三章第五話
体調を崩した捕虜の少女らから話を聞き、休むように命じたネームレスはエレナにその旨を伝えると農場部屋より出る。
そして完全武装で集結していた骸骨兵を引き連れDM室に入る。ハブとディギンは農場部屋前で別れて休ませていた。
地下迷宮の心臓部である宝石を冠する貧相な椅子に腰をおろすネームレスの左手に彼の剣である骸骨兵長イースが、右手に小鬼族長フジャンが控え、三人より一段低い場に残りの骸骨兵が五体ずつ左右に別れて立っている。
フジャンがサイドテーブルに置いたランタンの明かりでネームレスは説明書とカスタム本の創作魔物リストを手早く確認して新たに創作が可能となった魔物が追加されてないか確かめた。
地下迷宮第二階層の創作に必要なPは2500P、それを引いた残りの使用可能Pは245.5P、自己改造も控えて保持しておいたのも、このような緊急事態の為だ。
新たな創作魔物が追加されてないのを確かめたネームレスは、次に手書きのノートの創作予定魔物のページを開き、あらかじめ能力値や付与技能を決めて創作必要Pを試算していた魔物を確認する。
ウウゥル大陸で病気に対応するのは神殿か薬師か民間療法だ。医療も技術である以上知識は門外不出であり、薬師は地域の名士となり高い地位につく。
だが信仰という共通理念があり、横の繋がりも強い神殿の蓄積された医療知識は、一子相伝に近い薬師を大きく突き放している。その為、信仰の名の下に薬師を一族ごと神殿内に引き込み、神殿に対抗可能な程の知識がある薬師かよほどの辺境でないと薬師の姿もみられなくなった。
「……モンスター召喚」
DM室の静寂にネームレスの声が響くと同時に部屋中央の床に魔方陣が輝き浮かぶ。その魔方陣の間近に佇むのは骸骨兵長イースのみ、他の骸骨兵は左右の壁に張り付くぐらいに離れている。
フジャンは椅子に座るネームレスの前で恐怖と緊張で凍り付きながらも、もしもの時に肉の壁となるべく座っていた。腰が抜けているのではない、手足に力が入らないだけだ。
魔方陣が輝きを強め、閃光を放ち消え失せる。ネームレスの手元にあるランタンしか光源のない暗い闇に、それ自身が光を放っているが如き白肌、頭部から首筋に黄金がなびき穢れを知らぬ湖から汲んで圧縮した結晶を埋め込んだような瞳を持つ新たな魔物が屹然と立つ。
《何故に我を創作した穢れた者よ》
口を開かず直接頭の中に語りかけてくるそれの声と瞳には、ネームレスにもフジャンにもイースにも等しく嫌悪感がにじみ出ており隠すそぶりもない。
「我が名はネームレス。お前の主だ」
《笑止、貴様の様な穢れた者に折る膝なぞ持たぬ》
肌と同じく、いや、その白肌よりもなお輝く額から生えた捻れた角を左右に振り、正面からネームレスの言をはね除ける。その反応はネームレスの予測通り、素直に軍門に下るはずもないのは折り込み済みだ。
「ならば目の前のスケルトンと『決闘』して勝利すればダンジョンから立ち去るのを許してやる、だが敗北すれば配下となりその力奮って貰うぞ。名と『誇り』に『誓って』な。無論、勝利の暁には解放を『誓おう』。それともただ一体のスケルトンに『臆する』か?」
それの瞳に一瞬だけ逡巡が映るが
《良かろう。決闘に負ければ我が力好きに使え。だか、体を求めるのならば自決するぞ!》
カスタムは施してあるが元来備わっている戦闘能力は削っていない。治療系統の技能やそれに影響する能力値を強化してあり、総合的に見れば強くなっている。
種族的な能力差を考えれば一対一ならば並みのスケルトンやゴブリンなど問題にしない戦闘能力を所持しているそれが一見有利だ。だがそれは認めるのは癪だが己の敗北を確信していた。
決闘までの淀みない流れを見るに、この己の創造主である穢れた者が無駄な事をする様には思えない。だが、戦わずして降るのはプライドが許さない、万が一、億が一の勝機を掴む為に例え死ぬ事になろうとも挑むのみ。
その高きプライドを支柱として、それは絶望的な戦い、強者に媚びて生き残れと囁く本能をおさえこむ。それは妥協出来る最低限の貞操の保証だけは確保して闘志を四肢にみなぎらせる。
