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亡霊×少年少女  作者: 雨霧パレット
第三種霊障士資格試験
39/88

せかいをぶち壊せ

お久しぶりの投稿です。よろしくお願いします。

(ポルター)(ガイスト)×少年少女

第三話『第三種霊障士資格試験』


二〇〇八年四月九日。時刻は午前七時を回ったところだ。

今日は休日で、だからこそと、ファミリーレストランのアルバイトのシフトを朝の九時から入れている。

高校生の時給は、フリーターより五十円も安い。今から将来に向けて、コツコツと稼がなくては。

だがいま、(いち)()はなぜかドラマでしか見たことがない、黒塗りの車に乗せられていた。

おぉ、ベンツだベンツ。歴史が古くて、日本でもメジャーなCクラス三代目。

エレガントかつ大胆な反りのデザインで、愛好家にはもちろん一般企業にも人気が高い。

生まれて初めて乗ったぞわーい!広ぉい!天井意外と高ぁい!シートがフカフカだぁ!

……などとはしゃいでる気分ではなく。

むしろ緊張と不安と焦燥しかなかった。

「あのー……四季さん?これはいったい……」

ベンツの持ち主は()(くら)家。

そして遣わしたのは、いまをときめく美しき若手歌舞伎俳優・矢倉四季様だった。

四季は休日だというのに、全身黒の制服姿だ。

青みがかった長い黒髪を赤い紐でサイドに結わえて、涼しげな印象を与えている。

フカフカのシートにふんぞり返って、河本家に寄る途中で買ったらしい、マックのシェイクをズルズルと啜っている。

ついこの前に一覇が奢った折に、そうとう気に入ったらしい。たぶん中身はバニラ味だ。

「安心しろ、貴様の分もシェイクはある」

と言って差し出されたお馴染みの紙カップに、しかし一覇は物理的障害によって手が出せない。

「じゃあこの縄をほどいてくれないかなぁ!?」

そう、一覇はただいま絶賛、運動会くらいしか使う機会がないのでは……と思うほど太い縄で縛られている。

腕も足もまるっと全身が縛られていて、まるでエビフライのような出で立ちだ。

四季は自分の足下に、無様に転がっている一覇をちらりと見下ろして、

「……逃げない?」

「逃げない逃げない」

四季は一覇の言葉になんの疑いもなく素直に、数分がかりで縄をほどいてやる。

彼の思いと裏腹に、縄から解放された瞬間を見計らって、一覇は大胆にも時速六十キロで走行中の車のドアを開け放し、身を乗り出した。

しかし一覇が道路に転がり落ちないようにと押さえつける、四季の意外な腕力にあっけなくせり負ける。

「離せよぅ!バイトが……お金様がオレを待っているんだよぅ!」

「その前に死ぬだろう!!アルバイト先には俺が連絡しておいた!代わりに()()を置いてきた!安心しろ!」

「シフトの穴開けより大事なもの……それは諭吉だよ!!」

しばらく問答を続けたものの、矢倉家お抱え運転手の「警察が来て騒ぎになりますので、暴れるのはおやめください!!」の痛烈な悲鳴で、一覇は仕方なくドアを閉めた。

まぁ、時速六十キロで走行中の車から飛び出したら、運が良くて骨折。可能性として利き腕を骨折でもすれば、仕事でも学校でも、日常生活で困るのは自分だから諦めておこう。

とふてくされた顔で大人しく車内に戻り、交通規範に則ってシートベルトをつける一覇。

「で?なんの用があって、保土ヶ谷から旭区なんぞにわざわざ迎えにきたんだよ?というかこれはどこに向かっているんだよ?」

一覇がピリピリした態度で質問攻めにするのも、無理はないだろう。

旭区の自宅で起き抜けに連行されたので、パジャマ代わりに使っている薄いTシャツと七分丈のスウェットパンツという、四月上旬には頼りない装備。

財布も定期券も、自宅の鍵すらも持っていないので、行き先不明であればとても不安に満ち満ちる。

そんな一覇の(しん)(ちゅう)を他所に、四季は紙袋からまだ温かいフライドポテトを手にとる。

「見てわからないか?」

黄色いポテトをもごもごと口に含みながら偉そうに、外の景色を眺めつつしらっと尋ね返すものだから、一覇も冷静でいられなくなった。

「わかんないからきいてんだよアホ坊っちゃんっっ!!!!チビ根暗ロン毛ツンデレ!!」

一覇の売り言葉で点火したのか、四季も負けじと悪口を返した。

そこから発展してまたしばらく、夫婦漫才のようにテンポのよい喧嘩がギャーギャーと騒がしく繰り広げられる。

「なんだとスイートコーン頭!!!イケメンこじらせて入院しろ!!」

「上等だ女顔!!入院費をノシつけて請求してやんよ!破産しろ!」

「某ジュノンボーイとして芸能界デビューするも、調子こいて人気若手女優との密会をパパラッチされて、ワイドショーでさんざん叩かれて活動自粛……コマーシャルの莫大な違約金で破産して、返済した頃に復活、演技派俳優として実力を認められろ!!」

