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53.叶った夢とそれからの私たち。(終)

 山からふもとまで降りてきた私たちは、家々の窓灯りが漏れる町中を歩く。

 ちなみにチーリは相変わらずの露出度の高い格好だったからか、ローブがはだけてチーリの肌色が見えないように、ティセによって紐で固定されている。


「この世界でもチーリは……この悩殺ぼでぃを活かせないというですか……チーリ悲しいです」


 だからそれ8歳児が悲しむことじゃないからねチーリ。これはいい加減矯正させた方がいいと思うよ……。


 そんな風に悲しむチーリだったけれど、先程から気になる事でもあるのか歩きながら『んー』だとか『むー』のような声にならない声を上げている。


「どうしたのチーリ、何か気になるの?」

「えっと、チーリ、あの小部屋に溜まってた魔力の残滓を吸収して異世界転移の魔法を使ったですけど、それで魔力が完全に枯渇してしまったのですよ。

 だけど、普通ならしばらくしたらチーリが元々持ってる魔力分は元通りになるですけどこの世界、全く魔力感じないです。なので、この状態が続くとチーリはリッチじゃなくなってしまうのです」


 えっと、それはつまり……?


「魔力があって覚醒したからこそチーリはリッチになったと言えるのです。だけどもうそれができなくなったですので、チーリは普通の人間とおんなじになってしまったようなのです」


 チーリがリッチではなくなる。

 もしかしたらチーリは実の両親との繋がりがそれで無くなってしまうのが残念なのでは、と思ったけれどその顔には嬉しさが滲んでいた。


 あ、そうか。そういえば前にチーリが話していたっけ。



──ティセママは人間で、チーリは半分人間だけど半分アンデッドのリッチで、シィおねぇちゃんは妖精のバンシーなので、進む時間が違うのです。

──だから、みんなが同じペースで生きていけるように、チーリとシィおねぇちゃんが人間になれるような、そんな魔法があれば使いたいのです



 魔法ではなかったけれど、結果的にチーリの夢は叶ったという事になるのか。

となると、私がすべき回答はこれに違いない。


「よかったね、チーリ」


 私はチーリの頭を歩きながら撫でた。


「はいなのです!」


 私がチーリの夢を覚えていたことが嬉しかったのか、チーリは輝いたような笑顔を私に見せた。


 ……あれ、待って。でも顔色は相変わらず青いよ?

 いや、きっと、次第に普通になっていくんだよね……?


 そんな風に私とチーリが雑談をしていると、先頭を歩いていたティセが、一軒の建物の前で立ち止まって、中に入っていった。


 なんだろうここ。私たちも後に続いて中に入ると先に入ったティセは青い服を着た人たちに大声で尋ねている。


「すみません、ここはどこで今何年ですか! 私、䋝片(おがた)知世ちせと言います!!

 今まで変な人たちにずっと変な場所に閉じ込められてなんとか逃げてきました! そして閉じ込められている間に娘も2人できてしまいました!

 私の家族がどこにいるか知りませんか!?

 珍しい名字なんで多分電話帳とか昔の捜索願を探せばすぐに私の家族が見つかるはずです!」



 ******



 それからは季節の変わり目すらわからないほどに、てんやわんやの日々だった。


 向こうの世界と、こちらの世界は運が良く時間の流れは同じだったらしい。

 だけどそれはつまり、こちらでも25年以上の月日が経っていたということだ。


 その為、25年以上もの間行方不明になり、とっくの昔に死亡扱いとなっていた少女が大人になって、さらに子供を2人も連れて突然姿を現したという事になるのだから、もうそれだけで世間は大騒ぎになってしまった。


 一体何処にいたのか、拉致か、誘拐か。はたまたただの狂言か。当然ながら、異世界に迷い込んでいたことは誰にも話していないので、さまざまな憶測がテレビやネット上を駆け抜けた。


 それらは当然、好意的な反応だけでなく、懐疑的、否定的な反応もあったけれど、ティセは全く気にする様子はなかった。

 暫くの間はその関係で慌ただしい日々だったけれど、世間の興味は次第に別の話題へと移っていき、やがて私たちは日常の中に溶け込んでいった。


 そして私とチーリは、元々ここの世界の人間では無いので身分が証せるものを何一つ持っていなかったのだけれど、この騒動がもとで、私たちは特例で戸籍の取得を認められ、私もチーリも晴れて、正式にティセの娘となった。


