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亡霊×少年少女  作者: 雨霧パレット
everyone×everyoneゆえにかくありき。
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everyone×everyoneゆえにかくありき。

おひさしぶりです、螢名(けいな)ひじきです。

亡霊(ポルターガイスト)×少年少女18話、どうぞお楽しみください。

亡霊(ポルターガイスト)×少年少女 第十八話『everyone×everyone故にかくありき。』


この耳は×

『キミのこころを聴くためにある』。


この脚は×

『キミのそばに駆け寄るためにある』。


この目は×

『キミの姿を見るためにある』。


この口は?

×


『キミに想いを伝えるためにある』!

故にかくありなん。



二〇〇九年八月十日、午前九時五分。

神奈川県大和市のモダンな木造二階建て、忍野家の二階西側。

ブーブーブー。

忍野桐子(おしのとうこ)の、机の上に置かれた白い折りたたみ式携帯電話のバイブレーションが鳴り響く。しかし、桐子は無視して課題である数学の教科書を読み込む。

ブーブーブー。

携帯電話は鳴り続ける。

ドタドタドタと足音が響いたと思ったら、無礼なことにノックもなしにドアが勢いよく開け放たれた。

「ブーブーうっせーぞ桐子!ケータイなんとかしろ!!」

五つ年上の兄、忍野藤(おしのふじ)だった。真面目な妹とは正反対で、藤は金に染めた寝癖だらけの髪を不機嫌そうに振り乱す。大学が休みで、寝ていたところを桐子の携帯電話の音に起こされたのだ。その藤の怒声に負けず、桐子は怒鳴り散らす。

「私だってどうにかして欲しいわよ馬鹿兄!!」

着信の相手はわかっている。同級生でいつも一緒にいる、東京二(あずまきょうじ)だ。彼は桐子に、好意を抱いている。ハッキリと告白されたわけではないが、たぶんあれはそういうことなのだろう。

『おれと踊って、桐子』

思い出して、顔から火が出そうになる。

学園祭のフォークダンスに誘う京二の瞳は真剣そのもので、断ることが出来なかった。

————いや、好きか嫌いかで言えば、嘘でも嫌いとはいえないけれど!!

京二とは初等部からの付き合いで、なんでも記事にしたがる記者精神の塊である彼を諌めるのが、桐子の務めだった。うんざりしてはいたが、いつの間にか、そんな日常に慣れていた自分もいる。むしろ、高校に入ってからは『楽しい』とさえ思っていた。彼らの起こす事件に巻き込まれ、ときに怒り、ときに楽しみ、ときに哀しみ、ときに喜びあう……これが学校生活、これが青春。

そして京二への想いは、いったいなんなのだろう。

ブーブーブー。

携帯電話が再び鳴り響く。

————もうっ、さすがにしつこいわ!!

飾り気のない携帯電話を手に取って、通話ボタンを押して耳に当てる。

「東くん!?いい加減にしてよ朝から!!」

『桐子……?』

スピーカーから聴こえる声は、京二の声ではなかった。ピンと張った糸をつま弾いたような、美しい女性の声。

「璃衣!?ご、ごめんなさい!」

二本松璃衣(にほんまつりい)

学年一美人なクラスメイトで、同じく学年一、二を争う美形のクラスメイト男子、矢倉四季(やくらしき)の従者である。桐子はとある事件以降、璃衣と親友をやらせてもらっていて、暇なときに電話をして語らうような、気のおけない仲である。電話自体は特に珍しいわけではないが、この時間の彼女は家督を継ぐ四季のお茶くみで忙しいはずだ。

「どうかしたの、璃衣?」

『今日はお休みをいただいたので、桐子がお暇でしたら、ショッピングにでもお誘いしようかと……』

「あぁ……いいわよ、行きましょう!」

しかし、と璃衣は面白そうに意味ありげな声を上げる。

『東くんからお誘いがあったのなら、別にそちらを優先させても……』

そこで慌てて、空いている手のひらを思い切り振り回す。

「なっナイナイ、あんなお馬鹿より、私は璃衣を取るわよ!!じゃ、今日はららぽーとでも行く?」

『そうですね、たまには……。では、町田で十時頃に集合でいいですか?』

「おっけー!じゃ、あとでね!」

璃衣の返事を聴いて終話ボタンを押して、クローゼットに手をかける。少ない私服の中からお出かけ用のマキシワンピースとコットンシャツ、麻の紐を編んだベストを取って、ラフなTシャツとハーフパンツを脱ぐ。着替えてかごバッグに財布と携帯電話、ICカード、ハンカチと家の鍵を詰めてから、エアコンを切って部屋を出る。エアコンが効いていた自室から廊下に出ると、むわっと暑苦しい、べたつく空気が肺に押し寄せる。

「兄さん、ちょっと出かけてくるわ!お昼ご飯は自分で作ってね!」

バーン、と勢いよく隣の部屋のドアが開けられた。

「あぁん?ざっけんな作ってけよ!」

「たまには自分で作りなさいよ馬鹿兄!!とにかく、行ってくるからね!」

「ちょっと待て、男か?」

藤はTシャツの腹をまくってボリボリ掻く手を止めて、厳しい目で尋ねる。

「女の子よ、女の子二人!」

璃衣は言っていないが、きっと彼女のことが好きなクラスメイト、七海沙頼(ななみさより)も付いてくるだろう。

「本当に女か!?いいか桐子、オマエブスだけど一応女だからな、男だって寄ってくるんだぞ?男は女ってだけでなんでもいいんだぞ?穴がありゃあ突っ込むのが男……」

「なんって卑猥な話してるのよ!?信じらんない!!」

「きけよ!男はオオカミだって、ピンクなレディーも言ってるんだよ、わかるか?かくいうオレも、この前二十九のボインボインなオネエさんにとっつかまって」

「それは兄さんが馬鹿なだけでしょ!もう、遅れちゃう!」

「そのオネエさん、テクがすごくて」

「行ってきます!!」

まだ捕まえようとする藤の手を振り払い、階段を勢いよく降りて、リビングの隣にある和室に向かった。和室には仏壇が置いてあって、真ん中に若い女性の写真が飾られている。

「いってきます、母さん」

その彼女の笑顔に、桐子は笑顔を向けて玄関に走った。

桐子と藤の母、陽子(きよこ)は、桐子を生んですぐに二十六歳という若さで、病死した。当時二十三歳、ようやっとの思いで今の会社に就職した父は、男手ひとつで兄妹を育てたのだ。