「割とリアルだな!!」

「履歴書を勝手に送っておいてやるから安心しろ!」

「『友達がオレに黙って送っちゃって、暇だから受けたら優勝しちゃいました(照笑)』ってコメントするわ!!ありがとな!!」

といった遣りとりもちょうどいい頃合いで車はゆっくりと停車し、運転手が目的地に着いたと告げる。

「さっさと降りろジュノンボーイ」

「うるさいガールズボーイ」

四季が慣れた手つきで颯爽と降車する間に、一覇はもたくさとシートベルトを外そうとアレコレ試している。

毎日がギリギリの生活を送る河本家に自家用車はなく、日向家にいた頃は交通法規に後部座席のシートベルト着用義務がなかった。

あぁでもないこうでもないと、ついにはベルトを引きちぎろうと無茶をする一覇にため息をついて、四季が赤いボタンを押し込んで外してやる。

ようやく解放され、しばらくぶりの地面を感動的に踏みしめていた。

「おぉ、便利な世の中だな」

「さよけ」

なんの感慨もなく突き進む四季のあとに、早足で付いていく。

「……久木学園?」

学園都市内をみなとみらい線が通り、生徒はそれぞれ『幼稚部前』、『小学部前』、『中等部前』、『高等部前』、『大学部前』、『大学院前』で降りて通学している。

それだけ学園都市の名に恥じない、広大な面積を誇っているのだ。

しかし一覇はいま、電車移動なら普段はまず利用しない、学園都市『久木学園』の堅牢巨大な門扉の内側に入っていた。

入試でだって、ここに来たことはない。

そもそも幼稚部からの生徒ですらその存在を覚えているかどうか、はなはだ疑問だ。

ならなぜあるのか。

それは鬼魔から生徒たちを守るために結界を張り、保つためだ。

学園都市の敷地を上空から見ると、全体が綺麗な円形になっているのがはっきりとわかるだろう。

ど真ん中の(こう)(づき)神社を中心に、門扉は五つ。途中の大きな道で五芒星を描いている。

門扉にそれぞれ五つの性質を定期的に送りこんで、五つの門を統一して……とかなり大掛かりな仕掛けだ。

霊障士のなかでも、これを専門にしている有資格者がいるくらい技術力と体力が必要だ。たしか義父の()(ひろ)が、かつて担当したことがあったと耳にしたような……。

門扉はそれぞれ、霊子を特殊技術で練りこんだ合成のクロム……『ニュークロム』が使用されている。

なんでもクロムは金属でももっとも電気炉で加工しやすいから採用されたらしいが、詳しくは国と、絶対血統家でも開発者の皇槻家しか知らないらしい。

霊子体が電気を通しやすいからかなぁ、と一覇の個人的でふわふわした見解が浮かんだが、とりあえずずいぶん先に進む四季の背を追いかける。

「ここは中立区域の元老院。所属がどこであろうと、霊障士関係の手続きはすべてここで行う」

そう説明を加えて、四季は煉瓦造りの大きな洋館に入っていった。

重そうなチョコレート色の観音扉を押し開けて、一覇も建物に立ち入った。

中は、予想を裏切らない洋館風の造り。

明治時代の中務省解体と霊障庁の再編から、ここに存在している元老院。

