毘沙門天のお告げ
下野国 祇園城 小山晴長
妙な夢から目覚めたあと、ふと枕元に目をやると人差し指ほどの大きさの毘沙門天像が転がっていた。俺はゾッとした。その毘沙門天像に身に覚えがなかったからだ。たしかに一武将として毘沙門天は信仰していたが、この小さな毘沙門天像は所持したことも見たこともなかった。
一瞬誰かが俺の寝所に忍ばせたかと思ったがそんな利点はないし、枕元にあるならば寝る前に俺が気づいたはずだ。それに俺に気づかせずに就寝中に忍び込むのは見張りの者もいるし不可能なはずだ。そもそも毘沙門天像を置く理由がわからない。
となると不自然な状況でこの毘沙門天像が枕元に置かれたことになる。不気味に思うがなにより気になったのは夢の内容だった。
あの夢の舞台は近代あるいは現代の戦場だった。転生してから現代の夢はほとんど見ていなかったが、あの夢は鮮烈に記憶に残っていた。
「この出処不明の毘沙門天像にあの夢……もしやこれは毘沙門天様のお告げなのか?」
にわかに信じがたいがそう考えれば妙に納得した自分がいた。あの夢には大砲や手榴弾が登場していた。もしかして毘沙門天は俺にあれを作れというのか。たしかに先日、谷田貝民部から古土法などで生産していた硝石が採取可能になったという報告を受けていた。ただの偶然だと思いたいが、ここまでくればおそらく偶然ではないだろう。
さすがに夢に出てきた大砲や手榴弾などをそのまま再現はできないが、この時代に即した形での再現は可能だ。いわゆる木砲と焙烙火矢あたりだ。焙烙火矢は簡単に作ることは可能だが、木砲については職人たちの助けがいるな。朝になったら勘助も呼んで色々と話し合ってみるか。
朝一に上三川城へ勘助を呼ぶ使者を派遣して、同時に自室に小さな神棚を家臣に命じて作らせる。家臣が呼んだ職人によってこじんまりとした神棚ができると俺はそこに枕元にあった毘沙門天像を祀り、今後の小山家の繁栄と新兵器開発の成功を祈願した。
民部には硝石が含まれている土を水で溶かして硝石を抽出し、灰を加えて煮詰めさせる。民部らは最初困惑していたが、いうとおりに作業を進めてくれたおかげで硝石を生み出すことに成功した。
そうこうしていると上三川城から勘助が登城する。俺は勘助ら重臣を集めると昨夜起きたことを簡潔に話す。勘助らは興味深そうに話を聞いていたが、新兵器の話になるとまだ理解できていないようで半分くらいは頭をひねらせていた。それでも勘助はなんとなく俺が言いたいことが理解できたようだった。
「なるほど、御屋形様の夢に現れたのはいわゆるてつはうを強化したものという認識でよろしいですね」
「大まかに言えばそうなるな。焙烙を使った兵器については多分簡単にできると思うが、問題は木砲だな」
「たしか火を吹く筒でしたか。にわかに想像しがたいですが、似た兵器は過去に存在しておりました。作ることは不可能ではないはずです。これが作れれば戦は大きく変わることになりましょう」
俺は職人を城に呼び出し、木砲と焙烙火矢を作るように命じる。できるだけわかりやすく説明したおかげで最初は理解できていなかった職人たちもなんとかどういったものなのかわかってきたようだった。
職人たちが木砲や焙烙火矢の制作をしている間、俺は民部が生産した硝石と木炭、硫黄、水を加えて黒色火薬の製造をおこなった。何度か上手くいかないこともあったが、試行錯誤の末、なんとか黒色火薬の製造に成功した。ただこの過程で少なくない硝石を使用してしまった。古土法では同じ場所で硝石を採取するには十数年単位の時間が必要となるので、並行して進めている培養法や硝石丘法をさらに増やすように命じる。硝石丘法も培養法も時間がかかるため、硝石の消費を抑えるのが今後の課題になりそうだ。
「これが御屋形様のおっしゃっていた黒色火薬というものですか」
「ああ、これを使った兵器を今職人に作らせている。完成すれば時代が変わるだろうな」
ひと月もしないうちにまず作り方が簡単な焙烙火矢が完成した。完成したのは火薬をいれていない状態のものだが形はこちらの想像したとおりのものになっていた。
「うむ、いい感じだ。それで木砲の方はどうなっている?」
「へえ、それに関してなんですが、ものがものですので今しばらくお時間をいただきたく……」
職人は申し訳なさそうに頭を下げる。
「なに、こちらこそ無茶な願いをしたのだ。それなりに時間を要するのは理解しているさ」
木砲はやはり木の強度の問題もあってやや苦戦しているようだが、さすがにひと月でできるとは思っていない。だがせめて鹿沼城攻めまでにはある程度目途が立っておきたいのも本音だ。だが焙烙火矢が完成したのは大きい。焙烙火矢は現代でいう焼夷弾的な役割を果たすので城下には使うことはできないが、城攻めには十分使えるはずだ。
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