「ああ、うん。その能力だけでいいから、体なんていらんよ」
思わず漏れたネームレスの内心は小声だったので、もっとも近くに居たフジャンの耳にしか届かなかったが凍り付いていた彼女の脳はその意味の理解も記憶も拒否した。
骸骨兵長イースと向かい合った魔物の創作には、使用可能Pが残り少ない事もあり最低限しか使っていない。ならば強化用のPをどうしたかというと、フジャンと同じく不利な技能付与で稼いでいた。故にそれの高い知性で勝率がないと判断しても受け入れるしかない、とネームレスは読んでいた。結果は思惑通りに決闘の流れに。
フジャンに付与された技能臆病と同系統の精神系技能プライドによって。例えばだが、よく小説や漫画で不意討ちのチャンスに、卑怯な真似は出来ないと高々と名乗りをあげてチャンスを潰しピンチを呼び込むキャラクターがみられる。そんな人物の多くが、騎士道云々武士道云々と言い出す。
そういったキャラクターと同じような性格付けをするスキルだ。その魔物に付与された技能プライドは侮辱は見過ごせず、決闘を挑まれたら逃げられないと他にも様々な物がある。この様な場合は例え力及ばずに深刻な障害が発生すると解っていても見過ごしたり逃げるたりするより、死んだ方がましなのだ。
有り体に言えば、創造主であるDMがただ強くても従えられず、そのプライドにかかわるならば躊躇なく反逆してくるという、管理者からすれば頭が痛い存在にさせる技能である。
逆に言えば、そのプライドを刺激すれば今回の様にコントロールも簡単だ、とも言える。
ネームレスの目の前で、彼が創作した魔物達が、一方は忠義を胸に、一方は自由を求め激突の時を迎えようとしていた。 DM室は広い、ネームレスが座る椅子の位置を仮に北とするならば北側から南側の壁まで約二十メートル、東側から西側の壁までは約十五メートルの長方形の造りで戦闘行為も余裕で対応出来る。
カスタムスケルトンである骸骨兵を束ねる骸骨兵長イースは、殺傷力を押さえる為に得物は愛用の片手半剣ではなく槍技能獲得練習用の二メートルはある棍を両手で構えていた。
それ故に盾は装備しておらず、防具は硬化革鎧のみである。一方の新たに創作された魔物は額の中央から生えた一本の角、まるでドリルのようにねじれ、先端が鋭く尖った大人の腕ほどの長さがある立派なものだ。
薄暗い室内でも白く輝かんばかりの美しき魔物、その黄金色の角は騎士鎧すら貫く槍であり、ありとあらゆる病を癒すと伝えられ毒に触れれば中和する。ウウゥル大陸では大陸北西部にある森妖精族が盟主を勤め治める大森林以外から狩り尽くされたと言われる一角獣のユーンだ。
白馬によく似た姿をしたユニコーンは純潔なる乙女にしか心を許さず、例えそれが己の創造主であろうが男ならば平然と反抗する。ネームレスに付与された技能プライドがなくても男相手なら高慢な態度で接するのであまり変わらぬ対応だっただろう。
ユーンは頭を下げ、前足で地面を掻きながらイースを油断なく伺う。イースは足を肩幅に開き、腰を軽く落としており、攻撃にも回避にも素早く移れる体勢だ。
互いにジリジリと見ている方が焦れったくなる程に微妙に距離を詰めながら隙を狙っていた。ネームレスの見識では理解出来ぬ範囲で棍と足捌き、角と視線を使ったフェイントの応酬を繰り広げられており、互いに相手を崩そうと高度な駆け引きの前哨戦中だ。
体重が約五百キロもあるユーン、その体躯を支えながら風のように駆けられる強靭な脚力から生み出された瞬発力でくり出される突撃は回避が非常に難しい。
そしてユニコーンの角の癒しの力はアンデットやデビル等の邪や負の属性に致命的な影響をおよぼす。スケルトンからハイスケルトンに進化した時に対聖技能を習得していなければ、イースとて戦いにならない程に。
イース以外の骸骨兵が壁に張り付くように避難しているのもその為だ。それならば部屋から出せば良いと思うだろうが、イース敗北時の保険であり、その時はスピアの投擲と機械式弓の射撃でユーンを処分する可能性もあるので出さないで待機させていた。
イースの勝利を疑ってはいないネームレスだが、以前中鬼で痛い目にあっているので三手ぐらいは手を打っていたりする。