 ティセに取り込まれた事で、体を再構築された私はともかく、チーリとは一切血のつながりが無いはずだけれどそこはまぁなんとかなったのだろう。


 そして、普通の人間として生きられるようになった私は、チーリと同じペースで少しずつと成長し、背も少しずつ高くなっていった。


 ……横は……まぁ年相応に。



 ******



それから1年後の春……。


もう少しで咲きそうな桜の木を眺めながらランドセルを背負っている私、シィ改め、䋝片(おがた)椎那しいな


「シィおねぇちゃんお待たせなのですよー」

「もう、遅いよチー……智衣理ちいり

「ごめんなのです」


 そして私の元へと駆けてきたのは、私と同じランドセルを背負った少女。こっちは私の妹である、チーリ改め䋝片(おがた)智衣理ちいり


 私と同じく完全に人間となった智衣理ちいりだったけれど、相変わらず顔色は悪い。

 それを考えると、リッチだから顔が青かったんじゃ無くて、智衣理ちいりは元々これが普通だったのだろう。


 それはともかく、私たちは今、名前を改めて半年前から小学校に通うようになったのだ。クラスは違うけど学年は同じ。そして私が双子の姉ということで。


 ちなみに、まず言葉を覚えなくちゃと思っていたけれど、何故か話し言葉は向こうの言葉をそのまま使えた。

 そういえば、ティセが向こうの世界に迷い込んだ時も言葉は何故か通じたと言ってたから、おそらく異世界転移で移動すると自動的に言葉も変換されてしまうという事なんだろうけど、そのおかげで私たちの負担は大きく減ったのだった。

 ……まぁ、読み書きについて改めて覚えなくちゃならなくなったのだけれど。


 そして今日は私たちの小学校での新学期。


 ティセに聞かされていたように、文化が違いすぎて慣れるにはまだまだ時間がかかりそうだけれど、私はティセとチーリ……いや、おかあさんと妹の智衣理ちいりと一緒ならがんばれる気がする。


「そういえば今日の放課後、じっちゃばっちゃの家に寄り道するですか?」

「うん、おばあちゃんが私たちの顔を見たいってティセ……おかあさんが言ってたから」


 ティセは25年以上もの空白期間があったのだから、両親との関係がぎこちなくなってしまっているかもと思ったそうだけれどもやっぱり血の繋がった親子なのだろう、空白の期間なんてなかったかのようにすぐ打ち解け、さらには突然湧いたような私たちにもティセの両親は本当の孫のようにかわいがってくれる。


 戸籍上は本当に孫にはなってはいるけれど、心情的にね。


 そして別々に暮らしているのも事情があって、私たちに取材をしようと報道関係者たちが大挙して押し寄せたので、私たちをそれらから少しでも遠ざけるために用意してくれたのだ。


 そんな心遣いに私たちは本当に助かっている。


 なんて事を話していると、ティセも自転車に乗ってやってきた。


「2人とも、まだここにいたの? 早く行かないと遅刻しちゃうよ」

「それはティセ……おかあさんもでしょ。昨日も遅刻しそうになってたよね」


「ぐぬっ、わかってるわよ。急いで行きますー……」


 ティセは今、近くの高校に通っている。


 なんでも、義務教育を終えることすら出来なかったティセにも勉強する機会を与えてほしいと全国各地から募金が集まってしまい、その気持ちに応えるべくティセは猛勉強をして、そのおかげで今年の春から高校生となったのだ。


 ……いや、私は指摘しないよ?

 さらに年を重ねて35歳になったって言うのに、周りの高校生たちと並んでも全く違和感が無いように溶け込む、この相変わらず皺もたるみも無い卵肌の、見た目がやたら若い童顔な母の事を。


 ……本当に人間なのかなって、私はやっぱり疑ってしまいそうになる。


「2人とも気をつけて行ってらっしゃい!」


「いってきますおかあさん」

知世ちせママ、行ってくるのですよー」


 そして私はティセと別れ、智衣理ちいりと手を繋いで学校へと向かう前に、さっきまで眺めていた桜の木に一度顔を向けたその瞬間、タイミングよく、桜の花が咲き始めたのが見えた。


 私たちが向こうの世界で見ることの叶わなかった『春になったらお花見をする』という約束。それはどうやらこちらの世界で叶える事になりそうだ。


「むー、シィおねぇちゃん、何立ち止まってるですか。早く行くですよ」

「わ、ごめんね智衣理ちいり。待って今行くよ。あのね、あの桜の花がね──」



 私とおかあさんと智衣理ちいりが、本当の親子になってからの生活はまだ始まったばかり。

 楽しいだけじゃなく、辛いことや悲しいこともこれから先いっぱいあるだろうけれど、私はおかあさんと智衣理ちいりがいれば、どんな事でも乗り越えていける。



 だから私は、今、とても幸せだ。





 おわり。

本編はこれにて完結となります。

お読みいただきありがとうございました。


明日からは後日談&番外編を7本予定していて、それらをもって完結とする予定ですので、もう少しだけお付き合いいただければと思います。

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