二章第四話
三月十三日、18時に改訂した改訂版と差し替えさせて頂きました。
休憩施設の出入口に一人、馬車近くの焚き火周りに四人と四匹いる。見張りとして起きているのは、武装した人間が一人、犬人が一匹だけだ。
扉を背に座りながら眠っているらしい男は、鎖帷子に身を包み、剣を抱いている。
見張りに起きているらしい人間は革鎧を装備しているが、獲物は何かは確認できない。
コボルトは非武装の様子だが、焚き火の周りで寝ている人間も武装を解いていなかった。
油断がない、柔軟革鎧でも、身に付けたまま寝れば身体への負担が大きい。安全地帯、と油断があれば鎧は脱ぐはずだ。
焚き火近くのランタンは、おそらく彼が地下迷宮で使用している魔具ランタンと同種である。
焚き火は暖を取るのが主で、光源はランタンなのだろう、様子をうかがう彼はそう判断した。
イースに任せた伏兵隊と別れてから観察して過ごし、いい加減に時間も過ぎ
「襲撃用意」
命じる声は微かに震えていた。
打ち合わせ通りに小鬼であるハブとマリが、彼と同じようにローブ姿になりフードで顔を隠す。そして槍を両手で握る。
骸骨兵もマントを脱ぎ、それぞれ武器を構える。アースとエースはスピアと中型盾、スウは騎士剣を抜き中型楯を左腕に。
弓兵である三体、カースにケースとキースは小弓と矢を装填した矢筒ごとこの場に置き、小剣と小型盾を構える。
囮であり、本命でもある本体の用意が整う。
緊張か興奮か、恐怖か武者震いか。心臓が早鐘をうち、胃が締め付けられるような痛みと苦しみを訴えた。
彼の武器である杖を握る手に、きしむ音が聞こえそうなほどに力が入る。
部下たる魔物達に気取られぬように、との思考や配慮も働かずに深呼吸を繰り返す。
ハブもマリも何も言わずに、彼からの最終命令を待つ。
しばし虫の鳴き声や、風が枝を揺らす音だけがあたりを支配する。
彼が配下である魔物らを一体ずつ確認するように視線を送り、魔物達は微動もせずに受けとめる。
「……いくぞ」
彼の震えもなくなり、視線は休憩施設を利用している一行に鋭く向けられていた。
ゴブリンが左右に散るのを確認して、骸骨兵アース、スウ、エースを前列、弓兵を後列としそのさらに後ろから彼が交易路へと進み出る。
森から出て来た骸骨戦士に、すぐさま気付き警告を発する見張り。横になり休んでいた他の護衛は素早く、だが落ち着いて、コボルトは大慌てで起きる。
護衛達は、武装をこれまた素早く整えると迎え撃つために隊列を組む。コボルトは二匹が焚き火から松明に火を移し、残りの二匹はランタンを持つ。
その行動に内心舌打ちをしつつも、ゆっくりと骸骨兵と彼は足を進める。ゴブリンはライトの魔法を付与された小石の回収に走っていた。
光源を一つずつ潰し、魔物に有利な暗闇にする予定だったが、相手はコボルトに光源を確保させている。
警告の声に小屋、馬車から人が出てくる様子はない。
ならば敵の戦力は護衛らしき武装した人間が五人と、光源を確保しているコボルトの四匹のみ。死角を作らない、鎧を脱がずに休むほどの用心深い人間が戦力の逐次投入の愚は犯すまい。
骸骨兵が六体、ゴブリンが二匹、そして彼。襲撃側の数は九、防衛側もまた九の同数だ。
ゴブリンらは、回収でしばらく外れるにしても、彼側の戦力は七である。
防衛側はコボルトもふくめれば九だが、コボルトは戦力外と考えて五と割りきって良いだろう。
防衛側はコボルトを内側に入れ、休憩施設の出入り口を守る位置に移りだす。
再び彼の思惑から外れる行動に、予定通りにはいかないかと苦い思いがわき出る。
襲撃隊を二つに分けた理由は主に三つ。
一つは伏兵とし挟撃させるために、だが建物を背後にする事で挟撃は不可能になった。
一つは戦力差が大きすぎて、戦意の喪失、故の逃走をおそれて。勝てないと判断したならば逃げるのは良策、彼ならばそう判断する。
最後の一つは僧侶や神官が存在した時のために。
彼が実際に見た訳ではないが、スケルトンというかアンデットの天敵と表現されるそれらが居たならば、一瞬で骸骨兵を喪う可能性がある以上、用心のためだ。
彼としては、最悪ゴブリンを捨て駒にし逃走、残った伏兵隊で再起をはかる事すらも視野に入れていた。
骸骨兵長イース以外喋れぬ骸骨兵は当然として、敵も最初の警告から一言も発せずに動いている。襲撃に対してマニュアルかセオリーがあるのだろう。
