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亡霊×少年少女  作者: 雨霧パレット
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29/88

ひとつの純愛なんかじゃない、歪んだ君をみているようだ

相手はホールとキッチン担当の先輩アルバイト、男子大学生の花田だった。

どうやら一覇のサボりにとっくに気づいていたものの、告げ口せず優しく見守ってくれていたらしい。

だが団体客が来たために忙しくなり、花田ひとりでは手が回らなくなった。だから仕方なく、一覇を呼び戻すことにしたという。

「すいません、戻ります」

「あいよ。七番テーブルにいちごパフェみっつ持ってって」

花田に元気よく返事してから、キッチンまで行って既に出来ているいちごパフェを三個受け取り、指定された番号のテーブルに配膳した。

――――さて。どうすっかね?

団体客の注文はひと通り終わったらしく、現在の時刻もあって客足は鈍ってきている。

四季との難しい話で凝った肩をセルフマッサージしつつ、思考を先ほどの話題に戻した。

《祠の悪鬼》は固有性質が『土』で、有利な性質は『木』。

だけど貴重な戦力である四季の性質は、相手と同じ『土』。

だから今回の場合、いかに相手の地力が上か、第三種とはいえ戦闘経験が浅い四季がどういった戦略を練るか。

そして第四種の一覇という駒をどこに置いて進めるか……極論では、この戦いの結果はそこですべて決まる。

肝心の一覇の固有性質は、おそらく『金』。

だから祠の悪鬼に対して有利とは言い難い。

(かみ)(やま)()()との一件で生まれて初めて自分の霊子をみたとき、それは鮮やかなライムグリーンに輝いていた。

空気に実は色があるように、霊子にも色がついている。

『木』は黄色、

『水』は白、

『火』は(だいだい)

『土』は青、

そして『金』は緑。

気候によるスペクトルの影響や個人差があるものの、基本はこんなところだ。

霊障士だって四六時中観察しているわけではないし、意味があるのかなんて一覇にはわからない。だが。

スラックスのポケットから、今度こそなにかに耐えかねて銀の板――――霊障武具基盤を取り出した。

黒く変色した血がこびり付いて、表面はあちこち(へこ)んだり削れている。

事件の証拠品として回収されるはずだった菜奈の基盤を、どさくさ紛れにいまもこうして持ち歩いている理由は……一覇にもよくわかっていない。

あれからたった一度だけ、誰もいないところを見つけて音声起動シークエンスを口にしたことがあった。

だが当然のように、“かぐや”は応えてくれない。

整備士に見せるわけにはいかないから、壊れているかどうかわからない。

ただ、彼女でなければ不満だ、とでも思っているように一覇には見えた。

(しょく)(ざい)なのか戒めなのか。あるいは彼女のことを諦めきれない未練か。

一覇は「あくまでお守りだ」と自分に言い聞かせているが、本当はもっと根深くて(くら)い情念がこもったものではないか、と。

そう思えるほどに、強く(これ)に執着している。

「これもひとつの《愛》……なのかね?」

それにしては、幼稚で稚拙で、醜いものだ。

とか苦い顔でひとりごちていると、

「うえー」

という花田の情けない唸り声が、キッチンから聴こえた。

「どうかしました?」

と花田のもとへ駆けつけると、彼はキッチンから外に続く勝手口のすぐそばにいた。

花田は真っ青な顔で、箒とちりとりをまるで剣と盾のように構えていた。

「……なにしてんすか」

へっぴり腰で臨戦態勢の花田は一覇の姿を見るやいなや、素早く一覇の背中にまわりこむ。

「河本ぉっ!いいとこに!!なんかキモいもん見っけたからさ、あわよくば始末して!てか先輩命令!!」

花田は半分くらい泣きながら一覇の両肩を掴み、逃げる隙を奪って勝手口に押しやる。

「なんですか、キモいものって……」

ゴキブリかな?と情けない花田に呆れながら。

ここで一覇は、はじめて妙な違和感に気づいた。

なぜか、勝手口が開け放してある。

この勝手口は元が大衆食堂だった名残で、リフォームしても構造上やら消防法やらで壊せないから残っているだけだ。

南京錠で内側から固定されているだけだし、その鍵を持っているのは店長だけ。

だから誰もここから出入りなんてしない。できない。

そう聞いている。

実際に、一覇のシフト中で勝手口をいじっている人は、誰もいなかった。

――――なにか……

嫌な予感が、一覇の背筋をゆっくり撫で回す。

説明はできない。

なぜそんな気分になるのか、自分でもわからない。

ただ事前に聞いていたことと違う事態が起こったことで、漠然と、言い知れない不安が気持ち悪くまとわりつく。

なにも無ければ、花田を軽く小突いてそれで済む。そう思い直して、おそるおそる勝手口から外を覗いた。


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