ひとつの純愛なんかじゃない、歪んだ君をみているようだ
相手はホールとキッチン担当の先輩アルバイト、男子大学生の花田だった。
どうやら一覇のサボりにとっくに気づいていたものの、告げ口せず優しく見守ってくれていたらしい。
だが団体客が来たために忙しくなり、花田ひとりでは手が回らなくなった。だから仕方なく、一覇を呼び戻すことにしたという。
「すいません、戻ります」
「あいよ。七番テーブルにいちごパフェみっつ持ってって」
花田に元気よく返事してから、キッチンまで行って既に出来ているいちごパフェを三個受け取り、指定された番号のテーブルに配膳した。
――――さて。どうすっかね?
団体客の注文はひと通り終わったらしく、現在の時刻もあって客足は鈍ってきている。
四季との難しい話で凝った肩をセルフマッサージしつつ、思考を先ほどの話題に戻した。
《祠の悪鬼》は固有性質が『土』で、有利な性質は『木』。
だけど貴重な戦力である四季の性質は、相手と同じ『土』。
だから今回の場合、いかに相手の地力が上か、第三種とはいえ戦闘経験が浅い四季がどういった戦略を練るか。
そして第四種の一覇という駒をどこに置いて進めるか……極論では、この戦いの結果はそこですべて決まる。
肝心の一覇の固有性質は、おそらく『金』。
だから祠の悪鬼に対して有利とは言い難い。
神山菜奈との一件で生まれて初めて自分の霊子をみたとき、それは鮮やかなライムグリーンに輝いていた。
空気に実は色があるように、霊子にも色がついている。
『木』は黄色、
『水』は白、
『火』は橙、
『土』は青、
そして『金』は緑。
気候によるスペクトルの影響や個人差があるものの、基本はこんなところだ。
霊障士だって四六時中観察しているわけではないし、意味があるのかなんて一覇にはわからない。だが。
スラックスのポケットから、今度こそなにかに耐えかねて銀の板――――霊障武具基盤を取り出した。
黒く変色した血がこびり付いて、表面はあちこち凹んだり削れている。
事件の証拠品として回収されるはずだった菜奈の基盤を、どさくさ紛れにいまもこうして持ち歩いている理由は……一覇にもよくわかっていない。
あれからたった一度だけ、誰もいないところを見つけて音声起動シークエンスを口にしたことがあった。
だが当然のように、“かぐや”は応えてくれない。
整備士に見せるわけにはいかないから、壊れているかどうかわからない。
ただ、彼女でなければ不満だ、とでも思っているように一覇には見えた。
贖罪なのか戒めなのか。あるいは彼女のことを諦めきれない未練か。
一覇は「あくまでお守りだ」と自分に言い聞かせているが、本当はもっと根深くて昏い情念がこもったものではないか、と。
そう思えるほどに、強く物に執着している。
「これもひとつの《愛》……なのかね?」
それにしては、幼稚で稚拙で、醜いものだ。
とか苦い顔でひとりごちていると、
「うえー」
という花田の情けない唸り声が、キッチンから聴こえた。
「どうかしました?」
と花田のもとへ駆けつけると、彼はキッチンから外に続く勝手口のすぐそばにいた。
花田は真っ青な顔で、箒とちりとりをまるで剣と盾のように構えていた。
「……なにしてんすか」
へっぴり腰で臨戦態勢の花田は一覇の姿を見るやいなや、素早く一覇の背中にまわりこむ。
「河本ぉっ!いいとこに!!なんかキモいもん見っけたからさ、あわよくば始末して!てか先輩命令!!」
花田は半分くらい泣きながら一覇の両肩を掴み、逃げる隙を奪って勝手口に押しやる。
「なんですか、キモいものって……」
ゴキブリかな?と情けない花田に呆れながら。
ここで一覇は、はじめて妙な違和感に気づいた。
なぜか、勝手口が開け放してある。
この勝手口は元が大衆食堂だった名残で、リフォームしても構造上やら消防法やらで壊せないから残っているだけだ。
南京錠で内側から固定されているだけだし、その鍵を持っているのは店長だけ。
だから誰もここから出入りなんてしない。できない。
そう聞いている。
実際に、一覇のシフト中で勝手口をいじっている人は、誰もいなかった。
――――なにか……
嫌な予感が、一覇の背筋をゆっくり撫で回す。
説明はできない。
なぜそんな気分になるのか、自分でもわからない。
ただ事前に聞いていたことと違う事態が起こったことで、漠然と、言い知れない不安が気持ち悪くまとわりつく。
なにも無ければ、花田を軽く小突いてそれで済む。そう思い直して、おそるおそる勝手口から外を覗いた。




