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亡霊×少年少女  作者: 雨霧パレット
臨海学校と恋模様
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臨海学校と恋模様

連投第……何弾だっけ?どうも螢名です!

亡霊×少年少女第八話、君に届け!

亡霊×少年少女 第八話『臨海学校と恋模様』


二〇〇八年八月二日、午前十時過ぎ。神奈川県藤沢市片瀬地区。江ノ島。

「白い砂浜……!」

大きなオレンジ色の旅行カバンを背負った東京二が、キラキラと目を輝かせている。

「青い海……」

結城海は、さっき買ってきたアイスを頬張る。

「青い空……」

河本一覇は、黒い旅行カバンを肩にかけて、うずうずしている。

三人は海岸にひしめく人の波を見て、拳を合わせる。

「「「水着のお姉さん……!」」」

夏バンザイ、海バンザイ、ありがとう臨海学校。

というわけで私立久木学園高等部一年生は今日から二泊三日、臨海学校です。夏が眩しい。青春が輝かしい。

「おれ、水着新調しちゃったよー!」

と京二が旅行カバンから、派手な色の水着を引っ張り出す。

「京二攻めるねぇ。僕は去年と一緒」

アイスを食べ終えた海が言った。一覇はサングラスをかけて気取った物言いをする。

「いやいや、男のたしなみとして必要でしょ」

「だよなー」

「お前らっ話をきけ!!」

担任の久我原卯月に怒られた。今は生徒全員を集めて日程の説明をしている最中だった。

「まったく、なにをしているんだ貴様らは……」

クラスメイトで一覇の幼なじみ、矢倉四季が呆れたように声を漏らす。その四季の冷めた態度に食って掛かる三バカ。

「四季、お前は本当に男か!?海といえば水着、水着といえばお姉さんだろ!?」

「あー、四季は昔からそういうのに疎いから。ホモ疑惑アリだから」

「ホモ!?」

ホモ疑惑……。そういえば。

————四季に告白、されたんだっけ……。

文化祭の後だから、六月に入るか入らないかの頃。一覇は四季に告白めいた……というか告白された。本人は返事はいらないと言っていたが、このままにしておくのもなんだか気持ち悪い。かといって、彼の気持ちに応えることは出来ないが。

————どうしよう……この臨海学校中になんとかしようか。

「……い、おい一覇!」

気がついたら、四季の顔が目の前にあってびっくりした。

「ご、ごめんなすって!!」

「もう旅館に移動しているぞ、早くしろ」

「お、おう!」

四季の後を追って、旅館への道を急ぐ。

四季は、どう思っていたのだろうか。いつから好きなのだろうか。どうして好きになったのだろうか。わかんない……わかんないよ、四季の気持ち。自分の気持ちもわからない。オレは、どうして迷っているのだろう。宝のことが好きなのに。

集合していた片瀬江ノ島駅から歩いてすぐ、旅館に着いた。旅館というか、綺麗なホテルだった。部屋も綺麗で、本当に旅行に来たみたいだった。

「ふわー、景色いいねー!」

大きな窓を開けて、三島椋汰が言った。一覇は椋汰、海、四季と同じ部屋。四人部屋だった。

「これで璃衣と同じ部屋だったら最高なのにー……とか思ってるんじゃない?」

「お、思ってないよ!!」

「そうなの?椋汰くんえっちー」

椋汰は先日の事件で、クラスメイトで四季の従者の二本松璃衣といい雰囲気になっている。あんなに一方的な片想いだったのに、随分進んだなぁ、と一覇は感心せざるを得ない。まぁ、邪魔者がいるけれど。邪魔者とは璃衣と椋汰の主、七海沙頼だ。沙頼は璃衣ラブで、椋汰のことが邪魔で仕方ない。

————まぁ、沙頼と璃衣はそれこそ昔からの付き合いだしな。邪魔者はむしろ椋汰か。

「一覇早く!」

「わかってるよ、今行く」

一覇は準備をして、部屋を出た。

「若、三島くんたちも」

「なによ男ども、あんまり璃衣の水着姿をジロジロ見ないでよね」

「河本くん、サングラスはどうにかならないの?」

集合場所の海岸前まで、水着とパーカーとビーチサンダルという軽装で来てみると、既に水着姿の女子グループが来ていた。普通科でクラスが違う京二とは別行動になる。

「み、見てないよ!ジロジロなんて……」

「見てるね」

「見てるな」

「見てるじゃんか」

「見てるわね」

「見てるじゃないのアンタぁぁぁぁ!!!!!!」

沙頼が椋汰をボコボコにしている間に、メンバー確認をするリーダーの桐子。

「えーと三島くんと七海さんがいるとして、結城くん、矢倉くん、河本くん……と璃衣」

「はい、桐子」

「ふふ、璃衣」

女子二名が示し合わせて笑う。なんだかこの二人は、この前の事件以来仲がいい。名前で呼び合う仲になっていた。

「で、ここでなにするんだっけ?」

サングラスをかけ直した一覇が訊くと、桐子がすかさず答えた。

「交流ビーチバレー大会よ。クラス対抗の」

クラス対抗ということは、京二のクラスと戦うこともあるのか。

「で、誰が戦うの?」

「私たちよ」

「え……?」

「だから、この七人でやるのよ」

「このくそ暑い中で?着いて早々?」

「えぇ」

観戦する気満々だった一覇は、ガックリと肩を落とした。

全部で十ある学科のうち、ちょうど五つの学科と戦ったところで昼休みになった。特別に海の家を借り切って、昼食をとることになった。

「よ、順調だなぁ霊子科」

似たような水着姿で焼きそばの器を手に、京二がやってきた。

「普通科も順調に勝ち進んでるじゃん」

ロコモコ丼を食べながら、一覇が言った。すると京二は渋い顔をして答える。

「いやぁ、もう次はないわ。次、運動科だもん」

「あぁ、あの脳筋集団な」

運動科は名の通り、運動に関する授業が主な学科だ。座学もあるが、オリンピック選手を目指す運動神経抜群な生徒が多く、運動系のお祭りには強い。

「おれは参加しないけどねー」

「あ、ずるっ!」

「これこれ、新聞部の特権よ」

京二が胸に下げられた一眼レフカメラを指す。毎年新聞部が特集を組んでいる、学園新聞の人気記事らしい。普段は他学年の先輩部員が同行して取材するらしいが、今年は京二に一任された。