しかし建物自体は大正時代の鹿鳴館をモデルに、太平洋戦争以前に改築されたものだ。

全体は樫で作られており、椿油で手すりの隅々まで丁寧に磨かれていて、重厚さの一方で、暖かみを感じる。

天井に下げられたややシンプルなシャンデリアはクリスタル製で、白熱電球の光を受けて上品に輝いている。

いまだ部屋着姿の一覇は、場違いだと思ってもじもじする。

休日にも関わらず人の出入りが多く、八個ある受付カウンターは大忙しだ。

四季はたったいま空いた一番右端にあるカウンターに遠慮なく進み、ひとつの業務を終えたばかりの受付の女性に声をかけた。

「試験の予約をしていた日向家十二代目、日向一覇を連れてきた」

女性はやや面食らったような表情ののちに、パソコンの画面を確認し、貼り付けたような営業用の笑顔を向けた。

「ご本人様の身分証明書と、推薦状はお持ちですか?」

四季は懐から封筒を出して受付嬢に渡し、それから一覇を肘で突いた。

「学生証を出せ」

と四季が偉そうに手を差し出すものだから、「えらっそーに」とぶつくさ文句を言いつつも、一覇は言われた通りにした。

車の中で受け取っていた自分の財布から、カード型の学生証兼免許証を出して、四季に渡そうとして……ここではたと考える。

「試験って、なんの?」

四季は「あちゃー、ここで気づきやがったこのスカポンタン」とでも言いたいのか、太く短い眉を歪めて頭を抱える。

やがてぼそりと、初めて試験の名称を一覇に伝えた。

「第三種霊障士資格試験――――プロ試験だ」

「へー……って、え!?」

四季に身分証を渡そうとする一覇の手が、ここで俊敏に引っ込められようとした。

しかし四季の腕が素早く閃き、目的のものを見事に掠め取る。

身分証は受付嬢の手に委ねられ、試験を受けるための手続きがつつがなく進められた。

「なに考えてんだよ!?無理無理無理無理無理だって!!!!!!!」

一覇の悲鳴にも似た反論が、受付ホールを貫いた。

ほかの受付嬢や用事で来た大人たちが、一斉に注目しだす。

第三種霊障士試験は、専門高校でもぶっちぎりで最難関とされる久木学園の試験よりも、ずっとずっと難しい試験だ。

一般的な戦闘知識だけでなく、霊子科学、体術。それらを修めた者にのみ、晴れて霊障士と大手を振って名乗る資格が与えられる。

下手したら弁護士試験よりも難関とまで言わしめる、この試験。

それを久木学園高等部に入学したての、九分九厘素人である一覇が受けて合格するはずがない。

「受験するだけなら、無理などということはない。第二種以上の霊障士か、絶対血統家のうち、一家の当主の推薦状があれば可能だ」

専門高校に通わず、個人的に師匠について霊障士を目指す者なら、通常であればその方法で受験資格を得ている。

もちろん学校に通えば、卒業試験に合格した者にはもれなく受験資格が与えられる。いわばそれが推薦状の代わりになる。

しかしたとえ学校に通った上で師匠につき、推薦状を得たとしても、なんら違法ではない。

