二章第十一話
創作にて肉体を与えられた女淫魔のヴォラーレは創造主であり契約者たる彼の前で片膝をつき、右手を左肩に、左手を右肩に当て頭を垂れ恭順の意を表している。
彼女の隣では枝悪魔のデンスが片膝をつき、右手は背に、左手は胸に当て同じように恭順を示していた。
「頭を上げよ」
「「はい」」
創造主の声に二体の返事が重なり、それぞれ頭を上げると創造主の姿が見える。
黒いローブ姿でフードを深く被り、椅子に腰掛けた創造主。フードとローブで性別や種族――創作されたのでDMであるのは分かりきってはいるが――が外見からの判断が難しい。だが男淫魔でなくサキュバスが呼ばれた事や声質から男性だと思われる、とヴォラーレやデンスは懸命に情報収集に努めていた。
「付いて来い」
創造主は傍らに置かれていたランタンを片手に立ち上がると、魔物達に背を向け歩みだす。
創造主が内包する魔力とゆったりとした歩み。背中を預けているように見えるも、確かに存在する警戒心。
その姿にデンスは畏怖と畏敬の念を、ヴォラーレはそれに加え優雅さと威風堂々とした佇まいだと感じ、追随する。
ただその二体から離れた場所にいた中鬼のオクルスは、その背中に嘲りを投げ、ヴォラーレの肉体を下卑た視線で舐めあげると獲物の背中を追いかけだしたのだった。
魔物達は無言で彼の背に付いて歩いていた。召喚されたばかりの初対面であり、まだ互いの名も知らぬ仲のためでもあり――二度手間、三度手間を嫌った彼が農場部屋で働いているエレナ達を交えて紹介や名の交換をすると決めたからだが――、オクルスの隠す気のない殺気とその処分されて当然の態度に創造主が何の処置も取らない事への戸惑いからだ。
試されているのだろうか?
ヴォラーレは唐突に浮かんだ考えを、しばし考察し結論を下した。ホブゴブリンの襲撃に自分達がどう反応するかを試す積もりなのだろう、と。
先程感じたホブゴブリンの視線を思い出し、その時は創造主につくと決意を固めるヴォラーレだった。
悪魔とは召喚魔法にて使役可能な魔物の一種だ。上級悪魔なら一体でも国を滅ぼせる力を持ち、最上級ならば神と変わらぬとまで語られる。
下級悪魔ならまだしも、上級悪魔を召喚しようとすれば多大な魔力と数多くの熟練した召喚術師。そして莫大な生贄を必要とするだろう。
そう、悪魔を使役する為には、まず召喚術で呼び出し、契約を結ばなければならない。召喚用の正しい魔法陣を描く技術と知識。呼び出したい悪魔用の正確な呪文。
特に魔法陣に不備があれば、瞬く間に呼び出した悪魔に殺されてしまうか玩具として弄ばれるだろう。
呼び出すだけなら呪文だけで良い、だが契約を結ばなければ使役は不可能で上のような結末が待っているだけだ。魔法陣は悪魔を拘束し、交渉する為の物。
力ある悪魔程知能も高く狡猾で強か、様々な手段(脅迫や誘惑等)で魔法陣に引きずり込もうとしたりする。愚かにも騙され魔法陣の中に入ったり、魔法陣の一部でも消し去れば残るものは破滅のみ。
交渉も困難を極める。なるべく代償を支払いたくない召喚者と破滅させるべく過分にして過大な要求をする悪魔。
悪魔を使役したい召喚者側と別に契約せずとも問題ない悪魔側。どちらの立場が強いかは自明の理。
代償の為に身を滅ぼした召喚者や、魔法陣の構築に失敗して悪魔が住む魔界に引きずり込まれた召喚師も多数に及ぶ。
このように悪魔の使役は身の破滅の危機を多分に含みながらも、数多くの魔術師が手を出している。
