日常に紛れる異分子
今回の件での活躍が認められて、立派な勲章を授与された。
勲七等、彼女の若さを鑑みればかなり上等だ。
しかし一番に伝えたい師匠はいま、日本国内にいない。
師匠はあの子を引き取ってから『出稼ぎ』と称して、バチカンにいるようだ。
思い出したように絵葉書が届いて、気難しそうな角ばった字で「あいつはどうしてる?」とだけ書いてあった。
あの子供についてはやはりというか、遺憾ながら押し付けられたも同然の状態。
師匠は祖父の代から公立の孤児院を任されているが、あの子供だけは養子縁組の手続きをしたときいている。元の苗字で日常を過ごすのは、あの一件のせいで難しいと判断したとのこと。
女も孤児のひとりで、ひなぎく園の一員として施設で暮らしている。
あの子供も師匠の実の娘と同じように、運営を手伝う名目で施設のなかを実際の住居としていた。
師匠からしたら、最初から彼女に監視させる目的で、そのように手配したのだろう。
まったく、今回ばかりはうまくやられたものだ。
ひとに厄介事を押し付けるためにばっかり、頭を使うのがあの人だ。奥さん……明日香さんも苦労するわけだと、深く納得する。
授与式に引っ張り出されて、緊張でヘトヘトになって帰宅した。
『百々(もも)姉ちゃん』と慕う幼い子供たちが出迎えてくれ、明日香が作ってくれた夕食をとる。
温かい味噌汁を啜りながら、ぼんやりと考えていた。
女は次の誕生日で二十二歳になる。
原則として十八歳を迎えた孤児は育った施設を出て、独り立ちしなくてはいけない。
しかし彼女は表向き、ひなぎく園の臨時職員として働いていることになっている。実際には家のお手伝い程度のもので、ほとんど子供たちと同じように世話になっているのが現状だ。
明日香を母と慕い、師匠を父と思う。
この施設が『実家』とさえ思えるほどに、彼女は懐いていた。
甘辛く味付けされた茄子の炒めものを口に入れて、モゴモゴぎゅっぎゅと楽しげに咀嚼しながら考える。
この味も、あと何回食べられることだろうか。
「百々子ちゃん、椋汰ちゃんが出たら次にお風呂入っちゃってね」
明日香に声をかけられて、子供たちが熱心に観ているテレビの音楽番組を眺めながら、間延びした声で答えた。
「はーい」
白米に残りの味噌汁をひっかけて、熱いうちにかき込む。
メインディッシュの鳥唐揚げも綺麗に平らげて、風呂が空くのを待ってテレビをぼんやりと眺めていた。
チャンネルは飯に夢中だったあいだに切り替わっていて、いまはニュース番組がひとりで流れている。別段に興味をそそられる事件はなく、習慣化した天気予報に食いついた。
霊子の弾は関係ないが、実弾の飛距離は天気に左右されやすい。明日もまた仕事があるから、抜かりなくチェックしておかねば。
そのうちに、椋汰と呼ばれた見るからに活発な少年が、元気な声で風呂の順番が女に回ってきたことを伝えてくれた。
天気予報も終わりを告げたので、電源を消して風呂の準備をしに自室へ向かう。
廊下に出てすぐある部屋は、先ほどの椋汰と、例の子供の相部屋だ。開け放たれた扉から蛍光灯の明かりが煌々と漏れて、中の様子が見られる。
椋汰が子供らしく執拗に構い倒して、少年は心底で嫌そうな顔を浮かべていた。
不気味な金髪に、青い瞳。
顔立ちは日本人そのものなだけに、髪と瞳の色が悪目立ちした印象を受ける。
まるで……ワタシの姉を殺した鬼魔みたいだ。
地面に着きそうなほど長い金髪を靡かせ、白い指を姉の血で汚した姿。
青い瞳は、愉悦に溺れて歪んでいた。
あの眼を、ワタシは絶対に忘れない。忘れてなるものか。
女の指に自然と力が入る。憎悪で煮え繰り返りそうだ。
たったひとりの家族を奪った、金髪碧眼の童子————八瀬童子の首をこの手で狩るその日まで、ワタシは生き続けるのだ。




