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ダンジョン作成記  作者: MS
第二章
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二章第二十三話

 私は十三の祝いをむかえる直前で、ティルは十五歳だった。

 同じ村で生まれ育った幼馴染み。

 一緒に遊んで、馬を駆った仲。

 取っ組み合いの喧嘩もしたし、戦神様の巡り(夏)に川で裸で泳ぎあった。

 男だとか女だとか関係のない親友だと思っていたティル。

 全然異性として意識していなかった、と言えば嘘になる。

 同性と遊ぶよりも、異性である男の子達と遊ぶ方が性に合ってた私は、同年代の女の子から浮いていて。

 影で色々と言われていたのは、何となく察していたし。

 ティルは同年代の男の子、ううん、村の中で、一番格好良かったからね。

 馬の扱いが上手で大人でも彼より巧みに操れる人が少なくて。

 弓の腕も凄くって、良く野鳥や野鹿を仕留めた彼からお裾分けして貰ってたな。

 日に焼けた肌に蒼い瞳、ちょっと長めの茶髪。

 年頃の娘はみんな彼のお嫁さんになりたがってる、て母さんが言ってたよ。

 当時の私には女友達居なかったからね。

 え? 私から見てどうだったかって?

 あー、うー、ゥン、溜め息が出るぐらいカッコ好かったよ。

 あーも――、冷やかすなら私の話は終わり!

 ヴォラーレさん、そんなに謝らないでください!

 ……もう、仕方ないな。

 うん、みんなの村と同じで不作も不作、大不作。

 ティルの家は家族が多くて、次男だった彼は家族の為に三年間の兵役に志願したの。

 家を継ぐ長男じゃなく、ティル以外の兄弟は兵役に行くには幼すぎて。

 村を出る前夜に、遠乗りに誘われて。

 そこで


「待っていて欲しい」


 今でも鮮明に思い出せる、とっても真剣なティルの蒼い瞳。


「何を?」

「俺を」

「当たり前じゃない、村から出ていく訳なんてないんだから」

「違う! いや違わないけど」


 もしかしたらっては思ったわよ

 でもほら、はっきり口に出して欲しいじゃない?

