燃ゆる夜
下野国 多功城 多功建昌
その日の夜は風が強かったが、城内の雰囲気は非常に良かった。薬師寺城を落とし、数で勝る小山家を相手に緒戦をほぼ完勝で収めたからだ。完勝といっても城への侵入を阻んだだけだが、小山の連中は多功城の守りに苦戦して門すら突破できなかった。各守り口を担当した武将たちも手応えを感じているようだ。
「ははは、やりましたなあ。あの小山に一泡吹かせることができましたぞ」
近隣の児山城主で多功家の家臣である児山尾張守兼朝が上機嫌そうに水を呷る。同じく近隣の梁館の館主で多功家の家臣である梁伊豆守朝光も静かにだが尾張守に同調する。まだ一日経っただけで少々喜び過ぎる気はするが、それだけ良い手応えを掴んだともいえる。敵を多く討ち取っているわけではないが、こちらの犠牲もかなり少なく抑えており、このままいけばひと月は余裕で守れるという自信が儂にもあった。
仮にひと月ではなくても小山がこの城に手こずっている間に遠征した倅も援軍として戻ってくるだろう。使者を出した日数を考えればすでに御屋形様に多功城が攻められていることは伝わっているはずだ。援軍がどれだけの数かわからないが、それでも城の兵を含めれば小山の連中を追い払うことはできるだろう。
だがここまで敵も苦しんだのなら、なにかしら策を練ってくるだろう。小山の当主は若いが勢力を拡大させた手腕は侮れない。緒戦は力攻めと拍子抜けだったが、さてどう動いてくるか。何も工夫せず力攻めに終始するようなら期待外れ、小細工を仕掛けてきても夜襲の備えはできている。小山の若造の力量、計らせてもらおうか。
しかし夜襲の警戒を続けていたが見張りによると小山に動きはないという。今宵は動かないだろうか。だが悠長にしている時間はないはずだ。
そんなときだった。さきほどからなにやら外が騒がしい。場所は搦手の方角だった。
「何事か」
「そ、それが、どうやら雑兵同士で喧嘩になっているようで……」
「愚かな。さっさとやめさせろ。まだ戦の最中だぞ」
兵士の報告に肩の力が抜けそうになった。すぐにやめさせるように命じると兵士はそそくさと去っていく。気がたった雑兵同士の喧嘩は珍しくないが放置して乱闘まで発展すると面倒だ。
だが兵士に命じてしばらく経っても外の喧騒は落ち着くことがなかった。それどころか前より騒がしくなっている。喧嘩のひとつも収められないのかと別の兵士に喧嘩を止めさせろと命じようとしたときだった。さきほどの兵士がこちらに駆け込んできたのだ。
「申し上げます!搦手より火の手が上がりました!」
「なんじゃと!?」
急いで外に出るとたしかに搦手の方角が火で明るくなっていた。しかも最悪なことに強風によって火の勢いが増しているように見えた。
「一体何が起きた!?喧嘩ではなかったのか!?」
「小山の兵です。兵の喧嘩に乗じて小山の兵が忍び込み、火を放ちました」
「なんてことだ。すぐに小山の兵を討ち取れ。同時に消火も進めろ!」
儂はすぐに詰めている武将らに搦手の件を伝えると、伊豆守に搦手の混乱を鎮めさせるように命じる。消火もしないといけないため、渋々守備の兵を割いて消火にあたらせる。だがこれが裏目に出た。儂が消火のために人数を割いたことを狙っていたのか、突如小山の兵が多功城を襲いかかってきたのだ。昼のように守れば大したことはなかったが、消火に人をとられた状態では小山の進撃を抑えることは難しかった。
「殿、某も討って出ますぞ!」
事態の悪化を受けて尾張守も本丸から最前線に向かっていった。消火ができればすぐに援軍を差し向けることができるのだが、今宵の強風のせいで火の勢いは衰えることを知らない。そこに最悪の報せが届く。
「申し上げます。梁殿が炎に巻き込まれました」
「なんだと!?伊豆守は無事か?」
「それがなんとか火の手から救いだすことはできましたが、時すでに遅く……」
なんてことだ。伊豆守が焼死したとは。伊豆守は陣頭指揮を執っている最中に突風によって舞い上がった火に巻き込まれてしまったらしい。火の勢いが強く、兵たちはすぐに彼を救出することができなかった。ようやく助け出されたときはすでに力尽きていたという。
しかし彼の死を嘆いている暇はない。この間にも各守り口での苦戦は伝えられ、中には突破を許してしまった箇所もあった。この城の中で一番深く広い外堀を突破されたとなると状況は一気に変わってくる。相変わらず搦手は消火に手間取っているようだが、だからといって火を放置することはできない。
今いる人数で対応せざるを得ないが、状況は悪化するばかり。前線に向かった尾張守の安否すら不明な中、ついに三の丸が陥落した。ようやく風が止み、火の勢いが衰えてきたが戦況は著しく悪化していた。すぐに搦手から兵を送るがすでに勢いに乗る小山の前では焼け石に水で次第に押されていく。そして半刻が経たないうちについに二の丸の突破を許してしまう。もはやここまでか。
儂は残った兵に下火になった搦手から逃れよと最期の指示を送る。そして儂はそのまま本丸の奥へと歩みを進める。
すまない、長朝よ。儂はお主の留守を守り切れなかった情けない父親だ。そして御屋形様、倅は儂と違って優秀な人間でございます。かならずや宇都宮家を支えてくれることでしょう。
儂は自身の腹を十字に切り裂き、臓物を掴むとそれを天井に叩きつける。
皆の者、さらばだ。先に地獄で待っておるぞ。
──多功石見守建昌、自刃。享年七十三。
史実では一一〇歳まで生きた武将の早すぎる死だった。
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