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亡霊×少年少女  作者: 雨霧パレット
トルマリンに込めた想い
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トルマリン

連続で失礼します、螢名です。

実は明日が誕生日です。仕事です。

それでは亡霊×少年少女第五話、お楽しみください。

亡霊×少年少女 第五話『トルマリン』


二〇〇八年五月二十二日、午前十一時半。天気は雨。横浜市内の葬儀場。

間宮百々子の葬儀が行われていた。葬儀には児童養護施設・ひなぎく園の関係者と、私立久木学園の関係者、数十人の霊障士が参列していた。

普段は緩めている制服のネクタイをきっちり締めた河本一覇は、葬儀の最中で、席を外した。葬儀場の近くの公園で、ベンチに腰掛ける。そして、ポケットから小さな箱と花柄の紙片を取り出す。

『HAPPY BIRTHDAY ICHIHA 2008.10.9』

「気が早いよ、もも姉……」

これらを渡されたのは今朝。事件を担当した警察関係者が、椋汰と一覇にそれぞれ渡していった。中を開くと、予想していたものが入っていた。

トルマリンのピアス。

『「プレゼント、なにがいい?」』

笑顔の百々子。彼女の顔を思い浮かべると、笑顔しかない。どうして……

どうして百々子が死ぬんだ?どうして殺されなくちゃいけないんだ?

理不尽だ。こんなの。こんなの……

「オレは認めない」

「君が認めなくても、彼女は死にました」

声の方を見ると、一覇と同じく雨の中傘を差していないカソック姿の男が立っていた。六条保泉、第一種霊障士。

保泉は空を仰ぐ。その視線を追うと、長い煙突があった。煙突は、百々子の体を焼いて発生した煙を吐き出している。

「なんで……もも姉は死んだんだ……?」

「間宮百々子女史の検死を担当した霊障医に訊きました。彼女は戦死した」

「誰が」

「誰と戦ったのかまではわかりません。ただ、犯人は相当の手だれでしょう。間宮女史は希少な”複合霊子”の持ち主で、私と同じ特殊能力持ちでした。そんな相手を倒してしまうのは、きっと」

「オレが見つける……オレが見つけて、殺してやる!!」

「…………」

保泉は黙って、ビニール傘を開く。それを一覇に差し出して、

「復讐は身を焦がすだけですよ、日向家十二代目」

一覇は保泉の手を弾く。傘は地面に転がり、雨に打たれる。

「”日向十二代目”?そんなの、名ばかりだ。オレには何の力もない……ただの、ガキだ……」

保泉はただ黙っている。黙って、一覇の思いをきいている。一覇は感情にまかせて、言葉を吐き出す。

「オレは……オレにできることは……」

何も、ない。そう、自分はただのガキだった。何が第三種霊障士だ。何がプロだ。何が、名家だ。事件が起きたのに、身内が殺されたのに、何も出来ずにこうしてのうのうとしている。

「オレは……っ!」

一覇はしゃがみ込み、泣き出した。子供のように、泣きじゃくった。

「ありますよ、君にもできること」

「!」

保泉を見上げる。保泉はいつも通りの薄気味悪い笑顔で、淡々と告げる。

「私の元で修行をするのです。修行して強くなれば、いつか」

「いつかじゃ遅いんだよ!オレは今、すぐ、もも姉を殺した奴を殺したい!この手で、苦しめてやりたい!この手で……うわっ」

気づいたら、保泉が目の前にいた。保泉は一覇の首に手をかけて、押し倒している。

「こんなひ弱な子供になにが出来るというのですか?」

一覇は必死に、保泉の手を退けようとする。だが、保泉の手は石のようにびくともしない。ただ手を引っかいて足掻くことしか、出来ない。保泉は続ける。

「こんな、なに一つ出来ない子供が戦場に出たところで、すぐ死ぬだけです。無駄死に、犬死に。馬鹿馬鹿しいことこの上ない」

「っ!」

「そのくせ、自分には力があると思いこみ、つけあがり、仇をとる?冗談も程々にしてください。貴方のその力は、仮初めの力。所詮は親の七光りなんですよ」

「…………う……」

その通りだった。自分はなんの努力もしたことがない。なんの努力もなしに、ここまできた。周りの人たちに助けられたこともわからずに。一覇の涙は頬を伝い、地面に雨と一緒に流される。

「……強く、なりたい……」

「…………」

「この手で、人を守れる強さが……欲しい……!!」

もう二度と、こんな辛い思いをしなくて済む力が、周りの人を失うことのない強さが、欲しい。

保泉はそっと手を離して、倒れる一覇に手を伸ばす。

「いい目をしています。半年前の四季様と同じ目だ」

一覇はその手をおずおずと掴み、立ち上がる。

「いいでしょう。私が稽古をつけてあげます。必ず、強くなれますよ」

雨があがった。虹が空にかかっている。

一覇はおもむろに、先日あけたばかりのピアスを、つけかえた。

百々子の最後のプレゼント。百々子がくれた、トルマリンのピアス。まるでこうなることを予知していたかのようなタイミング。一覇の両耳に、薄ピンクをしたトルマリンのピアスが輝く。

それからスラックスの左ポケットに手を突っ込み、霊障武具基盤を取り出す。忘れていた、あの感覚。

自分はどこかで、満足していた。たかが、『菜奈と同じ学校』に通ったくらいで。だが本当の目標は、さらにその先にあったのだ。菜奈が目指していたものは、こんなものじゃない。