「オレも新聞部入ればよかったなー、期間限定で」

「調子良すぎだろ。まぁ、おれは副業に忙しいですがね」

カメラをピピッと操作して、画面を一覇に見せる。覗くとそれは……

水着姿の女子生徒たちの画像だった。

「どうよ、一覇。一枚三百円」

「椋汰に売り付けろよ。桐子にバレても知らないからな」

自然と小声になる二人。

「ちなみに男子バージョンもありますが」

「誰が買うのそれ」

「お前とか」

「オレにそんな趣味はない」

「またまたー!一時期噂になったじゃん、四季と」

「う」

それは一覇のちょっとした行動が招いた事故だった。もう忘れられたと思ったのに……。一応というか、念のために京二に釘をさしておく。

「おい、四季にオレの写真売りつけたりしてないよな?」

そんなことしたら、四季は本気で買いかねない。そして噂は再燃する……。

「買ってくれたYO!」

バチーン、とウィンクする京二。

「ウソだと言ってくれ……!!!」

ガックリと、今日何度目か肩を落とした。

それから昼休みは終わり、試合が再開された。

霊子科は順調に勝ち進み、昼休み終了直後に運動科とぶつかった普通科は華々しく散り、最終戦は霊子科対運動科となった。鬼魔と戦うために鍛えている霊子科と、運動科はよく対決することがあるらしい。そのため、運動科と霊子科は伝統的に仲が悪い。

試合開始直前、運動科の選手たちが一覇たちに声をかけてきた。

「よう霊子科。今年はひょろいのが多いけど大丈夫か?」

「あら運動科の皆さんごきげんよう。うちは体力だけじゃなくて、戦略で勝負するの。どこかと違ってね!!」

意外にも桐子が闘志を燃やしている。どういうことだろう。不思議に思って首をかしげていると、実は桐子と一緒にクラス委員をやっている海がひそひそと注釈を入れた。

「あの人、委員会が一緒なんだけどね、なにかと桐子に突っかかってくる人だからイラついてるみたい」

「なんでアイツは桐子に突っかかるの?」

「学年順位を争ってるんだって」

「あぁ、定期テストの……」

久木学園では、上位百人と下位十人が掲示板に貼り出される仕組みだ。

そしたら学年一位の一覇なんて格好の餌食ではないか。面倒だからなるべく目立たないようにしよう……と思っていたら。

「おい、そこの金髪……学年一位の河本一覇じゃねぇの?」

運動科の一人が気づき、リーダー格らしき大柄な男子生徒が、一覇に声をかけてきた。

「はじめましてだな。俺は運動科一年I組の下川だ」

下川は一覇に握手を求める。

「……どーも、霊子科霊障士専攻一年F組、河本です」

一覇は下川の握手に応じる。すると下川はぎゅーっと思い切り、握力の限り握り締めてきた。いきなり宣戦布告?しかし、そこで引き下がる性格ではない一覇は、下川よりも強く握り返した。自慢じゃないが、握力には自信がある。

「くっ……」

下川はたまらず手を離した。

「ま、まぁ勝負が楽しみだな……行くぞ」

下川はクラスメイトを引き連れて、立ち去っていった。すると桐子が一覇飛びついて、嬉しそうにしていた。

「やる気になってくれたのね!?河本くん!!」

「え、えーと……売り言葉に買い言葉というか」

「これでうちのクラスの勝利が確立したわ!!」

桐子は非常に嬉しそうにコートに向かっていった。

「がんば、一覇」

「お前も選手だろ、海……」

そうして少年少女の熱き戦いが始まった。

一覇のポジションはウィングスパイカー。早くあの老け顔にスパイク決めたいぜ、なんて考えていたが……敵のミドルブロッカーがとんでもなく堅かった。試合開始から十分経過しているが、未だに点数は入らない。体力が疲弊していくだけだった。

試合再開のホイッスル。

「河本くん!」

セッターの桐子がボールを上げる。クイックだ。一覇は思い切りスパイクをかますが、やはり敵のブロックに阻まれる。なにせ敵は身長百八十はある巨体だ。百七十一センチの一覇とは十センチ以上の差があり、その差はバレーにおいて決定的なものだった。

