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ダンジョン作成記  作者: MS
第三章
77/102

番外編 魔物と捕虜の協奏曲(コンチェルト)後編

 三月十一日、19時に改訂した改訂版と差し替えさせて頂きました。

 二人の男が対峙していた。片方は身の丈百七十三センチ程の痩身の男で六尺棒(約百八十センチ)を両手で握り構え、もう一方の男は百九十を超える身長と鍛えぬかれた肉体を持ち逆手(さかて)に六十センチ程の短棒を握る。

 剣道三倍段と言う言葉がある。諸説あるが簡単に述べれば剣道初段の人間と戦うには空手なら三段の実力がいる、こういう意味あいだ。

 素手よりも武器持ち、剣よりも槍、槍よりも弓が有利なのは当然の理である。

 武器を比べれば三倍の長さがある六尺棒を持つ男、地下迷宮の(あるじ)ネームレスが断然優位なのだが、防戦一方かつそれでも打撃を身に受けていた。

 戦闘時に前衛を抜かれて近接戦闘を挑まれた、こういう設定なのでネームレスが防戦に徹し前衛がカバーに来るまでの時間を稼ぐのは戦術的には正解だ。

 理想は攻防一体での牽制なのだが、攻撃に転じる余裕などネームレスは持ち得ず。

 基本的な戦闘スタイルが後衛の魔法使い型ネームレスが、前衛で万能型の巨漢スチパノと渡り合えるはずがない。

 痛くなければ覚えない、スチパノのこの進言を受け入れたネームレスは、朝の訓練の締めで、連日骸骨兵長イースかスチパノからボコボコにされていた。

 ネームレスの権威が傷付かないように、ゴブリン達が睡眠にさがってからであり、側役のフジャンも族長としての仕事の為に睡眠前の食事を摂るゴブリンらと共にしていて訓練中のネームレスから離れている。

 世の中には前衛で戦いながら魔法も使う魔法戦士型や神官戦士型もいるが、魔法使い型王道の戦術は、壁役の前衛の後ろから魔法攻撃で敵戦力を削る事だ。

 もっともミニチガン世界の攻撃魔法は使い勝手が悪く、戦闘魔術師は補助魔法を使い味方の強化や敵の弱体化を担うのが主流となっていた。

 余程の才覚か熟達しなければ、魔法の行使には身振り手振りと呪文の詠唱が必要であり、魔法によってはかなり豪快な動き、繊細な手振りを求められる。なので、行動を阻害する鎧の類いも装備可能な形状や材質が限定された。