『多くの人を守れる、強くて優しい霊障士』。

「菜奈、もも姉……オレ、がんばるよ」

空を見上げると、煙はまだ上っていた。まるで、百々子の新しい旅立ちを祝うかのような虹とともに。

そのとき、ブレザーの左ポケットに仕舞っていた携帯電話が震えた。画面に表示された名前は『霊子武具専門・とぐろ』。

一覇は慌てて電話に出て、店主の一ノ瀬アルカと会話した。

一覇の新しい霊障武具が、完成した。


正午を過ぎた。横浜市中区、横浜駅北口の入り組んだ路地を歩いて五分。

「なんで四季と璃衣がついてくるんだよ……」

「別にいいだろ」

「一覇さんの新しい武器、気になるんですよね、若は」

若き店主・一ノ瀬アルカが経営する霊障武具基盤の店、『霊子武具専門・とぐろ』にやってきた。相変わらす、怪しい店構えだ。

もももも……というやはり謎の開閉音を奏でるドアを開けて、一覇と四季、璃衣は店内に入る。するとすぐにピンクのものが飛んできた。

「いーちはぼうやー!会いたかったよーん!」

一覇の胸に抱きつく、ピンク頭の女性。今の時期にTシャツ短パンを着た一ノ瀬アルカは顔を一覇の胸にすりすり寄せて、すーはーすーはーと匂いを嗅ぐ。

「あーいい匂い。シャンプーの匂いがなんともエロティック」

「早くしろ、アルカ」

割って入るのは、当然のごとく四季。アルカの頭を鷲掴みにする。アルカはやだーっと子供のようにごねて、一覇のネクタイを掴む。

「アルカさん、お願いします」

「イエッサー、一覇の旦那!ナイスヴォイス!」

ぴしっと敬礼。

ぱこん、と頭をはたくいい音が響く。

「いいから早くしろ」

それから店の奥に案内されて、丸椅子に三人並んで座っていると、アルカが段ボールの小さな箱を持ってやってきた。箱には白みがかった銀色の基盤の写真が載っていて、型番らしき英数字の羅列がある。「TBー1984S」。

「最高級の素材で作ったんだよー」

そう言って、アルカは箱から緩衝材に包まれた十五センチの長さの金属板を取り出す。写真と同じ、白っぽい基盤。それを一覇に渡す。

「具現してみて。固有名は、”月代”」

”月代”……

一覇は左手で受け取って、息を深く吸って、音声コマンドを唱える。

「『具現せ、”月代”』!!」

金霊子特有の、ライムグリーンの光が収束する。手の中に、歪んだT字型のものが現れる。それは銃だった。

全長二百十七ミリ、重量九百五十グラム。イタリアのベレッタ社製ハンドガン『M9』をモデルにしているようだ。確か総弾数は十五発。

「銃弾は霊子で作られるから、総弾数の心配はしなくていいよ」

「……撃ってみてもいいですか?」

「奥にあたしの趣味の射撃場があるよ」

アルカの案内で、射撃場に来た。中区というせせこましい土地だというのに、そこそこ広い射撃場だった。

一覇はM9……いや、”月代”を構えて、的を見る。的の中央を狙って、トリガーを引き絞る。キィィンと甲高い音がして、霊子が銃身に集まる感じがした。人差し指を思い切り押す。

ドォォォン!

音と同時に、パンっという破砕音がした。音の割には反動が少ない。一覇は的を見る。先ほどまであった白黒の的は粉々に砕けていた。

「いやーすごいすごい。性能以上の力を出したねー」

アルカと四季、璃衣は辛そうに耳を押さえていた。しかしアルカは武器の出来に満足しているようだった。

「どうかな?一覇坊やの性質に合わせて、この銃を選んだんだけど……」

一覇は銃のグリップを握ったり開いたり、眺めたりして言った。

「十分です。ありがとうございます」

「っしゃ!で、これは特別サービス」

アルカは黒い革でできた、ホルスターを渡す。基盤が二つ入るようになっていた。こんなもの、店では見たことないデザインなので、きっと特注だろう。そもそも霊障武具基盤を二つ持つ人自体、滅多にいない。

「悪いですよ、そこまで……」

「あーんいいのいいの!アルカのココロは一覇のモノ、なんつって」

すすす、と一覇に近づいて頭を一覇の胸に預けるアルカ。と、そこに割って入る腕。

「冗談は頭の色だけにしろ」

「あーん、四季坊ちゃんのヤキモチ焼き」

なにはともあれ、これで……

「修行、か?」

四季に言い当てられて、一覇は一瞬驚いた。だが、すぐに銃を基盤に戻して答える。

「あぁ。これでやっと、前に進んだんだ」

新しい武器とともに、一覇は進む。

「そうか……一覇」

「なに?」

四季は言い澱んだ。あのことを言わなくちゃいけない。『月代』の名をきいたあのときから、決めたことだ。でも……いざとなると、緊張して何も言えなくなる。口が、全身が震える。四季は拳を握り、

「いち……」

「一覇ぼうやー!あたしを労ってー」

がばぁっとアルカが一覇に抱きつく。

「ちょっ、アルカさん!どこを触って」

「あーん腰ほそーい!程良いキンニクー!ハラショー!」

「若、大変です!一覇さんがアルカさんに襲われてます!さぁどうする!?」

アルカはここぞとばかりに一覇の体を触りまくっている。璃衣は明らかにわくわくしている。

アルカの頭をがし。

腕の力だけでぽいっ。

「いくぞ、一覇」

一覇の腕を掴んで、すたすたと射撃場を後にする。

「あーん四季坊ちゃんのバカタレー!」

『霊子武具専門・とぐろ』を出て、三人はこれからのことを話し合う。

「基本的に、俺はあのバカ神父を頼るのは悔しいが賛成だ。あとは一覇次第だと思うが……」

一覇は四季の言葉に頷く。

「そうだな、あの人は強い。それに、戦い慣れてる」

あの身のこなしは、やはりただ者ではない。今、教えを乞う人の中で一番の適任者といえば、あの六条保泉だろう。第一種霊障士、”最上の巫女”を除いて、日本最強の霊障士。

「なら行こう」

四季はきびすを返した。

「行くってどこに?」

四季は振り返り、答える。

「もう帰っているはずだ。皇槻家に」

「皇槻家?なんで……」

なんで皇槻家にいるのだ?保泉は確か、一般家庭の出ではなかったか?