そんな父も、桐子が中等部に進学したときに彼女を連れてきた。当時はそれは喜んだものだが、ある日、その彼女に結婚間近で逃げられた。新しい彼氏ができたらしい。

そのせいか、桐子は男の人というと父と兄以外に知らなくて、兄は先ほどのやりとりのようにあんなだから、男の人というもののイメージが悪い。

男は馬鹿で不潔で、最低。

男嫌いというほどではないが、そんなふうにいいイメージは持っていなかった。もちろんクラスの男子なんて論外で、クラス委員をやっていてもほとんど関わろうとしなかった。

だが、京二は違う。

京二は初等部五年生の秋に、桐子のクラスに転入してきた。明るく活発な彼は、あっという間にクラスの人気者になった。そんな彼の世話を、桐子が任された。当時の会話は、少なかったと思う。しかし広報クラブに入って、新聞記者を目指して奮起する京二を追いかけ回すのは、それからしばらく後だった。

「ふふ、懐かしいわ……」

「なにが懐かしいのですか?」

「わっ……璃衣!?」

周囲を見回す。電車に乗って、いつの間にか町田駅まで来ていたらしい。

「ごめんなさい、璃衣。おはよう」

「おはようございます。考えごとはいいですけど、気をつけないといけませんよ」

キャミワンピにレギンス、厚底サンダルの璃衣は、穏やかな笑みで忠告する。その忠告を素直に受け入れて、桐子はもう一人の友人に声をかけた。

「おはよう、沙頼さん。……大丈夫?」

璃衣の足下で座り込む、小柄な少女。この残暑厳しい日に、長袖の黒いゴシックロリータワンピースを着て、小さな日傘をさしている。

「大丈夫なわけないでしょ!?あつーい……死んじゃう……」

最初こそ怒りで起き上がったものの、後半はへろへろとしゃがみこんだ。

「沙頼さんはゴスロリ以外に服、持ってないの?」

沙頼の代わりに、璃衣が少し呆れた声で答える。

「持ってないんです」

「あはは。じゃあ今日は、沙頼さんの服を見ましょうか」

と言った感じで始まって、服屋さんと雑貨屋さん、本屋さんなんかを見て、カフェで昼食をとっていたときだった。

「そういえば桐子、東くんには会いましたか?」

ゴフッ……!

桐子は飲んでいたアイスミルクティーを、少し吐いた。

「な、なんで東くんの話になるの……!?」

璃衣は組んでいた指を組み直して、面白そうな声で答えた。

「いえ、うちに一覇(いちは)さんが遊びにいらしたときに、東くんからお電話があったようで、桐子が電話に出ないとおっしゃっていました……なにかあったのですか?」

口元をナフキンで拭いながら、桐子はなにから説明しようか考えた。他人に、自分の京二に対する気持ちを話したことがない。

「あの……えとね、璃衣……」

すると今までパンに夢中だった沙頼が、さらりと言った。

「どーせ京二とどう付き合っていくかとか、そんなことを考えてるんでしょ?めんどくさい……」

「えっ……!?」

————どうしてそれを?

璃衣が腕を組んで考え込んだ。

「お二人が正式にお付き合いを始めるキッカケ……ですよね。そうだ」

璃衣は右手の人差し指をピッと立てて、こう提案した。

「旅行をしましょう」

それに、桐子はアホな顔で返す。

「…………へ?」

「大丈夫です、全部私たちに任せてください。桐子は東くんとうまく話す方法だけを考えてください。キッカケは私たちが作ります」

と言って、璃衣はなにやら携帯電話を取り出して、さかさかと操作した。やがて桐子にメール送信画面を見せて、左手の親指を立てる。

『To:三島椋汰(みしまりょうた)、東京二、河本一覇(こうもといちは)結城海(ゆうきうみ)日向逸覇(ひゅうがいつは)河本宝(こうもとたから)東智花(あずまともか)久我原千歳(くがはらちとせ)磯村怜(いそむられい)

皆さん、夏休みはいかがお過ごしですか。さて、そのまだまだ長い夏休みを、いつものメンバーと共に当矢倉家の別荘で過ごしてみませんか。

From:二本松璃衣』

璃衣はシャンパンゴールドの携帯電話を、パチンと小気味よい音を立てて閉じて、少々楽しそうに、大方やる気満々で宣言する。

「ドキドキ☆ワクワク箱根旅行の始まりです」

というわけで三日後の八月十三日、快晴。

いつものメンバープラス先輩後輩組の大所帯は、矢倉家が手配したロマンスカーに乗って、神奈川県箱根町にある矢倉家の別荘へと向かった。

小田急線箱根湯本駅からバスで三十分くらい。森に囲まれた大きな屋敷。別荘というより、もはや立派な住宅だ。

「おい四季。本当にこんなとこ、オレたちだけで貸し切り……しかもタダでいいのか?」

別荘を見上げて、クラスメイトの河本一覇は四季に恐る恐る尋ねた。四季はなんでもないような顔で、普通に答えた。

「だから言っているだろう。管理人がいるから、食事も作ってもらえると」

「やっほう、スゲーな!四季サマサマだぜ!」

京二がガッツポーズで叫んだ。それを見てから、クラスメイトの結城海が箱根を特集した観光雑誌を読みながら言った。

「ユネッサンとか美術館も近いね。みんなで行こうよ」

それを聴いた沙頼が同じくクラスメイトの三島椋汰の腰に肘をコツコツ当てて————彼女の身長では、長身な彼の腰までしか届かない————、嫌そうに言った。

「アンタ、璃衣の水着姿に見とれるんじゃないわよ」

「みっ……見とれるくらい、いいじゃないか!」

そのやりとりを聴いて、さらに後輩で京二の妹である智花が、一覇の義妹で恋人の宝に言った。

「水着で一覇センパイを釘付けですかねぇ、宝ちゃーん」

「もっ、もう智ちゃんやだなぁ!そんなこと……ちょっとあるけど」

さらにそのやりとりを聴いていた、四季の姪である久我原千歳が、宝の豊満な体と自分の貧相な体を見比べ、ため息をつく。

「…………」

「どっうしったの、ちーちゃん♪」

「!!逸覇っ、その『ちーちゃん』ってのやめなさいよ!」

一覇の双子の弟、逸覇が千歳に絡み始めた。

「イジワルだなぁ、ちーちゃん。可愛くないぞ☆」

「可愛くなくて結構よ!!……てゆーか、なによこの手は」

逸覇の手は、千歳の小さな肩に添えられている。逸覇は笑顔で答えた。

「いやぁ、ちーちゃんは小さくて細いね」

「ちいさっ……アンタがデカイんでしょ!?あたしはフツーよ!!」

するとポンッと頭を撫でられて、

「可愛いね、ちーちゃん」

逸覇のその笑顔を見て、千歳は心を痛めた。心からの笑顔じゃない……自分の気持ちを誤魔化す笑顔。

千歳は知っている。逸覇は、宝のことが好き。でも、宝は彼の兄である一覇のことが好きで、二人は付き合っている。この事実は、どうすることも出来ない。

千歳はため息をつきながら逸覇の腕を取って、自分の頭から外す。そして呟いた。

「そんなにツライなら……やめればいいのに」

「え?」

————あたし……なにを言ってるんだろう。

「やめて、他に空いてる人と付き合えばいいのにって言ったのっ!バーカ!」

そう言って、千歳は逸覇から離れた。

————そんなの、あたしだって同じだ……あたしもまだ、イチのことを諦められない。コイツのことは言えないじゃない。

矛盾する想い、ジレンマ、ウラハラ。いろんな気持ちが、千歳の胸中に渦巻いている。どうすればいいのか、どうしたら正解なのか、自分でもわからない。ただひとつ確実なのは、自分はまだ、一覇のことが好きだということ。

————あぁもうっ、諦め悪いわね!!未練がましい!!気持ち悪いわよ、あたし!!