 攻撃を受けたり、回避行動で詠唱などを阻害されると魔法は発動しない。

 それ故に魔法使い、魔術師や僧侶は落ち着いて詠唱が出来る様に、盾となり守ってくれる前衛を欲するのだ。

 前衛にとっても魔法のあるなしは生還率に大きく影響する、持ちつ持たれつの関係である。


「ボス。ここまでにしておきましょう」

「……はぁ、……はぁ、……あ、あぁ、迷惑をかけた」


 逆手に持った短棒でネームレスの棍をいなし、拳や平手打ちにて散々(さんざん)と打ちのめしたスチパノだが、彼自身にはかすり傷もない。

 切れ長の瞳と彫りが深く整った顔立ちをした美丈夫であるスチパノは、その際立った能力によりネームレスから武術師範的な立場を与えられていた。

 ゴブリンの居住区や、骸骨兵やゴブリンが訓練に励んでいた大部屋などの自然洞窟に偽装された偽装ダンジョン。

 それらから離れた位置にある第二階層への階段が設置されているダミーダンジョンはまだ構築中の未完成である。

 仮第二地下迷宮出入口から真っ直ぐ北に通路を造り、限界地点に第二階層への階段を創作した。

 第二階層の固定ダンジョンを急いだ結果、ダミーダンジョンは未完成であり、ネームレスは未だに造り続けている。

 そのため、相変わらずダミーダンジョン部で寝泊まりしながら、構築しているネームレスとフジャンの二人だったが、そこにスチパノが加わった。

 彼の加入により、起床後の訓練相手、三度の食事の用意などをスチパノが(にな)っており、農場部屋食堂に彼が(つと)めるのは稀である。

 ……この調理担当に志願した人造人がいたが、他の仕事に差し障ると却下されたりもしていた。

 ネームレス一行(いっこう)一昨日(おととい)、インプのコルジャからの伝令でダミーダンジョンから戻って来ている。

 昨日にフジャンの手が必要、とエレナから帰還願いがあり、ネームレスは昨日今日と偽装ダンジョンで過ごしていた。

 骸骨兵の訓練内容を監査しているように装おって、ネームレスは体力の回復に勤めている。


「そういえば、昨日から農場部屋より何やら甘い香りが漂ってきますな」


 スチパノがそんな事を話し掛け、「ボス、どうぞ」、と水袋を手渡す。

 「助かる」、と受け取って喉を潤し、流れ落ちた水分を補給するネームレスだが、特にそんな事は感じない。

 正直にそう告げて水袋を返すネームレスに、スチパノは軽く肩をすくめ普通は理解出来ないだろうなと話を進める。


地球(あちら)とミニチガン(こちら)では、ずれもありますが、本日はセイントバレンタインデーかと」


 スチパノのセイントバレンタインデーや地球(あちら)という単語に、ネームレスは表情を消し去りスチパノに冷徹な観察者の視線を投げ掛けた。


「何を知っている?」


 無機質な声色で尋ねるネームレスに先程まであった、スチパノに対する親しみや信頼感は感じない。


「たいした事は知りません」


 降参とばかりに両手を軽くあげ、微かな苦笑いを浮かべながら、真摯な眼差しでスチパノはネームレスの瞳を覗く。

 骸骨兵らがあげる武器がぶつかり合う音が響くなかで二人の男が見つめ合う。

 刹那せつなでは短すぎて、一瞬では長すぎる微かな時間だけしか過ぎていないのに、数時間はそうしていたのではないかと体感時間が過ぎる。


「そうか、疑ってすまんな」

「いえ、気になさらず」


 これだけのやり取りで元の雰囲気を取り戻したのは、今日まで二人で築き上げた信頼関係があればこそだろう。


「エレナ達にも同じ知識が?」

「多かれ少なかれはあるでしょうが、まぁイース殿やラン殿にも」


 そうか、と呟くと何事か深く考えだすネームレスから視線を外し、スチパノは邪魔をせぬよう骸骨兵らの訓練内容に注目する。


「何故その話を?」

「ボスのあの反応を予想して」


 女子供に先程の態度だと泣かれますよ、そうスチパノに軽い口調で告げられてネームレスは改めて感謝を口にした。

 お互いに信頼し合い軽く流し合う姿は激戦を潜り抜けた上官と部下、長年連れ添った夫婦といった感だ。上官や夫側がスチパノだが

 そんな知識があるならば、エレナ達の立場なら義理に見えない義理チョコを用意しないと駄目なのだろうな。黙っていても本命を大量に確保できるだろうスチパノを横目に見ながらそんな事を考え内心で黄昏るネームレスだった。




 ユーンの種族であるユニコーンは睡眠をほぼ必要としない。

 額から生える黄金色(おうごんいろ)(つの)には、あらゆる(やまい)を、どの様な怪我も瞬く間に(いや)す力を有している。

 創作(うみだ)された初日に様々な問題を引き起こし、ユーンにとって何よりも、創造主(そうぞうしゅ)たるネームレスよりも大切な乙女(おとめ)や乙女候補の幼子に嫌われてしまう。

 それからはエレナの助言に従い、贖罪の忍耐の日々を過ごしてきた。

 誇り高きユニコーンを荷馬扱(にばあつか)いするか、そう叫びたいのを我慢して乙女達と共に労働の汗を流し。

 あやつらをぶち殺させろ、と(うず)く角を強靭な意思力で押さえ付け、ヴォラーレやスチパノに襲いかからず。

 少しずつ、少しずつ、亀の歩みの如く、乙女らや幼子達との信頼関係を築き上げてきた。

 昨日の手作りチョコ製作会場から、毛が混じるから出ていけ、と乙女らに婉曲(遠回し)に告げられても

 言われたから出て行くんじゃないからね! 甘い匂いが駄目なんだからね!

 この様な強がりで寂しく食堂から去り

 自分よりコボルトの方が問題でしょ!?

 こういう内心はひた隠して、暖房が効いて暖かな食堂から、地下迷宮内というのに広大過ぎる――大型のテーマパーク程の敷地面積ぐらいある――為に冷え冷えとした小屋の外で過ごした。

 ユーンもまたネームレスの知識の一部、現代社会の知識を持つ。故に、きっと我にもチョコがあるはず、この希望に胸を高鳴らせる。

 期待の興奮、貰えないかもとの不安、それらを払拭せんと、寝静まった乙女らの睡眠を邪魔しない程に離れた場所で日課の訓練で貫徹した。

 この日も朝から、普段よりも気合いを入れて仕事に励むユーンだった。




 さて、今回のバレンタインデー騒動の発端(ほったん)は、エレナがネームレスの代行として執務室で物資を購入していた時にある。

 例えネームレスが見ていないとしても、彼に忠節たるエレナが執務室の椅子に座るはずがない。

 執務室の机で立ったまま購入の手続きをしていたエレナの目に、ある情報が映った。

 [期間限定、バレンタインデー用のチョコレート製品購入可能]

 すぐさまエレナに許されている権限と予算内で、必要な材料や道具を購入する。

 インプに命令を下し、ネームレス(一行)に帰還を願いで、農場部屋食堂に女性陣を集める手配をした。

 この様な流れで、手作りチョコレートが製品され、その日の農場部屋の仕事が終わり次第、ネームレスに足を運んで貰いチョコレートが献上されたのだった。

 内心はどうか推し量れなかったが、表面的には「ご苦労、嬉しく思う」とネームレスは献上されたチョコレートを受け取った。

 こうしてバレンタインデーにまつわる騒動は穏やかに終息したのだった。




 ちなみにネームレスは三十個、ユーンは七個、雄コボルト四人には『みんなから』とチョコ失敗作詰め合わせが、ハブとディギンは同僚七名から搾り取られた。

 スチパノ? 彼の所得数を公表するとネームレスの権威にかかわるので秘密とさせて頂く。


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