やっぱり……このポジションは一番背の高い椋汰に譲るべきだった。怒りに任せてポジション選びをするんじゃなかった。今更後悔しても遅い。

「桐子」

一覇はハンドサインで指示を送る。もう一度、クイックを。

桐子は首を左右に振る。どうせ敵に阻まれるだけだ。無理だと。しかし。

やってみよう、と一覇。考えがあるんだ、と。同時に椋汰が動いた。

桐子は一覇の指示通り、トスを上げる。それを一覇が拾っ……わない。フェイントだ。スパイクを打つのは、一覇の背後から出てきた椋汰だった。

一点入る。初めての一点。七人はそれぞれに歓喜した。

それから二十分格闘した末に、霊子科霊障士専攻クラスは勝利を得た。長い歴史の中で、まさに五年ぶりの快挙だった。一番喜んでいたのは桐子だった。

「やったな!」

一覇は隣に人の気配を感じて、ハイタッチをしようと手を伸ばす。するとその人物は……

四季だった。

四季は嬉しいのか気まずいのかわからない、曖昧な顔をしてトン、と軽くハイタッチする。それからすぐにささっと一覇から離れていった。

「……なんなんだよ」

去っていく四季の背中を見つめて、一覇は呟いた。

夕飯の時間まで自由時間となり、一覇たちは普通科の京二と合流して、ホテルの温泉に入りに行くことになった。

「ふおーっ広ーい!」

温泉は初めての椋汰が叫んだ。それに続いて浴場に飛び込んだ京二が、大理石で出来た浴槽に勢いよくダイブする。

「おれいちばーん!」

「ずるーい京二!おれもおれも!」

「おい、先に体洗えよな!」

桶を片手に一覇が注意した。すると海が一覇の横から飛び出して、

「まぁまぁ、いいじゃまいか」

するりと一覇の腰に巻いたタオルを外していった。

「ちょ……返せよ海っ!」

「おーほほほ、捕まえてごらんなさーい」

「なにをしているんだ、貴様らは……」

時間経過。

全員体を洗って、改めて湯船に浸かった。椋汰は京二と遊び、海は一人で露天風呂に出ていった。そして一覇は、四季と二人きりになっていた。

「……き、気持ちいいな、四季」

「あぁ」

「そ、そうだ!風呂上がりはなに飲む?オレは牛乳派なんだけど、四季は牛乳嫌いだったよな」

「あぁ」

「け、携帯の充電忘れてた!部屋に帰ったらすぐしないと!」

「あぁ」

「…………なぁ、さっきから返事が『あぁ』ばっかりじゃないか?」

「あぁ」

四季はどこか上の空だった。昼間も様子がおかしかったし、やっぱり……

「なにか、悩んでるのか?」

それは一覇も悩んでいるあのこと?それとも、まったく別のこと?

四季は言いづらそうにして、迷い、悩み、やがてもじもじしながら打ち明けた。

「一覇は……覚えてる……か?僕の……告白……」

「……うん」

「あの……あれ、な?あれ……」

「うん……」

「わ、忘れて……くれ……っ」

え……?

「どうして……」

すると四季は体を震わせて、顔を下に向けてぽつりと答えた。

「…………僕には……無理だから……」

「は?なにが……」

「と、とにかく忘れてくれ……!」

ざばーっと勢いよく湯船から飛び出して、四季は浴場を出ていった。一覇には、なにがなんだかわからなかった。

男子脱衣所の一角で、四季はタオル一枚でしゃがみ込んでいた。

告白したことを、後悔したわけじゃない。でも、自分にはとても、《彼女》のようにできる自信がないと思った。自分は《彼女》になれない。でも……

「好き……なんだよな……?」

四季は、一覇のことが好き。……たぶん。

もしかしたら、あの記憶があまりにも鮮明だから、だから自分の気持ちだと勘違いしているのかもしれない。だから勢い余って、告白までしてしまったのかもしれない。そうだ、きっとそうなのだ。だから取り消して正解だった。

「一覇……」

でも、このもやもやした気持ちはなんだろう。わからない。いくら考えてもわからなかった。

「すげーご飯!!!」

夕飯の時間になり、久木学園一年生の臨海学校参加者全員は、それぞれ浴衣を身に着けてホテル六階の大広間に集合した。大広間にはテーブルと椅子、食器類が何千と揃えられ、中央には美味しそうな肉から海鮮、デザートまで数百と揃ったブッフェがあった。

というか……豪華すぎない?と一覇が皿を手に思っていると、椋汰と海が飛び出していった。

「おれの肉ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!」

「肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉」

「怖いよその肉に対する執念!!!」

特に海。「肉」という単語が呪詛に聴こえてきた。

「まったく、野蛮ねー。ねっ璃衣……ってアンタはどんな食事してんのよ!?」

椋汰と海が肉をかっ食らう中で、一覇、四季、璃衣、沙頼、桐子、京二はのんびりと食事していた。しかし、一覇の皿を見て、沙頼が驚愕の声を出した。

「なにって……スイーツだけど?」

「わかってるわよそんなの!問題はその量よ!ご飯はどうしたの!?」

一覇の三枚の大きな皿は、すべてケーキやジュレなどのいわゆるスイーツで埋まっていた。食事は始まったばかりだ。一覇は平然と答える。

「オレのご飯はコレですが」

「あああアンタ胃がおかしいんじゃないの!?ほら、野菜食べなさい!!」

と言って沙頼は自分の皿から一覇のスイーツ皿に、ひょいひょいとサラダを放り投げる。それを一覇は嫌そうな顔で見て、

「えー……野菜嫌い」

「肉と魚も食べなさいよ!栄養になるものをとりなさい!!」

————お母さんと息子みたいだ……!

同じテーブルの面々は口には出さないが、そう思いながら箸を進めた。

食事も終わり、十時の就寝時間まで自由時間となった生徒たち。それぞれ部屋で遊び始めた。一覇たちもいつものメンバーで一覇たちの部屋に集まり、適当に雑談をしながら遊ぶことになった。

「人生ゲームやろうよ!」

椋汰が言い出して、自分のカバンを漁る。それに反応して、海が訊いた。

「小さいやつ持ってきたんだ?」

「ううん、普通のやつだよ!EX!」

どさっと白い箱が姿を現す。その大きさは、明らかに旅行カバンを超えていた。

「「「「「「「どうやって入ったんだよ!!!!!!」」」」」」」

男女七人のツッコミがハーモニー。それからみんなで口々に椋汰をなぶり、椋汰が泣き出すまで続けられた。椋汰が璃衣の膝で泣いている(沙頼はそれを殴る)間に、みんなで椋汰の持ってきた人生ゲームを始めた。いつものメンバーは合計八人。三人抜けて五人、人生ゲームの定員は六人なのでちょうど良かった。