「そういう問題じゃなくてっ!!だいたい、オレを推薦したのはどこの馬鹿だよ!?」

ぐ、と渋面となにかを押し殺した無言ののちに、四季は恐れをもってその名を口にした。

「おばさま……皇槻の、(たか)()様だ」

「は……?」

予想外すぎる人物の名が出てきて、一覇は思わず素っ頓狂な声をあげた。

皇槻鷹乃----予見者『最上の巫女』。

現代に残る陰陽師の最たる人物で、絶対血統家の主家当主。

一覇はテレビや雑誌でしか見たことがない。

長い銀髪に、恐ろしいほど透き通った銀眼が特徴の、女神が地上に舞い降りたかのように、絶世の美しさをもった女性だ。

すべてを見透すその瞳は、果たしてどんな世界をみているのだろうか。

ときおり、テレビの奥で彼女と目が合うときがある。

そんな馬鹿な、自意識過剰か妄想だろうと、思われるかもしれない。

だが本当に、彼女に見られている気がするのだ。

日向家は、皇槻家最大の分家。だから彼女と縁があるのは不思議なことではない。

もしかして……会ったことがあるのかもしれない。だから彼女はテレビ越しに、一覇になにかを訴えているのだろうか。

話を戻そう。

絶対血統家主家ということは、矢倉家とも縁が深い。四季が彼女を『おばさま』と呼んだ理由も、おそらくそこにあるのだろう。

「おばさまがなにをお考えでこんなことを指示したのか、僕にはわからない。僕にこのことを伝えたクソ神父も……たぶん奥の奥は理解していないだろう。だから」

「逃げるのですか?」

口調は穏やかなのに、今の四季には鋭く刺さるような声が響いた。

やがて受付カウンターの奥にある、関係者出入口からやや大柄な男が穏やかな笑みを浮かべて顔を出した。

細いがゴツゴツとして引き締まった体を、黒く長い修道服で包んでいる。

年の頃は四十代くらいに見えるのに、髪は真っ白。左目は紅色の義眼を嵌めていて、彼の内面の異常性が垣間見える。

皇槻家の専属執事にして、現代の日本でただ一人の第一種霊障士。

六条保泉が威風堂々とその姿を晒したことで、この館にいる一同が一気に湧き始めた。

単純に彼の存在感からくるものがある。

ここは霊障士の資格試験会場であるがゆえ、保泉への憧れで騒ぐ者も少なくない。四季も若手のなかでは名と顔が割れている。

そんな軽い雰囲気の中でなお、保泉も四季も、互いに睨み合って牽制しあっている。

だが四季の表情には怒りのほかに、明らかに恐れや不安が満ち満ちている。自分の部が悪いと、充分に理解している顔だ。

「彼はあの久木の首席入学生。頭がいいようですから、たぶん筆記試験はギリギリで合格するでしょう。鷹乃様とワタシの予想と見解は一致しています」

一覇自身も、おおむね予想していた結果と同じだ。

たぶん一般的な霊障士としての知識だけなら、同年代と比べても多い方だろう。

実の両親がしていた仕事柄、この世界の情報や知識は腐るほど集まってくる。重要なものは伏せられていたにせよ、充分すぎるほど上等なものを頭に詰めていた幼少期を思い出した。

