三章第十七話前編
ネームレスにより捕虜として連れさらわれた奴隷の中でも、年嵩の少女――チュヴァ、ミラーシ、ナーヴァ――三人が倒れた所為で、捕虜らに課せられていた日課の農作業に遅れが出る。
もっとも地下迷宮側の迅速な対応、ネームレスにより一角獣ユーンが創作されその癒しの力にて、倒れてからそう間をおかずに復調して仕事に出られたが。
段取りの乱れ、特に馬の扱いに支障をきたしたのが痛かった。
調教済みとはいえ、農場部屋で使役されている十一頭の馬、その半数に近い五頭は軍馬だ。
人を噛み、蹴り殺す訓練を積んでいる以上、扱いは手慣れた者でなければ危険すぎる。
軍馬以外の馬も、家畜化されているとはいえ、犬などと同様に己の方が上だと思うと言うことを聞かない。
それ故に幼い者や犬人では御するのは難しいのだ。
農場部屋の農地は、牛や馬に犁を引かせなくても簡単に耕せるが、大型のテーマパーク並みに広大な部屋内の移動に荷馬車を使用しないと時間がかかりすぎる。
そんな忙しい中、エレナの命令で昼食後の作業から農業監督ネブラと捕虜世話役ヴォラーレの二人が一時的に仕事から外れる事に。
その代わりにスチパノが加勢として捕虜達と共に農作業に励む。
病気回復祝いを兼ねて、夕飯を豪華にするのに厨房も人手があった方が良い。
だが、エレナ、プリア(プリヘーリア)、チリン(チャーリーン)と調理師が三人もいる事に加えネームレスからの指示もありスチパノは捕虜勢の近くに。
ネブラがネームレスの元へと向かう前にスチパノに仕事を振り分けてから、女淫魔ヴォラーレと共に農場部屋から出ていく。
そして、執務室でネームレスと合流。
ネームレスはヴォラーレから彼女に与えている農家部屋農地の使用に断りを入れ、ネブラと相談して種や農具を購入して二人を連れ執務室を出た。
地下迷宮の頂点であり創造主たるネームレスだが、一度配下に下げ渡した物をその立場を利用して強権で押し通すよりも、反感等はおさえられるだろうとの心遣いである。
その足で農家部屋に入り手分けして、農地を耕し、種を蒔き、水を撒く。
一通り終えた時点でネブラだけ農場部屋へ帰すと、ヴォラーレが寝起きしている小屋内でユーンの件を事情聴取も含めて話し合う。
「なるほど、睨み合ったぐらいか」
「はい、ネームレス様」
居住小屋リビング兼キッチンにてネームレスは、ヴォラーレからユーンとの諍いを聞き出す。
この件に関しては目撃者が多いので虚偽の情報を述べるのは難しい、ヴォラーレは己に都合のいい拡大解釈や故意の隠匿による情報操作が頭によぎったが、先日よりも増した凄みをネームレスから感じ、下手な真似はせず、なるべく客観的な視点で報告する。
「この件でのユーンへの処罰は、厳重注意が妥当か」
スチパノに襲いかかり攻撃を繰り出したのと違い、ヴォラーレには精々暴言を吐いたぐらいだ。
そう考えると注意以上を求めるのは難しいだろう、とヴォラーレも反論はない。
それにスチパノの件がある、これを上手く転がせば処刑に持って行くのは難しくはないだろう。
椅子に座るネームレスの正面で膝を付き顔を伏せ、真剣な表情を作りながら、どう話を持っていけば処刑なりでユーンを排除出来るかとヴォラーレは検討しだす。
「……ヴォラーレ」
だがそんな思考は間近、伏せた頭上からかけられたネームレスの声で中断される。
頭を働かせようと注意力が落ちていただろうが、ネームレスが立ち上がる事に、なおかつこんなに近くまで来るのを気付けない程までではないはず。
声に含まれた命に従い、顔を上げて上目遣いで瞳を潤ませてネームレスに視線を注ぎながらヴォラーレは必死に動揺を隠していた。
ネームレスの右手の指がヴォラーレの耳元に差し入れられ、親指が一度瞳の下をさわると頬をつたい顎へと撫で下ろされる。
その絶妙なさわり加減に背筋にゾクゾクと電流に似たある感覚が走り、ヴォラーレの口から演技ではない嬌声が思わず漏れでた。
親指が唇を撫でまわし、人差し指が顎を持ち上げ、見詰め合う視線で促されるままにゆっくりと立ち上がる。
その間にもヴォラーレは、瞳に媚びる色を強め、唇を薄く開け、冷徹な観察者の眼差しをしたネームレスの反応を探りながら唇を撫でる親指に舌をチロリとはわす。
