45.回り出した歯車
私たちが住んでいる廃教会のある森やリタキリア、ルベレミナなどの村を始め、コトイオトの町も治めるケダイカデ王国の王都、ブンシューチにある王城。
その城内では、国の重鎮である陛下と将官が2人でなにやら密談を交わしている。
「ほぉ、怪物を一泣きで仕留める少女に高度な魔法を使う少女……か。本当なのかショー・カーン将官」
「はい、ヘイカー陛下。どうやらバンシーの類とリッチの類と思われますが、この2匹を使役する魔物使いらしき存在も確認されました」
昨年秋の収穫祭の出来事の報せが、春になってようやく国の中心部まで届いたらしい。それほどまでに、このブンシューチからリタキリアまでは遠い。
「そんな力を有するものがいれば、ノリナト帝国への戦力としても役に立つかもしれんな」
どうやら私とチーリの力を、他国への侵攻する際、戦力の一つとして考えようとしているらしい。
勿論私とチーリはそんな事をしたくない。ただティセとともに3人で平和に暮らしたいだけだから。
「ええ、使えるかもしれません。ですが、不審な点も少々……」
「ん? それはどういうことだ?」
不審な点という言葉に眉を顰める陛下に対し、将官はその点について詳らかに説明しだした。
「村人からの情報によれば、コトイオトに住んでいるという情報があったのですが、コトイオトの住民に話を聞いても誰も彼もそんな人物には心当たりは無いようなのです。
念のため、コトイオトの町長であるサッチウースロー・リスキーにも確認を取ったのですがが、やはりそんな人物は町にいないとの事だったのです。
『もしそんな幸薄そうな幼女が町にいたとしたら既に手籠めにするべくあれこれ手を動かしとるわ』との事でした」」
ティセが、住んでいる場所をごまかす為に、リタキリアやルベレミナを訪れた際には村人に『コトイオトから来た』と伝えていた事、その作戦がどうやら裏目に出てしまったらしい。というかなんだか怖いこと言ってるよこの町長……見たこともないけれど絶対やばい奴だ。
「それは確かに怪しいな……」
「何か裏があって隠れているのかもしれません。そして、コトイオトにはいないとサッチウースローは話していたのですが、気になる事を彼の弟であるリタキリアの村長、ジットメーロが口にしていました。
その魔物使いと、バンシー及びリッチの特徴と非常に合致する者たちをリタキリアの収穫祭後にもリタキリアにいるのを確認したそうなのです」
収穫祭の日に肩車をされたチーリとおんぶされていた私をなめるように見ていると感じた町長。ただ単に私たちの自意識が過剰なだけと思っていた……いや、思いたかったのに、やっぱりじっくりと見られていたらしく、あの脂汗は本物だったようだ。
そして、その後もリタキリアで買い出しの為に訪れていたのにも気づかれてしまったらしい。リタキリアだけでなくルベレミナの村人たちも好意的に私たちを見てくれてたからすっかり油断してしまっていた。
「何!それは本当か!」
「はい、ちなみにその魔物使いは、黒髪で修道服を身につけていて、自分は聖女だと名乗ったとの事でした」
私がバンシーで、チーリがリッチである。それでも私たちは安全である事を証明するために、ティセが隠そうとしていた『自身が元聖女であること』も、伝わってしまったらしい。
「……黒髪で自称聖女だと?」
「ええ、私もある人物が脳裏を過ぎりました。そしてそれを決定づける事もジットメーロが口にしていました。『あれは見た目だけは若作りしているが、熟女……グゲェアレロリババア。オレノコノミチガウチガウ』と。
後半は意味がわかりませんが、これでおそらくあの人物だと確信しました。見た目は子供で中身は中年の黒髪で自称聖女。それに合致する人物に心当たりしかありません」
……私たちであのイテマエジャッカルを倒した時の歓声の中に混じっていた『ヨージョ』だの『ジトメ』だのといった変な声。どうやらやっぱりあれが村長らしい。ちょっと……いや、かなり己の欲望に忠実過ぎるのでは。
「あの無能な偽聖女……そんな所に逃げていたとは。
ろくすっぽ役に立たんから早く追い出すべく新たな聖女を捜索する事にして、漸く5年前に新たな聖女出現の気配を城お抱えの祈禱師が示したからこそ、やっと追い出せると思った事所をその動向に気づいたのか真っ先に国庫から金を盗んでトンズラした大罪人め……。