パチンパチン!!と両手で両頬をたたく。

「ようこそいらっしゃいました、四季坊ちゃん、ご友人様」

いつの間にか、ミニバスが停まっていて、運転席から四十代くらいのスーツを着た男性が、助手席から彼と同い年くらいのお腹の大きい着物姿の女性が降りてきて、恭しく挨拶をしてきた。

「わたくしは管理人を務めております、曲松一郎(まがりまついちろう)と申します。こちらは妻の三枝子(さえこ)。本日より三日間、皆様のお世話をさせていただきます」

運転手の男性……一郎がそう挨拶をすると、三枝子と呼ばれた女性も一礼する。

「あぁ、世話になる」

『お世話になります!!!』

四季がいつもの調子で挨拶をして、ほかのメンバーが元気よく続く。それから三枝子と共に荷物をバスに詰め込んでから、各々の席について、出発した。近いと思っていた別荘は、大きな門扉からは意外と距離があった。

ゆっくり走って五分くらい、立派な旅館風の玄関前に着いた。

『でけーっ』

と男性陣、

『きれーっ』

と女性陣が騒いでから、曲松夫妻と一緒にそれぞれに割り当てられた部屋に運び込んで、それが終わったらロビーに集合した。

「まずはなにをするのだ?」

最年長の磯村怜が、皆に意見を求める。するとずっと観光雑誌を読んでいた海が、

「はーい、今日はこの辺をぶらつくのがいいと思います。温泉とかあるらしいし」

逸覇がその意見に同意した。

「いいね、じゃあみんなで温泉巡りといきますか」

みんな声を揃えて『はーい』と返事をして、そそくさとそれぞれのシャンプーとリンス、洗顔石鹸やタオル、それから携帯電話と財布などの貴重品を鞄に詰めてロビーに再集合した。ぶらぶらとバス停まで歩いてバスに乗り、一路温泉街に向かった。

温泉街に着くと、全員が思わず感嘆の声を漏らした。

「たくさん温泉があって、迷っちゃうね」

宝が言うと、智花がそばに建っている案内図を指さした。

「手近なとこからいきましょーよ。ホラ、こことか」

「眼精疲労に効果があるのか、ここ。いいな……」

と、案内図に書いてある説明書きを読んで、一覇が真剣に選んでいる。

「なんだ一覇、目が悪いのか?」

「両目〇.〇一くらい……家では眼鏡だけど、普段はコンタクトしてる。そういう四季はどうなの?ケータイとパソコンばっかいじってるし、ゲームだって半端ない時間やってるじゃん?」

「両目で一.五」

「マジで!?うらやましっ!」

と、そこに璃衣が最悪の形で割り込んできた。

「一覇さん一覇さん。そういうときは、若を頼ってください。『眼鏡もコンタクトも忘れたー、どーしよー』『仕方がないな……ホラ』差し出される若の手、ドギマギする一覇さん。そして二人は……!!」

自分の妄想でガッツポーズをする璃衣。そこにさらに、意外な応援者があらわる。

「あれ、一覇センパイが受ですか?」

智花だ。智花の一言に、璃衣が食いついた。

「最近若、身長が伸びてきて攻キャラにシフトチェンジしてきてるんですよ。……というか、智花さんって、そういうお方なのですか?」

「中学の時に目覚めました!璃衣センパイは『ちぇりぃぶろっさむ』って大手サークルさんをご存知ですか?あたし、あそこのファンで。あれが一覇センパイと四季センパイにソックリなんで……」