「頼みたい事がある」
右手はその形のままに、ヴォラーレが完全に立ち上がる前に左腕を腰にまわし抱き寄せ、右膝を太股の間に割り入れて睦言を交わすような声色でネームレスはそう告げる。
「はふぅ、はふぅ、ひゃい、ねぇむれしゅしゃま」
淫魔の性故か、たったこれだけの事で火がつき肌を上気させ瞳から理性がとろけ消え情炎を燃やすヴォラーレは、指をなめていた舌を優しく挟みとられて発言もままならない。
そんなヴォラーレの額に接吻しネームレスは舌を解放、彼女の腰を両手で掴みテーブルの上に押し上げて乗せる。
ヴォラーレは両手をネームレスの首にまわし、ゆっくりと上体をテーブルに倒しながら唇を淫靡にゆがませ、上目遣いだが挑発的な濡れた視線をあびせ
「この身はネームレス様の卑しい僕。どうぞ何なりとご命じくださいませぇ」
そう興奮で震えながらも甘い響きを含ませた返事を返し、ネームレスの腰に足を絡ませて下品にならない程度に己の下腹部を擦りつける。
互いについばむような接吻を繰り返し、ヴォラーレは器用に身体をくねらせネームレスが服を脱がせ易いように動く。
エプロンドレスを紐解き、ロングワンピースの前ボタンを上から外し、ゆっくりと焦らすように袖から腕を引き抜き、上から下へと徐々にワンピースを脱がす。
そうする間もネームレスは己の太股や膝を使い、ヴォラーレの情炎に薪をくべ続ける。
ワンピースが腰まで脱ぎ落とされると、アイカップの魔乳を守っていたヌードブラもはがされ、エプロンドレスの上におかれた。
たわわに張りつめた形のよいメロンがブラジャーから解放され魅惑的に揺れる。
このようにヴォラーレは、リビングのテーブルでネームレスにより、巧みに調理され美味しく食べられた上に頼みを了承させられていた。
居住小屋内の小さなシャワー室で、余韻を味わいながら、身体にこびりついた様々な液体を洗い落としヴォラーレは反省する。
淫魔たる自分が、己の土俵で好き勝手された上にきっちり面倒事を押し付けられてしまったからだ。
後何かしら不味い事を口走ったような気もするが、快楽を貪り喰うのに忙がしく、意識が真っ白な世界に飛んでいたので詳しくは覚えていない。
真っ昼間からテーブルの上でご主人様に食べられちゃうメイドさん、というシチュエーションの為か色々と良かったので後悔はないが。
しかし、女淫魔としては歯噛みするしかない結果だ、本来なら逆の立場でしかるべきであるのに。
それにまさか本当に本番までいき、しかも六回表コールドゲームで負けるだなんて、ヴォラーレの予想外にもほどがある。
昨日までのネームレスからは考えられない。ヴォラーレが感じとっていた印象からならば、こういう行為はベッドの上だけでしか、したらいけない、とある意味古風というか生真面目というか、杓子定規的な思考をネームレスならするだろうと考えていたのだ。
気取る事が出来ず接近を許してしまった動揺を鎮める時間を与えられずに、これまでからは考えられない昼間から、しかもベッド外で求められ、これまでにない高度な三点責め。
一つ一つなら、あるいは時間をおいてならば適切に対処出来たであろうが、ヴォラーレの処理能力をこえる事態を短時間で続けてぶつけられた故の失敗だ。
念入りにネームレスとの情事の残滓を消し去り、ヴォラーレは農場部屋に重い足取りながら急いで向かう。
ヴォラーレがネームレスによりテーブルに乗せられてから三時間は過ぎていた。
これだけの時間がたっていれば、事情聴取だけでは説明がつかない。
だが態々地雷を踏みに行く趣味はヴォラーレになく、何とかエレナを誤魔化せないかと頭を捻る。
結論、無理です。
ヴォラーレの様々な液体で汚れたネームレスの衣類から確実にばれる。
彼女のそれは証拠隠滅にと洗濯したが、ネームレスに自分の服と一緒に洗いますと告げたがすげなく断られており、遅かれ早かれエレナの知る事になろう。
こうなれば自ら報告して些少でも心証を良くするしかない。
ヴォラーレは清水の舞台から飛び降りるというか、己の死刑執行にサインする心情でエレナの元に赴くのだった。