すると四季は何を言っているんだ?という顔つきで、当然のように答えた。

「あのアホ神父は皇槻家の執事だぞ」

「し………………執事ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!???」

嘘だー、あんな風貌で執事?若白髪でオッドアイの怪しい……

オッドアイといえば。

「四季、あの人の赤い瞳って……」

そう、保泉の左目は赤い。今まで特にツッコミはしなかったが、今更気になった。もしかして、あの目は……

「安心しろ、奴のあの目は義眼だ」

「へ、義眼?」

「なんでも昔、鬼魔に食われたとか言ってたぞ」

「く、食われ……!?」

なんとも意外とグロい話だった。しかし安心した。もしかしたらって思っていたから。もしかしたら……

昔、家で読んだ文献の数々。その中にひとつあった、生々しい人体実験の記録。そのことを父や母に問いただそうとしたが、できなかった。なんだか訊いてはいけない気がして。その文献は、そのまま見えないところに隠してしまった。それきり、見ていない。あの実験は……

「なにをしている、行くぞ」

四季に呼ばれて、一覇は小走りに後を追った。

いいや、考えないようにしよう。どうせもう終わった話だ。両親が文献を持っていて、それが家とともに消失したということは、終わったも同然の話なのだ。きっと。

午後一時。同じく中区。

「ふーん、それで我が家にきたのですか。四季」

「あぁ、神無。それで、クソ神父はいるのか?」

皇槻神社……つまり皇槻家にやってきた一覇、四季、璃衣の三人。入口で皇槻家次期当主で四季の幼なじみの皇槻神無と会ったので、保泉がいるかどうか訊いてみた。

「いますよ。しかし……」

神無は一覇を気遣わしげに見て、言った。

「彼は母の執事ですので、当然ながら母の側に控えています」

四季も知っているでしょう、と巫女服の女性は言った。

「……奴だけ呼び出せないのか?」

「無理ではありませんが、セキュリティ上、用件を正しく伝える必要があるために、彼の、一覇さんのことは露見します」

「そうか……」

四季としても、出来るだけ神無の母で皇槻家当主の鷹乃には会わせたくなかった。約一ヶ月前、一覇のアルバイト先まで訪れた鷹乃に、何か危険な香りを感じる。それは一覇も同じらしく、少々渋っていた。神無もそのことは知っている。四季が相談したのだ。だから、この場にいる全員が、一覇の訪問を知られたくないと思っている。

「いいよ、行く」

「しかし一覇……」

「”最上の巫女”は予見者なんだろ?どうせ知られることだ」

躊躇する四季に行こうぜ、と一覇は促して、先に皇槻家の立派な門をくぐる。中は広大な日本庭園だった。池があり、そこには高級そうな鯉が何匹も泳いでいる。赤い橋を渡ったその先に、今の時代珍しい寝殿造りの屋敷があった。赤と白で彩られた屋敷は、実に優美な造りだった。しかし道は相当に複雑で、どんどん進むのは躊躇われた。

「わたしが案内します」

正直、神無が道案内を申し出てくれたのは、ありがたい話だった。自分じゃ絶対、一生たどり着けない……と思うほど、屋敷は入り組んでいた。寝殿造りのほかにも、いろいろ増改築を繰り返しているのだろう。

やがて表の紅白とは全く違う、簡素な造りの棟にたどり着いた。

「ここは使用人の控えの棟です。保泉は普段、本棟の母の部屋の側に控えていますが、今日はお祭りですから」

「お祭り……?」

あぁそういえば。この辺で今の時期にやるお祭りといえば、ひとつだけだ。

「鎮魂祭です」

皇槻神社主催の鎮魂祭は、三百年の歴史を持つお祭りだ。毎年皇槻家の当主が死者の魂をあの世へ送り届ける役目をつとめる。もっとも、霊子科学的には”あの世”というものは存在せず、魂は輪廻するというのだが。まぁそこは古い慣習が強く根付いたということだ。今や子供たちも楽しめるように出店が並ぶような、本当の意味でのお祭りになっている。

神無は頷いて、一覇を見る。

「鎮魂祭の間は、保泉も母の側を離れられません。今しかチャンスはありません」

一覇と四季、璃衣は神無の顔を見て頷き、神無は戸を叩く。中から応答がしたので戸をあけると、そこには木製のテーブルと椅子があった。奥の椅子にひとり、ゆったりと座っていた。若白髪でオッドアイ、長身の男、保泉だ。保泉はにこにこと微笑んで言った。

「あれ、神無様。それに河本君と四季様まで。どうかされたんですか?」

意識的に璃衣から目を離して、保泉は話しかけた。四季はそれを指摘しようとするが、ここは一覇に任せることにした。彼の問題を解決するために来たのだ、自分が手を出すようなことはしない。