悪魔は契約を絶対に破らない。
例えるなら悪魔召喚魔法を修める程の魔術師は、己の魔法(呪文・魔導書)の秘密を守るために絶対に信用出来る守護者を欲し強力な悪魔の下僕を欲する。
猜疑心の強い貴族や商人は護衛にと望む。無論後ろ暗い目的で悪魔を使役したい者が大半だが。
本来ならばいくつもの手順が必要な悪魔召喚も、創作ならばそれらを無視して悪魔を従える事が出来る。悪魔側からすれば利益が殆どない契約になり、DMからの創作召喚は貧乏くじとして忌避される。
インプのデンスは隣を歩くホブゴブリンの挙動に神経を尖らせていた。
創造主へ送る視線や表情、雰囲気から反逆を考えているなど丸分かりだ。
悪魔は狡猾な種族だ。無論策謀より直接血を流すのを好む悪魔も存在するが、そんな悪魔は低級と蔑まれる。
デンスはこう思うのだ、真の悪魔なら契約者を言葉巧みに操り堕落へと導き、騙し合いや策謀、契約の不備を作り出し、或いは突いて等の頭脳戦に勝利してこそ意義があるのだと。
食欲と性欲しか頭にない下級妖魔ホブゴブリンに、高尚な悪魔の美学など理解出来るはずもないが。
どうせ単細胞なホブゴブリンは、創造主を殺した後の展開も想像出来ていないのだろう。そして計画もな、嘲りを隠す事もなくホブゴブリンの監視を続けるデンス。
創造主を殺した後は己も殺され餌として食われるだろう、だから一度だけ加勢する。
魔術師型らしい創造主が護衛もなく、新参者に背を預ける事が自信から来ているならば、一度だけで十分だろう。魔物からの襲撃などを考えつかない愚者ならば、仕える価値はない。
加勢後、創造主がホブゴブリンを制御出来ぬなら見捨てて逃げ出す。創作召喚の契約には、この行為を禁止する項目はない。
彼が魔物を試すように、デンスもまた彼を試していた。己が仕えるに値する創造主か、堕落させるだけの価値があるのかを。
ただしデンスは悪魔として最下級・最弱であるインプであり、同種族は駆け出しの魔術師にすら騙され、使い魔としてただ働きでこき使われていたりする。
二種の悪魔から注がれる侮蔑と監視の視線に気付きもせず、オクルスが動く。無論監視していた二体もその行動に反応、ヴォラーレが警告を発しながら創造主とオクルスの間に身体を滑り込ませた。
「何をするつもりだ、ホブゴブリン!?」
「じゃぁあまぁぁだあぁあぁ!!」
警告の声で注意を促し、己の身体で時間を稼ぐ積もりだったヴォラーレだったが、オクルスは彼女が居ないようにすり抜ける。
戦闘系、それも武器でなく格闘系の技能を多数付与されたオクルスは、敵を己の射程圏に捕らえるための足捌き・体捌き等も強化されており、それらの技能ですり抜けたのだ。だがヴォラーレの行動も無駄ではなく創造主を振り向かせデンスが動くための数瞬を与えた。
ヴォラーレをかわしたオクルスが右手を抜き手で創造主の頭部に放った瞬間デンスがオクルスの目を狙い体当たり決行。
顔への攻撃に咄嗟に回避行動をとってしまい抜き手は創造主の肩を抉り衝撃で吹き飛ばしてしまう。この時両悪魔は彼が何らかの魔法を発動させた事を感知。
そんな事に気付かなかったのか一考にもしなかったのか追撃をかけるべく一歩進んだオクルスが消え失せる。
「創造魔法」
創造主の呟きのような詠唱が戦闘の終了と反逆の失敗を告げる。
ヴォラーレの警告からここまで四秒。
オクルスが何故に反逆を計り、試みたのかの真実はこの瞬間、永遠に失われたのだった。