「『ちぇりぶろ』は私のサークルですよ。そしてソックリではなく、本人たちがモデルです」

「えっ!?じゃあ璃衣センパイがりぃ先生?」

「ご名答」

がしっと握手をする腐女子たち。男子勢には非常に恐ろしい同盟が誕生した瞬間だった。

しかしそんな腐女子同盟は放っておくメンバーたち。ぞろぞろと適当な温泉を目指していった。

湯けむりけむる女子サイド。

「で、東くんと桐子をどう二人っきりにするか、なのですけど……」

と璃衣が切り出すと、桐子以外の女性陣がワクワクしたように話に乗ってきた。

「ちょっと待って。詳細が省かれてるんだけど、みんな私たちのことを知ってるの!?」

桐子の当然の疑問に、全員があっさりと答えた。

「バカにいの様子を見てれば、予想できますよー」

と智花がヘラヘラ笑って言う。

「えーと、一覇たちも知ってると思いますよ」

と宝が遠慮がちに言う。

「イマサラなに言ってんのよ?このメンツにはとっっくにバレバレなのよ、バッカじゃないの!?」

と沙頼がイライラした様子で言う。

「まぁ……あの四季でもわかってるみたいでしたからね。バレてないと思ってるのは、先輩たち当人くらいじゃないですか?」

と千歳が言いにくいことをさらっと言った。

「おぉ……これが女子会というやつか。楽しいぞ!!」

と怜がひとりで見当違いな盛り上がりを見せているところで、温泉の水面をばしゃんっと思い切り叩いて、璃衣が指揮をとる。

「というわけで、《桐子と京二のドキッ☆ラブラブ?ワクワク!!湯けむり大作戦~あいつとオレの恋模様、夏の陣~》開始ですよ!!」

『おーっ!!』←桐子以外

「タイトルが長いっ!!」

と桐子がつっこんでいるそのときの男子サイド。

「……女性陣はコレ、隠す気ないの?」

と呆れながら温泉に浸かる一覇。

「男湯と繋がってることに気づいてて、わざとやってるんじゃないかなー?」

と面白そうにからからと笑う逸覇。

「しかも桐子だけは気づいてなさそうだよね」

と先ほど売店で買った漫画雑誌を持ち込んで読みながら、海は言った。

「おれはどうしろっていうの……?」

と居心地悪そうに呟く京二に、

「暗に作戦に乗れ、ということではないか?」

と四季がお湯で遊びながら言う。

『男ならいってこい』

泳いで遊ぶ椋汰以外の全員が、声を揃えて京二の背中を押す。

「……いや、いけって言われても」

ぼりぼりと気まずそうに頭を掻く京二。

すると垣根を越えた隣の女湯から、驚愕の声があがった。

「告白されたわけじゃない!?んですか!?」

璃衣の声だ。垣根に耳を当てて、聞き耳を立てる男子一同。やがて、桐子のもにょもにょとした声が聴こえる。

「だ、だってダンスに誘われただけよ!?好きとか、そういうことは……」

「なにしてんの、京二……」

呆れたような海の声に、京二が弱々しく反論する。

「だって……ねぇ?」

「なにが『ねぇ?』だよ。そこは告白しろよ。お前、自分のことになるとダメなのな」

一覇が耳をそばだてながら、京二を責める。京二がもにょもにょと反論しそうになったところで、女子サイドがざわめいた。

「おぉっ、これは気持ちいい……」

もにゅもにゅ。

と、璃衣がなにかを触りながら感心している。すると

「ひゃあっ!!り、璃衣さんやめてくださいよ!!」

と宝の悲鳴にも似た声。すると智花の自慢げな声が聴こえる。

「宝はFカップですから!中学の時からこんなだよねー!」

すると次々と賞賛と嫉妬の声が響く。

「え、Fカップ……本当にそんなお胸があるのですね……」

「でかけりゃいいってものじゃないわよ!私は璃衣のバランスのとれた胸の方が好きよ?」

「すごいわねぇ……肩こりひどくない?」

「えふかっぷ……その響きがあたしの胸を突き刺す……」

「千歳ちゃん……気にしたら負けだ。私たちも、あと数年したら、きっと……!!」

すると男子の反応を楽しもうと、智花が動き出す。

宝の手に余る胸を両手で鷲掴みにして、悪代官もさながらの笑みで揉みしだく。

「うりゃうりゃー、ホンマにええ乳しとるわのー」

「や、やめてぇぇぇ!!」

「一覇センパイ聴こえてますかぁ?女子風呂は今、宝でめっちゃエロいことしてますよー!乗り込むなら今がチャンス!さぁ、宝も言って!『お兄ちゃん、わたしとえっちいことしませんか』!!河本宝、ただいま絶賛売り出し中です!」

「「やめいっっ!!」」

河本兄妹の声が、大きく響いた。

フロントに集合して、瓶の牛乳で火照った体を冷まして、また別の温泉に入って、街を軽く巡ってから、バスに乗って別荘に帰った。

三枝子が用意してくれた夕飯を食べて、軽く汗を流してから、各自部屋でまったりと過ごす予定だが……。

女子一同は、璃衣と沙頼の部屋に集まっていた。

「と、いうわけで。智花さんのアイデアで、男性陣に揺さぶりをかけたわけですが……」

と繰り出す璃衣に、桐子はツッコミ。

「揺さぶられていたのは、主に一覇くんだった気がするけれど」

「まぁ河本兄妹もいい加減に大人になれということです。で、桐子」

なにを言われるかと身構えていたら、璃衣は一際真剣な顔つきでアホなことを言い出した。

「東くんと一発ヤ……じゃねーや告白しましょう!」

「今ものすごく踏み込んだ発言したわよね!?明らかに告白を飛び越えたことをさせようとしたわよね!?」

「冗談はさておき」

すると璃衣は自分のカバンから、ごそごそとなにやら紙束を取り出して、どさっとテーブルに広げる。

「…………ナニコレ?」

「プロット。です」

「ぷ……プロット……?」

と、ちんぷんかんぷんな桐子筆頭を無視して、腐女子同盟が盛り上がる。

「りぃ先生のプロットを生で拝見できるなんて、感激です!」

と、智花は璃衣が用意した紙束を、うっとりと眺める。璃衣は一部を手に取って、軽く目を通しながらわからない女子たちのために説明を始める。

「『プロット』というのは、物語のあらすじのことです。プロットなくして、物語は作れません。言い方を変えるなら、プロットは物語の骨、と言ったところでしょうか。ここには、桐子と東くんの明日(、、)の(、)プロットが用意してあります」

す、と手渡された一ページを、桐子は未だに意味を理解できずに目に通す。

《桐子と東くんのラブラブ計画by璃衣》と表題されたそれは、A4サイズのコピー用紙に、手書きでびっしり綴られていた。

「私たちはそうなるように、徹底的に動きます。あとは桐子……あなた次第です」

璃衣の言葉に、桐子以外の女子は全員、深く頷いた。

「璃衣……みんな……」

この計画書……もといプロットを読む限り、みんなは相当大変な思いをするだろう。そして作成者の璃衣の努力は、このプロットの多さの通りであろう。

————失敗は許されない……みんなの努力や思いを無駄にすることも。

「わかったわ。私……頑張……る……」

と、読みながら答えたのだが。最後のページを見てつっこんだ。

『一夜を共にする→朝チュン』

「漫画かッッッッッ!!!!!!!!!!!」

あくまで『りぃ先生』は、プロの同人作家でした。

とまあこんな具合で女子全員でプロットを読み込んで、翌日に備えるのだった。

ところが翌日、三枝子が食事の準備をしていて、一覇を中心にお手伝いをしているところだった。三枝子が突然倒れて大きなお腹を抱え、苦しみ出したのだ。

「三枝子!どうしたんだ!?」

うろたえる一郎に、三枝子は苦しそうに声を振り絞った。

「う……うま……」

「馬!?」

「生まれる…………」

幽霊が通ったかのように、しんと静まり返った。それから、一郎と男性陣の声。

「娘が生まれるーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」

と狂喜乱舞の一郎。

「名前はどーしよ!?」

と椋汰。すると京二が

「一郎さんと三枝子さんの子だから『いちこ』はどうだ!?」

すると一覇が叫んだ。

「あぁっ、それはオレが自分の子供用にとっておいた名前!!」

それに海が冷静なツッコミを入れる。

「一覇の子供だから『いちこ』っていうのは、安易すぎない?今のうちに変えておこうよ」

すると四季が携帯電話でインターネットを閲覧して、

「『皇帝』と書いて“エンペラー”はどうだ!?」

「キラキラネーム!!日向エンペラーて!!」

「あ、兄さん日向に戻る気なんだぁ。やった!」

「お、おぅふ……」

「ちぇーい!!!!!!黙りなさい男共!!!!!!!」

桐子の大声で、混乱して無駄話をしていた男性陣が黙った。そして桐子がてきぱきと指示をする。

「一郎さんは一一九に通報、その他の男どもは三枝子さんをこのソファに移動させる!」

目が覚めたように動き出して、一郎は電話に、その他の男性陣は三枝子を手近なソファに移動させる。女性陣は指示されずとも、それぞれ清潔なタオルやお湯を用意していた。

「間に合えばいいけど……」

と桐子が呟く。皆、桐子と同じ気持ちで静かに救急車、もしくはお腹の子が生まれるのを待っていた。

三枝子の陣痛が始まって十五分後、救急車は間に合った。一郎は付き添って救急車に乗り込むとき、四季たちに

『私どものことは気にせず、ごゆっくりなさってください』

と言った。とはいえ、気にしないわけにはいかない。

とりあえず作りかけの朝食を完成させて、全員無言で食べた。それから手持ち無沙汰な状態の少年少女たちは、それぞれ自然と自室に篭もり始めた。

「大変なことになったわねぇ……」

と、ベッドに腰を下ろして、桐子は部屋に集まってきた女性陣に話しかけた。すると璃衣が昨日見せていたプロットに目をやって、なにかを思いついたようにシャープペンシルを取り出して、書き込みはじめた。

