三章第十六話前編
三月二十四日日、19時に改訂した改訂版と差し替えさせて頂きました。
地下迷宮自然洞窟偽装大部屋にて、新たに創作された魔物である、豚人スチパノの戦闘力検証に骸骨兵と試合がおこなわれた。
この戦いでスチパノは、骸骨兵長イースを含む骸骨兵八体を無傷で退け、その圧倒的な実力をネームレスらに示す。
つい今しがた戦いを終えたイースとスチパノは握手をかわし、互いの戦闘技術を称え合い、反省点や改善点を話し合っていた。
イースより前に試合を済ませていた骸骨兵は、ダメージが大きく壁に背を預けて、少しずつ修復を進めている。
その眼窩に宿す深淵の中に浮かぶ地獄の業火を揺らしながら、イースとスチパノを見詰める敗れた骸骨兵達は、次は武器を抜かせてみせる、と静かに闘志を燃やす。
試合の審判をつとめていた小鬼族長フジャンは、イースらの迫力に腰を抜かしていた。
スチパノの拳がイースの頭部を砕く寸前、見事な時機で試合を止めた名審判ぶりを発揮したフジャンだが、実は二人の動きが速すぎて視認できておらず。
イースが投げ捨てた木刀になんとか気付き、あわてて制止の声を放ったのだ。
イースらの会話がきりがよいところで、ネームレスは命令をくだす。
イース達破損のない骸骨兵らに、後片付けを任せ、スチパノには農場部屋に赴き、人造人エレナに従うようにと命じて、破棄せざるを得ない武具の補充に執務室へ足を向けた。
だが、向かう途中でエレナから昼食の用意が出来たとの連絡がはいり、目的地を食堂部屋へと舵を切る。
寝起きすぐにダミーダンジョンから偽装ダンジョンに戻り、捕虜の容態確認から魔物創作にと次々と処置にあたっている間に時は過ぎ、昼食の時間帯をむかえていたのだ。
結果、朝食を食べれなかったネームレスとフジャンは、一先ずエレナの料理で腹ごしらえを。
普段ならばネームレスの給仕をつとめるエレナだが、スチパノの仕事を割り振るために農場部屋に戻っていた。
エレナ個人からすればネームレスの給仕をする方が優先度は高いのだが、内政トップという立場からすると人員を遊ばせておく訳にもいかず。
ネームレスからの評価にもかかわるので、内心泣く泣くスチパノを連れて農場部屋に戻ったのだ。
食堂のテーブルにて朝食兼昼食を摂るネームレス、フジャンはその背後で床に座り生のサツマイモをかじる。
ネームレスもフジャンに床でなく共にテーブルで、と誘ってはいたがおそれ多いと固辞されていた。
それこそ、ダミーダンジョン構築時からなので、ネームレスもフジャンの好きにさせている。
ゴブリンの主食はサツマイモだ。以前、ネームレスがフジャンとの雑談で聞いた話だと、白パンは柔らかすぎて食べた気にならなく、生の根野菜をかじった方が腹にたまるのだとか。
後、硬いものを食べないと歯がうずくらしい。
普段通りに無言で食事を済ませると改めて執務室に向かう二人、ちなみに食器やらはテーブルの上に置いたままだ。
これはエレナから、あらかじめにそういう要望があったからで、なければネームレスが片付けていた。
いかんせん、元一般人らしきネームレスは、そういう行為がどう波及するかと考えずに無意識で行動に移るきらいがある。
もっとも、そんな意味合いを理解していないフジャンに見られても問題はなかっただろうが。
執務室で手早く購入を済ませ、フジャンに移送を命じると、椅子に深く腰掛けネームレスは思考に耽る。
一角獣ユーンの処罰、そろそろ出産をむかえるゴブリン七名と生まれでる子供ら。
ランやフジャンからの報告によると、ゴブリンは一度の出産で二人から三人の赤子をうむらしく。
成体になるまで鎧はいいとしても、訓練用の剣、槍、斧、弓などを用意せねばならない。
予定通りに地下迷宮第二階層、鉱石の精錬用の窯、金属や皮の加工用施設、スキル鍛冶を付与した魔物などの創作にて出費をおさえる。
今回の捕虜が倒れた件で露呈した、枝悪魔の諜報視点の欠如を補う為にも、新たな密偵型魔物も創作せねばならない。
このような結論に達したネームレスだが、すべてを施行するにはやはりポイント(P)が足らず。
それぞれ優先順位を設定して、順々に実行していくしかない。
フジャンが鎧を三個まとめて縄で縛り、背負って執務室から出て行こうとするのを視界にいれつつ、ネームレスは思考をすすめる。
この新たな鎧購入時、鎧カスタムも考えたのだが、革鎧だと防御力を上げるカスタム施工となり費用がかさむ。
かといって金属鎧を骸骨兵が装備可能になるまで軽くしても、金額が高いのに防御力がおちるとカスタムの意義が薄い。
故に、新規購入分の鎧性能は以前とかわらない。
先程の試合ではっきりと証明されたが、ネームレスが施した改造以上の能力を有する魔物が存在する。
魔物の能力値や所持技能は一旦召喚してしまうと、ダンジョンマスター(DM)のネームレスでも確認できなくなっていた。
前々から疑問に思っていたが、しっかりとした証拠がなく、確信にはいたっていなかったのだ。
それが創作カスタム時にはイースより能力値や技能習熟度が低かったスチパノの圧勝により、もはや疑う余地もない。
どう考えても、エレナ、スチパノ、水精霊ミール、住居精霊リーンは創作カスタム時からは予想できなかった要素が多い。
ステータスの再確認が可能ならば、この四名は是非ともにしたいのだが。
リーンの分身は種族特性なのか、そういったスキルがあるのかだけでも知りたい。
そして骸骨兵を一蹴したスチパノの実力を認知した現状でも、彼とミールが戦えば彼女が勝つだろう、とネームレスは確信に近い予感を感じている。
それこそ、召喚直後のスチパノを見て敗北を確信したのと同じか、それ以上に。
こうなるとスキル美形の付与が能力に強い影響を与えるのではないか、との予想も崩れる事に。
フジャンと女淫魔ヴォラーレも、スキル美形持ちだ。
だが、彼女らは無能と言わないが、エレナやスチパノのように突出した敏腕かと問われれば、ネームレスは否と答えるしかない。
「ふぎゃぁ!? ぁぅぁぅ……」
執務室から応接室に続くドアをフジャンが抜けようとする。
しかし、成人が余裕を持って通れる幅はあるが、胴鎧三個を横に繋げて抜けれるはずもなく。
フジャンは、見事に鎧をドアのふちに引っ掛かけ尻餅をついた。
お尻をさすりながら、恥ずかしそうにチラリとネームレスの顔をうかがうフジャンに、彼は気付かない振りをする。
ほっと安堵したフジャンだが、気付かれる前にとあわてて立ち上がり、今度は蟹のように横歩きで無事に部屋から出ていくのだった。