一覇は腰に巻いた新品のホルスターから基盤を二つ取り出し、保泉に見せつける。保泉は感心したようにそれをみる。

「二刀流、ですか」

「オレの方は準備万端だ。オレが戦うための技術を、くれ」

一覇は真剣に、赤と黒の瞳を見つめる。そのまま数秒、時が流れた。やがて保泉が口を開いた。

「……いいですよ、やりましょう」

一覇は後ろに控える四季と璃衣をみて、笑った。神無も。三人とも、我が身のようにほっとしている。

「訓練は明日から、そうですね……第五体育館を使わせていただきましょう」

そこで、四人の顔が曇りだした。

「第五体育館……って久木のだろ?あんた、部外者なのに入れるのかよ?」

代表して一覇が訊く。すると保泉は、なにかを含んだような笑みを浮かべて答える。

「そこは問題ありませんよ。さぁ、みなさんせっかくですから、鎮魂祭を楽しんでいってください。私は仕事があるのでこれで失礼します」

そう言って、保泉は控え室から出ていった。あとに残された四人は、素直に喜んでいいのか怪しむべきかわからず、しばらく呆然としていた。

「なんにせよ、鷹乃様と直接お会いしなくてよかったな、一覇」

皇槻家を出て神無と別れ、一覇、四季、璃衣の三人は街を歩いていた。街中はお祭りの準備で慌ただしい。

「そうだな……あの人はよくわからないからな」

「お祭り、せっかくだから少し楽しんでいくか?」

「…………」

四季からそういう提案がなされたのは、この春再会してから一度もないことで、嬉しい申し出なのだが、一覇はそういう気にはなれなかった。

「ごめん……オレ……」

まだ、百々子のことが頭から離れない。そういうことが顔に出ていたのか、もしくは四季が聡いのか、わからないが四季は困ったような顔で笑った。

「そうだな……早く帰るか。車を呼ぶか?」

「いいよ、定期持ってきてるから電車で帰る」

「そうか。じゃあここで別れよう。俺は少し用事ができたから」

そう言って、四季は一覇と横浜駅で別れた。

「璃衣」

「はい、若」

「貴様もここで帰れ」

「無理です」

「なんで!?」

「時繁様のご命令ですから」

「…………っ」

そう、璃衣は四季に直接仕えているわけではない。四季の曾祖父、矢倉時繁に雇われた身だ。だから優先させるのは、時繁の命令。四季の命令は二の次だ。

四季は整えられた黒髪を右手でくしゃ、とさせる。

「あーもう、だったら入口で待っていろ」

「どちらに向かわれるのですか?」

「……皇槻家、あのクソ神父に用がある」

──皇槻家の、神殿。そこに保泉は、当主の鷹乃の護衛で側に仕えていた。

「保泉」

十二単のような着物で着飾った主に呼ばれて、保泉は一歩近寄った。鷹乃はそれを待ってから、保泉に話しかける。

「日向家当主と矢倉家当主がここに来たみたいですね」

日向家当主とはつまり一覇、矢倉家当主とは四季だ。ずいぶんよそよそしい言い方をするが、彼女は当然、二人と面識がある。

「……なにかご用がございましたか?鷹乃様」

「いえ、なにも。ただ、彼らの近況なんかをききたかっただけですよ。わたくしは彼らを息子のように大切に思っているのですから」

嘘だ、と保泉は思った。彼女はただ、彼らを駒のようにしか思っていない。自分のおもちゃとしか、思っていない。だがそんな感情は表にも出さず、保泉は返答する。

「申し訳ございません。そのようなお考えにも気づかずに、彼らをお帰しして」

「いいのですよ。それは半分、叶いそうですから」

「それはいったい……」

どういう意味ですか?と問いかけようとしたら、廊下が騒がしくなった。

「保泉、彼を通して差し上げなさい」

彼?疑問に思いながらも、保泉は廊下にでる。廊下には保泉の直属の部下の護衛役が多くいた。彼らは一様に困っており、その人物の進行をくい止めるのに必死だ。

「おやめください、矢倉十四代目!」

「六条保泉に緊急の用がある。通せ」

「しかし……」

「通して差し上げなさい」

「ほ、保泉様!」

保泉の登場に護衛役数名は恐縮し、矢倉家十四代目当主の少年、矢倉四季から離れた。四季はいつもよりもずっと鋭い目つきをしている。

「……間宮先生を殺害した犯人の目星は、もうついているのだろう?」

「いきなりな挨拶ですね」

「すっとぼけるな、吐け」

「ついています」

嘘を吐いても納得しないことは、一年間の付き合いで知っている。どうせ、いずれ教える……というか知ることだ。ここで教えても問題なかろう。すると四季は激昂に近い調子で食ってかかる。

「ならなぜ一覇に教えてやらない!?一覇は……っ」

一覇。四季はいつも彼のことを気にかけている。歌舞伎をやめてこの世界に足を踏み込んだのだって、全部彼のためだ。彼のために必死に修行して、プロの領域に踏み込んだ。しかし

「ここから先は大人の仕事です。教えたところで、貴方たちはなにもできない」

彼はまだ、子供だ。だから、自分たち大人が守ってやらねばならない。

「なにが大人だ!俺は第三種だ、矢倉家当主だ!」

「だから?」

「…………!」

いくら天才児といわれようと、まだ能力は未熟。

「ここからは、大人の仕事、です。貴方は見守っているといい」

まだ、彼らは知らなくていい。知らなくていいことだ。


二〇〇七年五月二十五日、午前八時三十分。

予鈴がなった。今日は月曜日、緊急の全校集会だった。学年主任が担任のいなくなった一年F組を引き連れて、第一体育館までくる。

「新しい担任の先生と、なんでも新しい保健医の先生がいらっしゃるそうよ」

桐子の情報はまたたく間にクラス全員に流れて、緊張を生む。一覇もクラスメイトたちと同じく緊張していた。いったいどんな人物が、百々子の後任になるのだろう。保健医は正直どうでもいい。世話になることはないだろうから。

それからほどなくして、校長の挨拶と、司会の副校長の台詞が流れた。

『続いて、先日亡くなられた一年F組担任、間宮百々子先生の後任の先生と、新任の保健医の先生の紹介です。では、久我原先生からおねがいします』

久我原、と言われたのは女性教師。黒いパンツスーツに身を包み、青みがかった長い黒髪を白いバレッタで後ろに留めている。鋭い、少し濁った金の瞳は、鬼の血を引いた家の出身であることを表している……というか、一覇も四季も、璃衣も知っている人物だった。

「卯月……姉さん……」

四季は呻いた。それと同時に、女性教師は受け取ったマイクで挨拶を始めた。

『間宮先生の後任で一年F組の担任を任された、久我原卯月だ。よろしく』

鋭い声で挨拶をすませた彼女は久我原卯月……旧姓、矢倉卯月。四季の年の離れた姉で、一覇の両親の同級生だ。一覇が幼い頃は、よく日向家に遊びに来ていた。

正直、驚いていた。彼女は確かに第三種免許を持っているプロの霊障士だが、まさか教員免許までもっているとは訊いていない。しかも、卯月は実家の仕事を嫌い、渋谷にある老舗呉服店という一般家庭に嫁いだのだ。どういう風の吹き回しで教職……しかも霊障士に就いたのだろう。

そして、さらに驚くべきことが起こった。

『今日付けで高等部の保健医につきました、六条保泉です。みなさん、よろしくお願いします』

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!??????????????」」

一覇と四季は同時に叫んだ。

「こらそこ、騒がしいぞ!」

注意されて、二人同時にぺこぺこ謝った。

でも、なんで?なんで保泉が保健医?というか今の時期になんで?

その疑問は、副校長がすぐに解決してくれた。

『長年我が校の保健医を勤めてくださっていた、佐藤先生が寿退職されたので……』

なるほど納得。しかし、それでなぜ保泉?保泉は皇槻家の当主の執事で、第一種霊障士だぞ。明らかに普通とは違う意味で人選ミスだろう。

しかし、そんな疑問も吹き飛ばすような笑顔を、保泉はこちらに向けてきた。手まで振っている。

なにはともあれ、新たな担任と保健医を迎えて、一覇たちの学園生活、再スタート。

全校生徒が教室に戻り、一年F組の面々も揃っていた。

「四季、どこに行くんだ?」

びくっ。

四季は肩をびくつかせて、教室から出ていこうとした足を止める。ぎぎぎ……と機械のように首を回し、声をかけた一覇をみる。

「あ、いや、その……」

「わかったー四季、卯月お姉さんに会うのが嫌なんでしょ」

びっくー!