ですが、とわざとらしい間を置いて、保泉の意見が続く。

「問題があるとすれば、実戦。これまでまともな経験がないと聞き及んでおります、試験といえども下手な動きを取れば大怪我もあり得る」

保泉の言うことはもっとも正論で、一覇にもよく理解できる範疇である。

誰だって、慣れないことをすれば躓く。

命を取り合う戦いともなれば自身も、一歩間違えれば相手でさえもリスクが高まるのだ。

実技試験で命の奪い合いはないにしろ、戦いの素人が下手に攻撃を加えようものなら、当てようとした場所に当たるとは限らない。

腕を狙ったつもりが、心臓に……という危険な事態になり得る。その逆も然り。

今度こそ、保泉は厳しい口調と深い声で詰問する。

「だから筆記試験でわざと不合格になり、実技試験を受けることなくこの場を離れよう……と。そういうことですね、四季様」

「……」

この場を逃れるための計画を暴かれた四季は、とうとう観念したのか、弱々しくこうべを垂れる。普段が手負いの暴れ猫なら、今はとどめを刺されてすっかり弱っている。

自分の雇い主に仇なす行為を、保泉は咎めようたしなめようというのだろう。

果たして主人である鷹乃のためなのか、あくまで四季の師匠としてなのか。彼の真意は探りかねる。

だが四季が立てた計画がほぼ瓦解しかけていることで、一覇がリスクを負って試験を受けなければいけないという、非常に暗雲立ちこめる未来が見えてきた。

一覇の背中に自然、つうと冷たい汗が流れる。

やばい、ここはなんとしても回避せねば……享年十五歳にはなりたくない。

だが保泉はじりじりと、だが確実に追い詰めてくる。

「有り体に言えば、勝算がない。だから、尻尾を巻いて逃げるのですか?」

保泉の黒い右目には光がなく、底なし沼のように深く広がっている。

このまま黙っていては、一覇がライオンの檻に丸裸で放り込まれるかのような、とにかく危険な事態に陥るであろう。一歩間違えれば、本当に命を落とす。

たぶん檻の外で見張る……もとい観察するのは、皇槻鷹乃。

そのためだけに用意された、これが盤上。

彼女の目的は……?

「そっ……」

「四季。君のヒーローは所詮、そんなものなのですか?負けを認めたくないから、負けるという苦い恥ずかしい経験を積みたくないから、逃げるのですか?」

四季はどうにかしたい気持ちがおおいにあるのだろう。すがりつくが悲しきかな、いまは指に藁が触れることさえ許されない。

「……っ‼︎」

喉がひりつく、血の味が口内に広がる。

四季はともかく一覇は、皇槻鷹乃の人となりを知らない。

いい人か悪い人か、優しい人か厳しい人か。テレビの画面越しでしか、彼女を知りようがない。

戦略的に、ここで降りるべきか乗るべきかなど、推しはかりようもない。ヒントのない、視界のない神経衰弱みたいだ。

ただひとつ、わかること。

たぶん自分は、なにかに巻き込まれようとしている。途方もない、大きななにか。

それが一覇にとっていいことなのか悪いことなのか、あるいは生か死か。

どちらにベットする?

乾いた喉を鳴らす。

テレビの奥で鋭く光る、銀色の瞳を思い出した。

血の味がじわりと広がり、興奮と高揚がどっと脳を支配する。

たぶんこれは、『最上の巫女』の挑戦状。

オレがどこまで這い上がれるか、彼女がどこまで愉しめるか。

ここは広くて小さな、チェス盤の上。箱庭のなか。

相手の真意を読み解き、出し抜くために一手も二手も上を目指すゲーム。

–−−−なるほど、皇槻鷹乃。ちょっとだけ、あんたの心が見えた気がする。

いまだ目的はわからない。これが本当に、彼女の策略なのかも、定かではない。だが。

たぶん、会ったこともないはずのこの女は、暗にこう誘っている。

『まさか貴方がここで、逃げませんよね?』

上等じゃん。

多少の買いかぶりがあるようだが、一覇も存外、喧嘩っ早いきらいがある。

「逃げも隠れもしないよ、オレは戦う」

「い、一覇⁉︎」

四季が思い切りギョッとしているが、一覇はもう迷わないし狼狽えもしない。

一覇はこの世界では疎ましき、日向家最後の長子。

あの地獄の光景が、ほんの少しだけ蘇る。

このはこにわに飛び込むなら、いずれは必要な覚悟だったと思う。それがほんの少し早まっただけのこと。

どんなに傷ついても、歩けなくても前に進む。

それがどんなに茨の道であろうと、底なし沼だろうと、星も見えない、道がなかろうと。

あの雪の日に消えゆく彼女とそう、約束したんだ。

「傷つくことで、恐れることはないから」

月に照らされた小さな箱庭のなかに、手を伸ばす。

駒を手に取り、ゲームを始めた。

あちらの駒は六条保泉という優秀万能なナイトがあるのに対して、こちらの駒はポーンすらいないキング一択。しかも向こうの方が、視野がだいぶ広いとみた。

五分の戦いなどではない、圧倒的不利、ワンサイドゲーム。

それでも。

一覇の青い瞳には、一点の曇りもない。

「……よろしい」

保泉は満足げに頷いて、くるりときびすを返した。

「実技試験でお待ちしておりますよ、日向家十二代目」

なんだかうまく乗せられたとは思うが、もう後には引けない。

戦え。

己の震えと恐怖、怯え。

すべてをぶち壊せ。


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