じゃんけんでルーレットを回す順番と駒の色を決めて、人形のピンを刺してスタート。

一番は京二だった。ルーレットを回して出た数は十。

「よっしゃ、幸先いいぜこりゃあ……」

職業、フリーターに決定。

「のぉぉぉぉ!!!!!!!!」

「次は僕か……ほいと」

海の番。出た数は七、職業は政治家。職業カードを手にして、赤い給料日のコマまで進める。

「悪いねみんな。結城先生のひとり勝ちだわ」

「政治家は堅いわね……次は私ね」

桐子の番。出た数は五、職業はスポーツ選手。海と同じことをする。

「次はぼ……俺か」

四季の番。出た数は八、職業はアイドルだった。前二人と同じことをする。給料を決めるためにルーレットを回す。十が出た。

「俺の勝ちだな、これは」

「まだわかんないだろ、人生はなにがあるかわかんないんだぜ」

最後は一覇。ルーレットを回すと三が出た。駒を進めると、職業が書いてある。どれどれと読んでみる。

「……サラリーマン」

「「「「「「「ぶふぅ!!!」」」」」」」

この部屋にいる、一覇以外の全員が吹き出した。

「なんで笑うんだよっ!?いいだろ、堅実なサラリーマン」

「いや、一覇らしいんだけど……地味すぎて……ふっ」

海が笑わないように口を押さえている。それが逆に腹立つ一覇。

「げ、現実を考えると、サラリーマンが一番よね……ふふっ」

桐子まで、馬鹿にしているとしか思えない反応を見せる。

「一覇がサラリーマンなんてかっこいいよ!」

椋汰は本気で言っている。彼はこういう人だ。

「若とお二人で幸せな新婚生活をお送りください」

璃衣も本気で言っている。今や洒落にならない冗談なだけに、かなり腹が立つ。

「サラリーマンって地味だわー!アンタにピッタリ!」

大爆笑の沙頼。いっそ清々しい。

それはそうと京二と四季が、さっきから黙ったままなのが気になる。ちらりと見てみると、

「ぶひゃひゃひゃ!いいぞー!もっとやれー!」

京二は飲んだくれてテレビのお笑い番組を観て、大爆笑していた。ちょうどお笑い芸人が罰ゲームでパイを顔に投げつけられているところだ。ちなみに酒はどこから出てきたのか?ホテルの従業員が片付け忘れていたのだろう、冷蔵庫に入っていたらしい。

「うっ……うっ……」

四季の声に、一覇は振り向いた。なんだか泣いているような声だが……なにがあったのだろうか。

「うえーっ一覇のばかぁ!」

「ってお前も呑んでるのかいっ!!」

部屋の隅で飲んだくれて一人で泣いていた。

部屋の中は渾沌だった。男女二人で一人の女子を取り合い、二人は酔っ払って笑い上戸と泣き上戸。

「こらー三〇一二号室、もう消灯よん」

副担任の片瀬仁美が注意しに来てくれたので、これでお開きとなった。桐子と海が椋汰の人生ゲームを片付けて、璃衣が沙頼を連れて出ていって、椋汰が泣く泣く京二の相手をしていたら、四季の相手をするのは自然と一覇になった。四季はいまだ、酒を啜って泣いている。

「一覇のばーか!あほんだらぁ!」

なぜか一覇を罵りながら。なぜ罵られているのかわからない。なにかした覚えがない。とりあえず四季からビール瓶を奪った。するとすぐに四季は泣きながら、奪い返そうと暴れる。

バリッ。

「なにをするんだこのイケメン!!」

「イミフな罵り?に加えて爪を立てるんじゃねぇ!」

頬を引っ掻かれた。若干血が滲んでいる。ドバドバと酒をあおる四季を、なかなか止められない。というか、なんで四季は

「ばーかばーか!一覇のばーか!僕の心を弄びやがってからにー!」

こんなに一覇を罵るのだろうか。

「あーもう、わかったから暴れるな」

一覇は酔っ払いをなんとか宥めて押さえようとする。しかしこの細い体のどこに秘めているのやら、馬鹿力でビール瓶を奪い返して、呑んで、暴れだす。

「しねぇぇぇぇぇぇぇいちはぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」

「すいません死にますから静かにしてお願い!!!」

酔いつぶれた京二を、椋汰がベッドに運んで二人揃ってとっくに就寝している。他の部屋の生徒もとうに就寝している時間だ。きっと先生たちは廊下で見回りをしている。酒を呑んだなんて知られたら、厄介だ。一覇は渾身の力を込めて、四季の口を手で塞ぐ。

「ふごぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」

「ちょ、お願いだから静かに……うおっ」

どさっ。

二人揃ってカーペットの柔らかい床に倒れ込んだ。しかし、四季は一覇の上に乗っかっている。

「お……重い……」

「僕の気持ちが重いというのかぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!」

「しぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!」

倒れたときに手がズレたらしい。慌てて塞ぎ直して、四季の体を全身を使って羽交い締めにする。

「……つ、疲れる……四季、眠くならない?」

「むぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!!!」

「はいはい、静かにね」

さて、ここからどうするか……なにも考えないで、とりあえずこうしたから迷う。でもいつまでもこのままなわけにはいかないし、次の手を考えないと、四季が寝るまでこのままということになる。どうすれば四季は黙るのだろう。

「やっぱり……怒ってんの?」

告白のこと。本音は忘れて欲しくなかったの?それならあんなこと言うなよ。

「オレだって……いっぱいいっぱいだっていうの……」

きゅっと自分の気持ちを包み込むように、四季を抱きしめる。

『あの……あれ、な?あれ……』

『うん……』

『わ、忘れて……くれ……っ』

あのときの四季は、なんだかおかしかった。

『…………僕には……無理だから……』

なにが無理なの?