海の言ったことは正しいのか、四季はさらに体をびくつかせた。

「ほう、四季……私に会うのがそんなに嫌か……」

教室の前の方から、ハスキーな声が響いた。その声は心なしか沈んでいるようだった。いや、本当に沈んでいる。なにせ彼女は……

「私は淋しいぞ、四季ーっ!!」

がばぁ、と四季を抱きしめる卯月。そう、彼女は重度のブラコンだった。昔から弟命で、四季のことになると過敏に反応する。親子ほども年が離れているせいか、そんな姉弟関係になってしまっていた。

「あぁ可愛い……葉月を思い出す……葉月そっくりになったなぁ!」

ぐりぐり。ぐりぐり。小柄な弟に比べて、長身な姉は容赦なく弟の頬に自分の頬をすり寄せる。

ちなみに葉月とは矢倉家の次女、卯月の妹なのだが、彼女は事故に巻き込まれて父親共々亡くなった。故に四季は会ったことがない。確か写真でしか見たことがなかった。

「姉さん、それより説明してください!どうしてあの男が……」

四季は卯月の顔を力ずくで引きはがし、姉に問いかける。すると卯月は

「今は久我原先生、と呼べ。矢倉」

急に厳しくなった。なんでだ。四季はそれ以上なにも反論せず、おとなしく自席に戻った。他のクラスメイトもそれぞれの席に戻り、新担任の話に耳を傾ける。

「朝礼であった通り、このクラスの担任になった、久我原卯月だ。間宮先生が教鞭をとっていた霊子科学の座学と実技、それと英語を担当する」

一覇はへぇ、と感心していた。卯月とは一覇が生まれて十二年の付き合いだが、そんなグローバルな才能があるとは思わなかった。ましてや霊障士。ただでさえ難関な職業を選び、さらには英語教師になれるとは。うちに遊びに来ていた頃はそんな苦労、微塵も見せなかったのになぁ。姉の意外な一面をみた弟の心情だ。

「ではさっそく、一時間目のロングホームに入ろう。六月二十日の紫陽祭についてだ」

紫陽祭とはつまり文化祭。久木学園ではこの時期に文化祭が行われる。入場制限はないので、ここらでは有名なお祭りのひとつに加えられている。とくに『霊子演舞』、霊障武具による演舞は、名物となっている。その霊子演舞に参加する生徒は、霊子科学科霊障士専攻の中でも優れた才能を持つ生徒に限られており、毎年どの生徒が選ばれるのか、どきどきしている生徒が多い。選ばれるということは名誉なのだ。

「まず霊子演舞についてだが……」

早速か。少しざわついていた生徒たちが皆、一様に静まり返る。とはいっても、大抵選ばれるのは三年生だ。正直、一年の一覇たちには関係ない。ところが

「今年はうちのクラスの河本と矢倉が選ばれた」

「…………は?」

クラス一丸で、呆然とする。特に選ばれた当人は。

「河本、矢倉、教卓までこい」

え、ちょっと待って……と一覇はパニックを起こしていた。

三年生が選ばれるんじゃないの?なんで一年のオレが?

「河本、早くしろ!」

四季はもう教卓まで来ていた。一覇だけ、自分の席で呆然と座っていた。卯月の声で慌てて教卓まで走る。

「これが練習スケジュールだ、よく覚えておけ。サボるなよ」

そう言って渡されたA4サイズのプリント。今日から六月二十日の本番まで、昼休みと放課後はみっちり予定が詰まっている。うわぁ、バイト休まないとな……と考えながら、卯月の次の言葉を待った。

「一年が選ばれることは滅多にない。頑張れよ」

卯月はそう微笑んで、席に戻るよう促した。一覇はプレッシャーを感じながらも、どうにかやり遂げようと決意した。

放課後、午後六時三十分過ぎ。

「へぇ、河本が霊子演舞にねぇ」

アルバイト先の先輩、花田が本気で感心したように呟いた。

アルバイト先のファミリーレストラン・メニーズは、平日とあって今日も暇だった。

「おれ、地元民じゃないけど、久木の霊子演舞といえば有名だぜ」

秦野くんだりからから横浜まで来て、一人暮らしをしている花田。彼が言うのだから、神奈川県内における有名度は確実だろう。

「でもなんで一年のお前なんだろね?」

「知りませんよそんなの、オレが訊きたいくらいです」

本当に、なんで選ばれたのだろう。確かに学生で第三種霊障士といえば少ないが、三年生でいないことはないはずだ。それこそ、一覇より優れたプロの学生がいる。

「じゃあ紫陽祭まで河本は休みなの?」

「いえ、やりますよ。一ヶ月近くも休んでられませんよ」

「金には困ってないだろうに……プロの霊障士って、儲からないの?」

「や、修行中の身ですからね。儲かるような仕事はしてませんよ」

そう、一覇は保泉の元で、修行をするということになっているのだ。

考えてみれば、保泉が修行先を学園の体育館に指定したのは、もうそのときから保健医就任の話が出ていたからなのだろう。

「ま、見に行ってやるよ。彼女と一緒に」

「はーい……って花田さん彼女できたんですか!?」

彼女いない歴=年齢だーって嘆いていた花田に、彼女ができた?