 勘違いだったら恥ずかしいし

 ドキドキしすぎて胸が苦しかったなぁ


「三年たったら必ず戻ってくる」

「うん」

「そしたら」


 闇の中でもはっきりわかるぐらいティルは真っ赤、でもまっすぐに私を見つめて


「結婚しよう」

「ティル……」


 それ以上、私は何も答えられなかった。

 期待もしてたし、予想もしてたけど。

 これは現実じゃなくて夢じゃないかって。

 お転婆で男みたいな自分を素敵なティルが結婚を申し込んでくるなんて

 だから親友で良いって、この初恋は叶わないって思っていたから

 幸せで胸がいっぱいで、涙があふれて言葉が出なくて

 気がついたらティルのあったかい手が私の頬を包んでた。


「ミラーシ、俺は嫌いか?」


 好き、大好きだよ

 そう伝えたかったけど、言葉に出来なくて首を振るのがやっとだった。もちろん横に。

 ティルは私が落ち着くまでギュツて抱きしめて、胸を貸してくれたの


「ティル……、でも、いいの? ほんとに、わたしなんかでいいの?」


 母さんの話だと村長さんとか、村一番の地主さんから婿入りしないかって誘われてるらしいって聞いてたから。

 私の家は姉妹ばかりだったし、小作で畑も広くなかったから。


「ミラーシ、俺はおまえがいい。いや、おまえじゃなきゃ、駄目なんだ。俺の子供を生んで欲しいのはミラーシだけなんだ」


 もう、駄目だった。

 男女って揶揄されてた私だけど、それだけは絶対守ってたし守る積もりだったんだけど

 その晩、私をティルにあげて、彼を貰ったの


※ ※ ※ ※ ※


 フルゥスターリ王国は近年、不作が続いている。

 王国も税率を下げ、兵役での免除税を増やし、国庫を開いて救済措置に、と動いていたのだが。

 農村部は限界を迎え、冬を越すための必需品の購入の為に村民を奴隷として売り払わなければ立ち行かなくなる。

 フルゥスターリ王国は民に情け厚く、他国では領民に美人が居れば領主が戯れに手折るが、フルゥスターリではまずない。

 それに加えフルゥスターリの女性は貞淑を何よりも美徳としている。

 奴隷商が態々手間暇をかけて他国から来るのも、手垢のついていない美しい女を求めての故だ。

 他国やフルゥスターリ王国民に称えられる王国貴族だが、内情は純血主義が強い貴族が多く。

 高貴なる血を引かない人間を抱くのも抱かれるのも嫌悪しているだけだったりする。

 そんな本心は態度や言葉に出さない故に、端から見ると領民に無理強いしない貴族に見えるのだ。

 村の、家族の為に奴隷商に買われたミラーシ達は数奇な運命の元、ネームレスの地下迷宮に捕らえられたのだった。

 地下迷宮の生産施設である農場部屋、疑似太陽も沈み、入浴と夕飯を済ませた捕虜達。

 寝床である小屋にて彼女らの世話役である女淫魔サキュバスヴォラーレ、森妖精族エルフの少女に拉致された水精霊ウンディーネミール、ニコニコとついて来た住居精霊ブラウニーリーンを交えてガールズトークに花を咲かせていた。

 捕らわれの身で危機感がない、何を暢気なとも思われるだろう。

 酷い扱いを受けているなら別だろうが、長期間そんな事を悩んだり怯えていても精神の方が参ってしまうか病んでしまう。

 朝から晩まで働きづめなのは当然だった少女達。

 一生懸命働いても最低限の食事すら与えられずに、暴行を受ける事も多かった犬人コボルト

 お腹一杯に食べれる美味しく暖かい食事、理不尽に叱られる事や暴力もない。

 親身になって世話をして貰える、ともなれば警戒心等も維持出来ないだろう。

 年少組や、家畜の世話の為に朝が早い犬人コボルトは既に夢の住人と化している。

 少女達は気付いていないが枝悪魔インプが密かに潜んでいたりもしたが。

 年頃の少女達の話題が恋愛方面に向かうのは、至極当然の流れだがヴォラーレの巧みな誘導があったのも事実だ。

 異性の嗜好や貞操観念等の調査であり、いかにして彼女らの興味と好意をネームレスに向けるかの判断材料にする為に。

 栄養失調で痩せすぎていた少女達は、野菜中心だが十二分な食事量と入浴部屋の効能で少しずつふくよかになりつつある。

 日に焼けていた肌や野良作業等で荒れていた手、碌な手入れもされてなかった髪も美しく艶やかになり、彼女らの若さと美貌を際立たせていた。

 農場部屋や捕虜の扱いを全権委任されているエレナを説得、バストアップ体操や腕立て伏せに腹式呼吸(こちらはウエストを引き締めるのが目的だが)等々を仕込み、ネームレス好みの体型にしようと朝食前に組み入れたヴォラーレ。

 エレナやネブラ、効果があるか疑問の精霊ミールとリーンも加え、幼女や少女三十人近くが朝から膝つき腕立て伏せ――四つん這いになっている光景が農場部屋で見られるようになっていた。


