表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン作成記  作者: MS
第三章
67/102

三章第六話後編

 三十一日7時に大幅に改訂した改訂版と差し替えさせて頂きました。

「御待ちくだされ、ネームレス様」


 フジャンがなげやりな祈りを唱え終えるのとかわらぬタイミングで、ネームレスに制止の声を掛けたのは出待ちしていた枝悪魔インプ長デンスだ。


「どうした、デンス?」


 通路の床に置いてある生首状態のユーンの額から生える角の根元に短刀を降り下ろそうと息を吸った瞬間の絶妙な時機での制止である。僅かでも遅ければユニコーンの角は切り落とされ、早ければネームレスの意を逸らせなかったであろう、と思わせるタイミングだ。


《よく言った存在するだけで害悪で滅べばいい存在! 特別に偉大なる我への弁護を許す!》


 実はユーンなりにネームレスに気を配って己の発言をネームレス以外には聞こえない様に発していたのだった。だが、ネームレスの魔法で生首状態にされてから動揺のあまり制御が乱れ、不特定多数に送信する物に切り替わっている。

 即ちこの言葉は助け船を出したデンスにも届いており、先祖伝来なのかユーン個人の資質なのか解らない自爆癖が遺憾なく発揮されていた。だがしかし、耳に入っているはずの罵倒も聞こえてない様にデンスはネームレスの説得を続ける。


「はい、ネームレス様。まずは帰還の報告を。召還命令に従いインプのデンス馳せ参じました」


 空中で熟練の執事の如き見事な礼をするデンスにネームレスは満足そうに頷くと、短刀を鞘に収めた。普段より緩やかに納刀するネームレスとデンスは視線だけでの意志疎通にて喜劇の最終調整を済ませる。


「ご苦労、召還理由は後にまわそう。それよりも何故に駄馬の処刑を止める?」

「はい、細かい事情は汲み取れませぬが、そのユニコーンは失態に命を持って償うと聞こえましたが?」

《うむ、間違いない。誇り高き我は命を持って償おう! 故に死後の名誉は保証せよ》


 技能プライドの効果もあるだろうが、ユーンは間違いなく本気で死ぬ積もりだ。プライドの為ならば死すら恐れぬ、逆に言えばプライドが守れぬならば死ぬに死ねない。


「殺してしまえばそれまでです。ここはユニコーンに名誉挽回のチャンスを与え、ネームレス様の度量の大きさを示して頂ければ、配下一同叱責に怯える事なく具申が出来まする」

《先祖代々守り続けた誉れ高き我らユニコーンの名を我が傷付けたとあっては顔向け出来ぬ》


 フジャンがユーンに送る視線の質が、可哀想な子から台所に潜む一匹見つけたなら三十匹な黒い虫を見る視線と化していた。イースはいつの間にかネームレスの側に控え護衛に戻っている。




 ユーンを捕らえ生首状態にしたのは、まずダンジョン創作魔法である変化魔法チェンジ・マジックを使用して、創作魔法クリエイト・マジックで固定していたダンジョン通路の床を液状化して深い沼を作る。

 ユーンが沼に落ちて顔だけが床上に出ていたタイミングで創作魔法を使い再び床を創り固定して身動きが出来ぬ様に。イースとの決闘では気絶するまでは額の角を振り回し、噛みつこうとしたりと攻撃を止めなかったユーンもこれでは何も出来ない。

 ユーンに使った様に相手の接近経路に使えば、自らはまりにくる。しかも今回はほんの少し前に、フジャンもイースもネームレスも歩いて通り過ぎた通路だ、あるはずの無い落とし穴に落ちたユーンの混乱具合は推し易いだろう。

 かつて反逆してネームレスに重症を負わせた中鬼ホブゴブリンオクルスを葬ったのもこれである。魔法や技能で空中に留まれない、あるいは精霊や幽体の様に液体や個体をある程度無視が可能な相手以外ならば必殺となりえ、回避もほぼ不可能と凶悪なコンボだ。

 ネームレスが持てる魔力を気絶する一歩手前まで注げば、深さ約二メートル直径約二十五メートルの擬似的な沼を生み出せる。空中からか魔法、飛び道具がなければ攻撃出来ない領域を約一秒で築く。

 地に足をつけねばならない大概の相手には反則に近い天敵とも言える。反面空中に留まれる相手等には何も出来ない。

 それ故にネームレスは女淫魔サキュバスヴォラーレやデンスを始めとしたインプ達空中で活動可能な魔物は創作時の改造カスタムで徹底的に戦闘能力を削った。水精霊ウンディーネミールを地下迷宮最強と位置付け、対応に細心の注意を払い、その力に恐怖しているのもこの戦術が通用しないと考えているからだった。