「ホモになる勇気……?」

アホか。だったら最初から好きになるなし。それにそんな馬鹿な理由で、四季は自分の言ったことを取り下げるとは思えない。むしろ意地になると思う。だからこの線はなし。そうしたら次は……

「ほかに好きな人ができた……?」

それもないだろう。そんな雰囲気じゃあなかった。だったらホモが嫌な説の方が断然説得力がある。そして自分も嫌だ。

じゃあなんだろう。『僕には無理』って。一覇は寝転がったまま首をひねる。

「……意味わからん……」

くぅ……。

かすかな寝息が聴こえたので胸の上に乗る四季の頭に目を向けると、彼は気持ちよさそうな顔で寝入っていた。一覇は起こさないようにそっと抱き上げて、四季のベッドに横たえる。椋汰が点けておいてくれた枕元の電気を消して、手探りで自分のベッドへ向かって、寝転がる。右隣を見ると、四季が寝返りをうっていた。

彼の気持ちをこのままにしておいて、いいのだろうか。四季が忘れてと言っていたから忘れる。本当にそれでいいのか。一覇にはわからなかった。

翌朝。

「うー……気持ちワル……」

「僕……もうだめだ……お手洗い行ってくる……」

飲酒した四季と京二はダウンしていた。二日酔いというやつだ。二人とも青い顔をしてトイレに駆け込んでいった。

「まったく、バカばっかりなんだから……」

沙頼が呆れた顔で二人を見送る。

今日はスイカ割り大会なので、具合の悪い二人も見学というかたちで参加できる。大会といってもほぼ自由参加だし、無理しなくてもいいのではないかと一覇は思うが。

「……遅いですね、お二人とも」

二人がトイレに駆け込んでから、既に五分は経過している。さすがに心配なので、一覇はトイレまで様子を見にいくことにした。

「みんなは先に行ってろよ。オレが見に行くからさ」

「ではお言葉に甘えて」

「璃衣ー、スイカ一緒に食べよ」

「私も一緒していいかしら?」

「スイカじゃ腹は膨れないね……」

「い、一覇……おれもいこうか?」

「いいって。先に行ってろ」

椋汰の申し出を断って、一覇はホテルのロビーにあるトイレに向かった。トイレに行ってみると、個室が二つ埋まっていた。四季と京二だと思うが、ほかのお客さんという可能性もあるので控えめに声をかける。

「四季……京二……?」

シーン……。

返事がない。入れ違いになったのかな、と思いつつ、再度声をかけてみる。

「四季ー……京二ー……?」

ごぼごぼごぼ……ガチャ。

手前の個室から京二が出てきた。さっきよりはましだが、まだその顔は青ざめている。

「うー……一覇ー……」

「京二……まだ具合悪いなら、部屋で休んでろよ」

「そーいうわけにはいかないんだ……」

京二はそう言って、昨日と同じ一眼レフカメラを持つ。この臨海学校中、取材をしなければいけないらしい。しかしこのザマでは、とても取材どころではないだろう。

「代わりになる部員はいないのか?」

「……同じクラスの飯島さんなら……」

「飯島さんに連絡できるか?無理ならオレが連絡しにいくけど」

京二は携帯電話をダメージジーンズのポケットから取り出して、その飯島さんに電話をかける。

その間、一覇はまだ個室に篭っていると思われる四季に声をかけた。

「四季……いる?」

無言。しかしドアはひとつだけ締まっている。

「四季くーん……?いるかなー……?」

ごぼごぼごぼ……ガチャ。

四季はなにもかもすべてを吐き出したようにげっそりして、綺麗な金の目を濁らせていた。

「うっぷ……気持ち悪い……」

「部屋行くか?」

四季は無言で頷いた。

四季の肩を抱えて、一覇は三階の三〇一二号室まで戻った。

「着替える?」

一覇は四季の荷物に手を伸ばすが、四季は横に首を振ったのでやめた。四季をベッドまで運び、横に寝かせると、一覇は自分のベッドに腰を落とした。しばしの沈黙。やがて一覇が自ら、その沈黙を破った。

「なぁ四季」

「…………」

答えはないが、起きているとは思うので続ける。

「お前は昨日、『忘れろ』って言ったけどさ、オレは忘れないよ」

その瞬間、四季の上半身ががばっと起き上がった。青い顔は変わらない。瞳はわずかに潤んでいる。

「忘れらんないよ」

「な……なんで……?」

「だって男に告白されるの初めてだし、それがましてや幼なじみだし」

「そんな理由かよ……っ!!」

四季はガックリとしていた。なにかを期待させていたのだろうか。していたのだろう。

「なんか、ご……ごめん……」

しかしすぐに立ち直り、四季は一覇を問い質した。

「あのな、僕は男だぞ」

「知ってますが」

「男に告白されたら、まず気持ち悪いだろ」

「見た目女だし」

「悪かったな!!……と、とにかく!僕は男だ。男に告白されて、『忘れられない』はないだろ」

「いや、自分でもありえないと思ってる」

「ほらな!」

「でも」

一覇は立ち上がり、自分の気持ちを確かめるように息を吸い込んだ。そして、結論を四季に、自分に伝える。

「一生懸命気持ちを伝えることに、男も女もないだろ」

そう、自分の気持ちを伝えることは、誰を相手にしたって、誰だって難しいもの。一覇だって、未だに宝に気持ちを伝えられていない。それをやってのけた人たちはすごいと思う。

「オレには……無理だもん」

椋汰のことだって、羨ましいしすごいと思っている。自分にはできないことをする人は、みんなすごい。自分だっていつかは……って思う。でも、そんなすぐにはできない。

「勇気いっただろ、すごく……」

一覇は四季の頭を優しく撫でる。四季は頬を赤く染めて、俯いた。それからもごもごと喋りだす。

「……優しくしないで……」

「ん?」

一覇は笑う。

—————あぁ、聴こえていないんだ。このまま突っぱねたら、きっと一覇は傷つく。でも、このまま優しくされるのは、もっとつらい。

四季は一覇の腕をはたく。今度は、はっきりと言った。

「優しくしないで」

「は……?」

一覇は意味がわからない、いった風な顔をしている。

「優しくされたら……期待するだろ」

期待したら、した分以上に落胆することは目に見えている。だったら最初から冷たくされた方がましだ。冷たくあしらわれて、「やっぱりこうなると思った」って思った方がずっといい。気持ち悪いって蔑んで、気持ちを踏みにじって。

「僕はっ……」

————僕はそれで、一覇のことを諦めるんだから。

「期待してもいいよ」

…………え?