護衛は武器を襲撃者に向けながら後ろに歩き、襲撃者はゆっくりと距離をつめる。
ローブで姿を隠したハブは、『明かり』の魔法を付与された小石を拾い腰の皮袋にしまう、それから彼からの指示を思い出す。
光石の回収後、合流するべし。
背中から中型楯をおろし、装備する。
喋るな、フードは脱ぐな。
ハブは頭の中で彼からの命令を再確認、間違いないと闘争の期待で血をたぎらせながら、フードで隠された表情に残虐なものを浮かべ合流を急ぐのだった。
ゴブリン・レンジャーたるランの先導で、見張りから感知されぬ距離と経路で本隊と正反対の位置にたどり着き、伏兵隊は時機を伺っている。
襲撃隊が用意していた機械式弓と専用の矢も全て、伏兵隊が所持していた。
クロスボウは威力もあり、命中率も高い武器だが、連射性に劣り効率的に運用するには数をそろえるか、射手の腕をあげるかだ。
通常の運用では長距離戦時や、出鼻をくじくために使用されるのが当然で、乱戦時に使えば味方への誤射、そこからの不信による崩壊につながる。
誤射されても問題が少ないアンデットなら関係は薄いが。
創造主である彼への誤射以外なら、ある程度無視できる。
当初の予測では襲撃隊に気付いた護衛が、交易路で迎え撃つと考え、襲撃隊に気取られている護衛の背後からクロスボウによる不意討ち、骸骨兵による突撃で士気や隊列などに決定的な打撃を加えるのが理想的な流れだったのだが。
襲撃側と護衛側がにらみ合いながら、戦場を休憩施設の石小屋出入口に定めつつある。
挟撃は不可能だろう、ならば合流して数でおすべきか。
伏兵隊を任されたイースは彼からの指示と状況を鑑み、ゆっくりと接近しだした。
休憩施設である石小屋出入口前では、互いににらみ合いで硬直状態に陥っていた。
彼はもしかすれば、伏兵を警戒しているのだろうか、との疑問が浮かぶ。
魔物の中でも弱い――有り体に言えば雑魚――のスケルトンしか見せ札しなかったのが逆に警戒させてしまったか。
だが完全に悪手という訳でもあるまい、逃走に使える馬や馬車と分断できたのだから。
ただ知能が低いスケルトンを偽装した為に、骸骨弓兵の武装を限定させてしまったのは失敗だった。
闘争への心理的圧迫と緊張感から、彼のフードとマスクで隠した顔色は青を通り越して白色とかし汗も滝のように流れる。
光石の回収を命じたゴブリンは、焚き火を消すハブ、馬車に吊るしてあるランタンを回収するマリ、と行動していた。
伏兵隊の動きは確認できないが、まだ神聖魔法の使い手の有無が断定できていないので、姿を隠しているのは良手だろう。
「石弾」
左手に杖を持ち呪文を唱え右掌に石が作られだす。
「うおっおっっ!」
彼が呪文を唱えたのを切っ掛けに戦いの火蓋が切りひらかれた。
雄叫びをあげ護衛が骸骨兵に挑みかかる。
護衛は鎖帷子を身に付けた大男を中心に硬化革鎧を装備した人間が三人と柔軟革鎧の人間の合わせて五人だ。
鎖帷子の大男は片手半剣に中型盾、柔軟革鎧に湾曲剣に中型盾、硬化革鎧の三人は戦闘用斧、戦棍、騎士剣に中型盾という武装をしている。
護衛側と襲撃側がぶつかりあう。
鎖帷子の大男に骸骨兵エースと骸骨弓兵ケース、サーベル使いを弓兵カース、戦斧使いをスウ、戦棍使いをキース、騎士剣使いをアースが押さえ込む。ゴブリン達はいまだに命じられた仕事を終えず、伏兵隊の合流もまだだ。
彼が魔法を放つ直前に乱戦と化した為に、誤射をおそれて魔法を使う事ができずにいる。
限定的にニ対一の戦いになったエース達だが、鎖帷子を貫けるほどの攻撃を与えられずにいる。
他の骸骨兵は護衛の連携を阻止し、足止めのために防御が主体でダメージを与えられる状況にない。
彼は魔法を待機状態で維持しつつ、じりじりと後退する。一見すれば恐れおののいている様子だが、とっさに思い付いた策である。
護衛達が圧力をかけてきてるのを逆手に、怯み後退する様に戦場を移し、伏兵隊に背後を襲わせ易くする為に。
押している、とより圧力をかけてくる、此方を腰抜けと侮ってくれるなら良しとの誘いだ。
護衛側もローブ姿のニ体が合流すれば、戦局が不利になるのは理解しているだろう。
他にも想像以上に骸骨兵が強い、あるいは護衛達が弱い事も彼に心理的余裕を与えていた。
油断大敵であるし、演技の可能性や奥の手等の警戒も必要だが、疲れを知らないアンデットである骸骨兵を有する彼にとって長期戦は望むところだ。