 そして狭い通路での戦闘はユーンの接近経路も限定されてしまい、ネームレスに圧倒的に有利な戦場だったのだ。フジャンは理解に時間を掛けはしたが、誰に訪ねる事もなくここまで読み取り、ネームレスの余りにも辛辣で容赦ない戦略・戦術に鬼畜と評したのだった。

 フジャンは読めなかったがネームレスの戦略はもう少し奥深い。デンスはたった今帰還した様な物言いだったが、ネームレスがチュヴァら三人の様子を見て、ハブやディギンと別れた時点で既に地下迷宮に居たのだ。

 ネームレスがDM室でイースとユーンの決闘を観察しながらの思考で出ていた保険として打っておいた三手の一つがデンスだった。帰還後、得意の隠形で他者に気付かれぬ様にネームレスと接触して伏兵として手の空いていたインプと共に潜んでいたのだ。

 戦闘能力は皆無のインブ達だが約三十センチの超小柄な体躯と強化された飛行能力から繰り出される体当たりは十分な牽制になる。それ以外でもデンスの制止の様に、ネームレスの意をくみ臨機応変な対応を期待してであり、デンスは見事に応えた。

 本気で処分するならばオクルスの時と同じく全身を沈めて、溺死なり窒息死なり圧死なりで会話をする様な無駄な事はしない。処分すると決断したのなら無駄かつ無意味な時間は使わない、殺すでは無駄がある。殺した、でなければ。

 ネームレスのこういった機微を感じ取り、なおかつその意にそう様に動けるのがデンスであり、フジャンがまだまだ至っていない領域である。そしてデンスが最重要であり最優先事項である情報収集を任されている大きな理由でもあった。




 最初から処分する気のないネームレス、その内心を酌んだ言動を取るデンス、すなわち必死で名誉を守ろうと動くユーンは道化であり、この茶番劇を喜劇と称する要因である。形だけはデンスのとりなしでユーンの処分が免れたとしただけだ。

 この様な手間を掛けたのには無論理由があり、その一つがユーンにネームレスへの敵愾心を植えつつも表立っては反抗心等を見せれない様にする為である。ネームレスへ罵詈雑言を浴びせて処刑されれば、反逆者の汚名を被り誓いを破った不名誉にまみれる、と宣言通り教育したのだ。

 ネームレスからすれば自分が居ない時に文句や不平をあらわにするのは許容範囲である。彼は配下全員が主君に心酔して不平不満もなく、喜んで忠義を尽くすなんて夢想は抱いていない。

 面従復背だろうが、給金分の忠誠心だろうが構わない。ネームレスの体面を傷付けない程度の敬意を払えば。ネブラの言葉使い等を流すのも、彼女にネームレスの面子を潰そうとする様な心根を感じないからだ。

 反逆したくとも、裏切りたくてもそう出来ない様にネームレスが策を弄して手を打っておけば良いだけである。




 再びフジャンを先頭に農場部屋へ急ぐネームレス一行は、当初あったユーンの罵詈雑言はなりを潜め静かな行程になった。別にユーンが心を入れ換えた訳ではなく、雰囲気として不平不満はにじみ出ているが口にしなくなっただけだ。

 ネームレスの思惑通りに。エレナの報告で彼女らが捕虜から真の信用や信頼を得ていないと感じ取った(というかエレナ自身から面目無いと報告を受けた)ネームレスは、原因を考察してある可能性にたどり着いた。


 これはネームレスの勘違いであり、エレナを始めとした内政班は、がっちりと捕虜達から信頼を得ており、だからこそ体調不良になる程に誘導出来たのだが。


 すなわちエレナらの忠節がネームレスに重きを置いているからではないかと。捕虜達からすると、優しく大切にして貰えるが奴隷商を皆殺しにして自分らを誘拐して監禁して強制労働を強いる死霊魔術師の部下なのだから信じたら駄目だ、と警戒している為だと。あくまでもネームレスの想像と考察の中でだが、この様な結論にたどり着いた。

 ならばネームレスに敵対的でありながら捕虜らに親密に接する存在を作り上げれば問題解決、との思惑を多大に含みユーンは創作された。

 エレナら人間体の魔物では信用獲得に失敗したので動物体の魔物を。聖獣としての伝説が広く伝わるユニコーンで。

 その性格付けも、創造主であるネームレスに逆らっても命懸けで捕虜の少女を守る様に、と計算された物だ。そして命懸けで守るにしても、少女らを解放する。反逆を起こせない様に武力では敵わないと知らしめ諦めさせ、少女達が反逆を決意しても阻止の方向に動く様に。

 幾つもの思惑を織り込み、蜘蛛の巣の様に謀略の糸を張り巡らせて、ユーンと捕虜の少女が絡まり脱け出せぬ様に。

 ネームレスは静かに深く誰にも悟らせずに罠をそっと足元に差し出すのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