「いま……」

なんて言った?一覇なんて……。

「気持ちに応えられるかわかんない。でも、嫌じゃなかったんだ。告白されて。むしろ真剣に考えてた……どうやって四季の気持ちに応えようって」

一覇は四季にはねのけられた腕を、ゆっくり戻す。それから行き場のない気持ちのように、頭を掻いたり頬を掻いたりしている。

「オレには好きな子がいるから、もちろんそっちの気持ちが優先だ。でも、だからといって四季の気持ちをないがしろにするわけじゃない。考える。四季のこと」

一覇はまだ迷っているのかもしれない。手足がわたわたと落ち着かない。でも、不思議と瞳には迷いがない。青く澄んだ瞳は、どこまでも遠くを見つめている。

「……四季は、オレとどうなりたいの?」

不意の質問に、四季は戸惑った。どうなりたいか……なんて、そんなの考えていなかった。ただ自分の想いは自分のものなのか、自分のココロの在処を探していた。そして見つけた、この想いは自分自身のものだって。次は……どうしたい?

「ひとつになりたい」

「…………」

言ったあとに、四季はとんでもないことを言ってしまった、と後悔した。一覇もため息をついている。

「……あ、や……やっぱなし!えと、あの……」

「わかってるよ」

ほっとした。わかってくれてたのか……そうだよね、いきなり「ひとつになりたい」なんてそんな

「オレとお前じゃ子どもできないもんな。跡継ぎ問題があるからな」

笑顔で言った。本気で言っている。やっぱりわかっていなかった。

「そうじゃなくって!僕は……」

「手始めにキスとか?」

「キっ……!?」

四季は顔がかぁっと熱くなるのを感じた。そして、気恥ずかしさから一覇の首を絞める。

「そんなことするわけないだろう!!!」

「〜〜〜〜っ!!!!!」

一覇が本気で苦しそうで、顔が真っ白になっていたので手を離した。

「……なぁ、お前オレのこと本気で好きなの?」

ヘヴンを見た一覇は、四季の想いを疑問視する。四季は必死に肯定した。

「すすす好きだぞ!?本当の本気で!」

あ、またとんでもないことを言ってしまった……と発熱させるが、一覇は気にする様子もなく四季のベッドに寝転がった。

「まぁ今はそういうこと考えなくてもいいよ。ちょっと試しただけだし」

「……試した……?」

一覇の言葉の意味がわからない、と首を傾げると一覇は答えた。

「本気でオレを好きなら、いくとこまでいくかなって。そこまでじゃないなら……今のうちにやめた方がいいって」

「僕は本気だ!十五年間……ずっと……」

一覇は起き上がって、四季の頭をそっと撫でて微笑んだ。

「自分で確かにそう思ってるんならいいよ」

一覇はベッドから降りて、冷蔵庫の中に入れたペットボトル飲料を取り出す。一本を四季に放り投げて寄越し、意地悪そうににやりと笑った。

「二日酔いはいかがですか、姫?」

「……まだ頭痛いし、気持ち悪いぞ」

四季は礼も言わずにペットボトルを開けて、飲料を口に含む。一覇は小さなペットボトル飲料を飲み干して、また笑った。

「じゃあ今日はサボりだな。寝るか」

ベッドにぽーんと飛び乗って、一覇は寝た。その寝顔を見つめて四季は、そっとベッドに寄り添い、

「……無防備な……」

空いている唇を見つめた。そしてキスをしようとして……

がちゃ!

ドアが勢いよく開いた。

「矢倉四季!!!!」

飛び込んできた人物に、四季は驚きを隠せなかった。

「ん……誰か戻ってきたのか……?」

「見つけたぞ、矢倉四季!!」

一覇がぼんやりと起きた。その人物は一覇に構わず、大声で四季の名前を連呼する。

私立久木学園の、普通科男子の制服を着たその人物。優しい栗色の髪をショートにした、背の低い男の子。

「……怜」

「……知り合いか、四季?」

「君は一学年一位の河本一覇か!私は磯村怜、普通科二年で生徒会長だ!そして」

怜という少年は持っていた竹刀で四季を指す。

「四季の婚約者だ!!」


とうに夜を迎えたが、一覇と四季はなぜか二人で江ノ島の街にいた。

「「…………」」

プレイバック午前十時。

「四季の婚約者だ!!」

「…………は?」

婚約者?でも男の子じゃん。男の子同士で婚約者というのはおかしくない?そんなの璃衣の創作の中だけじゃないか。というか。

「四季……こんな人がいながら、オレに手を出そうとしたの?」

「違う!!怜とは祖父同士が勝手に決めた間柄で……っ」

ほうほう、四季の曽祖父と怜の祖父が。しかしそれだったら男の子同士は、よりまずいのでは……。

「四季……私は悲しいぞ!!まさかお前が臨海学校で家にいないとはな!お陰で私はまた、お前より強くなってしまったぞ!!」

「家……?」

————へぇ、家にあげる間柄か……。

「なんだ一覇!?ジロジロと見て!!」

「……別に」

ちくん……なんだろうか、胸がチクチクするのを、一覇は感じた。それがなんなのか考え込んでいると、外がわいわいしてきた。スイカ割り大会が終わって、帰ってきたのだろうか。いや、それにしては早い。