「璃衣……?なにをしているの?」

と桐子が尋ねると、璃衣はカリカリと音を立てながら答えた。

「これはチャンスです」

「チャンス?」

訊き返すが、璃衣は書き込みに夢中で、答えようとしない。やがてカリカリという音が止まり、璃衣はすっくと立ち上がる。と思ったら桐子の背中を押して、部屋から追い出した。突然の締め出しに、桐子はドアを叩いて訴える。

「ちょっと!いったいなんなのよ!?璃衣!?」

数分後、開け放たれたドアの奥には、キラキラ……あるいはギラギラと目を輝かせる女子がいた。

「い……いったいなに……?」

少し嫌な予感がした桐子は、後ずさりをしながら問いかけた。すると璃衣が桐子の腕を、一体どこからそんな力が、と思うほど強く引っ張って、部屋に引き入れた。宝たちがドアを締めて、再び密室になる。途端に、

「若奥様作戦、いきましょう」

と璃衣が言い出した。

それはいったいなんなのだ、と訊く前に、璃衣が得意げに説明を始める。

「奥さんにしたい、萌えるという東くんの気持ちを引き出して、告白させるのです」

「萌え……?」

————ナニソレ?

キョトンとしていると、すかさず璃衣が付け加えた。

「失礼、オタク用語で『キュンキュンする』的な意味です。……とにかく、東くんから襲わせ……告白させることで、大成功させようということです」

すると智花が手を挙げて、恐ろしい発言をした。

「りぃ先生ー、この際襲われてもいくないですか?大人もいないことですし」

「ちょっとっ、無責任なこと言わないでよっ!子どもができたらどうするの!?」

————私たちはまだ高校生だし、学校に通いながら育てるなんて無理っ!ていうかそれ以前に、東くんが私とそこまでの関係になりたいのかどうかじゃない!相手の気持ちも考えないと……

「と、桐子は思っていると思いまして」

「エスパーなの!?」

そんな桐子のツッコミは綺麗に無視して、璃衣は自分の携帯電話を取り出した。一体なにをするのかと思ったら、小さな白い端末から、複数の男子の声が聴こえてきた。

『で、京二。ぶっちゃけ桐子とはどうなのさ?』

『そうそう、告る気はあるの?』

海が切り出して、一覇が後押ししている。しばらくすると京二の声が聴こえた。

『うるせーな、告うよ!いうけど……』

歯切れの悪い答えに、逸覇がつっこんだ。

『なにが怖いの?ボクから見ても、ふたりは両想いだと思うけど』

しばらく沈黙が続いた。携帯電話のスピーカーから、テレビの音が聴こえる。

『…………ろ……』

『あ?聴こえるように言えよ』

一覇の少しイラついた声に、京二は叫んだ。

『“友達”に戻れねーだろっフラれたら!!』

京二の声は、震えていた。

『これまでずっと、“友達”としてうまくやってきて、学園祭で少し破っちゃったけど……けむに撒いてやってきたのに、全部ぶち壊しになったら……』

布がこすれる音、それから、ぼす、という倒れ込むような音。そして、小さな啜り泣くような声。

『こえーよ……』

「……バカね」

くすり、と桐子は笑った。

————……バカね。そんなことで、私たちの関係が壊れるわけ、ないじゃない。

たとえ“恋人”じゃなくても、“友達”であることは変えられないのだから。

男なんて、馬鹿で不潔で最低。

そう思っていたけれど、そんな馬鹿なところが、いいのかもしれない。

璃衣たちが青い顔をしていることに気がついた。なんだろう、と思っていると宝が小さく言った。

「あの……先輩……それ、電話……」

ん、電話?

つまり、璃衣が持っている携帯電話は、男子と繋がっているわけで、京二にも聴こえているわけで。つまりつまり、桐子の声によって、京二は自分の気持ちを聴かれていたと、気づかれてしまったわけで。

