少女は舞い降りた
喉が渇いた。
ひどく渇いて、粘膜が張り付いたような不快感がある。
すべての生命の恩寵である陽の光にここまで腹を立てることも、滅多にないことだろう。
ここは風力はないし、陰を作るものも一切ない。一面の砂山が、彼女に見える景色のすべてである。
このせかいでの時間換算で二日前、現地調達したひどく襤褸の布袋に詰められるだけ詰めた水筒を一本出し、からからの喉に水を流しこんだ。
これで七本ばかり用意した水筒は残り、二本。
途中で補給できる町があったらよかったのだが、ここは美しく豊かと誉れ高い《神酒の海》でもとんでもなく辺境である。旅の通行人すらほとんどいない。
ついでに挙げれば、彼女はこの『せかい』に関してはまったくの素人だ。
なにせつい二日前に降り立ったばかりで、歩き回って多少の地の利を得たものの、知らないことのほうが多すぎる。
「このせかいはひどく不便なんだね……もっとこう、ラムネとかソーダとか……あ、コーラ飲みたい……」
汗で頬や額に張り付いた長い髪を、煩わしそうに指で引き剥がす。
このせかいでは非常に珍しい豊かな黒髪は、ここ二日のあいだに付いた汚れでくすんで見える。
年頃の乙女としては湯浴みをしたいのはやまやまだが、いまは飲料水の方がよっぽど貴重だ。
次に見つけた町では、なにがなんでも水を頭から被ってがぶ飲みしよう……。
彼女は強く決心して、からからに乾いた無駄に広い砂漠を進む。
彼女が異邦人のような風体を匂わせるのは、決して長い黒髪だけのせいではなかろう。
石榴石を連想させる、赤く透き通った瞳。顔立ちはどこか猫を彷彿とさせるものがある。
それだけでも充分目を引くものがあるが、なにより目立つのはその服装だ。
前で合わせる着物が一般的なこのせかいにそぐわぬ、赤いラインと黒のボンデージドレス。
ベルトとレースがふんだんに使われているが、不思議と子供っぽくもないし下品でもない。
体のラインにぴったり合わせて作られていて、すらっと伸びた健康的な脚が覗くセミロングの丈。
靴は元々レースアップの黒いハイヒールだったが、砂漠を超えると知って町で旅人御用達の靴と交換した。
しかしその服装以上の根底からあふれる圧倒的な存在感を、彼女は有していた。一見してひとのようでいて、どこか神々しいようななにか。
それも仕方なかろう。
彼女はこのせかいの住人ではないのだから。
彼女————このせかいでは『月の魔女ツクヨミ』と呼ばれる少女は、ふたたび大きくぼやいた。
「あー……お風呂入りたい」
目的の少年と再会するためには、ここをさらに五百キロは進まないといけない。……鬱だ。この移動がひどく不毛に感じられるくらい。
自由に移動できる、それこそ『魔法』があればいいのに。
一見関係ないような気がしますが、関係あるシーンです。番外編とかじゃありません。