「ねぇ、いいのかしら?途中で抜けてきて……」

と廊下をそわそわと歩く桐子に、京二が強気な発言をした。

「大丈夫だよ!自由参加だし、ほかの連中も気づいてなかったろ?」

「それにスイカばっかりじゃ、お腹いっぱいにならないよ」

「璃衣ー、一緒にアイス食べよー。椋汰、買ってきなさい」

「私はいらない」

「なんでおれはナチュラルにパシリなの!?」

がちゃ……。

「え、生徒会長!?」

「怜様……どうしてこちらにいらっしゃるのですか?」

京二が驚きの声を上げているあいだ、璃衣は冷静に怜に声をかける。そうか、璃衣は四季の従者だから、怜との関係は知っているのか。しかし、やけに静かだ。四季の婚約者、しかも男なら璃衣が喜ぶ展開ではないか?おかしい。

「璃衣、一昨日ぶりだな!」

怜も璃衣と親しいようだ、仲良く話している。それも奇妙だ。璃衣のことだから、四季の婚約者が男なら、是が非でもくっつけようと奔走するはず。

「ところで若と一覇さんはなにをなさっていたのですか、《二人っきり》で」

急にぶっ込んできた。というか『婚約者』はスルーでいいのかね。

「璃衣、彼らの関係は一体……?」

「若と一覇さんは幼なじみで恋人同士です」

————そいつに訊くなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!

「あ、あぁ磯村先輩……挨拶が遅れてスミマセン。オレは河本一覇、四季の《ただの》幼なじみです」

怜に笑顔で応えた。四季がガーンと落ち込んでいたが、今は構っていられない。四季の気持ちも考えるべきときだったかもしれない。でも……知られたくない。そんな気持ちが生まれた。当然かもしれない。ホモなんて世間体悪いし、噂にでもなれば取り返しのつかないことになる。でも……本当にそんな理由?

「ほう……ただの幼なじみか。……本当に?」

「ほ、本当です本当です!」

なぜ疑ってかかるのだろうか。

「前に噂になっていたような……」

「ぎくりっ!」

二年生にも伝わっていたかその噂!!自分でしたことなのに、ものすごく憎い。

「ただの噂ですよ!オレたちはほれ」

落ち込んでいる四季の肩に腕を載せて、抱き寄せる。

「この通り《ただの》仲良し幼なじみですから!!な、四季!」

一覇と密着して、それどころではない四季はなにも答えない。それでもなんとか疑いは晴れたようで、怜はふーんと言って組んでいた腕を離した。

「そうか……やはり璃衣の言うようなことはないのだな」

「なんのことだ、怜?」

復活した四季が、怜を問い質す。すると怜は難しい顔をして答える。

「いや、璃衣が四季には男の恋人がいると……」

「はぁ!?」

と一覇。

「璃ー衣ー!?」

と四季がどすの効いた声で従者を呼ぶ。その従者は、口笛を吹いて誤魔化している。

「で、若と一覇さんはどこまで進んだんですか?」

「今それ訊く!?」

「璃衣、いい加減にしないとクビにするぞ……?」

「いやん、カワイイ冗談じゃないですか。それはそうと怜様、よくお部屋わかりましたね」

璃衣は華麗に話題をすり替えた。しかしまぁ、一覇としても助かるから放っておいた。璃衣の質問に、怜はふんぞり返って答える。

「四季の匂いを辿ってな!!」

「犬か貴様は!!」

「まぁまぁいいではないですか、若。先生にお伝えしておきましょう。怜様も参加されるでしょう、今夜の肝試し大会」

そうだ、今夜は臨海学校のシメとして肝試し大会が行われるのだ。男女でペアを組んで、脅かし役の先生たちを乗り越えて、江ノ島の頂上を目指す。

「生徒会長だからって参加できるの?」

海が当然の質問をした。すると璃衣が自慢げな顔で答えた。

「学年主任には事前にお話してましたから」

「いつのまに!?」

「臨海学校の一週間前に、お電話しておきました」

「まぁ璃衣には感謝だな。ありがとう」

どういたしまして、と答える璃衣をよそに、四季は戸惑っていた。そして懸念していた。もし、自分の気持ちを怜に知られたら……どうしよう。

そんな四季の心配を無視して、璃衣はことを進める。

「では皆さん、ここは一発トランプ大会でもしましょう」

「「「「「「はーい」」」」」」

一覇と四季以外の全員が元気に答えた。

トランプ大会をして、お昼ご飯を食べて、海水浴をしているうちにあっという間に夕方になった。夕飯を食べて、ロビーに集合だ。

夕飯のあいだ、四季は肝試し大会のペアについてずっと考えていた。男女ペアということは、一覇と一緒になることはない……だから、変な期待はするな。するだけ無駄だ。

と、思っていたのに。

夕飯を終えてロビーに集合し、ペア決めのくじを引いたら一覇とペアになっていた。一年生は、女子より若干男子が多いので、男子があぶれるということで男子同士のペアも出来る、ということだった。どんな確率!?

とまぁそんな理由で、一覇とスタート位置についた。

背後の順番待ちのペアの中に、怜がいる。怜は怖がりだったので心配だ。暗がりだけでも怖がっている。今も、ビクビクしていた。

「怜……」

「では、河本、矢倉ペアスタート!」

そんなわけで、一覇と四季は夜の江ノ島を歩いていた。夜の江ノ島は静かで、鬱蒼とした森が不気味に思えた。

しばらく歩いていると、一覇が口を開いた。

「怖い?」

「そんなわけあるか!僕だって男だからな」

「昔はわーわー泣いてたくせに」

「うっ」

「男なのに男が好きなくせに」

「そ、それは関係ないだろ!!」

ははは、と笑って一覇は手を差し延べる。

「怖くなったら繋いでもいいぞ」

「いらん!」

それより、怜のことが気になる。あんなに怯えていたんだ、きっと心細いだろう。かと言って四季がひとりで引き返すわけにもいかず、一覇と頂上までたどり着いた。

「えーと、この石を持っていくんだったよな」

「あぁ」

不気味な祠に置かれた、山積みになった石をひとつ手に取る。そのときだった。

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

女の子の悲鳴が、島全体に響きわたる。

「なんだ!?」

「怜……!!」

四季は走り出した。背後で一覇の声が聴こえたが、それどころではない。元きた階段を数段飛ばして下り、周囲を見回して、また下る。しばらくすると、久木学園高等部普通科男子の制服を着た、優しい栗色ショートヘアの子が地面にしゃがんでいた。