花田はこれが話したかったんだ、とでも言うように、途端に饒舌になった。いつも饒舌だけれど。

「同じ学部の後輩なんだけどね、サークル一緒で、この前の新歓で意気投合しちゃって」

花田は横浜工科大学の二年生だ。女子の数が少ない少ないと嘆いていたのだが、意外と出会いがあるんじゃないか。

「へぇ、写真ないんですか?」

「写メみる?みる?」

花田は最初からそのつもりだったのだろう、仕事中はロッカーにしまっているはずの携帯電話をポケットから取り出して、ささっと操作する。

「この子!」

そこには私服の花田と、大人しい茶髪ボブの可愛らしい女の子が並んで写っていた。その女の子は、どことなく宝に雰囲気が似ていた。

「か、かわい……」

「だろ!?可愛いだろ?いっておくが、狙うなよ?」

「狙いませんよ!オレだって……」

好きな人いるし。

「え、なになに?好きな娘いるの?河本はー……あ、わかった」

「!!」

なんで!?なんでわかったの!?確かに宝は前にここに来たけど。

と思ったら的外れな回答がきた。

「あのよく来る長い黒髪の娘だろ?確かに美人だよなー」

「……あのー、それって」

四季のことですか?と言おうとしたら、お客さんがきた。一覇が案内する準備をする。

「いらっしゃいませ、メニーズへようこそ!お客様は何名様です……か……」

「い、一名だ」

「…………なんで来た?」

「…………別に」

暇なのか?そうなんだな?暇で金を持て余しているんだな?嫌みな奴!

「お、河本の彼女候補!」

「彼女じゃありません!」

「彼女じゃない!」

そのあと花田の誤解を解いて、とりあえず四季はテーブルについた。

「で、ご注文を早くしやがってくださいこんちくしょう」

「本音が隠れていないぞ。まぁ、貴様に話があるから来てやったのだ。ありがたく思え」

毎度バイト先に突撃される、こちらの身にもなっていただきたい。と、それはまぁいいとして。

「なんの話?」

「あのクソ神父の話だ。修行はどうだ?」

それだけのために、わざわざ学校帰りに来たというのか。世話焼きというか心配性というか……呆れた。

「別に学校ですりゃあいい話だろ。なんでここで」

「学校でし損ねたから来たんだろ!」

なにを当たり前のことを訊いているんだ、みたいな態度で来られても……まぁでも、心配してくれているんだな、と思うことにして、一覇は答えた。

「修行はまぁ、順調だよ」

「本当か?あいつに変なことされていないか?いじめられていないか?」

「お前はオレのお母さんか!……まぁ、嫌みなとこはあるけど、大したことないよ」

「そう、か……」

実際、修行は順調だ。資格試験のとき以来、発動出来なかった特殊能力は、自在に扱えるようになったし、銃の腕も格段に上がった。力の配分も自在になったし、今なら鬼魔が襲ってきても対処できる気がする。実際どうなるかはわからないが。この二日三日でここまで出来るようになるとは、自分に才能があるのか、はたまた保泉の教え方がいいのか……。認めたくはないが、その両方だろう。そういえば。

「なぁ、四季の時の修行はどうだったんだ?」

訊いたことがなかった。四季の師匠だとは訊いているが、その内容は未だ知らない。いつから?どうやって?どんな?

しかし、四季は渋い顔を浮かべて答えた。

「あー……その、俺の修行は……」

「?」

なんだろう、訊いてはいけないことだったのか?それなら早めに話を切り上げて……はいられない。重要なことを訊きたかったから。

「なんで、霊子科に転科したの?」

四季は元々、中等部から芸能科に在籍していた。しかし、一部報道によれば、四季は中学三年生の夏に、急に霊子科学科に転科すると決めたらしい。いったい、何故?

「……それは……」

「それは……?」

中学三年の夏、彼になにがあったのか。それを知りたい。いや、四季のことを知りたい。自分が知らなかった四季の真実を。

言うべきことだった。これは、一覇にも関係あることだったから。でも、今言うべきなのか?今言ってもいいのか?

『あたしたちだけの秘密ね』

”彼女”はそう言った。彼女の言う通りに、四季は”秘密”を守った。そして今、こうして一覇の……”彼”の側にいる。一覇が”彼”だということは、母も知らないことだ。おそらく”彼女”と自分だけ。それでいいのだ。今は、それで。言うべきことではない。『一覇』はまだ、知るべきじゃない。

「貴様には関係ない」

四季はそう言って、一覇が持ってきたお冷やを飲み干す。

「……あっそ」

「…………」

これでいい。一覇が知るのは、もう少し後でいい。四季は立ち上がり、席をあとにしようとした。しかし

「あっそっ!でもな、四季!オレは絶対にお前の話をきくぞ!オレたちは”幼なじみ”だからな!ばぁか!」

一覇は店内に響く声でそう叫んだ。振り向くと、一覇は舌を出して子供のように膨れていた。その顔に思わず笑ってしまう。すると一覇は

「久々に笑ったな」

「え……?」

一覇はそっと微笑んで、腰に手を当ててふんぞり返る。

「だってお前、再会してからほとんど笑わないんだもん。心配してたよ。それに、なぜか一人称”俺”だし」

「う、うるさいな!僕はっ……」

はっ、しまった。と四季は口をつぐむ。弱気な僕は変わって、強気な俺になるんだ。中学三年のあの夏、そう決めた。だから……

「まぁなにがあったのかは、また今度訊くよ。じゃあな、四季」

「一覇!!」

レジに戻る一覇を、四季は呼び止めた。呼び止めてから、四季は決意を固めた。『あのこと』を話す決意。

「なに、四季?」

「あの……あのさ、その……”東雲基”についてなにか感じないか?」

「東雲基……」

伝説の第一種霊障士について、なにを感じろというのか。一覇には意味の分からない質問だった。なんで今、四季はこんなにも真剣に尋ねているのか。

「それがなにか関係あるのか?四季が霊障士を目指した理由と」

ただの直感だった。しかし、確信でもあった。きっと四季は、東雲基となにか関係して、霊障士を目指したのだろう。そしてそれは、自分と全くの無関係ではないのだということを。