状況がわかって、桐子の顔は赤くなる。素早く璃衣の手にある携帯電話の電源ボタンに手を伸ばそうとするが……

『待った、タンマタンマ桐子さん!』

京二の声だ。璃衣に出る旨を目で伝えて、スピーカーに耳を当てる。微かな音で気づいたのか、京二は話し始めた。

『あの……えーと、桐子』

「言ってよ」

————キミの気持ち、ちゃんと聴きたいから……。

「今からそっちに行くから、言ってよ」

終話ボタンを押して、桐子は部屋を飛び出した。

————この耳は、キミのこころを聴くためにある。この脚は、キミのそばに駆け寄るためにある。この目は、キミの姿を見るためにある。この口は

男子部屋に突入した桐子は、框の上に仁王立ちして、ベッドに横たわってドア口を見ている京二の姿を捉える。

「言いなさいよ、続き」

「…………」

海の携帯電話を置いて、京二は立ち上がった。ゆっくり、でも速く、桐子のそばにたどり着く。

パクパクさせた口と泳いだ目は、やがてハッキリと桐子をとらえる。

「桐子が、好きだ……ヨ」

桐子はにっこり微笑んで、自分の想いを伝える。

「わたしも、わたしも好きよ」

桐子より少し背の高い体は、吸い寄せられるように桐子を抱きしめた。

————この口は、キミに想いを伝えるためにある。


————ね、結構単純でしょ、わたしたち。


故に

わたし×キミ、かくありなん。


「いいな……」

幸せな桐子と京二の姿を見て、怜が呟いた。

それを聴き逃さなかった璃衣は、怜の横顔を見る。

四季を見つめるその瞳は、熱っぽいというにはあまりにも純粋で、ひたむきな“愛”だった。

そんなわけで、早々にカップルができたところで、一行は別荘を出て箱根ユネッサンへと向かった。夏休みともあって、かなり人が多い。

「遅いな……女子」

さっそくアイスを買い込んで口にする京二に、売店で買った漫画雑誌を読みながら海が答える。

「可愛い彼女が自分のためにおめかししていると思えば、安いもんでしょ」

「そうそう!ここは常夏、楽しまなきゃ!!」

とのんきな椋汰に、

「ここは箱根だバカ」

「あはは、日本に常夏はないよー」

と辛辣な日向兄弟。

「それよりあの人だかりはなんだ?」

という四季の声に、みんなが首を傾けると……確かに妙な人だかりがあった。よくよく聴いてみると、男ばかりで、女性の集団をナンパしているようだった。

「君たち可愛いね!!彼氏いるの?」

「俺たちと遊ばない?」

「いやいやオレらと遊ぼうよ!」

「ニッポンヤマトナデシコ、cool!」

美人と言われれば、興味が湧かないわけがない四季以外の男子勢。早速とっこんで、

「いやいや、オレたちと遊ばない?今ヒマだから」

と特攻隊員イケメン代表一覇が言うと、それぞれ得意のキメ顔をして返事を待つ。

「じゃあ、あっちに行こっか。一覇」

えっ、どこへでもお供しますよお嬢さん。というか、

「どうしてオレの名前を……」

知ってるの?と言おうとしたところで気づく。彼女達の殺意のオーラ。鬼の形相。バキボキ、という女の子らしからぬ手の音。そして全身に流れる油汗。

「さーあ一覇、お望み通り行きましょう?」

と、六十キロくらいはある一覇の体を、片手で引きずって連れていく宝。

「サイテー!!バーカバーカ!!」

バッシバッシと千歳さんの追い討ち。

「あっはっは、ザマァ兄さん!」

「ダマレ逸覇」

兄の情けない姿に爆笑する逸覇。

「お手」

「ごめんなさい」

「お手」

「すいません」

ひたすら正座する椋汰に、璃衣は手のひらで圧力をかける。

「あぁぁぁぁんたどーゆーつもりよぉぉぉぉ!!!!!??????」

「待て!話せばわかる!!」

霊障武具を取り出して、京二を追いかけ回す桐子。

「結城センパイは高みの見物ですねぇ」

と、アイスを食べつつ言う智花に海は

「ま、ねー。彼女がいないって楽」

と、返して漫画雑誌に手を伸ばす。フリーの身の上、ナンパを咎める人は誰もいないのだ。

「誰か事態を収集してはくれないか……?」

こういうとき困るのは真面目な人である。四季はどうしようかと戸惑っていると、男子への制裁は容赦なく始まって、あっという間に三体の簀巻きが完成した。

「頭に血が上る!!すいませんやめてもらえませんか!?」

と喚く一覇に、女子二名は唾を吐き出す勢いで言い放つ。

「しばらくそこで反省してればいいよ」

「アンタなんて頭爆発すればいいのよっ!フンッ!」

椋汰と京二はもはや、精神的にも肉体的にも再起不能のようだった。

「あの……四季!!」

「なんだ、怜」

全員の荷物をまとめて見ている四季に、怜は声をかけた。

いつも男装をしている怜にしては珍しく、女性らしい涼やかなパレオつきの、ビキニの水着姿をお披露目しているので、四季になにか言って欲しかった。

なにか……可愛いとか、似合っているとか。自分を見てほしい。

だが、正直に言えない。怖い気持ちが次から次から溢れて出て、邪魔をする。

可愛くなかったら、どうしよう……。

「どうした、怜。なにかあるのか」

「あ、あの……」

「ヤキモキするな……なんなのだ」

するとそこに、璃衣がやってきた。少々華奢だが引き締まったバランスのいい体を、惜しむことなく見せつける。

「若。どうですか、私の水着姿」

「あ?」

「今、イラッとしましたね。包み隠さずイラッとしましたね」

「貴様の言うことは全部いらつく」

「えー、こーんな美女を前に言います?ねぇ、怜様」

「えっ!?」

唐突に振られて、どうしていいかわからない。が、これは璃衣の応援であろう。きっと、怜のしたいことを悟っての振り。

だったら……頑張らなくちゃ。

「しっ、四季!!」

「ん?」

『似合う?』とか……そう、気軽に訊けばいい。いつもの調子で、ノリで、話せばいいんだ。

「そのっ……」

「うん?」

キラキラー。

と、四季を見つめると脳内でサウンドエフェクトとともに、乙女フィルターがかかって、息が苦しくなる。四季の鍛え上げられた肉体が露わになり、普段男性に免疫のない怜に多大なる刺激を与える。

そこにさらなる救いの手が差し伸べられた。璃衣と智花だ。

「怜センパイ攻めてるぅ」

と、智花が怜の肩を抱いて口笛を吹く。璃衣が四季の体をぐぐいと押して

「ギャップ萌えですよね。普段は胸をつぶして男装されているのに、脱いだら凄いんです、的な。ね、若」

「僕に訊くなっっ!!」

「照れてるんですか、若。いけませんよ、こういうときはちゃんと言わないと。……ほら」

とお膳立てされて、四季は指で髪を弄びながら、気恥ずかしそうにボソボソと言った。

「あー、その……よく、似合っている」

————私は単純だ。あなたのコトバひとつで、こんなにも幸せになれるのだから。

と、四季は怜の腹あたりを見つめて、少し眉をひそめた。

もしかして、お腹が見苦しいのかと思い、腹を隠して謝った。

「ごごごごめん!!!やはり私はスタイルが良くないよな!?」

「あ、いやすまん……そういうわけではない。ただ……」

すると四季は、少し躊躇いがちに怜に問いかけた。

「傷……残ってないか?」

「あ……」

七月のあの事件で、四季がつけた傷のことを気にしているのだろう。実際、怜は五針も縫う大怪我をした。退院だってかなり無理をしたし、正直にいえば、怖かった。

でも、それでも。

四季には見せてはいけないと思った。

怜は努めて明るい声で答える。

「大丈夫!少し跡は残ってしまうらしいが、問題ない」

この、目の前にいる壊れそうな少年に、これ以上の傷を負わせたくない。

つよがり。うそつき。慣れている。彼のためなら……

————私はどうなったって構わない、とさえ思う。彼は私の運命を変えてくれた、恩人だから。

怜は食品から玩具まで、手広く商品展開するイソムラグループの磯村家長女として生まれた。祖父が厳しい昔気質の人で、女に跡は継がせないと言って怜を男として育てた。

その重圧に悲鳴を上げたのは、怜よりも両親が先だった。両親は男の子の養子をもらって、その子を跡取りとして育てることにした。急に重しを解かれた怜は、どうしていいのかわからないまま、許嫁を用意されて、女としての人生を強要された。

喜ぶべきだったのかもしれない。怜は別に、望んで男になろうと思ったわけではない。だけど、これまでの自分の努力を否定されたようで、感情が追いつかなかった。

男が憎い。怜にはないものを、努力しても手に入らないものを、最初から持っている。女というだけで、こんなにも不自由な、不幸な人生を歩んでいる。

————私がなりたかった《私》。それが四季だった。

梨園の跡取り息子。完璧で、誰もが敬うような男の子。その立場を、確約された存在。

輝くような羨望は恨みというオブラートに包まれて、最初は喧嘩をふっかけてばかりだった。でも、それでも四季は、決して怜に恨み言を吐きかけてきたりはしなかった。だが、それは憐れみでもなく、まぎれもない彼の優しさだった。

それに気づいたのは、ほんの最近。

それからどうしようもなく好きになって、照れ隠しは徒労に終わって、花のように恋が咲いて。

そのあいだに揺れる気持ち。

————私は『男』であるべきだ。恋などしない。

————私は女の子でいいのかな?四季のこと、好きになっていいのかな?