※ ※ ※ ※ ※


 地下迷宮に捕らわれた少女達が話に花を咲かせていた頃

 要塞都市アベローナ、その衛星の様に存在する村や街。

 ミラーシの郷里はそんな村の一つだ。

 村の集会所であり雑貨屋でもある酒場。


「……ミラーシが奴隷商に買われたなんて」

「あんの時分は、まだ触れが出とらんだぎゃ。村を維持するにゃ致し方なきゃったのじゃ」


 兵役の年季明け前に村に戻って来たティル。

 兵役中は例え親の死に目でも帰る事は許されない。

 そんな兵役の年季前に戻って来たので、逃げ出したのかと大騒ぎになりかけた。

 兵役は賦役の中で最も過酷な労働税であると言ってよい。

 その為に兵役に勤めている人間とその家族には優遇処置がとられる。

 故に途中で逃げ出す、賦役を放棄すれば重い処罰があり、それは連座して村そのものに影響される。

 村長が集会所に村の主だった人間を集め、ティルが持っていた許可書を手に説明。

 納得させると村長と長老、ティルの父親以外の村人を帰らせ、ミラーシを含む数人が奴隷商に売り払われた事をティルに伝えたのだ。


「主ゃ、ミラと仲良かっちゃけんなぁ」

「ところでティル。何用で戻って来たのだ?」


 長老が慰め、父親が尋ねる。

 事態収拾に翻弄され聞きそびれていたのだ。


「……調査に。改めてお聞きしますが、最近魔物を近くで見た等の話をご存知ありませんか?」


 私人から公人に切り換え、言葉使いを改めたティル。

 目撃情報がない、との証言を得て足早に村から出て行こうとしたティルを、もう日が沈んだので明日の朝から戻る様に説得した村長達だった。



 久々に帰って来た生家は、ひどく狭くなったようにティルは感じた。

 集会所から先に帰っていた母親が、心尽くしの料理を用意して待っており。

 まだ幼い弟や妹、兄や兄嫁もティルを暖かく迎えいれてくれたのだった。

 売られたミラーシを思い身が裂かれる様な心痛を悟られぬ様に接するティル。

 そんな彼を気遣わしげに見守る両親と兄。

 食事を終えるとまとわりつく幼い弟と妹の望むままに、外や町の事を語ってやり昔と変わらず家族皆で身を寄せあって眠る。

 横になってもミラーシが気がかりで眠れぬティルは、どうすれば恋人をこの腕に再び抱き締められるかと苦悩する。

 わざわざ兵士を派遣して魔物の目撃調査など普通はありえない。

 村近辺で魔物を見たのなら役人なり領主に真っ先に知らされるからだ。

 それなのにこの様な任務を、しかも生まれ故郷の村に派遣されたのはティルに目をかけてくれる直属の上司である伯爵の尽力故。

 名前しか書けず、字も読めなかったのに僅かな期間で不自由なく読み書きが出来る様になった知能。

 ただの農民だったのに身に付けていた、驚異的な弓術に傑出した馬術。

 凛々しい顔立ちに華のある立ち振舞い。

 剣も槍もみるみると腕を上げるティル。

 そんな彼を嫉妬から憎々しく思い、潰そうと無理難題を吹っ掛ける貴族出身の士官候補生達。

 それらの問題を片付け、己の直属に引き抜いた伯爵。

 貴族は有事の際、爵位に応じた私兵を率いて馳せ参じなければならない。

 領地の治安維持や魔物・盗賊退治、貴族間での争いの解決に武力を用いる事もある。

 貴族が主催して武術大会を開くのは、民衆に娯楽を提供してガス抜きすると同時に有能な騎士や兵士を欲してだ。

 純粋に娯楽の為に開く貴族も多いが。

 奴隷商が村を廻っている、との噂を耳にしていらい、ティルから見て村一番の器量よしのミラーシが売られるのでは、と心労でやつれだした彼を心配した伯爵が与えた任務だった。