新たに出現した真聖女も未だ何処に潜んでいるのか、皆目見当もつかないし全く不愉快なことばかりが続くものだ」
新たな聖女、その正体は今のところ私だけが知っている。リタキリアに住んでいて、私に告白した後、北の海近くの森に隠れていたバンシーのバーシアの事をずっと追いかけまくっているチハルだ。
ちなみにバーシアは観念したのか、バンシーだとバレないように軽く変装をしてチハルと一緒にリタキリアに住んでいるらしい。
「それで、如何いたしましょう陛下。バンシーとリッチの2匹は捕獲するとして、偽聖女については」
将官の問いに対して、顎に手を置いて考え始める陛下。やがて、面白いことを思いついたような顔をしながら、将官に命じる。
「あの国庫から金を盗み出した大罪人が、素直に引き渡しに応じれば、特赦を与えない事も無いが、逆らうようであれば生かす必要は無い。その場で仕留めよ」
「かしこまりました、陛下」
将官もまた、陛下の命令を聞き、ニヤリと口角を上げた。
そのような不穏な会話がされている事を、城からはるかに離れた森の中の、廃教会にいる私たちには知りうる術は勿論無い。
しかし、私たちのこの平穏な生活を狂わせようとしている歯車はじわりじわりと回り始めていたのだ。
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歯車が動き出したことにティセが感づいたのは、リタキリアへ買い出しに来た際に、門番に挨拶をして中に入ろうとした時だった。
「こんにちはー門番さん」
「あぁ、ティセちゃんか、こんにちはシィちゃんチーリちゃんもこんにちは」
「ん」
「なのです」
すっかり顔なじみでほぼ顔パスとなっている私たち。挨拶の後に少しだけ雑談をして村の中に入ろうとすると、何か思い出したような顔で門番が気になる事を私たちに教えてくれた。
「そういえばティセちゃんたちと特徴が似ている人を兵士が探し回っているって、コトイオトから来た商人が話していたぞ。もしかしたらここに来てる時でタイミングが悪かったのかな。こないだの怪物退治で褒賞でもしようというのかな?」
「……あ、そ、そうかもですね」
それを聞いた途端、目を泳がせ、しどろもどろになりながら返事をするティセ。なんとか平静を保とうとしながら言葉を紡いでいるものの、四六時中一緒に過ごしている私とチーリは、その変化にすぐに気がついた。
門番はそのティセの変化には気がつかなかったようで、そのまま私たちを村の中へと通してくれた。
「ティセ、大丈夫?」
「ティセママ、どうしたのですか?」
「あ、うん、ごめんね2人とも。大丈夫だよ」
村の中に入っても思い詰めたような顔をしているティセに、不安になった私とチーリが声をかけたのだけれど、大丈夫だと返すティセの表情は曇ったままで、どう見ても大丈夫には見えない。
それから、必要なものを買いに行った私たちだけれど、そこでもティセはいつもと違うような行動を取った。
「それじゃ今日はちょっと早いけど、教会に帰ろうか」
「え、もう?」
いつもならば、買い出しを終えたに、軽くおやつを買ったり寄り道をしたりするのが当たり前になっているのだけれど、今日はティセが早めの帰宅を促してきた。
やはりちょっと様子がおかしい。しかしティセは私たちにはその理由を教えてはくれない。
ティセが何か気がかりがあるのなら、私たちは何かそれを手助けしたいと思うのだけれど、その土俵にすら立てない事に、私とチーリはどうにも焦燥してしまう。
リタキリアの村から出ると、足早で廃教会へと向かう私たち。
それは、まるで誰かに見つかったらまずいとでも思っているかのように。
その時だった。
「待て」
私たちは突然誰かに呼び止められたのだ。
全く聞き覚えの無いその声に私たちが振り返ると、明らかに身分が高いと思われる格好をした男と、付き添いらしい兵士が馬に跨がりながら私たちの近くにいた。
「偽聖女ティセ・オーガッタ。やっぱりお前だったのか」
ティセを偽聖女と罵りながら馬から降りたその男と兵士は、憎々しげな眼差しを私たちに向けながら一歩一歩と距離を詰め始めてきていた。