四季はそれが精一杯だったのだろう、こくん、と静かに頷いた。

「……そっか」

一覇はレジに戻りつつ、四季の問いに答えた。

「今はなにも感じない。でも、調べてみるよ。東雲基について」

「いや、調べなくていい!ただ、なにか”思い出した”ら、僕に教えてくれ……一番に」

「?わかった……」

ますます意味がわからない。でもいいか、四季の不安そうな顔が消えたから。

「じゃあ、僕は帰る。また学校でな……」

そう言って、四季は出入口の戸を押して出ていった。いつの間にか、四季の一人称は”僕”に戻っていた。

「なんだったんだ?」


二〇〇七年五月二十九日、午後三時四十五分。

「休憩!」

霊子演舞の稽古を始めて、五日が経っていた。稽古を付けてくれるのは、担任で霊子科学担当の卯月。

「ぶあ、水!」

一覇は慌ててペットボトルのミネラルウォーターをあおる。

毎日夜十時過ぎから始める保泉との修行よりも、霊子演舞の稽古の方がキツい。霊子を人に『魅せる』”演技”。ただ戦うよりも神経をつかうのだ。

「これくらいで音を上げてどうする、一覇……」

「…………」

同じくミネラルウォーターを片手に、タオルで汗を拭う四季に言われたくない。息も上がっているし。

「なぁ卯月姉、なんでオレたちなの……?他にもすごい人いっぱいいるじゃん……」

正直、一年生の出る幕じゃない気がする。だいたい、二年三年をさしおいて、って僻まれているし。廊下を歩けば好奇の的だ。

「職員会議で決まったことだ。今更文句を言うな」

卯月は一覇にタオルを投げつけて、これで汗を拭けと促した。一覇はそれにならい、汗を拭う。

「基準はなに?」

「私が着任前に決まったことだからな、わからん。ただ……」

「ただ?」

「皇槻の……鷹乃様が直接おっしゃったことらしい、とだけは訊いている」

「…………」

また、皇槻鷹乃か。あの人はいったい、なにを考えているのだろうか。だいたい、いくら皇槻家だからって学園のことに口出しするなんて、何様のつもりだよ……ってお偉い様だった。とか考えていると四季が近づいてきて。

「おい」

「なによ汗くさい」

「それはお互い様だ。ってそうじゃなくて!あの方……鷹乃様が学園祭中に接触してきても相手にするなよ」

四季が心配するのも無理はないが、そこまで言うのは過保護ではないかと思ったが、とりあえず頷いておいた。

「では、稽古再開……と言いたいところだが、緊急の仕事が入ってな、今日はこれでおしまいにする」

卯月のその言葉に、一覇は飛びついた。

「し、仕事って霊障士の!?」

「そうだが……それがどうした、一覇?」

「オレも参加した……」

「だめ」

即答された。

「なんでぇー……?」

「相手はレベル三以上だからだ。そんな危険な仕事に、子供を行かせられるか」

むっとして抗議する。

「オレだって第三種だもん!プロだもん!それに修行の成果をここで発揮したいし」

「とにかく、今日は早く帰りなさい。四季も、寄り道するんじゃないよ」

そう言って、卯月は早々に体育館を引き上げた。あとに残された一覇と四季は、ごくごくとミネラルウォーターを飲む。

「……なぁ四季」

「だめだ」

「まだなにも言ってない」

「どうせ現場に行くとか言うつもりだろう。貴様の腹はわかっている」

バレバレだった。なんでわかったのだろうか。一覇は自分が顔に出やすいタイプだとは自覚していない。言われたことないし。しかし、四季に反対されても行くつもりではある。

「寄り道をするな、と姉さんに言われただろう」

ぎっくん。

なんでここまでバレるの?四季はエスパーなの?しかし、ここで引き下がる一覇ではない。

「し、四季だって興味あるだろ?レベル三以上の鬼魔」

「はぁ……」

ため息!?

「レベル三以上というのは、貴様も知っているとは思うが悪魔もしくは鬼だ。第三種の実力では歯が立たん」

「でもオレの力なら」

「甘い。貴様は自分の力を過信し過ぎだ。貴様はプロになって日が浅い。あのクソ神父が師匠とはいえ、レベル三以上の鬼魔を相手にするには、経験が足りない」

これは返す言葉もない。一覇はどうにか反論材料を探し、そして見つけた。

「じゃあ四季はどうなんだよ!?四季はレベル三以上の鬼魔と戦闘経験がおありなんですかー?」

「ある」

「ほーらないじゃ……あんのかよ!?」

四季も一覇と同じ第三種霊障士で、しかも霊障士の訓練を受けたのは一年近く前の話だ。なのに、経験があるとは……そんなの

「理不尽だっっ!!!」

タオルを噛みしめる。お味はいかが?洗剤のよい香りがします。

一覇は立ち上がり、体育館の出口を目指した。

「おい、まさか」

「行ってきまーす!」

卯月のあとをこっそり付いていけばいいじゃない。なんて思いついた。一覇はプロなんだし、現場入りは問題はないはず。

「アホかっっ!!」

ぱかんっ!

と小気味のいい、ペットボトルと頭が接触する音が響いた。一覇は痛みに呻いて頭を押さえる。四季はきんきんと叫んだ。

「霊障庁はレベル三以上は第二種以上”推奨”などと言っているがな、実際は第二種以上”必須”だ!それほどレベル三という数字は大きいのだ!それくらい理解しろ愚か者!」

「で、でもやってみないと」

「…………じゃあ死にに行くか?」

「!」

「間宮先生ならわかると思うがな、レベル三の鬼魔はレベル二とは桁外れだ、次元が違う。彼女はそれをわかってて、戦った……んだと思う。その結果があれだ。わかるだろう?間宮先生は貴様と同じ複合霊子の持ち主で、特殊能力持ちだ。それほどのユニークスキルを持った霊障士が、あんな殺され方をしたのだ」

一覇は息をのんだ。確かに、四季の言いたいことはわかった。百々子は第三種霊障士としては、飛び抜けた才能の持ち主だった。それこそ第二種に届くほどの実力者。その彼女が、戦って殺された相手は……きっと一覇が思っている以上に強者だ。今までに出会ったことのない、強者。

でも

「オレはそいつを倒して、最強の霊障士になる……!」

菜奈と百々子に誓った。強くなる、と。それは漠然とした願いだったけれど、今はっきりとした。最強の霊障士に……第一種霊障士になる。

いつからだったか、幼い頃は口癖のようによく言っていた。

『母さんみたいな強い霊障士になるんだ』

母は強かった。在学中に第二種資格をとって、一覇たちが生まれるまでずっと戦っていた。その母を越えようと、一覇は幼いながら才能をいかんなく発揮しては母を驚かせていた。母は喜んでいた。