状況的に既に詰んでいるユーンだが闘志はみなぎり不退転の覚悟でイースと向き合う。そんなユーンにイースの棍が躍りかかる。
長い首筋を打ちすえる軌道を見切りバックステップでかわすがイースは器用に棍の流れを操り右下からの打撃がかわされると跳び引いたユーンを追い足を踏み出しタイミングを合わせ左上に流れていた棍を振り下ろす。
今度は続け様に左に二回ステップを刻み一回目で振り下ろされた棍を避け二回目で額と体の向きをイースに合わせ足を大きく開き棍を打ち下ろして体勢が崩れているイースに突撃する。
ユーンの俊敏な動きで体勢を整える前に攻撃を受けたイースは回避を選択肢から外しなんとか棍を角の軌道に被せ貫かれるのは防いだがそのまま後方に撥ね飛ばされた。
突撃の勢いを殺さずに追撃に移ったユーンだが撥ね飛ばしたはずのイースが倒れもせずに両足で立っている姿に自ら後ろに跳んで衝撃を逃がしたと手(角)応えのなさから予想した通りの展開に苛立つ。
並みのスケルトンならばあの時点で武具もろとも粉砕出来ていたはずであり、ユーン最大の攻撃である突撃が通じなかった時点で勝敗は見えた。これで転倒しているならば踏み潰し等で勝負もわからなかったのだが。
精霊に近いユニコーンと言えど肉体がある以上、生物の縛りである疲労からは逃げられず。長期戦になれば集中力の低下もあいまって能力がおちるユーンと違うアンデットが相手ならば絶望的だ。
いや、弱気になるなユーン、転倒さえさせられれば勝機はある。そう、己に言い聞かせたユーンは着地したばかりなのに既に迎撃の体勢を取るイースに再び角を突き立てるのだった。
戦闘の流れは、まずイースがユーンに攻撃を仕掛け、それを回避したユーンが突撃攻撃でイースを撥ね飛ばした。冷静に観察するネームレスの視線の先で、飛ばされたイースは転倒する事もなく着地すると間髪入れずに襲い掛かってきたユーンの突撃を横に跳んで避けながら棍を長い首筋に叩きつけた。
そこからはフジャンが「はわわ、はわわ」と目を白黒させる公開処刑となり、完璧なまでに戦闘の主導権を握ったイースが必死に反撃するユーンをいなして棍を叩きこむワンサイドゲームとなる。
そんな状況でもユーンは輝かんばかりに美しい白毛が汗と血で汚れ、立ち上がる力も尽き鼻と口からも血や胃液を流しても降参せずに意識が刈り取られるまで噛みついて勝負を捨てなかった。
「ぁぅぁぅ、ダメージを与えながらも内臓や骨への影響が最低限におさえられてます。でも、たぶん、おそらく、何日かはごはんが食べれません」
気絶したユーンの治療をフジャンに命じたさいに診察した上での結論だ。ただ癒しのエキスパートであるユニコーンならば回復させられるだろう、ともフジャンは加えた。
「ふぅ、生命の精霊と仲良しさんなユニコーンさんです。ネームレス様、怪我は治りました。え、はい、気絶しているだけですよ。ふぇっ、水をかけてたたき起こすのれすか?」
ネームレスの命令に少々言葉使いが変になったフジャンが作り出した冷水でユーンを無理矢理覚醒させる。意識を取り戻したユーンが横たわっていた身体を緩慢な動作で起こしている間にフジャンは冷水をかけた報復を怖れてネームレスの背後に逃げ込もうとした。
だが、それでは守るべきネームレスを盾にする行為だと気付き、フジャンは再び凍り付く。今度は椅子に座るネームレスとユーンの中間地点で。
《……我の敗けだ。この身好きに使うがいい。ただし騎乗は許さぬ》
固まったフジャンなど視界に入らないとばかりにユーンはネームレスにそう告げた。
「今からでも病の治療は可能か?」
戦闘直後、気絶からの回復直後なので念の為に確認するネームレスにユーンは気負いなく。
《無論》
「そうか、話をかえるが何故に先程の決闘で癒しの力を使わなかった?」
《我らユニコーンの癒しの力も大元は精霊の助力によるもの。同時に二つの力は振るえん》
戦いながら力の行使は不可能という事かと解釈したネームレスは、疑問も解消したのでユーンにイースとフジャンの三体を引き連れ農場部屋へ急ぐのだった。