————……わからない。

その答えは誰も持っていない。怜しか持っていない、ココロの鍵。


キミというココロのハナ

×

私のココロの鍵。


……かくありき?


ナンパ騒動が落ち着いたところで、智花が提案した。

「人数も多いことですし、分かれて行動しませんか?」

特に反対する理由はなかったので、了承してしまったが、智花の次の言葉で驚いた。

「じゃあ一覇センパイと宝、バカ兄と桐子センパイ、ちーと逸覇センパイ、りぃ先生と椋汰センパイ、と沙頼センパイ。結城センパイとあたし、四季センパイと怜センパイ。で、いいですよね」

「ちょーっと待て!!それでは四季と私が、かかかかカップル……」

みたいじゃないか、という前に、言われた。

「カップルでしょうに」

「断じて違ぁーう!!!」

怜のこの反応を『恥じらい』と捉えた智花は、無視して

「では解散!」

バラバラと、それぞれ移動を開始するなかで、取り残された怜は四季とその場で棒立ちになっていた。どうしたものか、とオロオロしていると、四季が荷物を抱えて

「とりあえず、適当に場所をとるか……。行くぞ、怜」

「……あ、あぁ……」

先を行く四季のあとを、ビーチサンダルで一生懸命ついていった。

しばらく歩いたところで、誰も座っていないイスとテーブルを見つけたので、荷物を置いて確保することになった。荷物をおろして、伸びをする四季は

「なにか飲むか?僕が買ってくるぞ」

「わ、私はメロンソーダ……あ、お金」

慌てて鞄から財布を取り出そうとしたが、四季に制された。

「いらん。少し待っていろ」

と言われて、とりあえず椅子に腰をおろして、おとなしく待つことにした。

「ふぅ……」

四季と二人きりになるのは、いつぶりだろうか。彼のそばにはいつも、璃衣やほかの使用人がいたし、狙って二人きりになろうとは思わなかった。

改めて二人きりというのは、気恥ずかしいし、緊張する。それに……

————私たちは……いわゆるかか『カップル』……というものなのだろうか。

例のごとく、怜はいつも男装をしているし、そうでなくとも顔つきから男だと思われることが多い。反対に、誰が見ても見目麗しい四季は常常女性だと思われる。

しかし今、四季も怜も男女の差ががきっちり分かる水着を着ている。それに……最近の四季は、以前より男らしくなった気がする。

夏休みの間に背が伸びて、同じくらいだったのに、あっという間に怜を追い抜かしてしまった。絹のような長い髪は短く切り、色白だったきめ細やかな肌は浅黒くなった。元々鍛えていた体も、前より増して逞しい。顔つきも、凛とした強さが磨かれている。見ているこっちが赤面してしまうほど、美しくてかっこいい。

怜はというと。

怜は自分の体を見下ろす。

女性としては、背は高くないが明らかに骨太である。四季と競って始めた剣道で鍛え上げた立派な筋肉、白くはない肌。唯一女性らしい点を挙げれば、立派に育った胸と、締まったウエストであろう。しかしそれらを武器に、あのカタブツの四季をどうしようというのだろうか。

怜には、恋愛経験というものがない。初恋イコール今なので、勝手がわからない。

それに、人の気持ち云々というもの自体が、十八年生きてきた中で感じたり経験したりということがなく、気持ちを汲みとるということをしたことがない。怜の周りの人間はみな、『イソムラグループ』という親たちが作った盾を着た怜のことしか見ていないのだ。それに甘えて、人間関係をサボっていた自分が悪い、と怜は今更ながら自省する。

そしてその経験不足ながら、彼とどう向き合うかを考えてみた。

まず、自分の気持ちというものを、ハッキリと伝えたことがない。これはもっとも重要視するべき点であろう。四季は怜の気持ちを知らない故に、どう接していくべきなのか迷っているかもしれない。なにせ怜の祖父と四季の曽祖父が決めた、お互いの気持ちというものなしで始まった許嫁関係である。怜だって、四季のことが好きではあるが、まだ多少の、一言では表せられない迷いがある。なんだかんだいって、ふたりはまだ高校生だ、それは当然のことだろう。普通の高校生は好きだ嫌いだ、振る振られるから始まるのだから、怜たちの関係の方が異常である。

話は逸れたが、とにかく怜と四季の恋に『普通の高校生の基準』というものは通用しない。怜が自分なりに考え抜くしかないのだ。

————とはいえ。“ベタ”というものを体験したい。

例えば今、怜はひとりだ。漫画や小説で有りうる流れとしては、ここで先ほどのようにナンパされて、「俺の連れに何か用か?」的な台詞とともにヒーローが登場する。ヒーローにピンチを助けられて、ヒロインは惚れ直すといったところか。

と、そこに男から声をかけられる。

「ねぇ、おねーさん、ひとり?」

————ナンパというやつか!?

怜は期待に胸を踊らせて、振り返った。

「…………」

「…………」

そこには、売店に五百円で売っているサングラスを着けて、ものすごく恥ずかしそうに知り合いをナンパしている一覇の姿があった。

「妹さんに、最期に言うことは?」

妹で彼女の宝も、兄で彼氏がこれでは可哀想だ。

蔑みの目で見つめていると、一覇はサングラスを外して両手と首を勢いよく振る。

「違う違う違う違う違います!!!」

「なにが違うんだ?説明してみろ」

「女子に頼まれて、ナンパ男A役をやらされたんですよ!」

と言って一覇が親指で後方を指しているので見てみると、璃衣たちが揃いも揃ってこちらを観察していた。

「どういうことだ……?」

彼女たちの行動の真意を図りかねる怜は、素直に尋ねた。すると璃衣が代表して答えた。

「余計なお世話かもしれませんが、私が皆さんに協力をお願いしました。どうやら怜様は、若とうまくいっていないことをお悩みのご様子でしたので」

つまり璃衣は、怜と四季の仲を進展させようとしているわけだ。

「い、いや、しかしそれではみんなを巻き込むことになるだろう?私はいいんだ、自分で頑張る!」

璃衣たちの計らいは嬉しいが、たとえ時間がかかっても、ちゃんと自分の力で頑張ると決めたのだ。他人を頼るな、というのが祖父の教えだった。人を頼らず、なんでも自分の力を信じて進む……それが、磯村家の人間として当たり前のこと。怜には染み付いている。

