ましいものよ」
「ははっ、そこまで喜んでもらえるのは当主冥利に尽きるというものだ。益子殿ならいつでも小山に歓迎するぞ」
俺の一言に家臣らが再度ざわめく。俺が言ったのは実質勧誘に近いものだったからだ。勝定もそれを理解したのか表情を硬くさせる。
「そ、某は益子家の人間でございます。御戯れを」
「そうか。それは残念だ。さて交流の件だが是非にと信濃守殿にも伝えてほしい。いずれは互いの地で商いができればと思っているとな」
「かしこまりました。必ずや伝えまする」
益子家との会談を終えて勝定が下がる。勝定は律儀に盃になみなみ注がれた焼酎を見事に飲み干してみせていた。
「しかし驚きましたぞ。御屋形様があのようなことをするとは」
大膳大夫は少し呆れていた。
「ですが益子殿はかなり頭が切れるお方ですな。御屋形様が欲するのも理解できます」
資清も勝定を買っているようで俺に同調してくれた。
「ははは、さすがに断られてしまったがな。だがあのような人材は希少だ。是非手元に置きたいのだが益子の人間だからな、難しそうだ」
「いえ、案外そうでもないかもしれませぬぞ」
「というと?」
俺は資清の言葉に耳を傾ける。資清はこう続ける。
「なんでも益子三郎太殿とご兄弟は不仲だそうで。三郎太殿が長兄や次兄から一方的に嫌われているようでもあるのですが。信濃守殿もこれには頭を悩ませているようです」
なるほど。どうやら引き抜く機会はありそうだ。
「信濃守殿に手紙を書く。誰か紙を持ってきてくれ」
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