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亡霊×少年少女  作者: 雨霧パレット
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運命なんかじゃ、答えにならない縁

いまも()()が隣にいてくれたら……そんな「今ではどうしようもない」こと、何度も何度も、何度も繰り返し考えた。

その一方で、菜奈に責められてなじられるありえない悪夢も、ほとんど毎日のように見ている。

夢は自分が思ったことや感じたこと、その日の経験を整理するときだと言われているが、じゃあオレは毎日、菜奈のことだけを思って生きていたのか。

オレのせいで死んだ人はたくさんいるのに、どうして菜奈だけを想って、こんなにもこころがひしゃげているのだろう。

前に進んでいるのか、退(しりぞ)いているのか、わからないよ。

少し脚が傷ついただけでぼんやりと立ち止まったオレを、たぶん、君は怒っているだろう。

自分の無能を嘆くあまりに、自分の可能性をすべて否定していた。

でも。

どんなにこの脚が傷つこうと、こころが折れようと。もがいて足掻いて進むことはできるんだと、君が教えてくれた。

君がその命を落として教えてくれたこと、全部ぜんぶ、痛いくらいに魂に刻みつける。――――この剣で、この手で。

掴み取るんだ、前を切り拓くための未来を。


「『(あら)()せ、“かぐや”』……っ!!」

(いち)()の声が、悪魔による混乱覚めやらぬファミリーレストランの狭いホールに、ひときわ高く響いた。

だが手のうちの(ぎん)(ばん)は虚しくも無音で、眼前では相変わらず四季と悪魔の激しい(けん)(げき)が続いている。

悪魔はそれこそ悪夢みたいに、どんどん四季の行動パターンを学習し、成長を続けていく。

武器こそ粗末な錆鎌だが、その手合いは最初と全然違い、ずば抜けた兵士のように正確で強くなっていた。

こころなしか、外見にも変化が見受けられる。

(まだら)だった肌は、つるりとゆで卵を剥いたようなピンク色に。鼻は立派なわし形で、頭部にはうっすら毛が生えている。

ときおり聴こえる声は嗄れてはいるが意味のない喘ぎではなく、「お前……違う……どこだ?」といった、やはり意味はわからないが日本語だ。

なんというか、不気味にも人間っぽくなっている。

その一方で、あれだけ美しかった“(おぼろ)”の刀身はもう、錆刀の方がよっぽどましなくらいだ。

四季自身も全身が血だらけで、おろしたての制服はボロボロになっている。悪魔の攻撃を急所に喰らわないように、それだけで精いっぱいのようだ。

「『(あら)()せ、“かぐや”』っ!!」

一覇はひとり人影のないがらんどうの店の隅で、(れい)(しょう)()()()(ばん)と戦っていた。

しかしいくら音声起動シークエンスを叫ぼうと、エンジンはぷすんぷすんとくすぶっている。

周囲にライムグリーンと(だいだい)(いろ)が混じりあった霊子が勾留し、空気の濁りを生み出している。

――――まさか……故障!?

ありえないことはない。

基盤というものは超精密機器で、定期的な部品交換を含めたメンテナンスが必要だ。人によっては毎日、専属の技師に簡単なメンテナンスを頼むほど。

しかし一覇はこの“かぐや”を手にしてから、一度たりともメンテナンスに出したことがない。

機械はあいにくと門外漢なので、表面のネジを回すだけのジャケットを取り外したことすらない。

一覇はただ使えない基盤を手に、リノリウムの冷たい床にへたりこんでいるだけ。

四季の“(おぼろ)”が、ついに形を失った。青い光を虚しく散らし、ただの金属の板に戻る。

使用者が霊子を追加で収束すれば綺麗に復活するが、どうやら四季にその余裕はなさそうだ。

武器を失い、四季はそれでもなお戦おうと拳を振るっている。

「頼むよ……あいつ、このままじゃ……」

基盤を掴んでいる手に、力がこもる。

自分がいったいなにで震えているのか、もうわからない。

悪魔は四季に、容赦ない斬撃を見舞う。衝撃で四季の髪紐が解け、青みがかった長い黒髪が舞い踊る。

壁際に追い込まれて、もはや逃げるも避けるもできない。

「動いてくれよ……動け……」

悪魔が四季の首を、まるで転がっていた小枝みたいに握っている。いまにも握りつぶされて、死んでしまいそうだ。

それでも彼はもがいて、自分の首を握っている悪魔の腕を殴りつけている。浮いている脚で、悪魔の胴体を蹴りつけている。悪魔は平然としている。

それもやがて……止まった。

「っ……『(あら)()せ、“かぐや”』ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ」

気がついたら、砲撃のように飛び出していた。

基盤を握っている右手とは逆の――――利き腕の左で、渾身の一撃を見舞った。

べつに勝算とか戦略とか、複雑なことは一切考えなかった。

次は自分が殺されるかもしれない……そんなこと、一瞬だけ過ぎったけれどもどこかへ飛んでいった。

ただただ、後悔したくない。今度こそ————

一覇の拳を脇腹に受けた悪魔は、その衝撃で四季の首から手を離した。

およそ一メートルの高さから急に落とされた四季は、ぐったりとしている。

「四季っっ!!」

彼のもとへ駆け寄り、壁にもたれかかる肩を必死に揺らした。

長い髪の隙間からみえる肌は、恐ろしいほど青ざめている。

生きていてくれ。

返事をしてくれ。

息を詰めて、四季の意識が回復するときを待ち続けた。

やがて息を吹き返したように血を()(しゃ)して、ぜいぜい荒い息を吐きながらの掠れた声が、確かに聴こえた。

「……はや、く……逃げろ、ばかっ」

「ばかってなんだよ……ったく」

可愛げがねーな、とぶつくさ文句を言いつつ、一覇は笑っていた。

今度は救えたという、喜びと。

四季が生きていてくれたという、安堵。

四季もたぶん、嬉しかったのだろう。苦しい顔のなかに、自然な笑顔がにじみ出ている。

「ったく。お前図体はちっさいのに、態度はモンブランだよな」

「やかましい。貴様のようなモヤシより、よっぽどましだ」

幼い頃のあの日みたいに。四季の手をひいて、ボロボロでフラフラな彼に肩を貸す。

あちこち怪我を負っていて、体力の限界が来ていたのはもちろんだが、なにより身長に差があって、とても歩きにくそうだ。

昔は正反対だった身長の差は、離れていた二年でこんなにも変わってしまった。

顔つきも体つきも、声も、ともすれば性格さえ。変わったところはたくさんある。

だけどお互いに想うことは、こころの距離は、なにも変わっていないはず。

再会したとき、お互いに変化についていけなかった。だからぶつかった。

いまは変わってしまったお互いに慣れないだけ。これからずっと一緒なんだから、いつか“いま”にも慣れていく。

変化なんて些細なことで、壊れるような縁じゃないって。

たとえまた離れたとしても、必ずもう一度、絶対に。

どこかで出逢えると思う。

————運命なんかじゃない、全部が必然なんだって。

ただ、そう、信じている。


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