だが。

「恋愛は、ひとりでするものじゃないですよ」

と一覇は言った。

「恋愛に限りません。人間は、必ず誰かと関わって生きているものです。誰かとの関わりなしに、人間は成り立ちません。関わりを絶つとき、そのとき人は本当の意味で死ぬんです。一般的な意味での死が訪れても、誰かがその人の記憶や想いを忘れない限り……その人は死にません」

それは、大切な誰かを想うような瞳だった。

————私は、そう言った彼の心情を説明できるような、経験がない。だから、思うようにはかみ砕けないけれど、きっと温かいものだ。私が感じたことのない、人の温かさ。それを今、感じている。

「…………ありがとう。みんな、ありがとう」

人は、ひとりではいられない。誰かに支えられることで、立っていられるのだから。

と、そこに。

「怜?どうかしたのか?」

四季が戻ってきた。その途端、璃衣の合図で一覇がサングラスをかけ直して、怜の腕を引っ張る。

「よ……ようよう、ねーちゃん。オレと一緒に遊ぼうじゃん?」

————続けるのか、この茶番!!

続けて意味はあるのだろうか。と思わなくもないが、怜は黙って四季のツッコミを待つことにした。きっと彼も気づいているはずだ。

コト、と冷静に買ってきた飲み物をふたつ、テーブルに置く。そして————

「貴様っ彼女は僕の連れだ!!!」

「…………」

四季の真剣な表情、声。彼は演者であるが、日常生活で演じることは下手である。つまるところ。

四季は騙されている。

どうしよう、誰か止めてくれ。全員が願った。

しかしこういうとき、悪ノリする人間はいるもので。

一覇は顔を整えて四季の手を握り、ずずいと迫った。

「なんだ、こっちの方が美人じゃん」

四季にはここでおかしい、と思って欲しかった。なのに四季は顔を怒りで真っ赤に染めて、

「ぼぼぼ僕は男だ!!!!」

————ツッコミ募集。

璃衣と智花は変なスイッチが入ってしまうし、四季は怒り狂って暴れるし、そのおかげで人が集まってくるしで、散々だ。

四季の怒りが収まった頃には、みんな既に分かれていた。

「まったく……なにを考えているのだ、一覇たちは!!」

と宇治金時のかき氷を頬張りながら、ぷりぷりと文句を言う四季に、

「まぁまぁ……その、あれは私のせいでもあるから、許してくれよ」

と、怜がなだめる。すると四季が尋ねた。

「どういう意味だ?」

「……えっと……し、四季の気持ち、を知りたくて……」

「僕の気持ち?」

《気持ち》を『言葉』にすることは、難しい。

————でも……ねぇ、気づいて。

『言葉』は《気持ち》を知る鍵だから。口にしなくちゃいけないの。

【キミの気持ちを知るため】に。


————この口は、キミに想いを伝えるためにある。


いけ…………いけ!

「私は四季のことが好きだけど四季は私のことが好き?」

「……え?なんて言った?」

しまった、早口言葉みたいになった。と言い直そうとしたが。

四季の手が、怜の頬に優しく触れる。驚いて思わず目をつむると、やや間があって額に柔らかい感触が落とされる。

「今は、ここでやめておく」

耳元で、アルトに近い艶やかな声が響く。目を開くと、四季の顔が間近にあって……

「いずれ、ここにするからな」

ここ、と整った人差し指で怜の唇に触れる。

————この口は、キミに想いを伝えるためにある。

恋人だけの、ココロのサイン。優しく教えて。激しく伝えて。

キミだけの私になるから。

「うん、待っている……!!」

————今は一歩、明日には二歩。こうして私たちなりに進めれば、いいよね。

私×キミ、蜜月夜。

それは柔らかく温かな唄なのです。

「なんだかんだいって、ラブラブですねー」

智花が小さく呟いた。

怜たちのことが気になっていて、璃衣たちは影からこっそり見守っていたのだ。

「口にしないとこが、四季らしいよね。すればいいのに」

と、海が言うと智花が茶化すように訊いた。

「結城センパイはしたいですか?キス」

「相手がいればね。僕だって、一応男の子ですから」

「センパイ、かがんで」

と智花が言うものだから、海は冗談めかした口調で笑って、言われた通りに屈んだ。

「あはは、キスすんの?」

と、智花の濡れた唇が触れる。

しばらく、海の唇は智花の熱い唇に触れていた。やがてふたりは離れて、

「あたしの気持ち……伝わりました?」

「んー、足りないかな?」

キミの気持ちを求めるのは、僕のココロがぽっかりあいて淋しいから。

埋めて、消して。僕のココロの穴。

キミの甘酸っぱい果実のような気持ちで、満たして。

僕×キミ、strawberry。

それは赤い果実のようにみずみずしい、小さな恋でした。


こうして一覇たちの夏休みは風のように過ぎて、あっという間に終わってしまった。

青春時代の一ページ、いろいろな色で鮮やかに彩られたカンバスを見て、彼らはなにを思うだろう。


第十八話 完


亡霊×少年少女第18話を最後まで読んで下さり、ありがとうございます。螢名(けいな)ひじきです。

今回はクッションの回ということで、ゲロあま仕様となっております。男性には耐えられないであろう、と見越して書きました。ごめんなさい。

次々にカップルができて、非リアの私としてはものすごくつつかれる思いです。くっそアイツら……!しかし、幸せになれよ!

そして次回に続くっぽく書いてますが、次回からしばらく番外編です。18話の続きは22話から、日向兄弟編です。

日向兄弟編が終わったらついに最終章、の予定です。書き切れるか不安ですが、頑張るので応援よろしくお願いします!

そしてお詫び。

月イチ更新を約束したのに、遅れてすみません!!

ちょっとサボってました……(´・・`)あかんね!

19話は早めに仕上がりそうです。たぶん。頑張ります!!!

それからお知らせ。

亡霊(ポルターガイスト)×少年少女」のcomico版が、年末に配信予定です!!イラスト付き!!イラストは私が描いてます。

それとほぼ同時、空中楼閣で活動中のイチベラ先生の作品も、comico版で配信予定!イラストは瑠朱(るしゅ)先生です。

小説サークル《空中楼閣》が、本格始動します。お楽しみに!!

今年も残りわずか……大変お世話になりました!!2016年もよろしくお願いします!!

それから、来年から新シリーズスタート予定です!今、煮込んでいる最中なのですが、またファンタジーです。今度は本格ファンタジーかもねん。

2015.12 螢名ひじき


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