「怜」

四季の声にさえ怯える《少女》は、小さくなって震えている。四季が近づくと体を預け、泣いていた。

「怜……もう、大丈夫だ。立てるか?」

怜は震えて、ようやっと首を左右に振った。四季は怜の頭を撫でて、背中をさする。すると彼女は四季の背中に腕を回し、強く抱きしめた。四季は抱きしめられたまま、怜の背中と足に腕を伸ばし、横抱きにして移動した。

「ったく四季のヤツ……オレを置いてどこに行きやがったんだ……」

四季においてけぼりにされた一覇は、元きた道を小走りに進んでいった。先ほどの四季の慌て様、知っている女子だったのだろうか。それにしても余程大事な相手なのだろう。

やがて人影が二つ見えてきた。

「四……」

呼びかけたところで、四季ともう一人の人物が誰なのかわかり、一覇はすぐに止まった。怜だ。しかしあれは女子の声だった。どういうことだ?

四季は怜を横抱きにして、スタート地点に向かって歩いていった。彼を大事そうに抱く四季の姿を見て、一覇の心はどこかささくれだっていた。

スタート地点に戻る途中、四季は一人の男子生徒がうろうろしているのを見かけた。声をかけてみると、彼は怜のパートナーだという。怜が悲鳴をあげて走り去ってしまったので、途方に暮れていただった。

「悪い、矢倉……会長も……」

「貴様が悪いわけではない、気にするな。先に戻って事情を伝えておいてくれ」

「わかった」

男子生徒を見届けると、四季はゆっくりと歩を進めた。

————まただ……また、助けられてしまった。

四季にこうして助けてもらうのは、これで二度目だった。一度目は、初めて会ったとき。怜が十四歳のときだった。

当時、怜は後継者争いの最中にいたが、父に義理の息子……怜に義理の弟ができたことで、怜は用なしになり、酷く荒れていた。自分が男じゃないから……だからいらないの?婚約者なんていらない。私は結婚なんてしない。

紹介された男の子は自分より一つ年下、絶対血統家で梨園の息子。弱々しい印象だった。

————私は……こんな男にさえ劣るというのか……。

『勝負だ!』

この遊園地は、怖いお化け屋敷で有名だ。そのお化け屋敷に耐えることができた方が勝ち。怜が言い出したことだった。なのに……

怖くて腰が抜けた。こんな姿、誰にも見られたくない。そう思っていたそのときだった。

『だ、大丈夫ですか……怜さん』

弱々しそうな男の子が、助けに来てくれた。男の子は怜を抱いて、お化け屋敷を出る。

『こ、これで勝ったと思うなよ……私は……』

男の子は微笑んだだけだった。

以来、怜はその男の子に勝負を挑んでは負けている。

勝負を重ねるうちに、四季には片想いの相手がいるのだと知る。叶わない想いだって、わかった。それでも、自分は四季の婚約者だから。だから、大丈夫。

「四季……」

「大丈夫か、怜?」

優しい声……あの頃となにも変わらない。初めて会ったときからずっと、四季は優しかった。この優しさに、自分はいつの間にか甘えていた。

「四季の相手の人は……?」

「馬鹿、今は怜が大事だ」

————ねぇ、いつまでそうして私に優しくしてくれるかな?いつまでこうして、駆けつけてくれるかな?私はいつ……いらない子になるかな?

「私は……いらなくなる?」

「なんで?」

「だって四季……好きな人が……」

「馬鹿」

四季は怜の額に自分の額を当てて、微笑んだ。

「怜は僕の大事な婚約者だろう」

あの日と同じ笑顔で、答えてくれた。

————私は、君の婚約者でいさせてくれるんだね。

スタート地点につくと、男子生徒が事情を説明しておいてくれたのだろう、教師と進行役の生徒が怜と四季を優しく出迎えてくれた。遅れて一覇もやってきた。

「やるじゃん」

一覇が複雑そうな顔で、四季に声をかけてきた。

「なにがだ?」

「男とはいえ、婚約者助けるとか……」

「男……?怜は女だぞ」

「え……は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!??????????」

周りを見ると、ほかの生徒も驚いていた。

『生徒会長が……女!!!!!!?????』

「あぁ、まぁ……あんな格好していたら紛らわしいよな……」

「紛らわしいにもほどがあんだろ!!!」

しかし、これで納得した。璃衣が妙におとなしい理由。璃衣からしてみれば、四季と怜は普通のカップルだったのだ。

「はぁ……でもよかった」

————怜が、自分と同じ男じゃなくて。ってもっとよくないか。

「なにがよかったんだ?」

「な、なんでもない!!!」

————なにを考えているんだオレは……これじゃあまるで……まるで……

「この先は言いたくねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

身をよじる一覇を不審に思う四季。

ちょっとだけ、進んだような進まないような恋模様。

それぞれの気持ちを乗せて、夏の風が吹きすさぶ。高校一年の夏休みは、そんな感じで過ぎていった。


第八話 完


亡霊(ポルターガイスト)×少年少女第八話『臨海学校と恋模様』をお届けしました。

……ホモ!!!

どうしてこうなった!?好きだけど……好きだけど!!!

本当はこんなにホモホモしい子にするはずじゃなかったんですよ、四季と一覇。もっと爽やかなホモ……じゃねーや友達にする予定だったのです。

まぁこんなにホモになった理由は、いつか解き明かされるのですからして、温かく見守ってください。

では第九話へGO!

2015.7.28 螢名(けいな)

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