難民対策
下野国 祇園城 小山晴長
「飢饉の次は他領からの難民か。頭が痛くなるな」
冬を前にして他国から逃散してきた者たちが小山領に入りこんできた。特に今年の飢饉は近年稀に見ぬ規模で発生しており、まともに年貢を納められないところも多かった。そのため頑張って年貢を納めても食べていけることができず、このまま飢えるなら一見飢饉の被害がなさそうな小山に行けばなんとかなるかもしれないという思考で小山領にやってくる者が現れはじめたのだ。
しかし実態は年貢を減らして備蓄米を解放しただけで小山も飢饉の痛手を被っている。小山の民を来年まで飢えさせないことで手一杯なのだ。そのため難民が考えているような小山なら飢えることは避けられるというのは幻想に過ぎない。今の小山には難民を救えるほどの余裕は存在しないのだ。
だからこそ難民対策に頭を悩ませることになる。難民を放っておくことはできない。だがそれは難民を無下にできないというわけではなく、小山の治安にかかわってくるからだ。難民を放置すれば小山の治安は悪化する。だからといって領民に不満を募らせ、さらなる難民を呼び寄せる可能性が高い炊き出しはもってのほか。逆に単純に追い出そうとしても居場所のない難民はやがて徒党を組んで野盗に堕ちるだけだ。そのとき狙われるのは小山の民になる。
「御屋形様、どういたしましょうか」
「さてどうしたものか。保護したところで米の余裕はないし、追い出せば野盗になりかねない。何かいい案はあるか?」
家臣らに意見を求めるがしばらく沈黙の時が流れる。数人ならともかく今回流れてきた難民はそれなりに数が多い。その多くが路上で生活しており、治安が悪化しているのは報告に上がっているのだ。まさか小山が豊かになった弊害がここに現れるとは。
「御屋形様、こういうのはいかがでしょうか」
沈黙の後に口を開いたのは資清だった。聡明な資清なら何か良い意見が出るだろう。俺は資清に意見を述べさせるが、資清の口から出たのは予想外の言葉だった。
「難民らには小山に居場所を用意する代わりに開拓や河川工事に従事させましょう。特に今年は大雨の影響で堤防の修復などは必須です。労働の対価を金銭にすれば米を与える必要はございません。保護も追い出すこともできないのならば使い潰すのです。働かない者に施しを与える必要はございません」
難民を使い潰す。資清の案に周囲はざわめきだす。
「……働かざる者食うべからず、か」
「その言葉、いいですね。ええ、働かざる者食うべからず。金銭は例年よりやや安くすることにしましょう。ただで働かせるより金銭を得ることはできれば反発は抑えられるはずです」
「なるほど、難民を一カ所に集めれば監視もしやすくなるし、労働力も手に入る。考えたな。だが冬場の河川工事は過酷過ぎるのではないか?」
俺の疑問に資清は不敵な笑みを浮かべる。
「だからこそですよ。開拓もさせますが、当然死者も出るでしょう。でも仕方ないことではないですか。来年に備えて堤防は早く直さなければなりませんからね。仕方ない犠牲です、ええ」
「ふっ、恐ろしい男だな、お前は」
だが有効な策だ。資清の他に意見が出なかったので俺は資清の案を採用する。家臣らもそれに追従した。
領内にこれらを周知させると難民たちを河川工事や開拓に従事させ、領民には難民たちが住む小屋を建てさせる。難民たちの多くは金銭に釣られて働きだすが、労働内容に音を上げる者も少なくなかった。それでも金銭が得られることは魅力だったようでなんとか逃げずに働き続ける。中には本当に逃げる者も出てきたが、無理矢理捕まえることはしなかった。その代わり野盗が村を襲撃しないように領内の警備を強化させた。
難民の多くは工事に従事させて監視していたが、食糧を求めて他領から野盗が村を襲撃してくる事案が増えてきた。ただ警備を強化したことで大きな被害は被っておらず、逆に山などに潜伏している野盗らを討伐することに成功する。野盗はほとんど農民崩れのためまともな装備をしていなかったので簡単に討ち取ることができた。
そんなときだった。境目の村に武装した集団が襲ってきたとの報告を受ける。近くにいた大山城の兵と村に常駐していた兵の奮闘もあってその集団を返り討ちにすることができたが、彼らは普通の野盗とは違っていた。ほとんどが立派な武装をしており、武具もしっかりとしたものだ。そして捕らえた頭目らしき男を尋問した結果、なんとその正体は上三川城に仕える武士だったのだ。正確には上三川城主今泉家に仕える足軽組頭だ。そのような者がなぜ野盗のように村を襲撃したのか。
それは今泉家の指示だった。飢饉で年貢の徴収にも苦労した今泉は野盗の増加に乗じて自らの兵士に境目の村を野盗の仕業に見せかけて襲撃し米を奪おうとしたのだ。本来なら和睦を結んでいる小山家庇護下の村への攻撃は盟約違反なのだが、境目の村のほとんどを小山に奪われ、収入を大きく落とした今泉には後がなかった。本当なら皆殺しにして野盗の仕業に見せかけるつもりだったが、誤算だったのは小山が村の警備を強化していたことだ。そのせいで返り討ちに遭い、事態が露見してしまった。
この事実を受けて俺はすぐに評議を開く。末端ではなく宇都宮家重臣の犯行。文句なしの和睦の盟約違反だった。
「このことは公方様にも報告する。宇都宮の卑怯な振る舞いは許すことはできん」
俺から事の経緯を知った晴氏は面子を潰されたと宇都宮に激怒。俊綱も弁明しようとしたが下手人を古河に移送させたので証拠は出揃っていた。小山と宇都宮の和睦は和睦を申し入れた宇都宮側の過失によってわずか一年で決裂することになる。
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