Benvenuti in Giappone!
同時刻の東京、国際空港。
収容人数三十人程度のチャーター機がイタリアからおよそ十三時間の旅を終えて、たったいま到着した。
補助翼と尾翼で絶妙に距離が調整され、機体は淀みなく真っ直ぐに離着陸路を目指す。
降着装置のタイヤが離着陸路のコンクリートを擦り、わずかに火花が散り、サスペンションが大きく軋む。
ブレーキで徐々にスピードが緩み、やがて機体は予定通りの位置にピタリと止まった。
乗務員が乗客を降ろす準備を着々と終えて、やがて目映い白装の少年が日本の地面を一番乗りに踏んだ。
「いっちばーん!」
と少年はやけに流暢な日本語で元気に叫んで、階段の最後三段を一気に飛び越える。
「こらハル、自分の荷物くらい自分で持て!」
少年をハルと呼んだ側近の青年が、二人分の大荷物を抱えてようやく飛行機の出入口から顔を出した。荷物のあまりの重さに、青年の額には汗が浮かんでいる。
しかし少年は尻と舌を突き出し、
「やだっプー!悔しかったらボクに追いついてみろよ、うんこジーク!」
お尻ペンペン!なんてしているものだから、周りにいるスタッフたちもジークと呼ばれた黒髪の青年同様に、頭を抱え始めた。
「Dannato!(クソ!)余計な日本語ばかり覚えやがって……っ!」
「あはは、うんこなだけに!」
「ハルっっっ!!!!!」
少年が趣味で日本のコミックを集めて読んでいること、そのコミックを集めるために教皇庁から支給される報酬をすべて使い込んでいることを、ジークは知っている。
だからこそ、頭が痛い。
「ここが……日本か」
ジークの叫びを無視して、少年は空港から見える日本の風景に目を向けた。
服に負けず劣らず輝く金髪が、エンジンの臭いがつんとする空気に揺れる。
遠くをよく見渡すと、工場地帯の煙突群からもやもやと煙が立ち昇っていた。東京タワーを探すが、残念ながらここからは見えないようだ。
かすかに香る海風を鼻に吸い込み、少年は満足げに感想を述べる。
「Fantastico!(素晴らしい!)この狭っ苦しくてゴミ臭い感じがたまんないね。我が美しき故郷と比べちゃ悪いけど!」
「レオンハルト・ゴットフリート枢機卿!」
何人か派遣されている日本人スタッフの、いまいましげな表情を汲み取ってか、側近の青年————ジーク・アン・ドレンが彼を咎めるように、わざと彼のフルネームで凄んだ。
これ以上の失言を重ねないためにも、いい加減に彼には自分たちの立場と双方の情勢を理解させ、自重させねばなるまい。
ジークの重責は、日本が相手である今回に限って、おおいに少年の言動にある。
日本とヴァチカンはいま、とても複雑な関係にある。
戦後に調印したいわゆる《祓魔協定》があるものの、それが厳密に守られていることは、ひと時もありえない。
双方ともに、足跡をつけないようにどこぞの機関を暗躍させて、裏をかいているのが現状だ。
だからどちらかがきっかけさえ与えてしまえば、政治的制裁は免れないだろう。
そのすべてを加味していながら、今回の訪日はほとんど非公式。
日本軍司令部の一部とは話をしているが、阿呆な日本首相にはまったく通していない。
筋違いかもしれないが、この案件に時間をかけるつもりは、少なくともローマ法王にはない。
しかし自分の主人でありながら、果たしてこの少年にこんな大任を任せてもいいのかと、不安でいっぱいで胃が痛い。
枢機卿、と名乗るにはいささか若すぎる白装の少年は、そんな事情を知ってかしらずか、お気楽で能天気な雰囲気を隠そうとしない。
むしろジークの胃が痛くなるような怒りを、軽いジョークと同等に笑い飛ばした。
「あは、Mi dispiace!(ごめーんね!)つい本音が出ちゃったよ。悪気はないんだ、むしろめっちゃ褒めてる」
ジークから今更ながら自分の重い荷物を受け取って、レオンハルトは人工の光に負けない鮮やかな月光のもとで、陽気に宣言した。
「Bene,……E’ tempo per il lavoro!(仕事の時間だ)」
亡霊×少年少女
第三話『第三種霊障士資格試験』 了