 本当ならば今すぐ馬を駆り立て、奴隷商の元に向かいミラーシを取り戻したいティル。

 それなのに行動に移せないのは、奴隷商に会っても買い戻せるだけの財がない事。

 武力で奪い取ったら、伯爵や村に迷惑がかかる事からだ。

 しがらみがないなら襲撃も虐殺も辞さなかっただろう。

 おそらく護衛に返り討ちにあうとわかっていても。

 心を焼き付くす様な焦燥に苛まれながら眠れぬ夜を明かすティルだった。


※ ※ ※ ※ ※


「……やっぱり帰りたい?」


 地下迷宮農場部屋の捕虜収容部屋にて、世話役のヴォラーレがミラーシに。

 間接的に起きている少女らに問い掛ける。

 声色、視線、表情、その身からわき出る雰囲気も少女達を気遣う優しさと申し訳なさに溢れていた。

 無論演技だ。

 本心では冷酷にエレナと相談してネームレスに処分を進言すべきか、と思案している。

 感情は理性を簡単に振り切る、特に恋愛感情は。


「……奴隷として売られた時に、私自身もう死んだ者と思っています」


 遠い目で、懐かしい故郷の風景を、遠い日の恋心を描きながらミラーシは言葉を紡ぐ。

 彼女以外の少女達は似た様な目をする少女、うつむいて表情が見えぬ少女、泣き声も漏らさず涙を流す少女……

 だが誰からも否定の言葉は出なかった。

 演技か、本心か、と心配そうな顔と雰囲気を作りながら観察するヴォラーレに、暗くなった空気を消し飛ばす様に明るい声で


「お腹一杯に食べれて、甘い物も食べれる。ここの生活を知ったからには、以前の生活にはもう戻れませんよ」

「毎日ご馳走だものね」

「あ、甘いおやつとか、お野菜も美味しいです」


 ミラーシに合わせる様に他の少女達も発言し、何が美味しかった等の話で盛り上がる少女達。

 その様子に安心した様な微笑みを浮かべるヴォラーレ。

 今までのやり取りをつぶさに観察していたインプは

(で、デンス様。演技とは思えませぬ。心のそこから、ここの生活が天国だと思っておりまするよ、捕虜共は!?)

 驚愕の余り、言葉使いが変になっていた。

 その後も話題が変わったり戻ったりしながら時は過ぎ、夜も遅くなったので明日に響くと横になる少女達だった。



 ヴォラーレも小屋から去り、殆んどの者が寝静まる中。


「眠れないの? ミラーシ?」


 寝むった人達を気遣い、小声で問うチュヴァ。


「チュヴァ?」


 ティルを想い、寝付けなかったミラーシも同じく小声で返事をする。


「大丈夫?」

「……薄情だよね、私」

「どうして?」

「自分の事ばかり考えてて、ティルの事忘れてた」

「……仕方ないわよ。奴隷として売られたと思ったら、こんな事になっちゃったのだから」


 そんな余裕等何処にもなかったとチュヴァは思う。


「ううん。ティルの事忘れてたのに、思い出したら、彼が助けに来てくれるかもって。浅ましいよね」


 自虐的な響きが混じる声でそう告げるミラーシに何も言えなくなるチュヴァ。

 暫し無言の時が流れる。


「……ここの生活は辛い?」

「さっき話した通り、ここは天国だよ。でもティルとなら、どんなに苦しい生活でも幸せだろうと思う」

「あの方は約束を守ってくださってるわ。逆らわなければ生かしてやる、て」

「……うん」


 口約束だが何となく守ってくれるとチュヴァもミラーシも感じていた。


「だから変な事は考えないで生きましょう。生きていれば、そうなるかも、でしょう?」


 可能性は限りなく低いが、ない訳ではないと思う。そして人が生きていくには微かでも希望が必要だ、とも。


「……そうね」


 慰めだと解っていたが同意するミラーシ。

 チュヴァは話題を変える為に気になっていた事を聞く。


「でも、ミラーシはどうして奴隷商に売られたの?」

「え?」

「ほら、ティルさんにあげちゃったんでしょ、初めて」

 安く買い叩かれた可能性もあるのだが


「やだ、接吻キスだけよ。結婚してないのに身体を許すはずないじゃない」


 明日が辛くなるのを承知の上で、眠れそうにないミラーシに付き合いお喋りをするチュヴァだった。

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