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俊綱の焦りと和睦

 下野国 宇都宮城 宇都宮俊綱


「なんだと、もう一度申してみよ!」


「や、梁館の梁殿と大山城の渡辺殿が寝返り、児山城を攻め落としたとのことです」


「つまりだ、梁館、大山城、児山城が小山の手に落ちたというのか」



 児山城陥落を伝えた家臣は平伏したまま何も言わない。



「なんていうことだ……」



 全身から力が抜けて倒れそうになる身体をなんとか起こして周囲を見渡すが誰もが沈痛な面持ちをしている。


 ほんの数日前まで小山の手に落ちた多功城は梁館、児山城、大山城、上三川城といった宇都宮方の城に包囲されて孤立していたはずだった。それがたった一夜にして三つの城が落ちて逆に上三川城が孤立することになってしまった。幸い上三川城の支城である落合館は残っているが、大きな助けにはならないだろう。



「なんてことだ。多功城を奪回するために動こうとした矢先にこうなってしまうとは……」



 農繁期に孤立する多功城を奪回する策を立てていたが、三つの城が一気に落ちるのは想定外だった。城が落ちる前は落ちた児山城と大山城、そして上三川城を拠点にして多功城を包囲するつもりだったのだが、上三川城以外落ちたことで作戦は実行前に失敗に終わってしまった。


 これでは多功城の奪回どころではない。逆に孤立する上三川城の防衛についても考えてはいけなくなった。


 それだけではない。今でも北部では那須が塩谷郡制圧のために暴れまわっており、東部の益子も一度敗れてはいるが健在。そして宇都宮家に反旗を翻した憎き芳賀もいまだ討伐できていない。北の那須と塩谷、東部の益子と芳賀、南の小山。いくら下野の盟主たる宇都宮家をもってしても敵が多すぎた。このままではじりじりとそれぞれの勢力に領土を浸食されてしまう。



「み、皆の者、どうすればよいか意見を述べよ」



 改めて周囲を見渡すが、以前よりその数が少なく感じる。しかし考えれば当たり前のことだった。一門衆の筆頭だった塩谷と家中の実権を握っていた芳賀、昔から宇都宮を支えてきた紀党の棟梁である益子が抜け、芳賀と同等の力をもつ壬生も鹿沼で療養している。以前の実力者が軒並み不在の中、家臣をまとめていたのは多功石見守長朝と今泉四郎左衛門尉泰高だった。居城を失った石見守は宇都宮城に滞在していた。



「そうですな、はっきり申し上げて今の宇都宮の兵力ではすべてを相手するのは難しいかと。やはり一部と和睦して戦う相手を絞るべきでしょう」



 石見守が提案してきたのは和睦だった。他の者も石見守の出した案に渋々ながら納得していた。



「和睦だと?この儂に奴らへ頭を下げろと申すか」


「頭を下げるわけではありません。しかし今の兵力ですべてを相手するのは不可能でございます」


「それをどうにかせいと申しておるのだ!」



 我が領土を踏み荒らした奴らに頭を下げるなど屈辱だ。大体石見守は頭を下げるわけではないと言っているが、状況から見て儂らから和睦を乞うことになっているではないか。それに和睦などしてしまえば奴らに領土を明け渡すことになるだろう。宇都宮家の当主として易々と先祖代々の土地を渡すわけにはいかないのだ。



「……芳賀じゃ」


「えっ?」


「すべては芳賀が儂に逆らってから始まった。和睦など考えてないで早く芳賀を討つのだ。どうせ那須も小山も芳賀に扇動されたのだろうよ。芳賀が死ねば奴らも大人しくなるはずじゃ」


「そ、それは一理ありますが、芳賀殿を討つために動けば南北の守りが手薄になりますぞ。那須も厄介ですが今の小山もかなり危険でございます。多功城の二の舞だけは避けなければなりません」


「なら同時に小山にも攻めればよいではないか!和睦など絶対にせぬぞ!」


「いい加減になさいませ!今の宇都宮の現状からそらさないでいただきたい」



 石見守が吠えた儂を怒鳴りつける。歴戦の猛将が見せる鬼のような形相と迫力に儂は思わず小さい悲鳴が漏れる。熱くなっていた頭が急速に冷えていくのを実感する。



「……失礼いたしました。しかし今の宇都宮では複数の敵を相手どるのは不可能でございます」


「そなたの言い分はわかった。たしかによくよく考えてみれば現状は非常によろしくない。だが和睦を申し入れたところで奴らが素直に頷くか?」


「それなのですが」



 そこに入ってきたのは四郎左衛門尉だ。



「どうした」


「那須なのですが、先代当主の壱岐守様を動かすのはいかがでしょう?当主の修理大夫殿は今、塩谷郡にいると聞きます。もし留守を壱岐守様が狙っていると知れば塩谷郡から引き上げるはずです」


「なるほど、それはいい策だ。壱岐守殿は倅の修理大夫と不仲で烏山城の奪回を諦めていないと聞く。急ぎ壱岐守殿に連絡を入れよ。これで那須はどうにかできるはずだ」



 四郎左衛門尉の献策のおかげで那須についてある程度目途が立った。あとは小山についてだが我が宇都宮と小山は因縁のある家柄だ。父上の代のときは宇都宮が完全に力が上だったが、今では小山の著しい成長に押されつつある。特に今の当主である隼人佑に代替わりしてから小山に少なくない領土を奪われていた。そのためこちら側から和睦を申し入れるのは抵抗があった。石見守も居城を奪われたこともあって積極的に小山と和睦すべきだとまでは言わない。本音では多功城を奪い返したいはずだ。



「石見守、本当に小山と芳賀を同時に相手できないのか?」


「御屋形様、芳賀殿を侮られるな。芳賀殿は古くから宇都宮家を支えてきた清党の棟梁。その勢力は家中でも屈指でした。ましてや飛山城は堅固な城、中途半端な兵力では簡単には落ちますまい。その芳賀殿を相手しながら小山を相手どるのは難しいかと」


「ちっ、ならば芳賀を優先して攻め滅ぼす。小山も許せんが仕方あるまい。儂は散々好きに振る舞ってきた芳賀を許すことはできん」


「かしこまりました。ですが小山はいかがなさいますか?和睦なりしなければ小山は再び攻め込んでくることでしょう」


「だが小山に和睦を乞うのも癪だ。何かいい策はないか」



 石見守らはしばらく考え込み、やがてひとつの案に辿り着く。



「そうですな、公方様に和睦の仲介をしていただくのはいかがでしょう。公方様から仲介なら小山も和睦を嫌と言えますまい。これならば宇都宮の面子もある程度保たれるでしょう」



 この案を聞いて儂はすぐに公方様に使者を送る。応じてくれるか不安もあるが、いくらか財宝を献上すれば頷いてくれるはず。和睦は嫌だが直接和睦を乞うよりはましだ。

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