思惑
地道に更新をしていきます。
改稿の作業も、同時進行で頑張ります。
河本一覇の意識は、気づいたら知っている、現在の美しいクリスタルパレスに戻っていた。
幾重もの巨大な結晶の塔でできた広大な城の中にある、わずか八畳ほどの『永久の間』。
長い蝋燭でぼんやり照らされた室内は当然のごとく暖房設備などなく、切り出した賢者の石でできた赤い壁の印象でどことなく底冷えすら感じられる。
その毛足の長い真紅の絨毯に横たわっていた身体をゆっくり起こし、今も頭にがんがんと響く『記憶たち』を噛み砕いた。
痺れるように甘い感情と、深い悲しみ、絶望感、どっちつかずの憎しみが綯い交ぜになり、自分でもなにをどうしたらいいのかわからない。
唯一理解できたことといえば、気づいたらいつもぼんやりと夢に見ていたキンモクセイが出てきたということは、自分はヨルムンガンドと深いつながりがあるという強い確信くらいだろうか。
————それに……。
立ったままこちらを見下ろしている、金髪碧眼の美しい姫巫女を盗むように見やった。
あのシーンで途切れたということは、ヨルムンガンドが『白の門』の向こうへ消えたあとの話は、アカシックレコードには記されていなかった、という認識で合っているのだろうか。
たとえそうだとして、なぜ……。
「……なぜ記憶はそこで途切れたのか、と問いたげな表情だな」
一覇が彼女の問いに一瞬驚いたあとに真剣な面持ちで頷くと、月の姫巫女カグヤは透き通った金色の長い睫毛を伏せる。
カグヤは一覇が見て知っているアカシックレコードのなかとは違って、感情が欠如した顔と声で答えた。
「アカシックレコードは本来、太陽の國の正当なる血筋によって管理されている。ここまで言えば、お主にも理解るであろう」
「……最後の血筋である、ヨルムンガンドが消えたから……?」
一覇が静かに導き出した答えにカグヤは小さく首肯し、いたって平静な水面の声で永きにわたる物語の新たな語り部を引き受けた。
「ヨルムンガンドが“死”して以降、主を失ったアカシックレコードはいまも更新されていない。そしてその弊害が、必然と我が國にも起こったのだ」
物語の舞台はふたたび、かつての月の國に移った。
カグヤが語る声を耳に、一覇は知らないはずの荒れた國の光景が、目に浮かぶような気持ちにさえなる。
悪政を働いたギュルヴィはその場で衛兵たちに取り押さえられ、二度と牢から出ることは叶わなかったそうだ。
ギュルヴィに協力していた者たちにも相応の罰が与えられ、月の國はふたたびの平和を取り戻した。
……その矢先である。
曲がりなりにも夫の残した財はすべて國に没収されて、当の自分はといえば元姫巫女の世間知らず。
果たしてこれからどう生きようか考えていたカグヤは女王『なよ竹の』鷹乃に呼び出されて、因縁のクリスタルパレスにやって来た。
その荘厳なる古き玉座に堂々と座している鷹乃を見上げて、カグヤは存分に皮肉った。
「また姫巫女を務めろと言われても、お主も知ってのとおり妾にはもう能力がないぞ」
しかし鷹乃はまるで動じず、相変わらずゆるりとした態度を崩さない。
脚を優雅に組み替える余裕すらあるように見受けられた。
「そういうことじゃないの、カグヤちゃん。確かに新しい姫巫女が欲しいところだけどね」
「では妾になんの用向きだ?簡潔に述べよ」
カグヤの妙に素っ気ない態度すら、彼女は楽しんでいるようだ。
やや苛立っているカグヤに対し、くすりと微笑を浮かべて、鷹乃はいつも以上にもったいぶった口調で告げた。
「大事なお仕事よ。アクロポリスに、行って欲しいの」
「アクロポリス……ってあの一夜で滅亡した、伝説の都市ではないか。なぜ今更」
カグヤが訝しむのも無理はない。
アクロポリスはカグヤが生まれるはるか昔に滅びの道を辿った、月の國の一部地域である。
《時の街》とも表現され、長い歴史のなかで陰陽術の発展にもっとも貢献したと評されている。
今でも遺跡として町の一部分がのこされているというが、なぜあのような大都市が一夜にして消滅したのか、誰もその真相にたどり着いた者はいない。
「発掘調査、といったところかしら?アクロポリスの遺跡近くにね、最近になって鉱山が見つかったらしいの」
「……!!」
————新たな鉱山?
このせかいの鉱山は、既に旧時代で調べ尽くされた挙句に採り尽くされたと……そういう話では?
旧時代————古代スカンディナヴィア時代のひとびとによって、賢者の石は尽きた……このせかいに残った賢者の石は、クリスタルパレスの『永久の間』のみ。
それが、この國の常識である。
カグヤが興味を持った瞬間を抜群に見計らって、鷹乃は侍女に分厚い資料を持たせ、カグヤに渡させた。
「《賢者の石》についてこの國でもっとも知識を持つひとは、ほかでもない……元姫巫女のカグヤちゃんでしょう?」
カグヤが資料に軽く目を通しているあいだにも、鷹乃の視線や空気による揺さぶりはひっきりなしだ。
彼女の人心掌握術は、やはり完璧すぎる。
「……行ってくれるわよね?」
きな臭い展開が続きます。




