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妹の理想的な縁談

 下野国 祇園城 小山晴長


「さちももう十二です。俺はまだ幼いとは思っていますが、同時にいつ縁談がきてもおかしくない年齢であることもまた事実。半年後の俺と富士姫の祝言が終われば、さちにも縁談の打診がくることでしょう」


「それもそうですね。さちたちにもいつか他家に嫁ぐということを意識してもらうにはいい時期かもしれません」



 母上の言うとおり、そろそろさちたちにも話を通しておくべきだと考えていた。さちたちは黙って俺と母上の話に耳を傾けている。



「それで小四郎、まださちの縁談の話はきていないのですか?」


「今のところはまだ。ただ俺としては年頃の相手がいないのが少々気がかりですね。周辺の者だとさちとは十ほど離れている者が多い印象です。多少の年齢差は目を瞑りますが、積極的には勧めづらいのが本音ですね」



 ちらりとさちを見ると、さちは不安そうな表情を浮かべており、隣に座っているいぬの服の袖をちょこんと握っていた。



「そんなに怖がらなくていいと言ってもさちは不安だよな。だがいずれはさちもどこかに嫁ぐことになるんだ。今すぐじゃなくていいから、少しそのことを意識しておいてくれ」


「うん、でもあたし、ここが好きだから、小山を離れるのはちょっとやだな」


「さち」



 母上がさちを窘めようとするのを俺は手で制する。さちも突然の話に頭が追いついていないはずだ。ここでさちに厳しく接したところでさちが困惑するだけだ。



「いきなりこんな話をして悪かったな。突然のことでまだ混乱しているだろう」


「ううん、そんなことないよ。最初兄上が話があるって言ったとき、縁談が決まったから嫁げと言われると思ってたから。まだ決まってないのは少し安心した」



 だからあのとき、さちは少し元気がなかったのか。それは悪いことをしてしまったな。



「それは悪かったな。縁談を決めるときは事前にさちたちに話を通しておくよ」


「もう、小四郎は妹に甘すぎです」


「まあまあ母上、どちらにしても縁談の話は即決できないのだから話を通すくらいは許してください」



 母上には良くも悪くも個性的な妹たちの世話を任せているのでこれ以上強気には出ることはできない。母上もわんぱくなさちに頭を悩ませているので母上の気持ちも理解できるが、俺としては妹も幸せになってほしい。もちろん当主として小山家に利がある縁談を選ばなければならないが、同時にできるだけ良い縁談にはしたいと思っている。母上もなんだかんだ娘を愛しているので酷な縁談を迫ることはないだろう。



「さちといぬは一度下がりなさい。私は小四郎と話があります。小四郎、いいですね」


「はい」



 母上は侍女にさちといぬを任せて部屋から下げさせる。部屋には母上と俺だけが残されていた。



「それで、今の段階では縁談はないということですが、小四郎の中にはいくつか候補はいるのでしょう?」


「はい、まあ、少しは。近場なら佐野、少々距離があるところなら簗田あたりを考えていますが、正直佐野はそこまで優先度は高くありません。佐野とは現状の関係のままの方が都合が良いですし、一番さちに歳が近い者でも二十代半ばなので。逆に簗田はなかなか良い選択だと思っています。多少距離はありますが、古河の筆頭家老の地位と関宿という要地を治めている点は魅力的です。高助殿の嫡男もさちと歳が近いというので、その点も良いかと。ただ縁談の打診をするにしても小山と簗田との関係が少々薄いのが難点ですね」


「そうですか。ところで小四郎は名を挙げませんでしたが、公方様には嫁がせるつもりはないのですか?歳を考えれば、さちとそこまで大きく離れていないでしょう」



 公方という名に俺は苦い表情を浮かべる。母上の言うことは理解できるが、正直俺は乗り気ではなかった。



「公方様にはすでに正室がいるではありませんか。今の小山家の家格なら公方様に嫁がせることは可能でしょうが、まだ幼いさちを側室に入れても小山家の利にはつながりません」


「男児を産んでもですか?」


「男児を産む以前の問題です。おそらく公方様は側室に別勢力の娘を迎えるでしょう。古河の力を強めるには婚姻で後ろ盾を得るのが一番ですから。多分ですが、もし側室を迎えるとするなら北条あたりになるかもしれません。北条でなくとも力のある勢力の娘を迎えるでしょう。そうなれば自然とさちの立場は苦しいものになります。ならば簗田に嫁がせたりした方が小山家の利となりますし、さちを余計な権力争いに巻き込ませなくて済みます」


「たしかに私もさちを苦しめたいわけではありません。どうやら少々口が過ぎてしまったようです」


「母上の気持ちは理解できますよ。俺も一度も考えなかったと言えば嘘になります。それだけ公方様の側室という立場は魅力的ではありますから」



 それでも熟慮の末、晴氏には嫁がせようとしなかった。逆に晴氏から側室に請われた場合は断るつもりでいるが、果たして無事に断ることができるかは別の話ではある。可能ならば早い段階で晴氏以外の嫁ぎ先を見つけたいところだ。できればさちには側室ではなく正室で迎えてくれる相手を選びたい。


 歳が近いというだけなら金剛寺にいる皆川竹丸も候補にはなるが、竹丸だけは駄目だった。皆川を小山に取り込むならさちかいぬを竹丸に嫁がせるのもありだったが、どうも竹丸の様子がよろしくなかった。


 大人しく僧になるなら無視するつもりだったが、どうやら竹丸は小山家に対し敵愾心を抱いているようだった。かつて憎まれ役を買って出たのが原因なのだろうが、おそらく周囲の大人、特に竹丸の生母にも何か吹き込まれたのだろう。宇都宮からの接触はないようだが、このまま拗れたまま成長すれば、やがて小山家に仇なす存在になるだろう。


 撒き餌という竹丸の役目はすでに終わっている。まだ幼いが処分するときが訪れたのかもしれない。皆川の旧臣が何かしら騒ぐかもしれんが後顧の憂いは断たなくてはならない。幸い、皆川領は皆川家なしでも成り立つようになってきており、かつての支配者だった皆川家の存在は薄れつつある。


 竹丸が大人しくしているか、小山家に忠誠を誓ったならば違う未来があったかもしれないが、恨むなら小山家憎しで色々と吹き込んだ生母と歪んでしまった己を恨めばいい。


 そして後日、皆川領では竹丸が夜中に発狂して眠っていた母や世話役を巻き込んで心中したという噂が広がったのだった。

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[良い点] >そして後日、皆川領では竹丸が夜中に発狂して眠っていた母や世話役を巻き込んで心中したという噂が広がったのだった。 これぞ戦国という感じですね!
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