『一覇なら、きっと強い霊障士になれるわね』

今、一覇は母の言葉を形に変える。菜奈と百々子の願いを。最強の霊障士になるために、動くんだ。一覇は走り出した。

「一覇!!……っくそ!」

四季は一覇の後を追った。一覇の性格は知っていた。負けず嫌いで家族思いで、そしてバカ。考えなし。そんな一覇を焚きつけるようなことを、言ってしまったのかもしれない。

一覇の三年半を、四季は知らない。彼にどんな変化があったのか、考えもしなかった。一覇は一覇のままだと。でも、自分が変わったように、一覇もまた変わったのだ。

知りたい。一覇になにがあったのか、どうしてそんなに必死になって霊障士を目指していたのかを。知りたい。

「一覇っ待て!ま……ぶっ」

一覇が急に止まり、背中に顔が当たった。

「ど、どうしたのだ、一覇……」

「卯月姉、どこ行った……?」

「あ…………」

見逃した。

「だいたい一覇は考えなしで動くから!」

「あーあーきこえなーい」

耳を両手で塞ぐ一覇。

二人はジャージから制服に着替えて、学校を出た。職員用の駐車場をみたが、卯月の車はあった。校舎内を探そうと一覇が提案したが、四季はここに車を置いて現場にバスや電車で移動したとみた。つまり、現場は近い。

「それなら霊子を追っていけばいい」

「霊子を追う……」

霊子には、指紋や声紋と同じように、人それぞれに霊紋がある。つまりその特定の人の霊紋を知っていて、視分けることができれば、その人がどこに行ったのかを追うことができる。

そして、四季はその手の能力に長けている。四季は意識を霊子の流れに集中し、見知った土の青い霊子を辿る。……あった。

「こっちだ」

四季は一覇の腕を掴み、霊子が消えないうちに走った。

現場は、学園からごく近い繁華街だった。既に規制されていて、何人か霊障士が立っている。その中には、当然卯月もいた。

「遅かったな……これじゃあ入れない……って一覇!?」

一覇は臆することはなく、規制されたエリアに堂々と入っていく。

あーあ、もう!と四季は半ば自棄になって、一覇の後を追う。

「君、第四種は入れないよ」

霊障士が一覇を止めた。制服で判断したのだろうその言葉を、一覇は跳ね返した。

「オレは第三種霊障士だ、通してもらう」

「え?いや、でも第三種でも……」

一覇はポケットの財布からカード型の免許証を取り出して、黄門様の印籠みたいに突き出す。

「オレは第三種霊障士、日向家第十二代目当主日向一覇だ!」

「い、一覇……当主の名前は通行証じゃないから……」

だいたい、彼は日向の名をあまり好んでいなかったはずだ。それを自ら名乗るなんて……よっぽど本気なのだな。その気持ちだけはわかった。

一覇を足止めしていた霊障士は一覇の免許証と一覇の顔を見比べて、仲間の霊障士に耳打ちした。それから、

「申し訳ありませんでした、日向家十二代目!どうぞお通りください!」

と揃って見事な敬礼をして、規制エリアに通してくれた。

一覇は通りながら四季に

「な?通じるもんだろ?」

と笑った。無茶苦茶すぎるだろう、いくらなんでも……と呆れながら、四季は一覇の後に続いて規制エリアに入った。

規制エリアは、レベル三以上の鬼魔がいると思われる半径三キロ以内のことを指す。つまり、今までいた位置から最低三キロ離れた場所に、鬼魔はいるということだ。

「一覇、基盤の準備をしておけ」

「わかってるよ。しかし、急に霧が出てきたな……」

その通り、規制エリアに入ってから、街が急に霧に包まれたのだ。

「おそらく、鬼魔の能力だろう。性質は水だ。だから、かぐやは使えんぞ」

鬼魔もレベルが上がれば、特殊能力を発揮する。レベル三以上であれば、当然のように持っている。特に鬼は……危険だ。悪魔の比ではない。もう規制エリアから二キロは進んだ。

「一覇、帰ろう。悪魔だったらまだしも、鬼であれば太刀打ちできない。だから……」

「もう遅いよ」

「「!!」」

どかっ。

コンクリートの壁が崩れる音がした。そこには人が……いや、鬼がいた。長く赤い髪に、金の瞳。小柄な体格に似合わぬ、長い刀。

「餓鬼がなにをしにきたのかと思えば、わしを殺そうというのか?霊障士」

女の鬼は、にたりと笑った。鋭い牙が覗く。ぞくりとする笑いだ。

「『具現せ、朧』!!」

四季は霊障武具を発動させた。周囲に土の青い霊子が飛ぶ。

「一覇は戻って姉さんたちに知らせ……」

「『具現せ、月代』!!」

一覇の周囲に、金のライムグリーン色の霊子が迸った。逃げる気はないらしい。火霊子の”かぐや”を発動させなかっただけマシだ。水霊子に対して火霊子は弱い。しかしそれにしたって、こちらは戦闘に慣れていない一覇がいる。四季とて人ひとりを庇いながら戦うのは、無理だろう。どちらかがやられる。

「一覇、ここは引こう。奴はレベル四以上の鬼だ。僕たちでは敵わない」

「殺してやるよ、鬼……!!」

一覇は銃を構えた。トリガーを引く。三連発。しかし、鬼の心臓があったところに、銃弾は空しく空を切った。

「遅いね、餓鬼」

後ろから声が聴こえる。と、気づいた時には、一覇と四季は剣圧で吹き飛ばされていた。四季は小太刀を、一覇は手足を使って受け身をとる。

鬼は余裕の笑みだった。

「貴様らにわしは殺せんよ、餓鬼」

「ガキガキうるせぇんだよ、クソ鬼。オレは殺せる。その力を持ってる」

「どうかな……?」


                           第五話 完

どうも、螢名(けいな)です。

お葬式のシーンは、私が母方のおばあちゃんを亡くしたときと同じでした。斎場の近くに公園があったので、朝にそこへ行きました。

一覇の気持ちを完全に理解することは出来ませんでした。でも、大切な人を亡くした悲しみだけはわかります。願わくば、これ以上一覇の大切な人が亡くなりませんように!……というか私が悪いのか。

それでは亡霊(ポルターガイスト)×少年少女、次回もお楽しみに!

今気付いたんですけど、前回のルビを「ぼうれい」って書いてました。すみません。心の奥で直しておいてください。

2015.7.28 螢名(けいな)

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